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(五)
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城に着くまでの間、千之助は葛籠から出ることなく、竜胆に運ばれることになった。
崖を乗り越えても、四人の足についていくだけの脚力が、修行をしていない彼にはなかったのである。
陽が沈みきった頃、彼らは城に到着した。
城とは呼んでいるが、どちらかといえば大きな屋敷と呼ぶ方がしっくりとくる造り。
周囲を背の低い柵と、幅も深さもそれほどない堀でぐるりと囲んだだけの、およそ守備には向きそうもない城だった。国を守備する要は、あくまでも城にたどり着くまでのけわしい地形。ここまで攻め込まれた時には、すでに勝敗は決している。
到着するなり、幻之丞は主君空倉紀明との謁見にのぞみ、その間、千之助たちは一室にて待機を命じられる。
彼は、まるで針の筵に座っているような心地で落ち着かなかった。
ここに通されるまで、すれ違った家中の者達から、嫌悪とも敵意とも取れる視線を投げかけられ続けていたのである。
現在も部屋の外には、監視と思われる武士たちが複数名待機しているようであった。
愚鈍な千之助が気づくぐらいであるから、彼の前に座っている三人が気づいていないわけはない。しかしながら彼女たちが気にしている様子はなく、堂々としている。
「我らは歓迎されておらぬようだのう」
不安な気持ちを抑えきれなくなった千之助が呟く。
お菊がそれに応えた。
「当然でございましょう。我らの本来のお役目は探索。近隣諸国の攪乱。得た情報、仕事の成果は、お頭だけが参内し、上様のお耳に入れる。そのお役目ゆえ、身分を越えて殿のお傍にお仕えしております。嫉妬をお受けにもなりましょう」
それにと彼女は言葉を続ける。
「今回の一件。お城勤めをされている警護方の方々には、姫様の純粋な乱心で済んでくれるほうが、ありがたいので御座いましょうな」
「なぜじゃ?」
彼が首を傾げるので、お菊はため息をひとつつく。
「これが姫様の乱心ではなく、誰かの手引きによるものでありましたら、それはすなわち警備を破られたことにあいなりましょう。彼らにとって、何者かの仕業と主張する我らは疎ましいのでありましょうね。姫様が懐妊されてから、相手の存在を認めたのでは遅いでありましょうに。おろかなことです」
「まあ、単に城下から離れたところで、得体のしれない訓練をしているあたしたちが、気味悪いだけかもしれないけどね」
寝そべっていた牡丹が、そう付け加えた。
そんなことを話しているうちに、幻之丞が四人を呼びに戻って来る。
「上様のご許可はいただいた。これより姫様の寝所へ参る」
現在、姫は糸の切れた操り人形のように、寝所で寝たきりになっているという。
「深く寝入っておられても都合が悪うござる。寝入りばなか、目覚めの少し前が、夢の見時なのでござるが……」
「こちらの都合で時を選べるわけがなかろう。他のご家中の手前、我らにいただけたのは今から約一刻。刻限までにお前の器量でなんとかせい」
他には何もできないのだから、せめて夢に関してはなんとかしろと、幻之丞は言いたいらしい。
お菊の一夜衆は疎まれているという見立ては当たりのようで、姫の寝所に来ると、多数の監視の目が彼らにそそがれる。
千之助は気圧されながらも、部屋の中央に敷かれた寝具に目をやった。
一人の娘がそこに寝かされている。
彼は初めて見るが、姫様に間違いないだろう。
これだけ人の気配が満ちているというのに、ぴくりとも動く様子がない。
生きてはいるのだろうが、深く寝入っているのではと不安になる。
いくら千之助が人の夢に入り込めるといっても、相手が夢をみていなければ入りようがない。
幻之丞にせかされ、とりあえず姫の枕元へと座る。
姫は静かに寝息をたてていた。
さて都合よく夢を見ていてくれているだろうかと、姫の額に触れ調べようとしたところで警護役の一人が声を荒げ、彼を止めようとしてくる。すかさず幻之丞が間に割って入った。
「お静かに。姫が目を覚まされては、事の真相が掴めませぬぞ」
「だまれ! 身分卑しき者が姫様に触れるなど言語道断。姫様は病にかかられ、乱心なされたのじゃ。誰の仕業でもないわ。そこをどけ!」
警護役の声が大きくなってくる。
姫が目を覚まさないのがよっぽど不思議だ。
これはやはり、何かしらの術にかかっているのかもしれんと、千之助は唸る。
崖を乗り越えても、四人の足についていくだけの脚力が、修行をしていない彼にはなかったのである。
陽が沈みきった頃、彼らは城に到着した。
城とは呼んでいるが、どちらかといえば大きな屋敷と呼ぶ方がしっくりとくる造り。
周囲を背の低い柵と、幅も深さもそれほどない堀でぐるりと囲んだだけの、およそ守備には向きそうもない城だった。国を守備する要は、あくまでも城にたどり着くまでのけわしい地形。ここまで攻め込まれた時には、すでに勝敗は決している。
到着するなり、幻之丞は主君空倉紀明との謁見にのぞみ、その間、千之助たちは一室にて待機を命じられる。
彼は、まるで針の筵に座っているような心地で落ち着かなかった。
ここに通されるまで、すれ違った家中の者達から、嫌悪とも敵意とも取れる視線を投げかけられ続けていたのである。
現在も部屋の外には、監視と思われる武士たちが複数名待機しているようであった。
愚鈍な千之助が気づくぐらいであるから、彼の前に座っている三人が気づいていないわけはない。しかしながら彼女たちが気にしている様子はなく、堂々としている。
「我らは歓迎されておらぬようだのう」
不安な気持ちを抑えきれなくなった千之助が呟く。
お菊がそれに応えた。
「当然でございましょう。我らの本来のお役目は探索。近隣諸国の攪乱。得た情報、仕事の成果は、お頭だけが参内し、上様のお耳に入れる。そのお役目ゆえ、身分を越えて殿のお傍にお仕えしております。嫉妬をお受けにもなりましょう」
それにと彼女は言葉を続ける。
「今回の一件。お城勤めをされている警護方の方々には、姫様の純粋な乱心で済んでくれるほうが、ありがたいので御座いましょうな」
「なぜじゃ?」
彼が首を傾げるので、お菊はため息をひとつつく。
「これが姫様の乱心ではなく、誰かの手引きによるものでありましたら、それはすなわち警備を破られたことにあいなりましょう。彼らにとって、何者かの仕業と主張する我らは疎ましいのでありましょうね。姫様が懐妊されてから、相手の存在を認めたのでは遅いでありましょうに。おろかなことです」
「まあ、単に城下から離れたところで、得体のしれない訓練をしているあたしたちが、気味悪いだけかもしれないけどね」
寝そべっていた牡丹が、そう付け加えた。
そんなことを話しているうちに、幻之丞が四人を呼びに戻って来る。
「上様のご許可はいただいた。これより姫様の寝所へ参る」
現在、姫は糸の切れた操り人形のように、寝所で寝たきりになっているという。
「深く寝入っておられても都合が悪うござる。寝入りばなか、目覚めの少し前が、夢の見時なのでござるが……」
「こちらの都合で時を選べるわけがなかろう。他のご家中の手前、我らにいただけたのは今から約一刻。刻限までにお前の器量でなんとかせい」
他には何もできないのだから、せめて夢に関してはなんとかしろと、幻之丞は言いたいらしい。
お菊の一夜衆は疎まれているという見立ては当たりのようで、姫の寝所に来ると、多数の監視の目が彼らにそそがれる。
千之助は気圧されながらも、部屋の中央に敷かれた寝具に目をやった。
一人の娘がそこに寝かされている。
彼は初めて見るが、姫様に間違いないだろう。
これだけ人の気配が満ちているというのに、ぴくりとも動く様子がない。
生きてはいるのだろうが、深く寝入っているのではと不安になる。
いくら千之助が人の夢に入り込めるといっても、相手が夢をみていなければ入りようがない。
幻之丞にせかされ、とりあえず姫の枕元へと座る。
姫は静かに寝息をたてていた。
さて都合よく夢を見ていてくれているだろうかと、姫の額に触れ調べようとしたところで警護役の一人が声を荒げ、彼を止めようとしてくる。すかさず幻之丞が間に割って入った。
「お静かに。姫が目を覚まされては、事の真相が掴めませぬぞ」
「だまれ! 身分卑しき者が姫様に触れるなど言語道断。姫様は病にかかられ、乱心なされたのじゃ。誰の仕業でもないわ。そこをどけ!」
警護役の声が大きくなってくる。
姫が目を覚まさないのがよっぽど不思議だ。
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