沈黙のういザード 

豚さん

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2話 姉がお姉ちゃんに戻るとき

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本堂を出る前。
葉月は、ひし形に広げた袱紗ふくさから封筒を取り出し、
表書きが相手に読めるよう時計回りに向きを整えてから、両手で差し出した。

「……本日は、ありがとうございました。御膳料です。どうぞお納めください」

僧侶は静かに受け取り、穏やかにうなずいた。

「お気遣い、恐れ入ります。お父上と雪乃様も、さぞ心安らかにおられましょう」

葉月は深く頭を下げ、その隣で憂も合掌する。

すべてが終わり、一様院の門を出たところで――
張りつめていた空気が、ふっとほどけた。

「……はぁ……」

葉月が、大きく息を吐く。

「つ、疲れた……」

「急に?」

「急にじゃないよ!? 父ちゃんと姉ちゃんの両方の法要を、一日中気を張ってやってたんだから」

憂は、少し安心したように笑った。

「……お姉ちゃん、戻ってきた」

「何その言い方。あたし、そんなに別人だった?」

「うん。ちょっと……知らない人みたいだった」

「ひどっ」

「お盆の準備やお経の間も、凛としてて、普段のおちゃらけてるお姉ちゃんと全然違った」

憂は、少し困ったように笑った。

「メイドのお仕事の電話でもさ、急に『承知いたしました』『スケジュールを確認のうえ、改めてご連絡いたします』とか言い出して……」

「ちょ、聞いてたの?」

「聞こえちゃった」

「仕事中は仕事中なの」

憂は一度言葉を探してから、はっきりと言った。

「大事なときは、ちゃんとお姉さんになるんだなって」

葉月は、一瞬だけ言葉に詰まる。

「……なにそれ」

照れ隠しみたいに、少し強めの声。

「急に褒めると、調子狂うんだけど」

「ほんとだよ……でも、黙ってたらすごく美人なのにね」

葉月は軽く顔を赤らめ、少し口ごもる。

「……憂ちゃん、からかうのやめなさいよ」

「いや、からかってないよ?ただの事実」

憂は小さく笑いながら、少しだけ目を細めた。

「でも、そういうお姉さんがいてくれて……よかった」

葉月はそっぽを向いたまま、ぼそっと言う。

「……あたしがいないと、困るでしょ」

「うん」

即答だった。

「……じゃあ、しばらくはおちゃらけ担当でいくか」

そう言って、ようやくいつもの葉月に戻る。

それを見て、憂は安心したように息を吐いた。

やっぱり――この人は、家族のためにちゃんと背筋を伸ばせるお姉ちゃんだった。



一年に一度、葉月と憂は祖母の家を訪れる。
京都の町外れ、古い石畳の道を抜けると、ひっそりと佇む昭和レトロな木造の家が見えた。
瓦屋根は色あせ、雨戸や格子窓には時の重みがにじむ。
玄関先には季節の花が小さく生けられ、木の香りがふんわり漂っていた。

「ただいまー!」

葉月は靴を脱ぐと、すぐに玄関にしゃがみ込むようにして、両手で頭を軽く押さえながら甘えるように声を出した。

「……おばあちゃん、久しぶり!」

その様子に憂は少し照れくさそうに、でも妙に落ち着いた声で応える。

「……おばあちゃん、お邪魔します」

言葉の選び方は大人びているのに、背中を丸めず、少し小走りで祖母のもとへ近づく様子は、どこかまだ子供の名残を感じさせる。

祖母は笑顔で二人を迎え、手を差し伸べた。

「まぁ、来てくれたのね。待ってたよ」

葉月はその手にしがみつくように抱きつき、ぴたりと体を預けた。

「おばあちゃん、やっぱり会いたかったー!」

憂は少し離れた場所で頭を下げ、落ち着いた声で答える。

「今年もお元気そうで、何よりです」

二人の距離感は、ただ単に姉妹というだけではない――
両親の離婚で、葉月は祖母と共に暮らしていた年月が長く、家や祖母のぬくもりにすっかり馴染んでいた。

憂はその間、別の場所で生活していたため、家や祖母の匂いに触れるのは久しぶりだった。
そのため、葉月は自然に体を預けられる一方、憂は少し慎重に、でも確かに懐かしさと安心を噛みしめながら祖母に向かう。

甘えん坊な姉と、子供の名残を残しつつ少し大人になった妹――二人の距離感は、年月の差と生活のすれ違いをほんのり映していた。
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