沈黙のういザード 

豚さん

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エピローグ

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下船した翌夜。
憂は旅の疲れで深く眠り、
六地蔵家の広いリビングには、静けさだけが満ちていた。

窓の外には街の灯り。
ゆっくりと流れる夜景を映すガラスのそばで、
テーブル端のタブレットだけが柔らかく光っている。

「……そろそろですわね」

菊子が紅茶をひと口含んだ、その時――
タブレットが震えた。

《Chiaki — Video Call》

(来ましたわ)

静かにタップすると、千秋の姿が映る。

黒髪のロングを品よくハーフアップにまとめ、
伏し目がちな横顔は、大人びた影をわずかに落としていた。

「……お母様。ご無沙汰しております」

まだ船旅の余韻を含んだ声。

「千秋。お元気そうで安心いたしましたわ」

千秋は控えめに微笑む。
しかし、その瞳の奥では、深い揺らぎが沈んでいた。

「……憂さん、歌ったんですね」

「ええ。あなたも見たのでしょう?」

「全部見ました……。
 あんな……優しい響き……久しぶりで……」

まつげが震え、薄い涙が光る。

(胸が痛む……けれど、この痛みも成長の証ですわね)

「リナさんとも……とても、仲が良かったですし……」

どこか拗ねた声音。

「まあ。千秋が嫉妬するなんて珍しいこと」

「し、嫉妬なんてしていませんっ」

否定しながらも、視線は落ちたままだ。

小さな沈黙のあと――
千秋は、真剣な表情で口を開く。

「……お母様」

「どうしました?」

「憂さんの中に……雪乃さん。
 まだ、いますよね」

その問いは確信であり、願いであり、怖れでもあった。

菊子はゆっくり頷いた。

「ええ。以前より穏やかで……寄り添っているようでしたわ」

「……そうですか……」

安堵か未練か分からない揺れが、千秋の表情に浮かぶ。

「お母様。
 わたし……どうしても“確かめたい”ことがあるんです」

「危険なことでなければよいのですけれど」

「ええ。ただ……どうしても。」

千秋は深く頭を下げた。

「必ず帰ります。
 わたしの――“曲”を持って」

「ええ、千秋。
 いつでも帰ってきなさい。
 わたくしも、憂さんも……あなたを待っています」

通話が切れると、リビングに再び静寂が戻った。

夜景は揺れ、都市の灯りは淡く瞬く。
菊子はひとり、紅茶の湯気を眺めながら息をついた。

その時ふと――
視線の端に、テーブルの上の“1枚のタロットカード”が映る。

あの夜、千秋の未来を占ったときに使われたままの――
ただ一枚。

菊子はそっと手を伸ばし、カードを裏返す。

ⅩⅩ ― 審判(逆位置)

最後のカードをめくった瞬間、
菊子の指は、あの日と同じように止まった。

復活のラッパは逆さに向けられ、
呼び声は届かず、
魂はまだ目覚めない。

(やはり……妙なカードでしたわ……
 “再生しない未来”など、滅多に出ませんもの)

けれど、今の千秋と話したことで、
その意味は少しだけ変わって見えた。

これは――
逆再生(Reverse)の暗示。

過去へ戻り、
もう一度“始まり”へ辿りなおすための道。

千秋が、雪乃のために歩む道。
そして、未来の“音”に触れるための道。

(千秋……
 あなたが歩む未来は、
 この逆さまのラッパが示した記憶と、
 きっと向き合わねばならないのでしょうね)

菊子はカードをそっとケースへ戻す。
まるで壊れ物を扱うように、静かに。

「雪乃さん……
 あなたの残したものは、まだ終わっていませんわ」

紅茶の香りがふわりと立ちのぼる。

「千秋……
 どうかあなたが選ぶ未来が……
 温かい音へ続きますように」

“カチリ”――
カードケースの蓋が静かに閉じた。

それは決して物語の幕が閉じる音ではなく、
新しい季節へと続く、静かな旅立ちの音だった。
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