カゼノセカイ

辛妖花

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1話

司のセカイ

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  都会のとあるアパートの一室。司の部屋で母がダンボール箱に荷物をあらかた詰め終わっている。小さいダンボール箱が2つ、その周りにゴミ袋がいくつか無造作にある。
  その姿を後ろの入り口の影に立ち、不安そうに見つめる司。

「父さんはもう帰ってこないんだよね?誰も知らない所ってどんな所?」
「······、ぶつぶつ···」

  話しかけても聞こえていない様子の母。うつむいて何かをつぶやいている。その左手には、白い小箱がしっかりと抱えられている。

「母さん···」

  泣きそうな顔の司は少しうつむく。

「ごめんね···、もっと早く引っ越していれば、こんな痛い思いしなくてすんだのに···ごめんね···」
「痛かったのは母さんじゃないか!···悪いのは父さんだよ···」

  そう言いながら母のもとに行き、しゃがんで寄り添い母の顔や手の包帯や傷を見る。

「これからは母さんの故郷で静かに暮らそうね。司のお姉さん···にも会えるから寂しくないね。ほら、この髪の長い子だよ」
「おねえさん!?はじめて聞いたよ?僕とあまり変わらないくらい?」

  母はしばらく沈黙したまま写真を見つめる。
  ふっと、司の方を見てすぐ立ち上がる。確かにこっちを見ているが、視線は合わない。
  机の上の乱雑になった教科書やノートには、破れたりイタズラ書きされていて酷い状態だった。母の顔がゆがみ、泣き出しそうになる。そのノート等をいっぺんにゴミ袋の方へ右手で払い落とす。

「ごめんなさい。せっかく買ってくれたのに···ごめんなさい······ごめ···」
「何でこんな事にならなきゃいけないの。···でも···きっと大丈夫ね···あの町の人はみんな優しいから···」

  司の言葉を遮って母は泣き出してしまう。黙って見つめるしかなかった。
  そこに、チャイムが鳴り響いた。
  司は走って玄関に向かう。

「こんにちはー!!〇〇引越しの佐藤です!」
「今開けます!」

  そう言って鍵を開ける司。元気良く引越しのお兄さんが2人、挨拶をしながら玄関まで入ってくる。急いで母の所へ行こうとするが、途中で母とすれ違う。が、何の返答もなく、表情は暗かった。
  引越しのお兄さん方が、少ない荷物を手際よく小さめのトラックに運び入れる。それをぼーっと眺める母。アパートの周りは、古い一軒家が多い住宅街。
  近所の人や、少ない通行人の噂話が耳につく。

「旦那さん捕まったらしいわよ~DVですって。怖いわね~」
「奥さん精神病んじゃって、ずっと独り言いってるのよ~気味が悪いわ」
「かわいそうに、1人っ子だったんでしょ?」
「あの人なんか目がイッちゃってない。」
「あんまジロジロ見んなって」
「これで安心して夜寝れるな」
「かなりうるさかったもんね~」

「やめろよーー!!」

  泣きながら母の足にしがみつこうと駆け寄るが、積み込みが終わり母は車の中に乗り込んでしまう。トラックの後ろの母の軽自動車に慌てて乗り込む。

  車はどんどん田んぼや山、川を越えて田舎へと進み、山に囲まれた町につく。そこの山の麓にある古い立派な平屋の家の前で車が止まる。
  着々と引越しの荷物が運ばれ、母の指示で下ろされていく。その間、司は家中を駆け回っていた。
  そうしているうちに作業は終わり、引越しのお兄さん達は帰って行った。
  徐ろに母が話し出す。

「ここが母さんの生まれ育った家だよ。今はみんなバラバラになって、母さんしかいないけど。司も気に入ってくれるわね」
「うん!とっても広くて明るくていい所だね!僕、外見てくるね」
「もう日が暮れてきたわ。晩ご飯は何にしようかしら?」
「ハンバーグがいい!」
「そうね、司の好きなハンバーグにしましょう」
「やったーー!!」

  ものすごく喜び勇んで外へと飛び出して行く司。町はやっと芽吹いた新緑と優しい色の草花、桜などで彩られ、それらを夕日が染めていた。

  次の日、お昼近くになっても横になったまま起きない母を気遣って、誰かに来てもらおうと家の外に出る司。

「あの···こんにちは···?」
「···ん?」
「すいません!母さんが具合い悪いみたいで···」

  司の声が聞こえて無かったのか、斜め向かいのおじさんは家に入って行ってしまった。気を取り直して隣の人や、畑仕事のおじさん、道行く人に聞いても誰も話を聞いてくれず、途方に暮れる。

「ああ聞いたかい?あそこの古い家に誰か引っ越してきたみたいだね」
「そうみたいね~、挨拶も無いよ。なんか旦那が捕まったとか、いい噂は聞かないね~」
「関わらん方がいい」
「そうだな、子供が···」

  その時、また悪い噂が聞こえそうな気がして、耳を塞いで急いで逃げ出す。
  何も考え無しで走った為、道に迷ってしまう。辺りを見回すと、ちょっと先に小学校が見えた。母が優しい人ばかりと言っていた事を思い出し、今度こそは大丈夫と自分に言い聞かせながら歩いた。
  小学校が真正面に見えてくる。きっともうすぐ自分もこの小学校に通うのだと思い、好奇心が湧いた。もしかしたら、姉もいるかもしれない。
  たまらず、緊張しながら、恥ずかしいし怖いので、人目を避けながら近づく。楽しげな笑い声のする教室を外から覗く。休み時間の様で、みな各々で遊んだりおしゃべりしたりしている。
  ふと、中央付近にいて喋っていた3人の中の1人が司に気づき、指を指す。驚いて慌てて逃げ出す司。
  少し昔、イタズラ書きされたノートなどの事を思い出した。遠く離れた木の陰に隠れて振り向くと、窓を開け、3人が身を乗り出して話をしていた。
  学校の敷地から出ると、坂の下の方に自分の家があるのが小さく見える。

「ただいまー。母さん!学校見てきたよ!あそこに行くんだよね!?」

  しかし、母は床に寝たまま反応はない。誰かを呼びに行っていた事を忘れていた。居間のちゃぶ台には何もなく、台所には切りかけの野菜と包丁が置きっぱなしになっていた。
  今日誰にも相手にされなかった事を思い出し、司は悲しい顔のまま母の部屋を後にした。
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