沈黙のういザード 

豚さん

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エピローグ 

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 披露宴会場を出ると、夜風がやさしく頬を撫でた。

 両手には、ずっしりとした引き出物の紙袋。
 中身以上に、胸の中がまだあたたかい――
 そう思っていたのに。

 ふと、紙袋の中で、何かが静かに触れ合う音がした。

 ちらりと覗けば、そこに収められていたのは――
 有名ブランドの限定バッグと、上質なシルクのスカーフ。

 さらにその下には、高級時計を忠実に再現したミニチュアモデル。
 宝飾職人の手仕事が感じられる、ジュエリー用の小物。

 極めつけは、箱に納められた、陶器とガラスの工芸品。
 もはや実用品というより、美術館の展示棚に並んでいそうな佇まいだった。

「……重いわけだ」

 思わず、苦笑が漏れる。

 けれど、不思議と嫌な重さではない。

 それは財の重みではなく、
 ――祝われる側が、どれほど真剣に祝ってくれたかの重み。

 胸の奥に残る歌の余韻と、手に伝わる確かな質量が、今夜の披露宴が夢ではなかったことを、静かに教えていた。

「はぁ……」

 葉月が、少し大げさに息を吐く。

「理恵姐さん、すっごく綺麗だったなぁ……」

 夜空を見上げながら、しみじみと続ける。

「花嫁、いいなぁ……」

「……うん」

 憂も頷く。

「小鈴さんのお兄さんも……すごく素敵な人でした」

「お?」

 葉月が、にやっと意地の悪い笑みを浮かべる。

「なになに?小鈴ちゃんのお兄さん、かっこよすぎて――ちょっと惚れちゃった?」

 からかう声色。
 けれど、どこか楽しそうだ。

 憂は、ぎくっと肩を揺らした。

「ち、違っ……!」

 否定は早い。
 だが、声の裏が追いついていない。

「へぇ~?」

 葉月はさらに身を乗り出す。

「すごく……その……緊張してたわたしに、いっぱい話しかけてくれて……それが、嬉しかっただけ」

「ふーん?」

 葉月は納得したように、うんうんと頷く。

「ちゃんと人の気遣いを感じ取れるようになったってことだね」

 ぽん、と憂の頭に手を置く。

「憂ちゃん、成長したわ」

「……葉月姉……」

 少し照れくさそうに笑う憂。

 しばらく歩いてから、葉月がふと思い出したように聞く。

「そういえばさ。理恵姐さん、実際に会ってどうだった?」

「……第一印象は」

 憂は少し間を置いてから、正直に言った。

「すごく怖くて……最悪だった」

「ははは!」

 葉月が声を上げて笑う。

「だよねぇ!」

「罵声……すごくて……心、折れそうになったよ……でも……プライベートでは、いろいろ教えてもらって……」

 言葉を選びながら。

「大切なことを、ちゃんと……」

 葉月は満足そうに頷いた。

「でしょ?あの人、ああいう性格だけど」

 少し誇らしげに胸を張る。

「後輩に、めちゃくちゃ慕われてたんだよ?」

「……うん」

 憂も、くすっと笑う。

「そうだね」

 そのまま歩きながら、葉月は両腕をぐっと上に伸ばした。

「今日は楽しかったー!」

 その拍子に、ドレスの袖がずれて――
 憂の視界に、ふと葉月の脇が入る。

 ――先月の夜。
 理恵の家に泊まったとき、なぜか真剣な顔で聞かされた、
 あの妙に熱のこもった大人の会話が、不意に頭の中で再生される。

 憂は、反射的に顔を赤くした。

 葉月が首を傾げる。

「どうしたの、憂ちゃん?」

「な、なんでもない!」

 ぷいっと前を向く。

 葉月は一歩近づく。

「なに黙ってるの? まさかお姉ちゃんに内緒?……あーーいーけないんだー?」

 子どもみたいに頬を膨らませる。

「だ、だだだ……」

 観念したように、憂が小さく息を吸った。

「……理恵さんが……」

「なになに?」

「夜に……大人の会話を……」

 耳まで真っ赤。

「葉月姉の……テニスウェア姿の……脇が……すごく素敵だって……」

 一瞬の沈黙。

「ぐぬぬぬぬ!!」

 葉月のこめかみに、わかりやすく青筋が浮かぶ。

「それ、まさか」

 ゆっくり振り向いて、にっこり笑う。

「理恵姐さんの、いつもの悪い癖聞いたの?」

 逃げられないと悟って、憂は一瞬だけ息を詰めた。
 耳の奥に、さっき聞いた言葉の温度だけが、まだ残っている。

 意味は分かってしまった。
 でも――
 理解してしまったこと自体が、少し、怖い。

 大人が当たり前のように語る、現実の一端。
 まだ踏み込む予定のなかった世界の、体験版。

 視線が泳ぎ、頬がじわりと熱を持つ。
 それでも、誤魔化すことはできなくて。

 憂は一瞬だけ息を詰め、それ以上考えないように視線を逸らす。

「……うん」

「ちょっと待って!? なに憂ちゃんに変なこと教えてんのよ、あの人!!」

 拳を握りしめて方向転換。

「よし、今から文句言いに――」

 そこで、ぴたりと止まり、なぜか胸を張る。

 憂が一歩前に出て、慌てて声を張る。

「お、落ち着いて……!ここ、今は披露宴の外だから! まだ公式に大人の場だから!!」

「――言っとくけどね?」

 振り返って、きっぱり。

「テニスウェア姿の脇を見せるのは、憂ちゃんだけですから!」

「いや論点そこじゃないし! 独占宣言やめて!」

「えー? だって姉妹特権でしょ?」

「そんな特権ありません!!」

 憂が慌てて腕を掴む。

「お、落ち着いて……!」

「落ち着けるかーっ!!」

 葉月はそのまま、くるりと踵を返した。

 ヒールが石畳を鳴らし、披露宴会場の灯りが、視界の端に戻る。

「ちょっと理恵姐さーん!!あとで教育の話、ありますからねーっ!!」

「だ、だめだって!!」

 引きずられそうになりながら、憂が叫ぶ。

 夜道に、姉妹の声が響く。
 引き出物の袋が、ぶん、と大きく揺れた。

 披露宴は終わったけれど――
 賑やかな余韻は、まだまだ続いている。
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