沈黙のういザード 

豚さん

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21章 Rein Schwarz Ritter

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 白い冬の朝。
 カーテンの隙間から差し込む光が、床に細く長い線を描いた。

 憂は、小さな白い箱を両手でぎゅっと包み込んでいた。
 掌に収まるサイズなのに、心臓より重い。

 箱を鞄の奥へそっと滑り込ませる。
 視線を落とした指先がかすかに震えていた。

 玄関に向かい、ドアノブへ手を伸ばした――その瞬間。

 パシンッ。

「いったっ!?」

 軽く弾かれた額を押さえて振り返ると、
 そこには腕を組んだ葉月が立っていた。

 いつものゆるふわなお姉ちゃんとはまるで違う。
 体のラインにぴたりと沿った漆黒のライダースーツが、
 冬の光を硬質に反射させている。

 その姿は――
 “覚悟を決めた姉”を纏った騎士そのものだった。

「……電車で行くつもりだったんでしょ」

「え、だって……その方が……」

「はぁ~……」

 葉月は大げさにため息をつき、
 しかしその瞳には鋭くもあたたかい色が宿っていた。

「今のあんた、電車で一人にしたら……
 考えすぎて途中で引き返すでしょ」

 心のど真ん中を射抜かれ、憂は言葉を失う。

「ほらね。当たり」

 葉月は軽く顎をしゃくり、玄関の扉を開いた。

 冬の空気が一気に流れ込み、
 続いて――黒い影が視界を覆った。

「えっ……なに、これ……」

 漆黒の大型バイク。
 冷たい金属に朝の光が反射し、獣のような存在感を放っている。

「今日の“足”」

 ライダースーツの胸元を軽く整えながら、
 葉月はなぜか胸を張って言った。

「……な、なにこれ……!」

 憂は思わず一歩さがる。

 その反応に、葉月は嬉しそうに口角を上げた。

「ふふん。
 これね――石田さんからの“頂き物”なのよ」

「えっ……うそ……石田さんが!?」

「そう。“紅茶淹れながら最新型エンジンを完全分解できる女”の石田さん」

「いやそれよく知ってるけど!!
 仕事の幅どうなってるの石田さん!!?」

 葉月はバイクのタンクをポンと叩く。
 ライダースーツのグローブが金属に触れる、その音さえ頼もしい。

「しかもね……
 譲るだけじゃ満足しなかったらしくて、
 『免許取得お祝い仕様』として、後継機として本気で改造してくれたのよ」

「か、改造まで!?」

「吸気系も足回りも、“お嬢様を守るために”って言いながら、
 最終的には完全に“趣味の世界”に突っ走ってたけどね」

「絶対それ趣味優先だよね……!」

「で、名前も付いてる」

「名前!?!?」

 葉月はどや顔で宣言する。

「ライン・シュヴァルツリッターちゃん。
 ドイツ語でね――
 “Rein=純粋な”、
 “Schwarz=黒”、
 “Ritter=騎士”。
 石田さんいわく、
 “お嬢様方をお守りする純黒の忠誠なる騎士にございます”だって」

「いや説明まで本格的……!
 ていうか石田さんのネーミングセンス、世界観デカすぎ!!」

 葉月は「まあね」と笑い、
 ライダースーツの袖を軽くまくってから、ハンドルを愛おしげに撫でた。

「でも見た目の迫力とは違って、
 乗り心地はすっごくいいのよ。
 石田さんの“愛”と“技術職人の執念”が詰まってるから」

「……愛という名のこだわりの暴走では……?」

「細かいことはいいのよ。
 大事なのは――」

 葉月は憂の肩に軽く触れ、
 漆黒のスーツ越しに驚くほどあたたかい手のひらを添えた。

「この子が、今日の“憂の背中押し”を一緒にやってくれるってこと。」

 憂は黒く光る車体を見つめた。
 姉の漆黒のスーツと相まって、
 本当に“黒騎士に守られる姫”のような気持ちになる。

 胸の奥で、そっと小さな勇気が灯った。

 憂は混乱のまま固まる。
 葉月はライダースーツの襟を軽く整え、さらりと言い放った。

「……憂ちゃんの心の整理がつくまで、姉ちゃんが横にいる。
 そのためのサプライズよ」

「……心の、整理……」

「そう。
 一番メンタルが揺れてる今、一人で向かわせるのはバカでしょ」

 葉月はヘルメットを差し出した。

 漆黒のスーツと同じ色のヘルメット。
 その奥に、姉の覚悟が静かに宿っている。

「バイクは風の音しか聞こえない。
 余計な情報も、人の目も、何もない。
 “自分の気持ちだけ”と向き合える」

 憂はヘルメットを抱きしめるようにして見下ろし、
 小さく息を吸った。

「……でも、一人で考えるの……怖いよ」

「だからあたしがいるんでしょうが」

 その言葉は驚くほどやさしく、
 そして、驚くほど強かった。

 葉月は憂の肩にそっと手を置いた。

「憂ちゃんね……今すごく顔が泣きそうなの。
 こんな顔で電車に一人で乗せるわけないじゃん。姉として無理」

「……お姉ちゃん……」

「千秋ちゃんに会いに行きたいんでしょ?」

 憂は唇を噛み、震える声で絞る。

「……会いたい……すごく……」

「うん。知ってる」

 葉月は憂のヘルメットを丁寧にかぶせ、
 バックルをカチッと留めた。

 グローブ越しの優しい指先が、
 まるで“黒騎士が姫を送り出す儀式”のように感じられる。

「怖くてもいい。
 弱くてもいい。
 それを認めた子は、ちゃんと進めるの」

「……うん……!」

「乗りなさい。
 走りながらでいい。
 あんたの気持ち、ぜんぶまとめておいで」

 憂はバイクの後部に座り、
 葉月の漆黒の背中にぎゅっと腕をまわした。

「離さないでよ?」

「う、うん……!」

「振り落としたら姉ちゃん泣くからね」

「泣かないで!?!?」

「じゃあ絶対に離さないこと」

 エンジンが唸り、冬の空気が震えた。

 葉月の声が、マフラー越しにやわらかく響く。

「ほら憂ちゃん。
 走ろう。
 あんたの心が、ちゃんと前を向けるように」

 黒いバイクはゆっくりと動き出した。

 冷たい風が頬を刺すのに、
 姉の漆黒の背中は驚くほどあたたかい。

(この背中に……守られてる……)

 鞄の中の白い箱が震える。
 未来へ向かう準備が、ひとつずつ整っていく。

(待ってて、千秋)

(わたしは逃げない)

(あなたに……ちゃんと会いに行くから)

 黒い影は冬空の下を滑り、
 “黒騎士の姉”と少女の想いを乗せて未来へ走り出した。
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