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1話
雨のセカイ
しおりを挟む次の日からは世界が一変した。水道の水から蜘蛛から花やら草やら樹たちが話をしている。
「くもさん!家の中だもの、虫はいないと思うよ?」
「!!誰だ?オレの住処に文句言う奴は!?」
「あはは。僕の声が聞こえるんだね!」
「誰だ?オレを笑うのは!けしからん!」
くくく、と面白がる司。荒れ放題の庭に出る。そこには草が我が物顔で生い茂り、その中に水仙とイチイ(オンコ)の樹。
「もうだめだ···もうだめだ···」
水仙の花か揺れる。
「かゆい~かゆい~」
イチイの木も揺れる。たまらず司が聞く。
「何がダメなの?どこがかゆいの?」
「何がって、もう枯れそうだ···?誰だ?お前か?」
水仙が草に聞く。
「そんな気の利いた事お前に言うかよ!はよ場所よこさんかい!」
「かゆい~かゆすぎる~」
「ああ、もうとうとうだめだ···」
「そらそら!」
「あはははは!」
たまらずに笑い出した司に、一同驚いて静まる。その時、そよ風が吹く。すると、水仙の花から花の精が姿を現した。とても小さく、可愛らしい男の子の様だったが、顔をふせ元気が無い。触ろうとするが、すり抜けて触れない様だ。司に気づく。
「!!あんた誰だ?···いや···もう誰でもいいから水をくれ」
「うわ~妖精だ!本当にいたんだね!!僕、司って言うの。あ!水だね!今持ってくる!」
水仙たちの声を背中に、風がそよぎ木々のざわめき、風のせせらぎ、全て言葉として聞こえてきた。そして、そのいずれにも小さな精が見える。
司は目をキラキラさせて、スキップする様な足取りで台所へ。ペットボトル2本にいっぱいの水を入れてきた。その水にも精がいる。
「ちょっと!乱暴にしないでよ!って、どこ行くつもり!?」
「お花にあげるんだよ!」
「え~?なにそれ~。土の中は暗くて嫌なのよね~」
「土の中行ったことあるの?」
「そうよ!やっと出られたと思ったら、また暗闇でなんんかもう大変だったんだから、やめてよねー」
「でも、お花さん死にそうなんだ。助けてあげてよ」
そう言っている間に水仙の前に立ち、ペットボトルのキャップをあける。水仙が待ってましたと声を上げる。
「ああ、お水さん!お願いだ~助けてくれ!」
「ったく~。仕方ないわね、助けてあげるわ」
「じゃあ、あげるよ」
そう言って司は水仙に水をやる。陽の光に照らされキラキラと土に花に落ちる水。花の根元に水の精がすうっと消えていく。すると、水仙の精がキラキラと輝いた。
「まあ、すぐに元気とはいかないが、とりあえずなんとかなった。ありがとう···え~と」
「つかさだよ!司。よろしくね!」
「おー司。よろしくな!」
「けっ。余計な事しくさりおって···!」
草が悪態をつく。
「あれ~?そんなこと言ったら、むしるぞー!」
「わ~!やめろやめろ!分かった、もう言わんから助けてくれ~!」
「あははは、分かればよろしい(笑)」
「真似をするな!」
目には涙がはみ出るほど笑った。とても楽しい、こんな気持ちはずっと忘れていた。最後に笑ったのはいつだっただろう。分からなくなるほど昔。そんな楽しい事、あっただろうか。司はもう思い出せなかった。
「···つか···さ···司!」
突然、家の中から庭に向かって母が叫んでいる。慌てて振り返り駆け寄る。縁側に手をついた。
「なに?どうしたの?」
「司···何が楽しいの?」
妖精が見えるとか話せるなんて、到底信じてもらえないと思った。以前、お化けを見たと言っても信じてもらえなかったからだ。どう説明していいか分からず戸惑っていると、
「司の笑い声なんて、忘れていたわ···」
相変わらず微妙に視線が合わなかったが、司は気にせず笑った。
「外でもう少し遊んでくるね!」
そう言ってまた庭に戻る。イチイの樹が呼んでいる。
「かゆい~、司とやら、私もなんとかしてくれよ」
「わ~、すごいね。蟻とゾウリムシとかいっぱいついてるよ?それでかゆいの?」
「あ~かゆい、むれる!早く何とかしてくれ!」
ん~と司は腕を組んで首を傾げ悩んだ。
はっとなって家の玄関に走り出す。持ってきたのはホウキだった。虫をそれで払い落とすが、ヤゴ(樹の根元から出る小枝)や胴ふき枝(幹から出る小枝)がたくさん出ていたのと、上の枝もかなり密集して生えていたのでそれでは払いきれなかった。しかも、枯れ枝も詰まっていて、そこに虫が逃げ込んでしまう。
「あ~!かゆいかゆい~!!」
「ねえ、この枝切っていい?」
「な!なんて事を言うんだ!痛いのは嫌だぞ!」
「···でも、ずっとかゆいまんまだよ?いいの?」
「···そ···それは困る···!」
「じゃあ切るね。今ハサミ持ってくる!」
「あ~待て待て!切れ味の悪いハサミはよしてくれよ。どうせならスパッと痛みが少ないこ~んなハサミにしてくれ」
「あ!分かった、剪定バサミだね。知ってるよ、隣のおじいちゃんがやってたから」
そう言って元気良く走り出す。隣のおじいちゃんの家へそれを借りようと行くが、誰も居らず、庭の隅にある小さな物置の中から勝手にハサミを持ち出す。
戻った司は、ちょきちょきと良い音をさせながら枝を切っていく。母は縁側には居なかった。向き直り、樹を綺麗に剪定し終わり、ホウキで虫を落としてやると綺麗な幹が姿を現した。
「お~!少々痛かったが、我慢したかいがあったな!涼しい~すがすがしい!大義だったな司とやら。礼を言うぞ!」
イチイの精は腕を組んだり、深呼吸をしたりとくるくると楽しそうだ。それを見る司は、はじける笑顔であった。
「さてと、ハサミ返してこなくっちゃ。あ、ついでに植木の様子も見てこよう。それに、あついって言ってたの、今なら分かるかも!」
そう呟いて隣に向かう。ハサミを元の場所に戻し、改めて辺りを見回す。小さい呟きが聞こえてきた。それは、生垣の上に丸くなっている生垣の精からだった。近づく司。
「あつい~あつい」
「どうしてあついの?」
「!!やや!昨日の小僧ではないか!?心が分かるのか?なら、この暑苦しさをなんとかしてくれまいか?ごわごわで暑苦しいのだよ」
「わ~中が枯葉でうまってるね。分かった、綺麗にしてあげるね」
「おお、頼む」
とは言ったものの、家の半分を覆い囲う生垣なので、すぐには終わらなかった。日も暮れてきた頃、いつもなら帰ってくるはずのこの家のおじいちゃんとおばあちゃんが帰って来ない事を疑問に思う司。
その時、突然なんの前触れもなく後ろから声がかかった。
「おお!なんぞボウズ、手入れしてくれてんのか。関心じゃ、ありがとうよ~!」
「あ!おじいちゃん!遅かったね、お帰りなさい!」
「ああ、ただいま。だがすぐ行かんとならんでな。ちょっと梅が気になって見に来たんじゃが···」
「あれ?もしかして枯れそうになってた植木?」
庭に行って、昨日水をやった植木を2人で見る。元気になっていたので、2人は笑った。
「ならそろそろ行かんと。またな、ボウズ」
「おじいちゃん、ばいばい」
もうすっかり薄暗くなっていたので、そのまま家に帰る司。雨が降り始めた。
その夜は珍しく夢を見た。ずっとずっと昔、まだ家族があった頃の楽しくて幸せな夢。
「···そんなこと、本当にあったっけ。僕が勝手に作り出した夢かも···」
目覚めても部屋全体が薄暗かったので時計を見るが、まだ夜の8時。曇りガラスの内側を開けて見ると外は雨だった。気分が少し落ち込む司。さらに外窓を開けると雨の匂い。
「まあ、なんて不細工な顔なの?こんな可愛い私を前に失礼しちゃうわ!」
「まあ本当に!だから子供は嫌なのよ」
司の前に雨の精が騒ぎ立てる。驚いて固まってしまう。だが、その言い合いに段々と明るい気持ちが湧いてきた。
「あは、ありがとう。何で落ち込んでたのか忘れたよ!」
「あら、子供のくせに悩み事?生意気ね!」
「私たちのおかげじゃなく、あんたがあほだから忘れたんでしょ?」
ほっぺをつねったり、髪を引っ張ってみたりと、雨の精ははしゃぎながら司をかまう。捕まえようとするが、すばしっこくて中々捕まらない。部屋の中まで入ってきてじゃれ合う。
