カゼノセカイ

辛妖花

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1話

風の噂

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  次の日はやっと雨が上がり、雨粒が朝日に当たりキラキラと輝く爽やかな朝。
  司は伸びをして深呼吸した後、林に駆けて行く。雨の精は肩にいる1人しか居なくなっていたが、カタクリの花はみんな司を見るなり歓声を上げて喜んだ。

「ありがとう!もう大丈夫!今度は傘をどけて、日に浴びさせて!」
「分かった」

  そう言って、傘をどけてあげる。日を浴び、カタクリ達は深呼吸した様に背筋を伸ばした。

「はい、良かったね、元気になって」
「本当にありがとうございます。司のおかげですわ!」

  みんなで歌ったり、踊ったり、肩の精も一緒になって喜んで踊り出す。
  朝日が高く昇り、至る所の雫がキラキラと輝きだし、眩しいほどだった。

「司、楽しかったわ!じゃあね」

  そう言って、雨の精はキラキラと朝日に消えていった。

「ありがとう、バイバイ···」

  手を振り、傘を拾う司。

「みんなまたね。傘を返しに行ってくる」
「行ってらっしゃい!また遊びに来てね~」

  さよなら~と見送られ、6本の傘を抱え林を出る司。借りた家々に返しに行く。そっと玄関に返したり、入り口に置いて来たりした。
  最後の家の玄関をそっと開け、傘を置く。自分の傘を抱え玄関を出ようとした。その姿を家の男の子が発見する。その視線に気づき、慌てて謝罪とお礼を言って玄関の戸を閉め帰る。
  今の男の子は、学校で司を指さしていた男の子だった。もう少し自分に勇気があれば、もしかしたら友達になれたかもしれない。などと考えながら歩いていると、家の影から小さい声が聞こえてきた。

「ちょっとそこのお兄ちゃん!助けて!」
「どうしたの?顔隠したりして?」

  ふきのとうの精は顔が葉で隠れていた。

「目が覚めたら、全然前が真っ暗で見えないんだ。とっても寒いし、どうなってるの?」
「葉っぱが開いてないんだよ。それに···ここは日陰だから寒いのかも」
「そうなんだ~。ぼくはどうしたら良いんだろう?」
「僕が陽の当たるところにつれてってあげるよ」
「本当?ありがとうお兄ちゃん!」

  と、掘ってみようとしたが、コンクリートの間から生えていて、引っ張ると痛がるので上手くいかず悩んでしまう。
  辺りを見回すと、物置小屋の横に錆び付いたつるはしを見つける。それを持ってきて、コンクリートの間に上手くつるはしを挟み、てこの原理で見事ふきのとうを掘り起こす。が、つるはしはそこに刺さったまま抜けなくなってしまう。しかし、そんな事はお構い無しで、司はふきのとうを見て微笑む。

「どこが良いかな~。あ!そうだ、みんなが居る方が良いよね!」
「?」

  そう言って満面の笑みで、両手で包んだふきのとうを持って走り出す。ふきのとうは困惑していた。お構い無しに向かったのは林だ。

「あれ?司もう帰ってきたの?」
「もう今日は来ないと思ってたから嬉しいわ」
「あのね、この子をここに植えてもいいかな?」
「まあ、赤ん坊じゃない」
「司の頼みなら仕方ありませんわ。でも近くには植えないで下さいましね」
「分かった、ありがとう!仲良くしてあげてね。1人ぼっちで、まだ目も見えてないんだ」
「分かりましたわ。心配なさらなくても大丈夫ですわ、ねえみなさん」
「わあ、ありがとう!ありがとうお兄ちゃん!!」
「えへへっ」

  無事植え終わり、今度こそ家に向かって帰ろうとする。が、肝心の傘をつるはしの所に置いて来てしまった事を思い出す。
  取りに戻ると、刺さったままのつるはしの周りに4・5人の男の人が集まっていた。刺さったままのつるはしを不思議がり、傘を拾われ、誰が何の為にこんな事をしたのかと議論になっている。とてもその中に入って行く勇気は無かった。司は、そのまま家に向かって走り出す。
  あの男の子が傘泥棒の司の特徴をその大人達に話すが、あまり誰も信用しなかった。が、気味悪がった。


  相変わらずの天気が続く午後。家に向かう司は、鼻歌交じりで楽しげに、畑のあぜ道を枝を振り回しながら歩いていた。すると、畑の方から声がかかる。人参の葉っぱが沢山顔を覗かせている。

「そこの君!もしかして司君?」
「!!そうだけど、なんで知ってるの?」
「風の噂だよ。それより、助けてはくれないか?」
「いいけど、どうしたの?」
「お腹が減って目眩がするんだよ。水は足りているんだが」
「おなか?ニンジンさんの食べるものって何だろう?」
「はぁ、食べるわけでは無いんだがね···」
「あ!分かった!肥料の事だね!あのおじさんに聞いてみるね」

  そう言って、あぜ道を歩くおじさんに駆け寄る司。

「おじさん!あそこのニンジンに肥料をあげたいんだけど」

  声が聞こえたおじさんは振り返る。その先にしなびた人参の葉を見て慌てる。

「おお、こりゃイカン!肥料をやらんとな」
「おじさんありがとう」

  司をチラッと見て小屋に入るおじさん。司はその事を人参に報告する。

「もう大丈夫だよ!じゃあね、ばいばい!」
「ありがとう司!ありがとう」

  でも、大きくなったら食べられちゃうんだな、などと考えていた。ま、いっかと再びあぜ道を歩き出す。
  田んぼの蛙を見つけて、追いかけて遊んでいると、田んぼの隅の一角が白くモヤがかかっている。気になり恐る恐る近づいてみると、5ミリ程度の小さい虫が大量発生していた。

「うわ~キモイ···」
「そこの君!もしかして私たちの声が聞こえるって言う人の子?」
「稲さん!?あなたも風の噂で聞いたの?」
「そうよ。それより見て!虫が私たちを食べるのよ。助けてくれないかしら?」
「いいよ!···でもどうしよう。こんなに沢山いると···」

  腕を組み、考え込む司。いい案が思いつき、辺りを見回す。田んぼのあぜ道の端っこに小さな壊れかけの小屋があった。そこの剥がれかけていた薄い壁板をべりべりと剥がす。そして、それを虫の大群に向かって、うちわの様に振り下ろす。もう一度振り上げて下ろす時に、後ろからふわりと風が吹く。

「フフフ···、あはは···」

  風の精が沢山、司の手伝いをしてくれる様に吹き抜けて行った。目の前の虫の大群はあっという間に居なくなっていた。下ろした板を持ったまま唖然とする司。

「あの司って奴、人にしておくのは勿体ないくらい純粋だな~」
「そうだな~。まあ、無垢でなけりゃ俺達の心なんか分からんだろうよ」
「あの子、自分がどこにいるのか知らないのね」
「あ~なるほど。それで無垢なままってわけか」

  司に聞こえない所で草達がそよそよと噂話をしている。風に乗って色々な所へさわさわ、そよそよと流れる。

  家に着くまで、また色々なお願いをされる。元気の無い木々に歌を歌ったり踊ったり、林道のゴミ拾いをして草花に喜ばれたり、それを見て人々が喜び、その姿を見てまた司は嬉しくなり満足感でいっぱいだった。
  いつの間にか家路から遠ざかり、夕暮れになっている。

「お前の仕業なんだろ?」

  突然、司の後ろから声がかかる。小さい稲荷神社の隅に座って、どんぐりの精と遊んでいた時だった。振り返ると、鳥居の向こうにはあの男の子。

「お前どこの子だよ?」

  司は驚いて立ち上がり、声に詰まる。勇気を振り絞り喋ろうとした時、奥から男の人が現れる。

「何サボっとる!!後片付け手伝えと言っただろうが!!」
「っ!今行くよ!!」

  そう言って司に向き直る男の子の目は細まる。何も言わず、舌打ちして走り去ってしまう。司は寂しそうな顔のまま男の子のいた所を見つめている。何故か大きな不安が襲う。いつの間にかどんぐりの精はいなくなっていた。日も沈み、急いで家に帰る。

  家に着く頃にはすっかり暗くなっていた。母は台所に立っているが、手元は動いて無かった。

「ただいま···母さん、僕もう寝るから晩ご飯いらないよ」
「······そうね、寝ましょうか」

  司を見たと思ったら、直ぐ寝室に向かう母。それを黙って見送っていた司は、言わなければ良かったと後悔した。
  もう少し母の傍に居れたのに。
  その時、トントンと風の音がノックしてる様に聞こえ、縁側の戸を開ける。

「誰かいるの?」
「居るよ。いつも居るよ。どうしたの?元気が無いね」
「······母さんが笑わないんだ···。どうしたら母さんを元気にしてあげられるの?」
「あは、そんなの簡単さ!君が笑って、元気になればいいのさ!!」

  風が吹き、声も消える。姿はハッキリ見えなかったが、司は風の精だと分かった。心が温かくなるのを感じた。
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