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13話 火種のあとの静かな時間
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昼休みのチャイムが鳴ると、
教室の空気は一気に緩んだ。
「秋香ちゃん、ごめんねー」
葉月は、少し申し訳なさそうに両手を合わせる。
「今日はちょっと……話したいことがあって」
「ううん、大丈夫よ」
秋香はあっさり笑った。
「会長とでしょ?」
「……まあ」
「気にしないで。
あとで一緒にお茶しよ?」
「うん、ありがとう」
葉月は軽く手を振り、
そのまま教室の奥へ向かう。
「ねえ、結衣ちゃん」
結衣はパンを片手に振り返った。
「お、葉月君。
まさかナンパ?」
「違うわい」
即答。
「話がしたいの。
できれば……二人で」
結衣は一瞬だけ目を丸くし、
それから楽しそうに笑った。
「いいね。
じゃあ、生徒会室行こっか」
生徒会室は、
昼の光が静かに差し込む場所だった。
結衣は机に腰掛け、
紙袋からいつものようにパンを取り出す。
「今日もそれ?」
葉月は弁当箱を置きながら言う。
「うん。
手軽でいいでしょ」
「よくない」
即答。
「栄養、絶対偏ってる」
「えー」
結衣はわざとらしく肩を落とす。
「じゃあさ」
にやっと笑って、身を乗り出す。
「お弁当、分けてくれない?」
「……普通に言えばいいのに」
葉月はため息をつきながら、
ふたを開けた。
「ダイエット中だから、
別にいいよ」
結衣は目を輝かせる。
「え、優しすぎない?」
「はいはい。
どうぞ」
差し出されたおかずを見て、
結衣は少し不満そうに言った。
「もっとさ、
『嫌です!』とか
拒否されると思ったのに」
「期待しないで」
「がっかりだなあ」
そう言いながら、
結局しっかり食べている。
しばらく、
咀嚼の音だけが続いた。
「……で」
葉月は箸を止めた。
「さっきの小鈴ちゃんの件」
「ああ」
結衣はパンをかじりながら頷く。
「別に喧嘩してるつもりはないんだけどね。
僕は、あれ結構楽しいよ」
「それが問題なの」
葉月は真顔になる。
「ナンパは……まあ、置いとくけど」
「置いとくんだ」
「教室でピリピリするのはやめてほしい」
結衣は少し考えてから、
肩をすくめた。
「迷惑なのは自覚してるよ」
「じゃあ」
「できるだけ、自重する。
約束する」
葉月はほっと息をついた。
「……ありがとう」
そのとき、
結衣が紙袋を畳み、
机の端に置いた。
「……あのさ」
「なに?」
「これは、さっきの話とは別なんだけど」
ほんの少しだけ、
言葉を選ぶ間。
「文化祭のときのこと」
葉月の手が止まる。
「憂君に――
距離、詰めすぎた」
結衣は、冗談めいた笑顔を作らなかった。
「あれは……悪かったと思ってる」
短く、はっきりと。
「冗談のつもりだったし、
深い意味もなかったけど」
肩をすくめる。
「君が怒る理由も、
小鈴君が本気で線を引いた理由も、
今なら分かる」
葉月は、数秒黙ってから息を吐いた。
「……謝る相手、
あたしじゃないけどね」
「分かってる」
即答。
「だから、君に約束する」
少し声を落として。
「憂君には、
もう二度と、
ああいう距離の詰め方はしない」
葉月は結衣を見た。
そこにあったのは、
軽さではなく、判断だった。
「……それなら、いい」
短く答える。
結衣は、ほんの少しだけ安堵したように笑った。
「助かるよ。
正直、君に本気で嫌われるのは
ちょっと困る」
「自覚あったんだ」
「まあね」
苦笑。
「そういえばさ」
結衣は思い出したように言う。
「文化祭のライブ。
憂君と千秋君には本当に助けられた」
「うん」
