2 / 17
1話
植物のセカイ
しおりを挟む次の日も、その次の日も、もうずっと学校の話はおろか、母は喋る事さえしなくなっていた。荷物もダンボール箱に入ったままだ。枕元にはいつも小箱が置いてある。
母は相変わらず、寝ている時間の方が多かった。そんな母を心配して、定期的に遠い親戚のおばさんが見に来て、身の回りの世話をしてくれていた。
今日もそのおばさんが来ていた。だが、ガミガミとうるさい人だったので、司は柱の影から覗くだけで話はしなかった。
「まったくだらしがないんだから!いつまでも落ち込んでたってしょうがないでしよ?ほら、おばさんがやってあげるから、少し荷物でも片付けなさい!あーもー布団も出しっぱなし!!」
「ありがとうございます···。じゃあ司···司の部屋の片付けをしましょうか。···あれが···それと···」
「え!?僕の部屋あるの?どこどこ!?」
「まあ!なに言ってんの!司の部屋だなんて要らないでしょ?あんたの部屋を何とかしなさい!!」
「うるさいな!僕の部屋、いるもん!!」
「···つか···へや···」
まだ小言を言っているおばさんを尻目に、ぶつぶつと呟きながら部屋に向かう母。早く早くと急かしながら司がその手を引っ張ろうとするが、するりと母の手は逃げてしまう。
しかし、立ち止まり司を見つめる。
「···母さん···?」
母の目が微かに泳いでいたせいか、視線はあまり合わないが、母の目に少し輝きが戻ったように見えた。
「司···。司はどんなお部屋にしたい?」
歩き出し部屋に入る母。喜び、司もつづいて入り母に色々要望を出す。が、
「···そうね···ごめんね。叶えてあげられないね」
「どうして?母さん?どうしたの?具合い悪くなったの?」
また暗い表情で司から目線をそらす母は、ぶつぶつと呟きながらダンボール箱を開ける。奥からおばさんの怒鳴り声が聞こえる。司はいたたまれなくなり家を飛び出す。
「こんにちは~」
「こんにち···?」
風を切って横切った司の方を見て、いぶかしげな顔をするおじさん。司は嫌われていると思い走り出す。きっとあの悪い噂が広まっているのだと司は思った。
家の周りは立派な古民家が、ある程度の距離を保ち立ち並び、そのほとんどの家が農家や商売をしている。その為、この時間はまばらだが小さな農村とは言え、あちらこちらに人がいる。司はめげずに挨拶するが、
「こ、こんにちは···」
「······?」
大人なのに挨拶もしない人は都会では珍しくもなかったが、何度経験しても胸が悪くなるのは慣れなかった。
「···こんにちは···」
「こんにちは···?」
挨拶を返してくれても、変な顔をして司を見下ろす。司はそれが何故か耐えられなかった。涙ぐみながらまた走り出し、学校の裏山へと向かう。林をそれ、開けた斜面の途中につぼみの膨らんだ大きな桜がある。その木の下にしゃがみこみ膝を抱える。
すると、大きな風が吹き荒れる。その風は夕日の頃にも止まず、とうとう暗くなってやっと止んだ。ようやく家に帰るが鍵がかかっている。鍵の隠し場所は立て付けの悪い古びた物置。急いで開け、家中母を探したが何処にも居らず、窓には全て鍵がかかっていた。いつも汚れている流し台にも食器は無く、綺麗になっていて、ちゃぶ台にも何も無かった。
次の日、朝早く目が覚め、司はいても立っても居られず母を探しに出かける。すると、すぐ隣の家の方から微かに声が聞こえた様な気がして立ち止まる。
この家には、もの凄い歳のおじいちゃんとおばあちゃんしか居ないはずなのに、子供の声が聞こえるのを不思議がる司。
しかもこの時間には2人とも息子夫婦の所で朝ご飯が日課だ。誰か悪戯でもしているのかと思い、生垣の隙間から顔を出して覗いて見る。
しかし、何事も無い庭だ。縁側があり、植木鉢が何個か放ったらかしにされているだけの寂しい庭だった。
「くるしいよ···、くるしいよ···」
司は物凄く驚いた。やっぱり声がする。しかも、なんだかその枯れかけの植木から聞こえる気がする。
ぐるっと生垣を回り、玄関の方から庭に入り植木鉢を覗く。梅の様だった。
「くるしいよ···くるしいよ···」
「わっ!!···やっぱりこれだ、しゃべってるの」
「カラカラだよ···カラカラだよ~」
「え?今度は誰?」
「あついよ~あついよ~」
「え?また違う声!?」
「くるしいよ~」
「カラカラだ~」
「わ~!もう分かったよ!水をあげるから静かにして!」
そう言って縁側を上り、戸を開けて勝手に台所からコップに水を汲んで植木に水をやる。もう1回行って、草にも水をかけてやる。すると静かになった。コップを返して戸を閉め靴を履く。縁側に腰を下ろしたまま植木を見つめる。
「···?大丈夫···なのかな?」
「······」
「······」
「あつい~あつい~」
「誰なの?あついのは誰?」
辺りを見回す。風が流れさわさわと心地良い。
「?こっちの言葉は分かんないのかな···?もう、分かんないからいいや。そうだ!早く母さん探さないと」
急いで庭を出て、世話焼きおばさんの家に走り出すが、そこら中から色々な小さい声が聞こえてくる。気になり、その都度足が止まり中々進めないでいた。
そうしているうちに、太陽は真上に。家の前の少し小高くなった丘の上にいた司は、家の前に止まったタクシーから母が降りるのを見つけ、慌てて家に帰る。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/17:『まく』の章を追加。2025/12/24の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/16:『よってくる』の章を追加。2025/12/23の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/15:『ちいさなむし』の章を追加。2025/12/22の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/14:『さむいしゃわー』の章を追加。2025/12/21の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/13:『ものおと』の章を追加。2025/12/20の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
視える僕らのシェアハウス
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる