カゼノセカイ

辛妖花

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2話

桜と風の明日

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  あれから数日後、隣の家で葬式の準備がされていた。しかし、陽子は体の調子が悪く、トイレもやっと這って行く様な状態だった為、心の中で冥福をお祈りする事しか出来なかった。
  それからと言うもの、陽子は1日のほとんどを寝て過ごしていた。
  そうして3日がたった朝。陽子が居間のちゃぶ台に突っ伏して寝ていると、何やら物を置く音などが聞こえてきた。それに、子供2人の声も微かにする。
  その気配を感じた陽子は顔を上げ、辺りを見回す。目の前のちゃぶ台の手元には、散らかった色鉛筆と見覚えのある描き方の、見た事の無い絵があった。
  桜の木の下で、陽子と司と姉が仲良く手を繋いで笑っている絵だった。そしてそこには「ありがとう」「さよなら」の文字。
  陽子は慌てて小箱を抱え、靴も履かずに家を出る。町1番の大きな桜の木の下に向かって走り出す。
  その背中に、慌てて呼び止める声がかかる。

「待って下さい!裸足でどこに行くんですか!?」

  振り返ると、そこには黒髪と金髪の若い男が2人居た。手前の黒髪の男性が手を差し出しながら近づいて来ていたので、捕まってはなるまいと走り出しながら言い捨てる陽子。

「真奈美と司が居るんです!死んで無かった···あの桜の木の下に···きっと」

  取り乱していた陽子だったが、その頭の片隅でこんな事知らない人に話しても無駄だなと考えていた。また精神病者扱いをされるだけだと思い、追いかけてきた男性の制止を振り切り走り出す。ところが、バイクに乗っていたもう1人の男性に腕を掴まれて驚く。

「真奈美ちゃんと司君はもう桜の木に向かったんですね!じゃあオレの後ろに乗って!」

  そう言って、バイクの後ろに乗せられる陽子。困惑していると、横に歩いてきた黒髪の男性が口を開く。

「詳しい事は後で話します」

  そう言って、金髪の男性に先に行けと付け足し、陽子を乗せたバイクは走り出した。



  バイクは桜の木に続く林道に着いた。陽子が山の開けた所にかけ登って行くと、真奈美に手を引かれ、桜の下へ行く司の姿がぼんやり見えた。桜の花を仰ぎ見て、その上の青い空を見る司。司達には陽子は後ろにいたので、見えていない様だった。
  真奈美が桜の木に手を触れると、風が吹き上がる。

「つかさーー!!」

  陽子の声が届いたのか、振り返る司。陽子の姿を見て微笑む。
  桜の木の下にたどり着いた陽子を優しく包む。

「風の世界も良いものだね」

  陽子は、司の声が聞こえた気がして、思わずその手にしていた白い小箱を落としてしまう。箱の蓋が開き、中の白い陶器の蓋も開いてしまう。
  春の大きな風が吹き、中の遺灰ごと大空へと運んで行く。
  司を乗せて、晴天に消える。

「ありがとう···司······、今まで本当にごめんね」

  膝をつき、泣き崩れる陽子。
  と、小走りで息を切らして黒髪の男性が現れた。大丈夫か?と言いながら金髪の男性も現れる。
  金髪の男性に確認を取りながら、真奈美に近づいてくる黒髪の男性。

「ちゃんと、自分の言葉で伝えろ···」
 
  そう言った黒髪の男性は、桜の木に右手をつき、左手を金髪の男性に頼み、真奈美の肩に置いてもらう。そしてすぐさま金髪の男性は、泣き崩れる陽子の傍に駆け寄る。

「陽子さん!前を見て!早く!!」

  そう力強く言い放つ金髪の男性の言葉に驚き、陽子は反射的に前を向く。するとそこには、薄ぼんやりと白い霧がかかった様ではあるが、先程よりはっきりと真奈美の姿が見えた。