「千秋君のアコースティックピアノ、
あれはすごかったよ。
プロを目指すの、納得」
「千秋ちゃん、
ドイツに留学したの」
「副会長から聞いた。
本気なんだね」
少し、表情を変えて。
「憂君の歌もさ。
独特だった」
「……」
「声も、間も。
ギターも良かった」
葉月は、少しだけ視線を落とす。
「……あれ、多分ね」
「うん?」
「憂ちゃん、
同じことはできないと思う」
結衣は、静かに頷いた。
「へえ」
「でも」
葉月はすぐに続ける。
「バラード系は得意。
すごく、心にくる歌を歌うよ」
少しだけ、自慢げに。
「へえ……
それは聞いてみたいな」
「あなたみたいなタイプ、
たぶん苦手だと思う」
「えー」
「小鈴ちゃんには、
すぐ懐いたけどね」
結衣は、くすっと笑った。
「……焼けるね、それ」
「焼かないで」
二人は、小さく笑い合った。
「小鈴君のことだけど」
結衣が続ける。
「幼馴染なんだ。
小学校からずっと」
「そうなの?」
「昔は、もっと普通に喋ってた」
窓の外を見る。
「生徒会に入る前にね、
色々あってさ」
「色々?」
「価値観の衝突」
あっさりと。
「僕は、多少はみ出しても
面白いほうを選ぶ」
「知ってる」
「小鈴君は逆。
守る線を絶対に越えない」
少しだけ、寂しそうに笑う。
「それで、派手に喧嘩した」
「……今も?」
「今は」
肩をすくめる。
「相容れないだけ」
葉月は静かに頷いた。
「今日の小鈴ちゃん、
本気だったよ」
「うん」
「だから分かる」
一拍。
「ああいう顔のときは、
もう冗談の余地がない」
葉月は、弁当箱を閉じた。
「……なら、なおさら
近づかないで」
「了解」
軽く笑う。
「しばらくは、大人しくするよ。
受験生だしね」
「最初からそうして」
「それは無理」
「即答しないで」
二人は、また小さく笑った。
生徒会室には、
パンの袋の音と、
静かな昼の時間が流れていた。
教室の空気は一気に緩んだ。
「秋香ちゃん、ごめんねー」
葉月は、少し申し訳なさそうに両手を合わせる。
「今日はちょっと……話したいことがあって」
「ううん、大丈夫よ」
秋香はあっさり笑った。
「会長とでしょ?」
「……まあ」
「気にしないで。
あとで一緒にお茶しよ?」
「うん、ありがとう」
葉月は軽く手を振り、
そのまま教室の奥へ向かう。
「ねえ、結衣ちゃん」
結衣はパンを片手に振り返った。
「お、葉月君。
まさかナンパ?」
「違うわい」
即答。
「話がしたいの。
できれば……二人で」
結衣は一瞬だけ目を丸くし、
それから楽しそうに笑った。
「いいね。
じゃあ、生徒会室行こっか」
生徒会室は、
昼の光が静かに差し込む場所だった。
結衣は机に腰掛け、
紙袋からいつものようにパンを取り出す。
「今日もそれ?」
葉月は弁当箱を置きながら言う。
「うん。
手軽でいいでしょ」
「よくない」
即答。
「栄養、絶対偏ってる」
「えー」
結衣はわざとらしく肩を落とす。
「じゃあさ」
にやっと笑って、身を乗り出す。
「お弁当、分けてくれない?」
「……普通に言えばいいのに」
葉月はため息をつきながら、
ふたを開けた。
「ダイエット中だから、
別にいいよ」
結衣は目を輝かせる。
「え、優しすぎない?」
「はいはい。
どうぞ」
差し出されたおかずを見て、
結衣は少し不満そうに言った。
「もっとさ、
『嫌です!』とか
拒否されると思ったのに」
「期待しないで」
「がっかりだなあ」
そう言いながら、
結局しっかり食べている。
しばらく、
咀嚼の音だけが続いた。
「……で」
葉月は箸を止めた。
「さっきの小鈴ちゃんの件」
「ああ」
結衣はパンをかじりながら頷く。
「別に喧嘩してるつもりはないんだけどね。
僕は、あれ結構楽しいよ」
「それが問題なの」
葉月は真顔になる。
「ナンパは……まあ、置いとくけど」
「置いとくんだ」
「教室でピリピリするのはやめてほしい」
結衣は少し考えてから、
肩をすくめた。
「迷惑なのは自覚してるよ」
「じゃあ」
「できるだけ、自重する。
約束する」
葉月はほっと息をついた。
「……ありがとう」
そのとき、
結衣が紙袋を畳み、
机の端に置いた。
「……あのさ」
「なに?」
「これは、さっきの話とは別なんだけど」
ほんの少しだけ、
言葉を選ぶ間。
「文化祭のときのこと」
葉月の手が止まる。
「憂君に――
距離、詰めすぎた」
結衣は、冗談めいた笑顔を作らなかった。
「あれは……悪かったと思ってる」
短く、はっきりと。
「冗談のつもりだったし、
深い意味もなかったけど」
肩をすくめる。
「君が怒る理由も、
小鈴君が本気で線を引いた理由も、
今なら分かる」
葉月は、数秒黙ってから息を吐いた。
「……謝る相手、
あたしじゃないけどね」
「分かってる」
即答。
「だから、君に約束する」
少し声を落として。
「憂君には、
もう二度と、
ああいう距離の詰め方はしない」
葉月は結衣を見た。
そこにあったのは、
軽さではなく、判断だった。
「……それなら、いい」
短く答える。
結衣は、ほんの少しだけ安堵したように笑った。
「助かるよ。
正直、君に本気で嫌われるのは
ちょっと困る」
「自覚あったんだ」
「まあね」
苦笑。
「そういえばさ」
結衣は思い出したように言う。
「文化祭のライブ。
憂君と千秋君には本当に助けられた」
「うん」
「千秋君のアコースティックピアノ、
あれはすごかったよ。
プロを目指すの、納得」
「千秋ちゃん、
ドイツに留学したの」
「副会長から聞いた。
本気なんだね」
少し、表情を変えて。
「憂君の歌もさ。
独特だった」
「……」
「声も、間も。
ギターも良かった」
葉月は、少しだけ視線を落とす。
「……あれ、多分ね」
「うん?」
「憂ちゃん、
同じことはできないと思う」
結衣は、静かに頷いた。
「へえ」
「でも」
葉月はすぐに続ける。
「バラード系は得意。
すごく、心にくる歌を歌うよ」
少しだけ、自慢げに。
「へえ……
それは聞いてみたいな」
「あなたみたいなタイプ、
たぶん苦手だと思う」
「えー」
「小鈴ちゃんには、
すぐ懐いたけどね」
結衣は、くすっと笑った。
「……焼けるね、それ」
「焼かないで」
二人は、小さく笑い合った。
「小鈴君のことだけど」
結衣が続ける。
「幼馴染なんだ。
小学校からずっと」
「そうなの?」
「昔は、もっと普通に喋ってた」
窓の外を見る。
「生徒会に入る前にね、
色々あってさ」
「色々?」
「価値観の衝突」
あっさりと。
「僕は、多少はみ出しても
面白いほうを選ぶ」
「知ってる」
「小鈴君は逆。
守る線を絶対に越えない」
少しだけ、寂しそうに笑う。
「それで、派手に喧嘩した」
「……今も?」
「今は」
肩をすくめる。
「相容れないだけ」
葉月は静かに頷いた。
「今日の小鈴ちゃん、
本気だったよ」
「うん」
「だから分かる」
一拍。
「ああいう顔のときは、
もう冗談の余地がない」
葉月は、弁当箱を閉じた。
「……なら、なおさら
近づかないで」
「了解」
軽く笑う。
「しばらくは、大人しくするよ。
受験生だしね」
「最初からそうして」
「それは無理」
「即答しないで」
二人は、また小さく笑った。
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パンの袋の音と、
静かな昼の時間が流れていた。
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