カゼノセカイ

辛妖花

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3話

真奈美のセカイ

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  次の日の昼前、強羅探偵事務所では強羅と甲斐が慌ただしく次々とあちこちに電話をかけていた。
  あの後、続けて2件の不審死が相次いだのだ。もちろん、どちらも虐待者の男だった。
  その知らせを花城さんから聞く度、2人は現場に向かっていたので、あまり寝ていなかった。目の下には大きな隈が出来ている強羅。それなのに、甲斐は平気そうだ。それを不服そうに見つめながら、電話を切る強羅。同じく電話が終わった甲斐を見る。溜息をつきながら口を開く。

「···正直、ここまで多いとは思わなかったよ···」
「そうだな···。中々電話も繋がらないし···忙しそうで、オレの電話も迷惑そうだったな···」

  そう言ってしょんぼりする甲斐。この日の朝に、各児童相談所や保護施設に質問書をメール送信していたが、どこからも回答が得られず、メール受信の確認と回答の催促の電話をしていたのだ。

「これじゃあ、先手を打つなんて出来そうもないね···」

  それを聞いてガクッと机に突っ伏してしまう強羅。虐待の酷い家庭を聞いて、該当しそうな男を見つけ出そうとしていたのだ。しかし、酷い虐待をする再婚者の男を教えてくれない所も多かったが、知り得た情報数が多過ぎて絞り込めない有り様だった。
  強羅はゆっくり顔だけ上げて面倒くさそうに言う。

「···仕方ない···、片っ端から行くか···」
「えー!?今分かってるだけでも相当あるぞ?」

  仕方ないだろと強羅が言いかけた時、強羅のスマートフォンが鳴る。それに体をビクッとさせ驚く甲斐。

「はい、花城さん。え!?また!!」

  すぐ行きますと言いながら鞄を背負い、甲斐に外出の合図を出す。分かったと頷きながらバイクと部屋の鍵を持ち、部屋を出た強羅の後を追う。鍵が掛かる音が響く。



  バイクにまたがり、急いで花城さんからスマートフォンに送られて来た場所に向かう。
  町外れの住宅街の一角に、車の前で電話をしている花城さんを見つける。すぐに強羅と甲斐に気づき、バイクを降りた2人を手招きする。

「いや~参ったよ。こんなに連続で謎の死じゃあ、俺の立場も危ういよ」

  電話を終えてそうボヤく花城。顔を見合わせる強羅と甲斐。

「ところで、現場ってここですか?」
「そうだ。強羅は何か匂わんか?」
「···微かに残ってますね···」

  そうか、ふむふむと言い1人納得した様な素振りの花城。首を傾げる強羅。

「いやな、この間の護送車で亡くなった男の住んでいたアパートがすぐ近くにあるんだが、何か関係がないかと···」
「そこはどこですか!」

  凄い剣幕で迫る強羅に気圧けおされながらも、アパートの場所を強羅のスマートフォンに送ってくれる花城。あの護送車の事件から、犯行が極限られた地域に集中しているのに疑問を持っていた強羅は、甲斐を急かし、バイクでその場所に向かう。
  角を曲がればそのアパートだったが、強羅が甲斐を右手で止め、2人は角の影からアパートの方をを覗き込んだ。そこには、引っ越しのトラックと引っ越し業者、それに女の人が居て引っ越し業者と話しをしていた。それを見た強羅が右腕で鼻を隠した。

「···匂うな···近くに居るかもしれない。匂いの帯が、あの女の人に微かに残っている···」
「そうなのか!?オレにはまた違う者が見えてるよ···」

  そう言って唾を飲み込む甲斐。予想外の言葉に驚き甲斐を凝視する強羅。

「何がいる!?」
「人間の男の子···に見えるけど、透けたり白くぼんやりしたりしてるから、···生きてないと思う···」
「幽霊か。悪霊じゃ無いなら俺には分からないな···」

  そう言っているうちに、引っ越し業者を乗せたトラックは走り出していた。その後ろに止めてあった軽自動車に女の人が乗り込み、後を追う様に幽霊の男の子が車に乗った。それを説明しながらひーっと小さな悲鳴を上げ、右手の指先を少し噛む甲斐。

「毎日見えてるんじゃないのか?」

  あまりの怯え様に突っ込む強羅。そういう訳じゃないと、首を左右にぶんぶんと振る甲斐。
  と、強羅の顔が歪んだ。

「居たぞ!アパートの屋根の上だ!ヤバイ、逃がすか!甲斐、あの軽自動車を追うぞ!」
「お、おう!」

  慌ててバイクに乗り込み、女の人と幽霊の男の子が乗った軽自動車を追いかける。その軽自動車の後を女の子の悪霊が追いかけていたからだ。足は動かず、すーとスケートでもしているかの様に移動する女の子の悪霊。
  しばらく軽自動車は街中を走り、段々と家や人気の無い山に続く道へと向かって行った。車と、それを追う女の子の悪霊を見失わない程度に距離を置き、追いかける強羅と甲斐。

  そして、車はどんどん田んぼや山、川を越えて田舎へと進み、山に囲まれた町につく。そこの山の麓にある古い立派な平屋の家の前で車が止まる。
  少し小高くなっている林の中に、静かに身を潜める強羅と甲斐。バイクは少し離れた場所に隠して来た。ここからはその家が良く見える。
  強羅は、もしかしたらと色々な考えが思い浮かんでいた。

  着々と引越しの荷物が運ばれ、女の人の指示で荷物が下ろされていく。

「ひーっ!男の子の幽霊が家に入って行った~!」
「静かにしろ。悪霊に気付かれたらどうすんだ···」

  そうしているうちに作業は終わり、引越し業者の人達は帰って行った。
  その時、家の屋根の上に居た女の子の悪霊は、忽然と姿を消していた。と、急に物凄い悪臭にのたうち回る強羅。