「真奈美!真奈美···ごめんね······許して」

  姿が見えた喜びと同時に、陽子はとても心が痛み、胸が苦しくなった。だが真奈美は驚き、喜び微笑んだ。

「大丈夫。母さんは悪くないよ。母さんが幸せなら、私も司も幸せだよ」

  そう言った真奈美は満面の笑顔だった。 最後に陽子に会えて心から喜んだ。と、その時、ドサッと音を上げ黒髪の男性が倒れ込む。それと同時に、陽子の目から真奈美は見えなくなってしまう。金髪の男性は、慌てて黒髪の男性に駆け寄る。

「おい!大丈夫か!?」
「···うるさいな、大丈夫だよ。ちょっとはくの気を取られすぎただけだ。じき治る」

  困惑している金髪の男性と、不機嫌そうな黒髪の男性。陽子は何が起こっているのか分からなかったが、姿の見えなくなった真奈美の笑い声が聞こえた気がした。

「ありがとうお兄ちゃん達。さようなら母さん」

  そう言った真奈美の声が聞こえた。その後、驚いた金髪の男性が桜と黒髪の男性を交互に見て言う。

「もう祓ったのか!?」
「···いや、成仏した様だ···」

  こんな事は滅多に無い、と付け加えて立ち上がる黒髪の男性。それを不安そうに見守る金髪の男性。多分、この2人が司と真奈美を正しい道へと導いてくれたのだと陽子は感じた。

「陽子さん。詳しい話をします。これからの貴女あなたの人生の為に」


  あの後、陽子は自宅に2人を招いた。黒髪の男性が、強羅と名乗り、金髪の男性は甲斐と名乗った。
  お茶を用意しに台所に立つ陽子は、何だか体が軽くなっている事に気づいた。しかも気分も良くなっている。真奈美と司が目の前から消えてしまったと言うのに。
  居間のちゃぶ台を囲んで座る2人に「どうぞ」とお茶を出し、そこに自分も座る陽子。

「あの···どうして真奈美と司を知っているんですか?」

  強羅が陽子に名刺を渡しながら、

「普段は探偵の仕事をしているのですが、今回の様に悪霊や幽霊が絡む事故や事件の調査もやっています。信じられないかも知れませんが、真奈美ちゃんが悪霊になり、司君のお父さん···を事故に導いて取り憑き、自殺しています。その調査をしていて、陽子さんと真奈美ちゃん、司君の事を知りました」
「···そうなんですか···私も夫の自殺は不思議に思っていたんです。真奈美が見ていたんですね···司や私の事を」

  陽子はうつむき、悲しい顔で考え込んでしまった。それを見て喋りにくそうにしていた強羅に気付き、陽子は気にせず続けて欲しいと促す。
  申し訳なさそうな顔をして、何か考えながらチラッと甲斐の方を見た後、ゆっくりと話し始める強羅。

「あ~、ええと、俺の推測になってしまうんですが、真奈美ちゃんが父親に殺された時、悪霊に変わり、そのまま父親に乗り移り自殺して殺してしまったのではないかと。そして、その後も陽子さんに憑いてまわっていたので、体調不良もそのせいだと思います」
「どうして真奈美が悪霊だと分かるの?」

  あんなに優しい真奈美が悪霊だなんて信じられなかった陽子。甲斐は頷きながら2人の話しを黙って聞いていた。

「それは、自分が悪霊の匂いを感じる事が出来る体質なのと、夜になると悪霊は赤く燃えるような気を纏って見えるので···。逆に悪霊じゃない幽霊は見えません」
「なんかややこしいんですが、オレは幽霊は見えて、夜になると悪霊は見えないので間違いないです···って言われてもよく分からないし嫌ですよね···すいません」

  何故か謝る甲斐に優しさを感じ、微笑みながら言う陽子。

「いえ大丈夫ですよ。そういう体質なんですね···」
「はい、それで司君の義理の父親が護送中に謎の死を遂げた事を調査していたら、たまたま引っ越しされている陽子さんを見つけました。そこに真奈美ちゃんも居て、それを追って自分達もこの町に来て、色々調査していました」
「そうだったんですね···」

  その後の言葉は中々出て来なかったので、自分には言いづらい事があるのだなと陽子は思い、追求はしなかった。ただ、その話しをどこか他人事のように聞いていた陽子は、ある事を思い出し口にする。

