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24話 6色のリレー
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外の空気は、思ったよりも冷たくて、澄んでいた。
憂は一度、大きく息を吸い込み――スマートフォンを取り出す。
「……よし」
最初の名前を、迷わずタップした。
『……なに』
少し不機嫌そうな声。
だが、それはいつものことだ。
「リナ、今いい?」
『今は本番の合間だけど……用件は?』
憂は、少しだけ間を置いた。
「協力してほしいことがあって」
電話の向こうで、弓を置く音がした気がした。
『……あんたが、そんな言い方するの珍しいじゃない』
「ごめん。急で」
『べ、別に断るとか言ってないし』
憂は、母親の記憶喪失の件を含め、これまでの経緯をリナに一つずつ説明した。
『……はぁ。仕方ないわね。……スケジュールは空けとくけど、あんたのためじゃない。お母さんの記憶を取り戻す可能性があるなら、見過ごせないだけよ。だからウジウジしないで、胸張りなさい。助けるって決めたんでしょ?だったら覚悟決めて、前向いて行きなさいよ。……中途半端が一番、嫌いなんだから』
ツン、とした声。
でも、その奥にあるものは、分かりやすすぎた。
「……そういうリナのところ、わたし大好き」
『……っ!?』
「……そういうところ、ほんと助かってる。困ってる時、いつもそばで支えてくれるじゃない」
『……え?』
「当たり前みたいに一緒に考えてくれてさ。だから……ありがとう、リナ」
『な、なに急に言ってんのよ! そ、そういうのは……っ……もう! 用件まとめたら、また連絡しなさい!』
バツッ、と少し乱暴に通話が切れた。
憂はスマートフォンを見下ろして、思わず吹き出す。
「……ふふ」
照れ隠しだと、分かりすぎるくらいだった。
*
次の名前。
「……もしもし、秋香さん」
『ごきげんよう、憂さん』
いつもと変わらぬ、やわらかな声。
「突然ごめんなさい。お願いがあって」
『まあ。憂さんが、わたくしに?』
「協力してほしいんです」
憂は、詳細を説明した。
『もちろんですわ。憂さんのお願いでしたら』
憂は、少し肩の力を抜く。
「ありがとうございます。……この恩は、必ずお返します」
『それでしたら――憂さんには、文化祭の折に十分すぎるほど助けていただきましたもの。ささやかではございますが、その感謝として……キャンプなどご一緒できましたら嬉しいですわ』
「……キャンプ?」
『はい。心を整えるには、自然が一番ですもの』
一瞬だけ、あの現地調達という単語が頭をよぎる。
「……あの現地調達以外で、お願いします」
『ふふ。承知しましたわ』
電話を切る。
憂は、次の名前を見て、少しだけ眉をひそめ――それでも押した。
*
『やっほー、憂ちゃん』
軽い。
軽すぎる。
「……結衣さん」
『なにその間。会いたかったんだけど?』
「お願いがあって電話しました」
憂は、詳細を説明した。
『いいよ。オッケー』
「即答!?」
『憂ちゃんの頼みだもん。で、次はいつデートする? 二人で』
「しません」
間髪入れず。
「デートのお話は、彼氏さんとなさってください」
『……は? なんで知ってんの』
「披露宴で、あんなにいちゃいちゃしてたら分かります!!」
『……ぼ、僕、見られてたの……!?』
「新郎さんと一緒で見てました! では、よろしくお願いします」
通話終了。
*
次は、小鈴。
『……まあ。憂さん』
落ち着いた、貴婦人の声音。
「突然すみません。お願いがあって」
『ふふ。本当に困った時に、わたくしを頼ってくださるのですね』
「はい。小鈴さんのお力が必要なので」
憂は、詳細を説明した。
『光栄ですわ。喜んで、お引き受けいたします。会場の選定から、当日のセッティングまで――すべて、わたくしにお任せくださいませ。憂さんには、ただ身を委ねていただくだけで結構ですわ。記憶に残る一日となるよう、細部に至るまで、抜かりなく整えさせていただきますから』
迷いのない承諾。
憂は、少し照れながら言った。
「……あの、いつも助けていただいて感謝していますし、このぐらいしかお返しできませんけれど、もしよろしければ、いつか二人で遊びに行きませんか」
『……え』
一瞬、沈黙。
『……ふ、ふふ。それは、その……憂さんと、お出かけ……ですか……』
声が、明らかに揺れている。
いつもの貴婦人の仮面が、ほんの少しだけ外れた。
「……あの、えっと……はい、だ、だめですか……?」
『……検討、させてくださいませ……それでは、受験勉強のため、このあたりで失礼いたしますわ』
その直後だった。
受話口の向こうから、抑えきれないほど弾んだ声が、そのまま漏れ聞こえてくる。