「強羅!どうした!?大丈夫か!」
「ぐぅ···、クソ!気付かれた」

  え?っと目を丸くして驚く甲斐の後ろに、あの女の子の悪霊がじっと立って強羅を睨んでいた。

  「なんでついてくるの···邪魔」

  物凄い怨念が強羅を襲い、その圧力に耐えられずに気絶してしまう強羅。その倒れた強羅を地面につく すんでで抱きとめる甲斐。

「強羅!どうした···ひーーっ!!」

  振り返り悲鳴をあげる甲斐。そこには赤く燃え上がる人影が見えた。熱さも感じる。
  辺りはいつの間にか夕日に染まっていた。
  逢魔が時は、甲斐が見る風の世界(死後の世界)と、強羅が見る夜の世界(悪霊の世界)とが交差する時間だと、強羅が言っていた。なので、普段は見えない甲斐も悪霊を感知出来たのだ。

  「やっぱり無理か···」

  その赤く燃え上がる人影から女の子の声がした。驚愕しながらも、反射的に質問する甲斐。

「へ?な、ななななにが無理なの?」
  「その男に入って殺す事が」

  え!!っと目を丸くした甲斐。その内に日は沈み、辺りは薄暗くなってしまった。それと同時に赤く燃え上がる人影も見えなくなっていた。微かに左耳に熱さが残る。
  すると、微かに強羅の唸り声が聞こえてきた。抱えた強羅に目を落とすと、すっと目が開いた。瞬間、甲斐を押しのけて立ち上がる強羅。

「悪霊は!?」
「···っいてて。まだ耳が熱いから、近くに居るとは思うけど···」

  大丈夫かよ、の心配の言葉は飲み込む甲斐。強羅はふらつきながら辺りを見渡す。
  すると、林の奥の方に怨念が燃え上がる人影を見つける。

「居た!追うぞ!」
「えー···はいはい」

  睨まれた甲斐は、渋々走る強羅の後に続く。
  走りながら、先程あった出来事を話す甲斐。それを聞いて、何かに気付いた顔をする強羅。

「あの悪霊は、強い怒りから発生したんだ。だから同じ強い怒りで、我を忘れている時だけ憑依出来るんだ。だから、俺には入って殺す事が出来なかった訳だ」
「えー!?何それ、こっわっ!」

  大袈裟な身振り手振りで棒読みする甲斐。よく分かって無いな、と思いながらも流す強羅。
  すると、女の子の悪霊が突然動きを止めた。それを見て、強羅も立ち止まり、甲斐を右腕で止める。強羅は咄嗟とっさにジャケットの内ポケットに手を入れた。そこからおふだを取り出す瞬間、

  「憎い憎い憎い憎い熱い熱い!」

  悪霊となってしまった女の子は自分の内側から湧き上がる憎悪を抑える事が出来なくなっていた。燃え盛る炎の様に、怨念が女の子を包んでいた。それが物凄い速さで強羅の眼前に迫ってくる。
  間一髪、おふだをかざし、お経を唱え、その悪霊の動きを止める事が出来た。まだ憎悪を叫んでいる女の子の悪霊に、強羅は優しく話しかけた。

「虐待をする男ばかり狙って殺していたのは、もしかして君も虐待されていたから?」

  その言葉に、急に大人しくなる女の子の悪霊。女の子が見えない甲斐は強羅の後ろに立ち、左耳を押さえていた。

「君を追いかけていたのは、君を助ける為でもあるんだ」
  「嘘だ!嘘だーー!!」

  また暴れ出す女の子の悪霊。悪臭に耐えながら強羅は優しく続ける。

「今日ついて行ってた女の人は、君の母親なんじゃないか?だったら、君は近くに居ては駄目だ」
「どういう事!?」

  イライラしながらも驚きを隠せなかった女の子の悪霊が強羅を覗き込んだ。それを見返し、落ち着いた口調で言う。

「何もしなくても、悪霊になってしまった君が近くに居ると、生きている人間は悪影響を受けて、体が弱ってしまうんだ。最悪、衰弱死する事だってある」

  目を見開いて強羅の目を見つめる女の子の悪霊。すかさず続ける強羅。

「だから、君······名前は?」
「···真奈美···」

  混乱して反射的に答える女の子の悪霊。真奈美と名乗ったその悪霊は、目を伏せる。

「だから母さん、ずっと病気がちだったのか···やっぱり···」

  私のせい、と言う言葉は出なかった。真奈美の怨念の炎は消え、可愛らしい女の子が姿を表した。

「そう、だから真奈美はお祓いを受けて···」
「地獄は嫌!!」
「いや、真奈美今地獄に状態なんだ。だから、殺しを繰り返しても満たされる事は無いし、逆にどんどん憎しみが増幅するだけなんだ」

  真奈美を真っ直ぐ見て言う強羅。目が泳ぐ真奈美に続けて語りかける。

「だから、お祓いを受けて無に帰るしかないんだ···」
  「嫌ーー!!母さんと司のそばに居るのーー!!」

  この世の声では無い、高い声と低い声とが同時に聞こえた様な、耐え難い雑音の様な叫びが轟く。
  その圧力に圧倒され、真奈美を押さえていたおふだが破れ、強羅は後ろに弾き飛ばされる。それを受け止める甲斐は目を丸くして驚いた。

  突風が吹き荒れ、林の木々をザワザワと揺らした。真っ暗になった林に、小さな黒い影が無数に出てきて、こちらをじっと見ていた。





    
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