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1話
植物のセカイ
しおりを挟む次の日も、その次の日も、もうずっと学校の話はおろか、母は喋る事さえしなくなっていた。荷物もダンボール箱に入ったままだ。枕元にはいつも小箱が置いてある。
母は相変わらず、寝ている時間の方が多かった。そんな母を心配して、定期的に遠い親戚のおばさんが見に来て、身の回りの世話をしてくれていた。
今日もそのおばさんが来ていた。だが、ガミガミとうるさい人だったので、司は柱の影から覗くだけで話はしなかった。
「まったくだらしがないんだから!いつまでも落ち込んでたってしょうがないでしよ?ほら、おばさんがやってあげるから、少し荷物でも片付けなさい!あーもー布団も出しっぱなし!!」
「ありがとうございます···。じゃあ司···司の部屋の片付けをしましょうか。···あれが···それと···」
「え!?僕の部屋あるの?どこどこ!?」
「まあ!なに言ってんの!司の部屋だなんて要らないでしょ?あんたの部屋を何とかしなさい!!」
「うるさいな!僕の部屋、いるもん!!」
「···つか···へや···」
まだ小言を言っているおばさんを尻目に、ぶつぶつと呟きながら部屋に向かう母。早く早くと急かしながら司がその手を引っ張ろうとするが、するりと母の手は逃げてしまう。
しかし、立ち止まり司を見つめる。
「···母さん···?」
母の目が微かに泳いでいたせいか、視線はあまり合わないが、母の目に少し輝きが戻ったように見えた。
「司···。司はどんなお部屋にしたい?」
歩き出し部屋に入る母。喜び、司もつづいて入り母に色々要望を出す。が、
「···そうね···ごめんね。叶えてあげられないね」
「どうして?母さん?どうしたの?具合い悪くなったの?」
また暗い表情で司から目線をそらす母は、ぶつぶつと呟きながらダンボール箱を開ける。奥からおばさんの怒鳴り声が聞こえる。司はいたたまれなくなり家を飛び出す。
「こんにちは~」
「こんにち···?」
風を切って横切った司の方を見て、いぶかしげな顔をするおじさん。司は嫌われていると思い走り出す。きっとあの悪い噂が広まっているのだと司は思った。
家の周りは立派な古民家が、ある程度の距離を保ち立ち並び、そのほとんどの家が農家や商売をしている。その為、この時間はまばらだが小さな農村とは言え、あちらこちらに人がいる。司はめげずに挨拶するが、
「こ、こんにちは···」
「······?」
大人なのに挨拶もしない人は都会では珍しくもなかったが、何度経験しても胸が悪くなるのは慣れなかった。
「···こんにちは···」
「こんにちは···?」
挨拶を返してくれても、変な顔をして司を見下ろす。司はそれが何故か耐えられなかった。涙ぐみながらまた走り出し、学校の裏山へと向かう。林をそれ、開けた斜面の途中につぼみの膨らんだ大きな桜がある。その木の下にしゃがみこみ膝を抱える。
すると、大きな風が吹き荒れる。その風は夕日の頃にも止まず、とうとう暗くなってやっと止んだ。ようやく家に帰るが鍵がかかっている。鍵の隠し場所は立て付けの悪い古びた物置。急いで開け、家中母を探したが何処にも居らず、窓には全て鍵がかかっていた。いつも汚れている流し台にも食器は無く、綺麗になっていて、ちゃぶ台にも何も無かった。
次の日、朝早く目が覚め、司はいても立っても居られず母を探しに出かける。すると、すぐ隣の家の方から微かに声が聞こえた様な気がして立ち止まる。
この家には、もの凄い歳のおじいちゃんとおばあちゃんしか居ないはずなのに、子供の声が聞こえるのを不思議がる司。
しかもこの時間には2人とも息子夫婦の所で朝ご飯が日課だ。誰か悪戯でもしているのかと思い、生垣の隙間から顔を出して覗いて見る。
しかし、何事も無い庭だ。縁側があり、植木鉢が何個か放ったらかしにされているだけの寂しい庭だった。
「くるしいよ···、くるしいよ···」
司は物凄く驚いた。やっぱり声がする。しかも、なんだかその枯れかけの植木から聞こえる気がする。
ぐるっと生垣を回り、玄関の方から庭に入り植木鉢を覗く。梅の様だった。
「くるしいよ···くるしいよ···」
「わっ!!···やっぱりこれだ、しゃべってるの」
「カラカラだよ···カラカラだよ~」
「え?今度は誰?」
「あついよ~あついよ~」
「え?また違う声!?」
「くるしいよ~」
「カラカラだ~」
「わ~!もう分かったよ!水をあげるから静かにして!」
そう言って縁側を上り、戸を開けて勝手に台所からコップに水を汲んで植木に水をやる。もう1回行って、草にも水をかけてやる。すると静かになった。コップを返して戸を閉め靴を履く。縁側に腰を下ろしたまま植木を見つめる。
「···?大丈夫···なのかな?」
「······」
「······」
「あつい~あつい~」
「誰なの?あついのは誰?」
辺りを見回す。風が流れさわさわと心地良い。
「?こっちの言葉は分かんないのかな···?もう、分かんないからいいや。そうだ!早く母さん探さないと」
急いで庭を出て、世話焼きおばさんの家に走り出すが、そこら中から色々な小さい声が聞こえてくる。気になり、その都度足が止まり中々進めないでいた。
そうしているうちに、太陽は真上に。家の前の少し小高くなった丘の上にいた司は、家の前に止まったタクシーから母が降りるのを見つけ、慌てて家に帰る。
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