廊下からこちらに向かう足音が聞こえる。開いたドアから母が覗く。窓が開き、雨で濡れる窓枠と床を見て、慌てて部屋に入ってくる。
「まあ、なんで雨なのに開いてるの!?」
「あ、ごめんなさい母さん。すぐ拭くね」
母は静かに窓を閉め、司の方を見たかと思うとそのまま部屋を後にする。その姿を追って、部屋から母の背中を覗くが、母は雑巾を手に戻ってきた。そして、何も言わずに雨に濡れた床を拭き始めた。
「いや~!ちょっと何するの~!」
「嫌!外に帰して!!」
「ど···どうしたの?」
雨の精が急に慌てて母の方、閉められた窓に向かって飛んで行くが、たどり着く前に消えてしまう。よく分からなかったが、その元が無くなれば精も居なくなってしまう様だった。
外には沢山の雨と精が楽しげに降っては舞い、土に消えていく。何故、消えると分かっているのにあんなに楽しそうなのか、司には分からなかった。
あれからすぐ母は寝込んでしまった。昼をまわろうとしていたが、起きる気配は無かった。家に居ても寂しさと、考えたくない事を思い出しそうだったので、司は出掛ける事にした。
「傘、穴開いてるや」
玄関を出て、傘をさすと小指が入るほどの穴が開いていた。小指を穴に突っ込みながら微笑する。長靴で水溜まりを飛んで外へ歩き出す。少し表情も柔らかくなっている。
「いつもよりみんな静かだな~。雨の妖精しかいないみたいだ···」
ぽちょん、と肩口に雨水が落ちる。そしてまた。
「ねぇあんた。あたしらの声が聞こえるって本当?」
肩に落ちた雨が精となって話しかけてきた。
「う、うん。誰から聞いたの?」
「あら、本当だったのね。···風の噂よ」
「風?風も噂するの?」
「当たり前じゃない。風はみんな知ってるのよ」
「今は吹いてないけど、今も噂してるの?」
「そうよ。でも、今はわたし達の声の方が大きいし、風は滅多に噂しないわ。大きい風が吹かないと姿を現さないから」
「ふ~ん、そうなんだ···」
そんな会話をしながら歩いていると、林の奥に野の花が沢山咲いている所がある。雨の精も集まっていた。近づくと、その声は喧嘩をしている様だった。
「どうしたの?」
「あ?なんだお前。関係ない奴は入ってくるな!」
「ちょっと、そんな言い方無いんじゃない?」
「あん?お前はすっこんでろ!」
「まぁまぁ、落ち着いてよ。みんな集まってなにか、ケンカ?」
「いやいや、喧嘩じゃないんだ。このカタクリさん達が、ぼく達にやめてくれって言うもんだから、どうしようもないよと、説得していたところだよ」
「せっとく?」
司は首を傾げる。そこにカタクリが口を開く。
「···もう雨が重くて、寒くて、足が融けそうなんです。だからもうご勘弁をと、お頼みしていたところなんですが···」
「そんな事言われましても、私どもも風が吹かなければ、何処へも行けませんし」
また言い合いが始まってしまう。どうしていいかと悩んでいた司は、肩に乗っていた雨の精を見て閃く。
「!いい事思いついた!!こうすれば良いんじゃない?」
そう言って自分が差していた傘をカタクリの花に差してあげる。しかし、一部にしかかからなかった。
「それじゃ私たちはどうなるの?」
「今いっぱい傘持ってくるから待ってて!」
そう言って林を駆け抜ける。家にはもう傘は無かったので、隣の家の玄関を覗く。鍵がかかっていなかったのでそのまま入る。
「こんにちは~!おじいちゃん居ませんか?······誰か居ませんか?」
しばらく待ってみても人の気配が無かったので、玄関に置いてあった傘を2本持って行く。
そうして、3件くらい回って5本の傘を抱え、林へとまた走り出した。
傘を持って行かれた家では、玄関に身に覚えの無い水溜まりが出来ていて不思議がられていた。
傘を並べ終えた司は、ずぶ濡れになりながらもキラキラとした笑顔で満足気だった。
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