『――まあまあまあ……!まさかこのような展開になるなんて……運命とは、なんて罪深いのでしょう……!ふふ、ふふふ……落ち着きなさい、小鈴、深呼吸ですわ……ですが無理ですわね、だって憂様と……お出かけ、ですもの!いえ、これはもう……実質、デートと言っても差し支えありませんわよね!? ああ……服はどういたしましょう、カジュアル?それとも少し大人びた装い?いえ自然体が一番……でも偶然綺麗は計算が必要ですわ……!――はぁ……これは事件ですわ、心がまったく貴婦人の言うことを聞きませんもの……ふふ、ふふふふ……本当に……やりましたわ!』
どすん、と柔らかい衝撃音。
どうやらベッドの上に倒れ込んだらしい。
ばふっ、ばふっとマットレスが跳ねる音が続き、受話器越しにも、小鈴が転がりながら悶えている様子がはっきり伝わってくる。
通話ボタンを切り忘れていることに、小鈴はまだ気づいていないらしい。
憂は一瞬、目を丸くし、次の瞬間、耳まで赤くなった。
「……あっ」
慌てて通話終了ボタンを押す。
画面が暗転したあともしばらく、胸の鼓動だけがやけに大きく響いていた。
*
最後の電話。
「理恵さん」
『おう珍しいな、憂がこんな積極的に』
「お願いがあって」
『……ふーん。なんか、わけありか?』
「……はい」
『弟子の頼みなら、断れるわけねえだろ』
「ありがとうございます。新婚生活中なのに、また邪魔してすみません」
『はは、ラブラブすぎて困ってんだよ』
「……理恵さんも、お母さんになるんですから、あまり無理はしないでください。
本当は、こんな急ぎのお願いをするような状況じゃないって、わかってます。それでも……どうしても、理恵さんに頼ってしまって。だからこそ、無理だけはしないでほしいんです」
『は?』
一瞬、間が空く。
『……何の話だ、それ』
「妊娠のことです」
電話の向こうで、はっきりと動揺が伝わってくる。
『……それ、どこで聞いた?』
憂は少し言いづらそうに、けれど正直に続けた。
「妊娠が分かった直後に、旦那さんから電話が来て、聞いてくれ! 俺、パパになるんだぞ!って」
『……あのバカ、妊娠のこと、もう周りに言いふらしてんのか……』
「すごく嬉しそうでしたよ。声、裏返ってましたし」
『……あとで、ぶっころす』
はっきりとした殺意。
憂は即座に判断する。
「……すいません、切りますね。詳細は通知で連絡します」
『おい待て、まだ――』
通話終了。
スマートフォンを下ろし、憂は小さく肩をすくめた。
「……理恵さん、本当に幸せそうだったな」
そう呟いてから、憂は足早に帰路についた。
憂は一度、大きく息を吸い込み――スマートフォンを取り出す。
「……よし」
最初の名前を、迷わずタップした。
『……なに』
少し不機嫌そうな声。
だが、それはいつものことだ。
「リナ、今いい?」
『今は本番の合間だけど……用件は?』
憂は、少しだけ間を置いた。
「協力してほしいことがあって」
電話の向こうで、弓を置く音がした気がした。
『……あんたが、そんな言い方するの珍しいじゃない』
「ごめん。急で」
『べ、別に断るとか言ってないし』
憂は、母親の記憶喪失の件を含め、これまでの経緯をリナに一つずつ説明した。
『……はぁ。仕方ないわね。……スケジュールは空けとくけど、あんたのためじゃない。お母さんの記憶を取り戻す可能性があるなら、見過ごせないだけよ。だからウジウジしないで、胸張りなさい。助けるって決めたんでしょ?だったら覚悟決めて、前向いて行きなさいよ。……中途半端が一番、嫌いなんだから』
ツン、とした声。
でも、その奥にあるものは、分かりやすすぎた。
「……そういうリナのところ、わたし大好き」
『……っ!?』
「……そういうところ、ほんと助かってる。困ってる時、いつもそばで支えてくれるじゃない」
『……え?』
「当たり前みたいに一緒に考えてくれてさ。だから……ありがとう、リナ」
『な、なに急に言ってんのよ! そ、そういうのは……っ……もう! 用件まとめたら、また連絡しなさい!』
バツッ、と少し乱暴に通話が切れた。
憂はスマートフォンを見下ろして、思わず吹き出す。
「……ふふ」
照れ隠しだと、分かりすぎるくらいだった。
*
次の名前。
「……もしもし、秋香さん」
『ごきげんよう、憂さん』
いつもと変わらぬ、やわらかな声。
「突然ごめんなさい。お願いがあって」
『まあ。憂さんが、わたくしに?』
「協力してほしいんです」
憂は、詳細を説明した。
『もちろんですわ。憂さんのお願いでしたら』
憂は、少し肩の力を抜く。
「ありがとうございます。……この恩は、必ずお返します」
『それでしたら――憂さんには、文化祭の折に十分すぎるほど助けていただきましたもの。ささやかではございますが、その感謝として……キャンプなどご一緒できましたら嬉しいですわ』
