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第7巻 1話 憂理のgizzard(ギザード)
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玄関前。
ゴールデンウィークの朝は、まだ少しひんやりとしていて、庭の若葉が朝日を受けてきらきらと揺れていた。
一軒家の玄関先に、黒いバイクが停められている。
その横で、葉月が手際よく荷造りをしていた。
全身はライダースーツ。
膝と肘にはプロテクター、背中にはしっかりしたバックパック。
サイドバッグには、キャンプ用具一式。
寝袋、クッカー、最低限の着替え。
どれも量は控えめで、無駄がない。
野外で一晩過ごすには、ちょうどいい分量。
そして――
食材は、驚くほど少ない。
「……葉月姉、これだけ?」
憂が、思わず声を落として聞く。
「うん。最初の分だけ」
葉月はベルトを締めながら、いつもの落ち着いた調子で答えた。
「最終日は現地調達になるみたい」
「……げんち……ちょうたつ……?」
「秋香ちゃんがね、その方が自然で楽しいって言うの」
葉月は苦笑いを浮かべる。
「千秋ちゃんのイトコで、同級生。
それに、バイク仲間なの。
あの子、サバイバルが好きでね――お嬢様なのに」
「お、お嬢様なのに……?」
「そう。意外でしょ」
少し肩をすくめて続ける。
「昔、軍隊生活の経験がある石田さんと一緒に、山で何日か過ごしたことがあるらしくて」
「……過ごした……?」
「山菜とか、虫とか」
「む、虫……?」
憂の顔が引きつる。
「蛇も食べたって言ってたわ」
「ひいいいいい!!」
憂の悲鳴が、静かな住宅街に響いた。
「ちょっと、声大きい」
葉月は慌てて宥める。
「大丈夫。芋虫とかカマキリは、あたしも無理だから」
「……じゃあ、何が大丈夫なの?」
「うーん……」
少し考えてから、真面目に答える。
「……カエルとか、蛇なら……たぶん、食べられる」
「――えっ!? た、食べるの!?」
「うん。調理すれば意外と美味しいって……」
「ちょ、ちょっと待って!? 食べるって何!?」
「憂ちゃん、顔真っ青だよ」
「だって……ぴょんってして、にょろってしてるんだよ!? それを……その……っ」
言葉にできず、ぶるっと肩を震わせる。
「……む、無理……わたし、絶対キャンプ向いてない……」
葉月は、憂の反応にも動じず、あくまで冷静だった。
「……ねえ、憂ちゃん」
「な、なに……?」
「それ、キャンプとサバイバル、勘違いしてない?」
「え?」
「普通のキャンプはね、カエル捕まえて食べたりしないし、蛇をどう調理するかで悩んだりもしないから」
「……そ、そうなの?」
「そうなの。テント張って、お魚釣りして、カレー作って、焚き火見て、あー楽しかったねって帰るだけ」
「……ほんとに?」
「ほんとにほんと」
葉月は淡々と頷いた。
「少なくとも、生き延びるための知識は必須じゃないから。
それはね、石田さんとか秋香ちゃんが、ちょっと特殊な訓練を受けてるだけで
……普通のキャンプには関係ないよ」
憂は少しだけ安心したように、肩の力を抜いた。
「……じゃあ、わたしにもできる……?」
「うん。少なくとも、命のやり取りは発生しない――と、思ってたんだけど」
「……え?」
葉月は、ほんの一瞬だけ視線を逸らしてから、続ける。
「今回行く場所ね、食用のカエルがいるらしくて」
「……」
「で、秋香ちゃんがせっかくだから現地調達もしましょうって」
「……」
「たぶん、一緒に食べることになるかな」
「――ぎゃああああああ!!?」
憂は、カエルのように跳ね上がった。
「か、か、カエル!? 食べる!? 見るだけじゃなくて!?」
口元を押さえ、顔色が一気に青くなる。
「む、無理……! わたし、泡ふく……絶対泡ふく……!」
「落ち着いて、憂ちゃん」
葉月は慌てるでもなく、背中をぽんぽんと叩く。
「ちゃんと下処理されたやつだし、唐揚げにすると鶏肉みたいだから」
「フォローが追い討ちになってるよぉ……!」
憂は半泣きで、崩れ落ちた。
「……やっぱり、命のやり取り、発生してるじゃん……」
葉月は、くすっと笑った。
●
最後に荷物を確認し、黒いバイクに跨る。
エンジンをかけると、低く重たい音が、朝の空気を震わせた。
憂は一歩近づいて、ヘルメット越しに葉月を見上げる。
「……気をつけてね」
「うん」
葉月は優しく頷く。
「理恵パイセンと、小鈴ちゃんと、結衣ちゃんとは――ちゃんと仲よくね?」
「え?」
「一緒に遊ぶ約束、してるんでしょ」
憂は少し驚いてから、頷いた。
「……うん」
「なら、安心」
エンジン音が、少しだけ大きくなる。
前を向いたまま、穏やかに言う。
「憂ちゃんは、今ここで、ちゃんと楽しみなさい」
アクセルを吹かす。
「じゃ、行ってくるね~」
黒いバイクはゆっくりと走り出し、やがて門を抜け、道の先へと消えていった。
残された玄関前。
エンジン音の余韻だけが、しばらく空気に残る。
憂は、胸の奥に小さな不安と、それとは別の――ほんの少しの期待を感じていた。
今日は、理恵と、小鈴と、結衣と一緒に過ごす約束の日。
