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7話 書類の山と、強くあろうとする人
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「……多いですわね」
机の上――書類の山は、もはや壁のようだった。
留学願書、ビザ申請書、専門学校の追加書類。
推薦状の文面確認、英訳、送付先リスト。
言語が混ざり合い、紙の匂いが濃密だった。
「こちらが最新の案内と、提出期限の一覧です」
石田が静かに差し出す。
「ありがとうございますわ」
千秋は迷いなくペンを走らせる。
(甘えなど……もういりませんわ)
机の端には、伏せられたスマホ。
(見る必要はありません。
返信がなくて当然ですわ。
距離を置きましょうと言ったのは……わたくし)
喉の奥が、少し痛む。
「お嬢様」
静かに落ちる石田の声。
「昨晩から……一度もお休みになっておりませんね」
「平気ですわ。疲れたところで、目的は揺らぎません」
「目的は……でございますが——」
石田は一瞬、言葉を探し、深く礼をする姿勢のまま絞り出す。
「……その、心は……どうですか」
「……強いままですわ」
即答。
けれど、その速さが逆に脆い。
「強さが、お嬢様を傷つける時があると……
雪乃様が、かつておっしゃっていました」
千秋の指が、握りしめたペンを震わせた。
「雪乃さんは……」
視線が、譜面へ吸い寄せられる。
端にある《Yukino M》の文字が、刃のように胸に触れた。
「雪乃さんは、自分の音を奪われても――
泣きませんでした。弱音も吐かなかった」
だからといって、悲しみがなかったわけではない。
「だから代わりに、わたくしが怒るんですの」
ペン先が紙を強く叩き、深い跡が残る。
「盗作した連中に音で叩きつけますわ。
“これは間違いでした”と……
世界に言わせてみせますわ」
決意は、美しく、孤独だった。
石田はその決意の重さを受け止め、
ゆっくりと息を吐いたあと――
「……失礼いたしました」
深く頭を下げた。
「わたくしは、お嬢様の強さを否定したいわけではございません。
ただ……時に、強さは“痛みを隠すための鎧”となりますゆえ」
千秋はかすかに眉を寄せる。
「わたくしは……痛んでなど……」
言いかけた声が、わずかに震えた。
「……石田。余計なお節介ですわ」
「承知しております。しかし――」
石田は静かに目を伏せた。
「孤独を抱えたまま戦う音は……
雪乃様がお望みになった未来ではございません」
千秋の呼吸が、ひゅっと細くなる。
沈黙。
代わりに響くのは――
ペンが紙を削る乾いた音。
(憂さん……)
ふいに、伏せたスマホが視界に触れる。
(きっと……あの子は、もう前に進んでいますわね)
胸がちくりと疼く。
けれど千秋は、ぎり、と歯を噛み――
伸びかけた指を、書類の束へ押し戻した。
「……いまは、見てはいけませんわ」
呟きは震えたが、
書類に落ちた影は揺らがない。
(わたくしは、もう日常には戻れない。
憂さんの春に……
わたくしの冬を混ぜてはいけない)
その想いは、祈りであり、
そして――自分を縛る呪いでもあった。
紙の擦れる音が、またひとつ積み重なる。
――千秋は今日も、未来へ進むために、
大切なものをひとつ、机に置いたまま手放した。
机の上――書類の山は、もはや壁のようだった。
留学願書、ビザ申請書、専門学校の追加書類。
推薦状の文面確認、英訳、送付先リスト。
言語が混ざり合い、紙の匂いが濃密だった。
「こちらが最新の案内と、提出期限の一覧です」
石田が静かに差し出す。
「ありがとうございますわ」
千秋は迷いなくペンを走らせる。
(甘えなど……もういりませんわ)
机の端には、伏せられたスマホ。
(見る必要はありません。
返信がなくて当然ですわ。
距離を置きましょうと言ったのは……わたくし)
喉の奥が、少し痛む。
「お嬢様」
静かに落ちる石田の声。
「昨晩から……一度もお休みになっておりませんね」
「平気ですわ。疲れたところで、目的は揺らぎません」
「目的は……でございますが——」
石田は一瞬、言葉を探し、深く礼をする姿勢のまま絞り出す。
「……その、心は……どうですか」
「……強いままですわ」
即答。
けれど、その速さが逆に脆い。
「強さが、お嬢様を傷つける時があると……
雪乃様が、かつておっしゃっていました」
千秋の指が、握りしめたペンを震わせた。
「雪乃さんは……」
視線が、譜面へ吸い寄せられる。
端にある《Yukino M》の文字が、刃のように胸に触れた。
「雪乃さんは、自分の音を奪われても――
泣きませんでした。弱音も吐かなかった」
だからといって、悲しみがなかったわけではない。
「だから代わりに、わたくしが怒るんですの」
ペン先が紙を強く叩き、深い跡が残る。
「盗作した連中に音で叩きつけますわ。
“これは間違いでした”と……
世界に言わせてみせますわ」
決意は、美しく、孤独だった。
石田はその決意の重さを受け止め、
ゆっくりと息を吐いたあと――
「……失礼いたしました」
深く頭を下げた。
「わたくしは、お嬢様の強さを否定したいわけではございません。
ただ……時に、強さは“痛みを隠すための鎧”となりますゆえ」
千秋はかすかに眉を寄せる。
「わたくしは……痛んでなど……」
言いかけた声が、わずかに震えた。
「……石田。余計なお節介ですわ」
「承知しております。しかし――」
石田は静かに目を伏せた。
「孤独を抱えたまま戦う音は……
雪乃様がお望みになった未来ではございません」
千秋の呼吸が、ひゅっと細くなる。
沈黙。
代わりに響くのは――
ペンが紙を削る乾いた音。
(憂さん……)
ふいに、伏せたスマホが視界に触れる。
(きっと……あの子は、もう前に進んでいますわね)
胸がちくりと疼く。
けれど千秋は、ぎり、と歯を噛み――
伸びかけた指を、書類の束へ押し戻した。
「……いまは、見てはいけませんわ」
呟きは震えたが、
書類に落ちた影は揺らがない。
(わたくしは、もう日常には戻れない。
憂さんの春に……
わたくしの冬を混ぜてはいけない)
その想いは、祈りであり、
そして――自分を縛る呪いでもあった。
紙の擦れる音が、またひとつ積み重なる。
――千秋は今日も、未来へ進むために、
大切なものをひとつ、机に置いたまま手放した。
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