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8話 「お返し」の一歩
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翌朝。
カーテンの隙間から差し込む冬の光が、
薄い氷のようにゆらりと広がっていた。
憂は布団の中で膝を抱え、胸元のネックレスを握りしめている。
昨日のメッセージ――
千秋からの「距離を置きましょう」という文字が、まだ胸に刺さったままだ。
(なんで……わたし、こんなに苦しいんだろう)
ドアが小さくノックされた。
「憂、起きてる?」
ノックもそこそこに、葉月がひょこっと顔を出す。
ゆるいポニーテール、パーカー姿。
「……うん」
ベッドの上で体育座りした憂は、返事だけ小さくした。
葉月は憂の胸元をちらり。
「それ、千秋ちゃんにもらったネックレス?」
「……うん。誕生日の時……」
指先が、ネックレスの上でそっと止まる。
「“似合ってますわよ”って……
真面目な顔で言うくせに、
耳まで真っ赤で……」
憂は思わず、くすっと笑った。
「宝物って言ったら……
“それはまだ早いですわ”とか言いながら、
すごく嬉しそうで……」
その記憶は、
胸の奥をやさしく締めつける。
「……あの時ね。
千秋が、わたしの誕生日を
ちゃんと祝ってくれたのが……
すごく、嬉しかったんだ」
今、指先に触れる冷たささえ、
あの日の温度の続きを運んでくるみたいだった。
「だから余計に……
失いたくないの」
葉月は憂の隣に腰を下ろし、
優しく背中に手を置いた。
「で、どうするの? 憂。」
「どうって……何が?」
「千秋ちゃんから“距離置こ”って来たでしょ?」
図星だった。
憂は布団に潜って顔を隠す。
「わたし……千秋からいっぱいもらってばっかりなの。
曲も、言葉も、励ましも……誕生日も。
“お返しするね”って言ったのに……」
「何も返してない、って思ってるんだ?」
「……うん」
小さな声。
ネックレスをぎゅっと握りすぎて手が少し痛い。
「だったら返せばいいでしょ」
葉月は迷いなく笑った。
「今からでも、ドイツ行く前でも。
“もらいっぱなしの自分”がイヤなら、
そこから一歩動けばいいの」
「……一歩」
「そう。一歩」
憂は顔を上げ、
悩むように眉を寄せた。
「でも……何を返せばいいか分かんないよ。
千秋って、なんか……難しい」
「千秋ちゃんってさ、手がかかるタイプのロマンチストだよね?」
「ひどくない!?」
「褒めてんのよ?
ほら、“身につけて思い出せるもの”とか……
絶対好きなタイプじゃん、あの子」
(身につけるもの……)
胸元のネックレスに視線が落ちる。
胸の奥が熱くなる。
「……お姉ちゃん」
「はいはい? 可愛い相談のお時間ね?」
「春にさ、千秋の家庭教師したときの……
お金、まだ残ってるよね?」
その言葉に、葉月の目が大きく見開く。
そして――にんまり。
「はぁ~~ん。なるほどねぇ?
憂ちゃん、いよいよ攻めに入るかぁ?」
「ち、ちが……ちがうってば!!」
顔を覆って真っ赤になる憂。
葉月はそんな妹を愛おしそうに見つめて笑った。
「いいじゃない。
“ありがとう”をちゃんと返すって、立派だよ」
「……でも、千秋……
距離置こうって……」
「距離置くって言ったのは、弱くなる自分が怖いからでしょ」
核心を突く声。
「憂ちゃんはさ、
本当は全部わかってるよね?」
憂は、涙を噛み殺すように唇をきつく噛んだ。
(怖い。
また遠くに行っちゃうのが……
本当に怖い)
でも――
涙の奥に、確かな想いがまだ残っている。
(大切だから……
どれだけ離れても、繋がっていたい)
「……ありがとう、って言いたいの」
小さな声。
けれどはっきりと。
「千秋にくれた全部を、
ちゃんと返してから……
それでも別々の未来に行くなら……」
「それは“卒業”だね」
葉月は優しく妹の手を包み込んだ。
「じゃあ決まり!
