沈黙のういザード 

豚さん

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14話 信頼という名の線引き

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 食事を終え、生徒会室を出る。

 昼休みの終わりが近づいた廊下は、
 先ほどまでの喧騒が嘘のように落ち着き、
 足音と遠くの笑い声だけが反響していた。

「さて、と」

 結衣が軽く背伸びをする。

「ごちそうさま。
 やっぱり君の弁当、優しい味だね」

「褒めても何も出ないよ」

 葉月は苦笑しながら、
 生徒会室の扉を静かに閉めた。

 その直後――
 正面から歩いてくる人影に、葉月ははっと目を留めた。

 金色の髪。
 高めの位置で結ばれたサイドテール。
 切れ長の目に、はっきりとした輪郭。
 一目で分かる、美少女。

 葉月の顔が、ぱっと明るくなる。

「……あっ!
 リナちゃん!?」

 次の瞬間には、
 足取りも軽く、距離を詰めていた。

「ひさしぶりー!
 元気だった!?」

 両手をぶんぶん振る勢い。

 廊下の空気が、
 一気に明るくなる。

「あー……」

 葉月は、自分でも分かるほど頬が緩むのを感じた。

「相変わらずだね……」

 リナは少し呆れたように言いながらも、
 視線は葉月から離れない。

「そんなテンションで、
 よく疲れない」

「疲れないよ!
 だって久しぶりだし!」

 葉月はくるっと一回転してみせる。

「日本の学校どう?
 もう慣れた?」

「……まあね」

 そっけない返事。

 けれど、
 その口元はほんの少し緩んでいた。

「葉月先輩は、
 相変わらず騒がしい」

「ひどい!
 成長してるって言って!」

「……無理よ」

 二人のやり取りに、
 廊下を通る生徒がくすっと笑う。

 明らかに、
 “再会を喜ぶ友人同士”の空気だった。

「そうだ!」

 葉月が思い出したように言う。

「紹介するね。
 こっち、生徒会長の――」

 その瞬間。

 リナの視線が、
 すっと横に動いた。

 結衣を見る。

 ――鋭い。

 さっきまでの柔らかさが、
 一気に消える。

 空気が、変わった。

「……あなた」

 低く、冷えた声。

 結衣はその視線を真正面から受け止め、
 ふっと口角を上げる。

「やあ。
 君、噂の新入生だよね?」

 余裕たっぷりの笑み。

「金髪にサイドテール。
 なるほど、目立つ」

「ちょ、結衣ちゃん……」

 葉月は反射的に口を挟む。

「今は、その――」

 だが結衣は止まらない。

「その表情、嫌いじゃない。
 ねえ、君――」

 半歩、距離を詰めた瞬間。

「――それ以上、近づかないでください」

 きっぱりと遮る声。

 リナの目に、
 一切の愛想はなかった。

「先輩であろうと、
 生徒会長であろうと関係ありません」

 廊下の空気が、ぴしりと張りつめる。

「……リナちゃん」

 葉月が小さく名前を呼ぶ。

 だが、リナは振り返らない。

 一歩、前に出る。

「それと」

 声が、さらに低くなる。

「憂に、
 絶対に近づかないでください」

 葉月が、思わず息を呑む。

「年上かどうかなんて、関係ありません」

 迷いのない声。

「彼女は、
 無断で距離を詰められていい存在じゃない」

 一言一言が、
 冷たい刃のようだった。

「冗談で済むと思っているなら、
 それはあなたの感覚です」

 結衣の笑みが、
 ほんの一瞬だけ消える。

「あなたがどういう人か、
 小鈴様から聞いています」

 静かに、
 しかし確実に。

「でも――
 それ以上に」

 視線が、
 鋭く結衣を射抜く。

「わたし自身が、
 あなたを危険だと判断しました」

 空気が、凍る。

「憂は、
 わたしの友達です」

 同じ年齢。
 同じ時間を生きてきた、対等な存在。

「彼女が怯える可能性が、
 ほんの一ミリでもあるなら」

 一歩も引かない。

「わたしは、
 あなたを許しません」

 しばらくの沈黙。

 葉月は、二人の間に流れる緊張を肌で感じ取っていた。

 結衣は、
 リナの視線を受け止めたまま、
 ゆっくりと息を吐く。

 だが――
 その前に。

 リナが、もう一歩だけ前に出た。

「……勘違いしないでください」

 声は静かだったが、
 芯があった。

「わたしが小鈴様のお言葉を重く受け止めているのは、
 命令だからではありません」

 結衣の目が、わずかに細くなる。

「小鈴様は――
 誰かを排除するために線を引く方ではない」

 きっぱりと。

「必要なときに、
 必要な理由を示して、
 守るべき人を守る方です」

 一拍。

「自分が嫌われる役になることも、
 誤解されることも、
 全部分かった上で」

 言葉を選ぶように続ける。

「それでもなお、
 『ここから先は危険だ』と
 はっきり示せる人です」

 胸に手を当てる。

「わたしは――
 そういう判断ができるところを、
 尊敬しています」

 迷いはない。

「だから、
 小鈴様が引いた線を、
 わたしは信じる」

 視線が、結衣をまっすぐ射抜く。

「そして同時に、
 その判断が正しかったと
 自分自身でも確信しています」

 空気が、静かに張りつめる。

 結衣は、
