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23話 残響のありがとう
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拍手が少しずつ収まっていく頃、
雪乃はゆっくりと立ち上がった。
憂の身体の動きとは思えないほど、その所作は静かで、凛としていた。
白い騎士の礼装が、スポットライトに照らされて控えめに輝く。
「……ありがとうございます」
雪乃はまず、舞台中央へと一歩進む。
演奏の余韻を壊さぬよう、一つ一つの動作が丁寧だった。
「短い間でしたが、私たち二人――いえ、三人の演奏を聴いてくださって、心から感謝します」
三人。
それは、
千秋。
雪乃。
そして――器となってくれた憂。
客席に向けて、深く頭を下げる。
観客たちも息を潜めて、その姿を見守った。
「ウィザードは“春”。ハザードは“夏”。そしてブリザードは“冬”。」
雪乃は、まっすぐに言葉を紡ぐ。
「どんな季節にも、音には意味が宿ります。
喜びも、怒りも、哀しみも――全部、だれかとつながるために」
軽く、胸元へ手を添える。
その指先が、エメラルドのペンダントを包む。
「今日、この場所で、こうして音を届けられたこと……何よりの幸せです」
観客席から、静かな感嘆の溜息が漏れる。
そして――雪乃はマイクへと歩んだ。
足元には、影が落ちない。
だが、声は確かに拾われる。
このホールに施された、特別な魔法が働いていた。
雪乃はマイクの前に立つ。
憂の喉を借りながら、声は紛れもなく雪乃の声だった。
「……みなさん」
先ほどまでの拍手が嘘のように、ホールは再び静寂へ戻る。
「少しだけ……お話をさせてください」
自分の声が震えている。
でも止められなかった。
「私は――もう、この世の人間ではありません」
ざわり、と空気が揺れる。
「数年前、事故で亡くなりました。
今の私は、三女である憂の身体を借りているだけの……残響のような存在です」
視線を巡らせると、驚きと戸惑いと涙が、客席のあちこちに同時に揺れていた。
「六地蔵事件では……たくさんの人を傷つけました。
次女の葉月にも。三女の憂にも。千秋にも。この家にも……」
雪乃は深く頭を下げる。
「本当に……ごめんなさい」
床に落ちる涙の気配が、自分にも分かる。
誰も責めはしない。
ただ――聞いていた。
「それでも今日、どうしてもお伝えしたいことがあります」
雪乃は顔を上げる。
「まず……千秋のお父さん」
雪乃は真っ直ぐに父を見た。
「私を救うために、何度も動いてくださって……本当にありがとうございました」
父は静かに頷き、大人らしい深さでその言葉を受け止める。
「菊子さん」
千秋の母に向き直る。
「夏に素敵なクルージングへお招きいただき、音で向き合う時間を与えてくださったこと。
そして――憂とリナが未来へ歩むきっかけをそっと繋いでくださったこと。本当に……感謝しています」
菊子は目元にそっとハンカチを当てた。
「憂」
憂の身体を見つめながら、雪乃は、ほんの少し微笑んだ。
「あなたが体を貸してくれた文化祭、本当に楽しかった。
一日だけ、普通の高校生に戻れた気がした。
ライブのざわめきも、クレープの匂いも――全部、宝物です」
その言葉を口にした瞬間――
憂の胸の奥が、どくん、と大きく波打つ。
雪乃は思わず、胸元へそっと手を添えた。
「……ありがとう、憂。私に……あんな思い出の記憶をくれて」
自分の声が震え、胸の奥で熱が溢れそうになる。
憂の心臓は、まるで応えるようにさらに強く脈打った。
「葉月」
次女へ向き直る。
その瞳に映るのは、いつも明るくふるまいながら――
本当は何度も震えながら、それでも前へ進んできた強さ。
「不器用な長女で……ごめんなさい」
言った瞬間、葉月は息を呑んだ。
涙が一気に滲む。
「……違うよ」
小さく首を振りながら、
歩み寄る一歩分の距離を埋めるように言葉を重ねる。
「お姉ちゃんは……苦しかったんだよね。
苦しくて、壊れそうで――それでも必死に叫んでいたよね」
葉月の声は震えていた。
けれど、強く、真っすぐだった。
「あたし、覚えてる。お姉ちゃんが狂気に飲まれそうになったあの夜。
どんなに怖くても……絶対に手を離さなかったのは、お姉ちゃんが――
本当は優しい人だって知ってたから」
ぎゅっと拳を握りしめる。
あの冷たい廊下の空気を思い出すように。
「命を懸けてもいいって思ったの。
だって――お姉ちゃんは、あたしの大切な家族だから」
強く言い切って、
涙をぬぐいながら笑った。
「だから謝らないで。お姉ちゃんはずっと――世界で一番、自慢の姉だよ」
その言葉は、迷いなく、真っすぐ雪乃の心へ突き刺さる。
雪乃は、はっと息を呑んだ。
震える指先が、ぎゅっと胸元のあたりを押さえる。
そこに――痛いほどあたたかいものが宿っている。
そっと視線を下げる。
葉月の肩が見えた。
泣きながら、それでも笑っている背中が見えた。
雪乃の瞳から、ひと粒、涙がこぼれた。
音もなく落ちたその涙は、
一瞬だけ光を反射して――消える。
(……ごめんね。そして……ありがとう、葉月)
雪乃は、見えるはずのない腕を伸ばし、そっと葉月の髪に触れた。