お嬢様でも思わずニヤけちゃうやつ探しに行きましょう」
憂は涙を拭い、
ぎゅっと頷いた。
「……うん!」
布団に沈んでいた身体が起き上がる。
小さな背中に光が差した。
カーテンの向こう、冬空のどこかで
春の匂いがひっそり近づいている。
(一歩だけでいい
でも前に進む)
――その小さな決意が、
凍えた心に灯る最初の火になった。
カーテンの隙間から差し込む冬の光が、
薄い氷のようにゆらりと広がっていた。
憂は布団の中で膝を抱え、胸元のネックレスを握りしめている。
昨日のメッセージ――
千秋からの「距離を置きましょう」という文字が、まだ胸に刺さったままだ。
(なんで……わたし、こんなに苦しいんだろう)
ドアが小さくノックされた。
「憂、起きてる?」
ノックもそこそこに、葉月がひょこっと顔を出す。
ゆるいポニーテール、パーカー姿。
「……うん」
ベッドの上で体育座りした憂は、返事だけ小さくした。
葉月は憂の胸元をちらり。
「それ、千秋ちゃんにもらったネックレス?」
「……うん。誕生日の時……」
指先が、ネックレスの上でそっと止まる。
「“似合ってますわよ”って……
真面目な顔で言うくせに、
耳まで真っ赤で……」
憂は思わず、くすっと笑った。
「宝物って言ったら……
“それはまだ早いですわ”とか言いながら、
すごく嬉しそうで……」
その記憶は、
胸の奥をやさしく締めつける。
「……あの時ね。
千秋が、わたしの誕生日を
ちゃんと祝ってくれたのが……
すごく、嬉しかったんだ」
今、指先に触れる冷たささえ、
あの日の温度の続きを運んでくるみたいだった。
「だから余計に……
失いたくないの」
葉月は憂の隣に腰を下ろし、
優しく背中に手を置いた。
「で、どうするの? 憂。」
「どうって……何が?」
「千秋ちゃんから“距離置こ”って来たでしょ?」
図星だった。
憂は布団に潜って顔を隠す。
「わたし……千秋からいっぱいもらってばっかりなの。
曲も、言葉も、励ましも……誕生日も。
“お返しするね”って言ったのに……」
「何も返してない、って思ってるんだ?」
「……うん」
小さな声。
ネックレスをぎゅっと握りすぎて手が少し痛い。
「だったら返せばいいでしょ」
葉月は迷いなく笑った。
「今からでも、ドイツ行く前でも。
“もらいっぱなしの自分”がイヤなら、
そこから一歩動けばいいの」
「……一歩」
「そう。一歩」
憂は顔を上げ、
悩むように眉を寄せた。
「でも……何を返せばいいか分かんないよ。
千秋って、なんか……難しい」
「千秋ちゃんってさ、手がかかるタイプのロマンチストだよね?」
「ひどくない!?」
「褒めてんのよ?
ほら、“身につけて思い出せるもの”とか……
絶対好きなタイプじゃん、あの子」
(身につけるもの……)
胸元のネックレスに視線が落ちる。
胸の奥が熱くなる。
「……お姉ちゃん」
「はいはい? 可愛い相談のお時間ね?」
「春にさ、千秋の家庭教師したときの……
お金、まだ残ってるよね?」
その言葉に、葉月の目が大きく見開く。
そして――にんまり。
「はぁ~~ん。なるほどねぇ?
憂ちゃん、いよいよ攻めに入るかぁ?」
「ち、ちが……ちがうってば!!」
顔を覆って真っ赤になる憂。
葉月はそんな妹を愛おしそうに見つめて笑った。
「いいじゃない。
“ありがとう”をちゃんと返すって、立派だよ」
「……でも、千秋……
距離置こうって……」
「距離置くって言ったのは、弱くなる自分が怖いからでしょ」
核心を突く声。
「憂ちゃんはさ、
本当は全部わかってるよね?」
憂は、涙を噛み殺すように唇をきつく噛んだ。
(怖い。
また遠くに行っちゃうのが……
本当に怖い)
でも――
涙の奥に、確かな想いがまだ残っている。
(大切だから……
どれだけ離れても、繋がっていたい)
「……ありがとう、って言いたいの」
小さな声。
けれどはっきりと。
「千秋にくれた全部を、
ちゃんと返してから……
それでも別々の未来に行くなら……」
「それは“卒業”だね」
葉月は優しく妹の手を包み込んだ。
「じゃあ決まり!
お嬢様でも思わずニヤけちゃうやつ探しに行きましょう」
憂は涙を拭い、
ぎゅっと頷いた。
「……うん!」
布団に沈んでいた身体が起き上がる。
小さな背中に光が差した。
カーテンの向こう、冬空のどこかで
春の匂いがひっそり近づいている。
(一歩だけでいい
でも前に進む)
――その小さな決意が、
凍えた心に灯る最初の火になった。
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