 その言葉を咀嚼するように、
 ほんの一瞬だけ黙った。

 そして――

 ふっと息を吐き、
 口元を緩めた。

「なるほど」

 どこか楽しそうに。

「それはもう、
 立派な“忠誠”だね」

 その言葉に、
 リナの表情が微かに揺れる。

 だが、即座に否定した。

「忠誠ではありません」

 迷いなく。

「信頼です」

 きっぱりと言い切る。

 葉月は、思わず小さく頷いていた。

「これ以上あなたと関わる必要はないと、
 明確に指示されています」

「なので」

 すっと背筋を伸ばし、

「失礼いたします」

 一礼だけして、
 リナは踵を返した。

 だが――
 去り際、足が止まる。

 ほんの一瞬。

 葉月を振り返る。

 先ほどまでの硬さが、
 わずかに緩んだ。

「……葉月先輩」

 小さく、早口で。

「ごめんなさい。
 こんな空気にしてしまって」

「ううん」

 葉月はすぐに首を振った。

「言うべきこと、
 ちゃんと言っただけだよ」

 リナは、少しだけ目を伏せる。

「でも……
 わたし、間違ってないと思ってます」

「うん」

 葉月は、柔らかく笑った。

「それでいい」

 それだけ言って、
 リナは今度こそ歩き出した。

 迷いなく。
 ためらいなく。

 その背中には、
 微塵の躊躇もない。

 完全な、拒絶。

 ――残されたのは、二人。

「はは」

 結衣が肩をすくめる。

「見事に切られたね」

 声には、
 悔しさよりも感心が混じっている。

「しかも、
 “小鈴様の判断”だけじゃない」

 少し間を置いて、
 楽しそうに口角を上げた。

「さっそく、小鈴君の“排除”が始まったってわけだ」

「……うん」

 葉月は、小さく頷く。

「リナちゃん、
 大切な人のためなら、
 本気で怒るから」

「憂君、か」

「そう」

 即答だった。

「……それに」

 少し間を置いて続ける。

「誰かの後ろに立ってるようで、
 ちゃんと自分の足で立ってる」

 結衣は、
 廊下の先を見つめる。

「なるほどね……」

 どこか、面白そうに。

「これは、
 思った以上に根が深い」

「だから面白がらないで」

「無理」

 即答。

「退屈しないから」

 葉月は、静かに息を吐いた。

 小鈴。
 結衣。
 そして、リナ。

 同じ学園にいるだけで、
 火花が散る関係だ。

「さ、教室戻ろうか」

 結衣が言う。

「午後も平和だといいけど」

「無理でしょ」

 葉月は即答した。

 結衣は肩をすくめ、
 歩きながらふっと考えるように言う。

「まあ……
 こういうときはさ」

 ちらりと横目。

「副会長にでも、
 慰めてもらおうかな」

 その瞬間。

 葉月が、ぴたりと足を止めた。

「……結衣ちゃん」

 声が、妙に低い。

「なに?」

「秋香ちゃん、
 優しいしさ。
 紅茶も美味しいし」

 にこり。

「ちょっと話聞いてもらうくら――」

 拳が、
 すっと結衣の視界に入った。

「一歩でも近づいたら、
 拳で止めるから」

「え?」

 葉月は、にっこり笑っている。
 だが、その目は本気だった。

「秋香ちゃんは、
 あたしの親友だから」

「ひどいなあ」

 結衣は苦笑する。

「慰めてもらうだけだって」

「信用ゼロ」

 即答。

「生徒会長としての立場も、
 全部吹き飛ぶから覚悟して」

「物理的に?」

「物理的に」

 二人の視線が、交差する。

 数秒。

 ……先に視線を逸らしたのは、結衣だった。

「あー……」

 小さく喉を鳴らす。

「いや、
 副会長はさ」

 少しだけ、声の調子が変わる。

「本気で手を出したら、
 静かにナイフが来るタイプでしょ」

「来るよ」

 葉月は即答した。

 しかも、やけに明るく。

「音も立てずに」

「だよね」

 結衣は深く頷く。

「怒鳴らないし、
 殴らないし、
 説明もしない」

「しないね」

「ただ、
 山で生き残った人の手つきで来る」

「来る来る」

 二人の間に、
 一瞬だけ、妙な沈黙が落ちた。

「……あたしに手を出したら」

 葉月は、にこにこしたまま言う。

「たぶん次の日の新聞、
 “原因不明の遭難”って書かれる」

「白凰の校舎で?」

「校舎で」

「意味が分からないな」

「そこが秋香ちゃん」

 結衣は、肩をすくめて苦笑した。

「いや、
 さすがにそれは冗談としてもさ」

 少しだけ真顔になる。

「武闘派ってレベルじゃないんだよね。
 あの人」

「石田さん案件だから」

「……ああ、
 あの石田さんね」

 一瞬で納得した顔。

「それ聞いたら、
 僕でも冗談で済ませるよ」

「でしょ?」

「命知らずじゃないから」

 葉月は一瞬だけ呆れ、
 それから、ふっと息を吐いた。

「分かってるなら、よし」

「怖いなあ、白凰のメイド長は」

「誰がメイド長よ」

 葉月は呆れたようにため息をつく。

 けれど、その口元は、
 ほんの少しだけ緩んでいた。

 白凰女学院の昼休みは、
 終わりを告げる。

 けれど――

 火種は、確実に残っていた。

 この学園での一年が、
 穏やかに終わるはずがないことを、
 二人とも、もう察していた。
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