「じゃあ、真奈美が騙されるなって言ったのも、幻覚じゃなくて、本当に真奈美だったのね···」
「真奈美ちゃんが見えていたんですか?」

  驚いた甲斐がそう聞いた。ええ、と戸惑いながら頷く陽子。自分でも信じられない様子だった。それを見た強羅は、

「おそらくそれは夜じゃなかったですか?夜なら悪霊はたまに一般の人にも見えたり、声が聞こえたりしますから」
「そうだったんですね···。悪霊でも幽霊でも、もう一度真奈美や司に会えて良かったです」

  そう涙ぐみながら言う陽子。

「あの時、司君の遺骨が風に乗って、司君の魂も連れて風になったんだと思います」

  この町は昔から風の噂があったり、不思議な出来事が多い場所で、あの桜の木が魂を導いていたのだと強羅は言った。

「真奈美ちゃんが司君を連れて行ってくれたので、司君は風となり成仏出来ました。なので陽子さんの体調も良くなりますよ」
「そうそう、精神病とかじゃ無いですから大丈夫ですよ!幻覚じゃなくて現実です」

  強羅の言葉に複雑な気持ちになったが、甲斐が気にしていた事の答えをくれて、ほっと胸を撫で下ろす陽子。肩の荷がおりた様だった。

  そろそろ失礼いたします、と言って立ち上がる強羅と甲斐。陽子は仕切りに感謝をべ、2人を玄関まで見送り、深々と頭を下げた。
  それを見て2人は恐縮しながら顔を見合わせた。肩を竦め、微笑を浮かべる強羅。

「いつも司君は、風となり貴女あなたと一緒にいますよ」

  そう言って満足気な強羅を見て笑う甲斐。からかいながら強羅の肩に腕をかける甲斐。
  その背中に「真奈美と司が幸せになれるなら、私が幸せになれる様、頑張ります。」と誓う陽子だった。


  翌日から、近所の人が代わる代わる野菜等の食べ物を持って来てくれたり、何か困り事は無いかと訪ねて来てくれた。ろくに挨拶もしていなかったのに不思議に思い、聞いてみるが「気にしなくていいよ」と言うばかりで、はっきりとは教えてくれなかった。
  そんなある日、見知らぬ男の子が訪ねて来た。

「こんにちは、初めまして。お参りさせてもらって良い?」

  突然の言葉に、驚く陽子。言葉に詰まっていると、男の子がハッとして付け加える。

「月彦に······強羅って人から聞いたんだ」

  そう聞いた陽子は、まだ状況がよく呑み込めていなかったが、男の子をどうぞと家の中に招き入れた。
  真奈美と司の写真や位牌が飾られ、沢山のお供え物が置かれている仏壇の前に座る男の子。リンと甲高い音が響き渡る中、静かに両手を合わせ祈る。その背中に声をかける陽子。

「来てくれてありがとう。名前はなんて言うの?司の友達?」

  そう優しい問い掛けに、男の子は向き直り、陽子をじっと見つめた。

「オレ、陸斗。最近司を見かけたんだ。それで友達になりに来たんだ。だから今から友達!良いよね?」

  ありがとうの言葉は、溢れた涙で最後まで言えなかった。陸斗は司と同じ小学5年生だと言う。
  正直、こんな自分が生きていて良いのかと思っていた。生きがいを失った陽子に光がさす様だった。ずっと後悔していた思いが涙となり溢れ出し止まらない。

「···ありがとう、ありがとう···」

  仕切りに子供達への感謝を述べる陽子。
  陸斗が優しく背中をさすってくれる。優しさが心に突き刺さり、また涙が溢れる。
  しかし、日も暮れ始めているのに気付き、溢れる涙と想いをぐっと堪えて言う。

「今日は本当に来てくれてありがとう。もう暗くなるから帰りなさい」

  そう言われた陸斗は笑顔で「また来るよ」と言って玄関に行く。そして、手を振りながら陽子の家を後にする陸斗。それを家の前の道路から見送る陽子。
  茜色に染っていく空をずっと眺めていた。
  やっと、真奈美と司の死を受け止める事が出来たと思う陽子。その微笑から、涙が出る事は無かった。


  不意に頬を撫でるそよ風が優しく笑った気がした。

    


          おわり

   


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