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8巻 1話 虹のMemory Wizard
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八月の盆休み。
強い日差しの下、阪急・大宮駅から出るバスに、葉月と憂は並んで座っていた。
窓の外では、夏休みの家族連れが楽しそうに笑っている。
だが――葉月は、一言も発しない。
膝の上で両手をきちんと揃え、背筋を伸ばす姿は、いつもの葉月とは別人のようだった。
葉月の礼装は、落ち着いた色合いのワンピーススーツ。
胸元の小さなブローチが光を受けてわずかに揺れる。
髪は整えられ、髪飾りも控えめだが、上品に映った。
バスが坂道を上る。
憂は横目で姉を見る。
いつもなら、
「バス長くない?」
「……ねえ、ういちゃ~ん、暑いよー」
「蝉、多すぎじゃない?」
と、三分に一度は軽口を叩く葉月が、今日はただ前を見つめている。
その背筋の伸びた姿に、憂は自然と背筋が正されるような感覚を覚えた。
「……お姉ちゃん……」
胸の奥で小さくつぶやく。
この静けさ、凛とした佇まい――まるで背中で家族の責任を背負っているみたいだ。
バスが止まる。
一様院前。
二人は無言で降り、坂道を上る。
蝉の声がうるさいほど響いているのに、葉月の足取りは迷いがなかった。
「……葉月姉」
憂が、そっと呼ぶ。
「……なに?」
声は低く、落ち着いている。
いつもの、少し間延びした調子とは違った。
「……今日は、静かだね」
葉月は、少しだけ目を伏せた。
「今日は……ちゃんとしないと、いけない日だから」
それ以上は言わなかった。
一様院の境内に入ると、空気が変わる。
日差しはあるのに、どこか冷んやりとして、音が遠くなる。
●
葉月はゆっくりと頭を下げる。
その手は揺れず、肩もぶれない。
合掌する姿。
手首の角度、指先の形、背筋の伸び方まで、すべてに無駄がない。
憂は息を呑む。
礼装に包まれた姉の姿は、まるで家族を背負う責任を体現したかのようだった。
墓前に立つ葉月の瞳は静かだが、どこか光を宿している。
少し視線を落とすだけで、心の中の思いをすべて整理しているかのようだ。
その時、僧侶が静かに葉月に声をかけた。
「御陵さん、ご家族の思いを、しっかりと受け止めておられますね」
葉月はゆっくりと顔を上げ、丁寧に一礼した。
「はい。本日は父と長女の両方を偲ぶ大切な日です。あたしなりに、責任を果たしたくて」
僧侶はうなずき、柔らかい声で言った。
「ご両親やご家族も、その真摯な気持ちを、きっと喜ばれているでしょう」
葉月は深く息を吸い、指先を揃えたまま再び頭を下げる。
「ありがとうございます。心を込めて、最後まで見守ります」
時間がゆっくり流れ、風がそっと墓石の間を抜ける。
憂はふと、姉の背中に目をやる。
そこには、揺るぎない覚悟と責任感が映し出されている。
いつもなら冗談を言って笑いを取る姉も、今は一切の迷いや遊びを排した、静かな力を背負っていた。
(この背中――わたしを守るため、家族を守るため、ずっとここに立っていたんだ……)
憂の胸に、尊敬と少しの畏怖が混ざる。
小さな肩で感じる姉の存在は、ただ大きいというだけではない。
確かな安心感、そして重み。
その重みは、甘えではなく、信頼として心に落ちてくる。
しばらくの沈黙の後、葉月は頭を上げ、軽く目を伏せた。
表情には疲れや迷いはなく、ただ静かに、丁寧に立っている。
その佇まいだけで、憂にはすべてが伝わった。
墓前を離れ、坂を下るときも葉月の歩調は変わらない。
立ち止まることなく、石畳を確実に踏みしめる。
時折、風で髪が揺れるが、手で整える仕草は自然で無駄がない。
憂は小さく息を吐いた。
(今日の姉は、代役でも、普段の茶化す顔でもない。次女だけど、今は家族の長女の背中だ)
背中の凛とした姿を見送りながら、憂は心の中でそっと誓う。
(私も、この姉の背中に恥じないように、ちゃんと生きよう)
八月の空は、どこまでも青く、蝉の声だけが耳に残った。
強い日差しの下、阪急・大宮駅から出るバスに、葉月と憂は並んで座っていた。
窓の外では、夏休みの家族連れが楽しそうに笑っている。
だが――葉月は、一言も発しない。
膝の上で両手をきちんと揃え、背筋を伸ばす姿は、いつもの葉月とは別人のようだった。
葉月の礼装は、落ち着いた色合いのワンピーススーツ。
胸元の小さなブローチが光を受けてわずかに揺れる。
髪は整えられ、髪飾りも控えめだが、上品に映った。
バスが坂道を上る。
憂は横目で姉を見る。
いつもなら、
「バス長くない?」
「……ねえ、ういちゃ~ん、暑いよー」
「蝉、多すぎじゃない?」
と、三分に一度は軽口を叩く葉月が、今日はただ前を見つめている。
その背筋の伸びた姿に、憂は自然と背筋が正されるような感覚を覚えた。
「……お姉ちゃん……」
胸の奥で小さくつぶやく。
この静けさ、凛とした佇まい――まるで背中で家族の責任を背負っているみたいだ。
バスが止まる。
一様院前。
二人は無言で降り、坂道を上る。
蝉の声がうるさいほど響いているのに、葉月の足取りは迷いがなかった。
「……葉月姉」
憂が、そっと呼ぶ。
「……なに?」
声は低く、落ち着いている。
いつもの、少し間延びした調子とは違った。
「……今日は、静かだね」
葉月は、少しだけ目を伏せた。
「今日は……ちゃんとしないと、いけない日だから」
それ以上は言わなかった。
一様院の境内に入ると、空気が変わる。
日差しはあるのに、どこか冷んやりとして、音が遠くなる。
●
葉月はゆっくりと頭を下げる。
その手は揺れず、肩もぶれない。
合掌する姿。
手首の角度、指先の形、背筋の伸び方まで、すべてに無駄がない。
憂は息を呑む。
礼装に包まれた姉の姿は、まるで家族を背負う責任を体現したかのようだった。
墓前に立つ葉月の瞳は静かだが、どこか光を宿している。
少し視線を落とすだけで、心の中の思いをすべて整理しているかのようだ。
その時、僧侶が静かに葉月に声をかけた。
「御陵さん、ご家族の思いを、しっかりと受け止めておられますね」
葉月はゆっくりと顔を上げ、丁寧に一礼した。
「はい。本日は父と長女の両方を偲ぶ大切な日です。あたしなりに、責任を果たしたくて」
僧侶はうなずき、柔らかい声で言った。
「ご両親やご家族も、その真摯な気持ちを、きっと喜ばれているでしょう」
葉月は深く息を吸い、指先を揃えたまま再び頭を下げる。
「ありがとうございます。心を込めて、最後まで見守ります」
時間がゆっくり流れ、風がそっと墓石の間を抜ける。
憂はふと、姉の背中に目をやる。
そこには、揺るぎない覚悟と責任感が映し出されている。
いつもなら冗談を言って笑いを取る姉も、今は一切の迷いや遊びを排した、静かな力を背負っていた。
(この背中――わたしを守るため、家族を守るため、ずっとここに立っていたんだ……)
憂の胸に、尊敬と少しの畏怖が混ざる。
小さな肩で感じる姉の存在は、ただ大きいというだけではない。
確かな安心感、そして重み。
その重みは、甘えではなく、信頼として心に落ちてくる。
しばらくの沈黙の後、葉月は頭を上げ、軽く目を伏せた。
表情には疲れや迷いはなく、ただ静かに、丁寧に立っている。
その佇まいだけで、憂にはすべてが伝わった。
墓前を離れ、坂を下るときも葉月の歩調は変わらない。
立ち止まることなく、石畳を確実に踏みしめる。
時折、風で髪が揺れるが、手で整える仕草は自然で無駄がない。
憂は小さく息を吐いた。
(今日の姉は、代役でも、普段の茶化す顔でもない。次女だけど、今は家族の長女の背中だ)
背中の凛とした姿を見送りながら、憂は心の中でそっと誓う。
(私も、この姉の背中に恥じないように、ちゃんと生きよう)
八月の空は、どこまでも青く、蝉の声だけが耳に残った。
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