「……キャンプ?」
『はい。心を整えるには、自然が一番ですもの』
一瞬だけ、あの現地調達という単語が頭をよぎる。
「……あの現地調達以外で、お願いします」
『ふふ。承知しましたわ』
電話を切る。
憂は、次の名前を見て、少しだけ眉をひそめ――それでも押した。
*
『やっほー、憂ちゃん』
軽い。
軽すぎる。
「……結衣さん」
『なにその間。会いたかったんだけど?』
「お願いがあって電話しました」
憂は、詳細を説明した。
『いいよ。オッケー』
「即答!?」
『憂ちゃんの頼みだもん。で、次はいつデートする? 二人で』
「しません」
間髪入れず。
「デートのお話は、彼氏さんとなさってください」
『……は? なんで知ってんの』
「披露宴で、あんなにいちゃいちゃしてたら分かります!!」
『……ぼ、僕、見られてたの……!?』
「新郎さんと一緒で見てました! では、よろしくお願いします」
通話終了。
*
次は、小鈴。
『……まあ。憂さん』
落ち着いた、貴婦人の声音。
「突然すみません。お願いがあって」
『ふふ。本当に困った時に、わたくしを頼ってくださるのですね』
「はい。小鈴さんのお力が必要なので」
憂は、詳細を説明した。
『光栄ですわ。喜んで、お引き受けいたします。会場の選定から、当日のセッティングまで――すべて、わたくしにお任せくださいませ。憂さんには、ただ身を委ねていただくだけで結構ですわ。記憶に残る一日となるよう、細部に至るまで、抜かりなく整えさせていただきますから』
迷いのない承諾。
憂は、少し照れながら言った。
「……あの、いつも助けていただいて感謝していますし、このぐらいしかお返しできませんけれど、もしよろしければ、いつか二人で遊びに行きませんか」
『……え』
一瞬、沈黙。
『……ふ、ふふ。それは、その……憂さんと、お出かけ……ですか……』
声が、明らかに揺れている。
いつもの貴婦人の仮面が、ほんの少しだけ外れた。
「……あの、えっと……はい、だ、だめですか……?」
『……検討、させてくださいませ……それでは、受験勉強のため、このあたりで失礼いたしますわ』
その直後だった。
受話口の向こうから、抑えきれないほど弾んだ声が、そのまま漏れ聞こえてくる。
『――まあまあまあ……!まさかこのような展開になるなんて……運命とは、なんて罪深いのでしょう……!ふふ、ふふふ……落ち着きなさい、小鈴、深呼吸ですわ……ですが無理ですわね、だって憂様と……お出かけ、ですもの!いえ、これはもう……実質、デートと言っても差し支えありませんわよね!? ああ……服はどういたしましょう、カジュアル?それとも少し大人びた装い?いえ自然体が一番……でも偶然綺麗は計算が必要ですわ……!――はぁ……これは事件ですわ、心がまったく貴婦人の言うことを聞きませんもの……ふふ、ふふふふ……本当に……やりましたわ!』
どすん、と柔らかい衝撃音。
どうやらベッドの上に倒れ込んだらしい。
ばふっ、ばふっとマットレスが跳ねる音が続き、受話器越しにも、小鈴が転がりながら悶えている様子がはっきり伝わってくる。
通話ボタンを切り忘れていることに、小鈴はまだ気づいていないらしい。
憂は一瞬、目を丸くし、次の瞬間、耳まで赤くなった。
「……あっ」
慌てて通話終了ボタンを押す。
画面が暗転したあともしばらく、胸の鼓動だけがやけに大きく響いていた。
*
最後の電話。
「理恵さん」
『おう珍しいな、憂がこんな積極的に』
「お願いがあって」
『……ふーん。なんか、わけありか?』
「……はい」
『弟子の頼みなら、断れるわけねえだろ』
「ありがとうございます。新婚生活中なのに、また邪魔してすみません」
『はは、ラブラブすぎて困ってんだよ』
「……理恵さんも、お母さんになるんですから、あまり無理はしないでください。
本当は、こんな急ぎのお願いをするような状況じゃないって、わかってます。それでも……どうしても、理恵さんに頼ってしまって。だからこそ、無理だけはしないでほしいんです」
『は?』
一瞬、間が空く。
『……何の話だ、それ』
「妊娠のことです」
電話の向こうで、はっきりと動揺が伝わってくる。
『……それ、どこで聞いた?』
憂は少し言いづらそうに、けれど正直に続けた。
「妊娠が分かった直後に、旦那さんから電話が来て、聞いてくれ! 俺、パパになるんだぞ!って」
『……あのバカ、妊娠のこと、もう周りに言いふらしてんのか……』
「すごく嬉しそうでしたよ。声、裏返ってましたし」
『……あとで、ぶっころす』
はっきりとした殺意。
憂は即座に判断する。
「……すいません、切りますね。詳細は通知で連絡します」
『おい待て、まだ――』
通話終了。
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