触れられないはずの指先が確かに温もりを感じた。
まるで――
神様が、それを許してくれたみたいに。
雪乃はゆっくりと立ち上がった。
憂の身体の動きとは思えないほど、その所作は静かで、凛としていた。
白い騎士の礼装が、スポットライトに照らされて控えめに輝く。
「……ありがとうございます」
雪乃はまず、舞台中央へと一歩進む。
演奏の余韻を壊さぬよう、一つ一つの動作が丁寧だった。
「短い間でしたが、私たち二人――いえ、三人の演奏を聴いてくださって、心から感謝します」
三人。
それは、
千秋。
雪乃。
そして――器となってくれた憂。
客席に向けて、深く頭を下げる。
観客たちも息を潜めて、その姿を見守った。
「ウィザードは“春”。ハザードは“夏”。そしてブリザードは“冬”。」
雪乃は、まっすぐに言葉を紡ぐ。
「どんな季節にも、音には意味が宿ります。
喜びも、怒りも、哀しみも――全部、だれかとつながるために」
軽く、胸元へ手を添える。
その指先が、エメラルドのペンダントを包む。
「今日、この場所で、こうして音を届けられたこと……何よりの幸せです」
観客席から、静かな感嘆の溜息が漏れる。
そして――雪乃はマイクへと歩んだ。
足元には、影が落ちない。
だが、声は確かに拾われる。
このホールに施された、特別な魔法が働いていた。
雪乃はマイクの前に立つ。
憂の喉を借りながら、声は紛れもなく雪乃の声だった。
「……みなさん」
先ほどまでの拍手が嘘のように、ホールは再び静寂へ戻る。
「少しだけ……お話をさせてください」
自分の声が震えている。
でも止められなかった。
「私は――もう、この世の人間ではありません」
ざわり、と空気が揺れる。
「数年前、事故で亡くなりました。
今の私は、三女である憂の身体を借りているだけの……残響のような存在です」
視線を巡らせると、驚きと戸惑いと涙が、客席のあちこちに同時に揺れていた。
「六地蔵事件では……たくさんの人を傷つけました。
次女の葉月にも。三女の憂にも。千秋にも。この家にも……」
雪乃は深く頭を下げる。
「本当に……ごめんなさい」
床に落ちる涙の気配が、自分にも分かる。
誰も責めはしない。
ただ――聞いていた。
「それでも今日、どうしてもお伝えしたいことがあります」
雪乃は顔を上げる。
「まず……千秋のお父さん」
雪乃は真っ直ぐに父を見た。
「私を救うために、何度も動いてくださって……本当にありがとうございました」
父は静かに頷き、大人らしい深さでその言葉を受け止める。
「菊子さん」
千秋の母に向き直る。
「夏に素敵なクルージングへお招きいただき、音で向き合う時間を与えてくださったこと。
そして――憂とリナが未来へ歩むきっかけをそっと繋いでくださったこと。本当に……感謝しています」
菊子は目元にそっとハンカチを当てた。
「憂」
憂の身体を見つめながら、雪乃は、ほんの少し微笑んだ。
「あなたが体を貸してくれた文化祭、本当に楽しかった。
一日だけ、普通の高校生に戻れた気がした。
ライブのざわめきも、クレープの匂いも――全部、宝物です」
その言葉を口にした瞬間――
憂の胸の奥が、どくん、と大きく波打つ。
雪乃は思わず、胸元へそっと手を添えた。
「……ありがとう、憂。私に……あんな思い出の記憶をくれて」
自分の声が震え、胸の奥で熱が溢れそうになる。
憂の心臓は、まるで応えるようにさらに強く脈打った。
「葉月」
次女へ向き直る。
その瞳に映るのは、いつも明るくふるまいながら――
本当は何度も震えながら、それでも前へ進んできた強さ。
「不器用な長女で……ごめんなさい」
言った瞬間、葉月は息を呑んだ。
涙が一気に滲む。
「……違うよ」
小さく首を振りながら、
歩み寄る一歩分の距離を埋めるように言葉を重ねる。
「お姉ちゃんは……苦しかったんだよね。
苦しくて、壊れそうで――それでも必死に叫んでいたよね」
葉月の声は震えていた。
けれど、強く、真っすぐだった。
「あたし、覚えてる。お姉ちゃんが狂気に飲まれそうになったあの夜。
どんなに怖くても……絶対に手を離さなかったのは、お姉ちゃんが――
本当は優しい人だって知ってたから」
ぎゅっと拳を握りしめる。
あの冷たい廊下の空気を思い出すように。
「命を懸けてもいいって思ったの。
だって――お姉ちゃんは、あたしの大切な家族だから」
強く言い切って、
涙をぬぐいながら笑った。
「だから謝らないで。お姉ちゃんはずっと――世界で一番、自慢の姉だよ」
その言葉は、迷いなく、真っすぐ雪乃の心へ突き刺さる。
雪乃は、はっと息を呑んだ。
震える指先が、ぎゅっと胸元のあたりを押さえる。
そこに――痛いほどあたたかいものが宿っている。
そっと視線を下げる。
葉月の肩が見えた。
泣きながら、それでも笑っている背中が見えた。
雪乃の瞳から、ひと粒、涙がこぼれた。
音もなく落ちたその涙は、
一瞬だけ光を反射して――消える。
(……ごめんね。そして……ありがとう、葉月)
雪乃は、見えるはずのない腕を伸ばし、そっと葉月の髪に触れた。
触れられないはずの指先が確かに温もりを感じた。
まるで――
神様が、それを許してくれたみたいに。
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