同じ朝。
それぞれの場所で、違うゴールデンウィークの一日が、静かに動き出していた。
ゴールデンウィークの朝は、まだ少しひんやりとしていて、庭の若葉が朝日を受けてきらきらと揺れていた。
一軒家の玄関先に、黒いバイクが停められている。
その横で、葉月が手際よく荷造りをしていた。
全身はライダースーツ。
膝と肘にはプロテクター、背中にはしっかりしたバックパック。
サイドバッグには、キャンプ用具一式。
寝袋、クッカー、最低限の着替え。
どれも量は控えめで、無駄がない。
野外で一晩過ごすには、ちょうどいい分量。
そして――
食材は、驚くほど少ない。
「……葉月姉、これだけ?」
憂が、思わず声を落として聞く。
「うん。最初の分だけ」
葉月はベルトを締めながら、いつもの落ち着いた調子で答えた。
「最終日は現地調達になるみたい」
「……げんち……ちょうたつ……?」
「秋香ちゃんがね、その方が自然で楽しいって言うの」
葉月は苦笑いを浮かべる。
「千秋ちゃんのイトコで、同級生。
それに、バイク仲間なの。
あの子、サバイバルが好きでね――お嬢様なのに」
「お、お嬢様なのに……?」
「そう。意外でしょ」
少し肩をすくめて続ける。
「昔、軍隊生活の経験がある石田さんと一緒に、山で何日か過ごしたことがあるらしくて」
「……過ごした……?」
「山菜とか、虫とか」
「む、虫……?」
憂の顔が引きつる。
「蛇も食べたって言ってたわ」
「ひいいいいい!!」
憂の悲鳴が、静かな住宅街に響いた。
「ちょっと、声大きい」
葉月は慌てて宥める。
「大丈夫。芋虫とかカマキリは、あたしも無理だから」
「……じゃあ、何が大丈夫なの?」
「うーん……」
少し考えてから、真面目に答える。
「……カエルとか、蛇なら……たぶん、食べられる」
「――えっ!? た、食べるの!?」
「うん。調理すれば意外と美味しいって……」
「ちょ、ちょっと待って!? 食べるって何!?」
「憂ちゃん、顔真っ青だよ」
「だって……ぴょんってして、にょろってしてるんだよ!? それを……その……っ」
言葉にできず、ぶるっと肩を震わせる。
「……む、無理……わたし、絶対キャンプ向いてない……」
葉月は、憂の反応にも動じず、あくまで冷静だった。
「……ねえ、憂ちゃん」
「な、なに……?」
「それ、キャンプとサバイバル、勘違いしてない?」
「え?」
「普通のキャンプはね、カエル捕まえて食べたりしないし、蛇をどう調理するかで悩んだりもしないから」
「……そ、そうなの?」
「そうなの。テント張って、お魚釣りして、カレー作って、焚き火見て、あー楽しかったねって帰るだけ」
「……ほんとに?」
「ほんとにほんと」
葉月は淡々と頷いた。
「少なくとも、生き延びるための知識は必須じゃないから。
それはね、石田さんとか秋香ちゃんが、ちょっと特殊な訓練を受けてるだけで
……普通のキャンプには関係ないよ」
憂は少しだけ安心したように、肩の力を抜いた。
「……じゃあ、わたしにもできる……?」
「うん。少なくとも、命のやり取りは発生しない――と、思ってたんだけど」
「……え?」
葉月は、ほんの一瞬だけ視線を逸らしてから、続ける。
「今回行く場所ね、食用のカエルがいるらしくて」
「……」
「で、秋香ちゃんがせっかくだから現地調達もしましょうって」
「……」
「たぶん、一緒に食べることになるかな」
「――ぎゃああああああ!!?」
憂は、カエルのように跳ね上がった。
「か、か、カエル!? 食べる!? 見るだけじゃなくて!?」
口元を押さえ、顔色が一気に青くなる。
「む、無理……! わたし、泡ふく……絶対泡ふく……!」
「落ち着いて、憂ちゃん」
葉月は慌てるでもなく、背中をぽんぽんと叩く。
「ちゃんと下処理されたやつだし、唐揚げにすると鶏肉みたいだから」
「フォローが追い討ちになってるよぉ……!」
憂は半泣きで、崩れ落ちた。
「……やっぱり、命のやり取り、発生してるじゃん……」
葉月は、くすっと笑った。
●
最後に荷物を確認し、黒いバイクに跨る。
エンジンをかけると、低く重たい音が、朝の空気を震わせた。
憂は一歩近づいて、ヘルメット越しに葉月を見上げる。
「……気をつけてね」
「うん」
葉月は優しく頷く。
「理恵パイセンと、小鈴ちゃんと、結衣ちゃんとは――ちゃんと仲よくね?」
「え?」
「一緒に遊ぶ約束、してるんでしょ」
憂は少し驚いてから、頷いた。
「……うん」
「なら、安心」
エンジン音が、少しだけ大きくなる。
前を向いたまま、穏やかに言う。
「憂ちゃんは、今ここで、ちゃんと楽しみなさい」
アクセルを吹かす。
「じゃ、行ってくるね~」
黒いバイクはゆっくりと走り出し、やがて門を抜け、道の先へと消えていった。
残された玄関前。
エンジン音の余韻だけが、しばらく空気に残る。
憂は、胸の奥に小さな不安と、それとは別の――ほんの少しの期待を感じていた。
今日は、理恵と、小鈴と、結衣と一緒に過ごす約束の日。
同じ朝。
それぞれの場所で、違うゴールデンウィークの一日が、静かに動き出していた。
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