カゼノセカイ

辛妖花

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2話

現実と幻覚の狭間

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  司の部屋で陽子がダンボール箱に荷物をあらかた詰め終わっている。小さいダンボール箱が2つ、その周りにゴミ袋がいくつか無造作にある。
  静かなアパートの部屋の中に、ギシ、ギシっと家鳴りが響く。

「······、司···ごめんね···」

  家鳴りは気にもとめず、うつむいて司への懺悔をつぶやいていた陽子。その左手には、白い小箱がしっかりと抱えられている。中には陶器の入れ物に、司の遺灰が入っていた。

「ごめんね···、もっと早く引っ越していれば、こんな痛い思いしなくてすんだのに···ごめんね···」

  ふと、窓も開けていないのに、傍らにそよ風を感じた。陽子は、自分の顔や手の包帯と傷を指でそっとなぞる。

「これからは母さんの故郷で静かに暮らそうね。司のお姉さん···にも会えるから寂しくないね。ほら、この髪の長い子だよ」

  陽子はしばらく沈黙したまま写真を見つめる。真奈美との楽しい日々を思い出していた。
  ふっと、司の机の方を見てすぐ立ち上がる。
  机の上の乱雑になった教科書やノートには、破れたりイタズラ書きされていて酷い状態だった。こんなに虐められていたなんて知らなかった。陽子の顔がゆがみ、泣き出しそうになる。そのノート等をいっぺんにゴミ袋の方へ右手で払い落とす。

「何でこんな事にならなきゃいけないの。···でも···きっと大丈夫ね···あの町の人はみんな優しいから···」

  陽子は我慢できず泣き出してしまう。姉弟が死してから出会うなんて。自分の不甲斐なさを悔いた。

  そこに、チャイムが鳴り響いた。
  家鳴りとともに空気が玄関に向かう気がした。

「こんにちはー!!〇〇引越しの佐藤です!」

  特に大きな家鳴りがした時、勝手に鍵が開いた。陽子は司が開けてくれた様な姿を見た気がして、真奈美が死んでからも度々姿を見せていたのを思い出していた。
  元気良く引越し業者の男性が2人、挨拶をしながら玄関まで入ってくる。少ない荷物を手際よく小さめのトラックに運び入れる。それをぼーっと眺める陽子。アパートの周りは、古い一軒家が多い住宅街。
  近所の人や、少ない通行人の噂話が耳につく。

「旦那さん捕まったらしいわよ~DVですって。怖いわね~」
「奥さん精神病んじゃって、ずっと独り言いってるのよ~気味が悪いわ」
「かわいそうに、1人っ子だったんでしょ?」
「あの人なんか目がイッちゃってない。」
「あんまジロジロ見んなって」
「これで安心して夜寝れるな」
「かなりうるさかったもんね~」

  積み込みが終わり、陽子は引越し業者の車の後ろに止めてある自分の軽自動車に乗り込む。陽子はふつふつと湧く怒りを抑えていた。夜も寝れないくらいうるさく思っていたなら、何故通報してくれなかったのか。可哀想だと思うなら何故、司だけでも助けてくれなかったのか。他人が憎くて仕方なくなる陽子。

  そんな中、車はどんどん田んぼや山、川を越えて田舎へと進み、山に囲まれた町につく。そこの山の麓にある古い立派な平屋の家の前で車が止まる。
  着々と引越しの荷物が運ばれ、陽子の指示で下ろされていく。ここでも家鳴りが耳につく。
  そうしているうちに作業は終わり、引越し業者の男性達は帰って行った。

「ここが母さんの生まれ育った家だよ。今はみんなバラバラになって、母さんしかいないけど。司も気に入ってくれるわね」

  そう家鳴りがする方を見て言った陽子。

「うん!とっても広くて明るくていい所だね!僕、外見てくるね」

  そんな声が聞こえた気がして嬉しくなる陽子。

「もう日が暮れてきたわ。晩ご飯は何にしようかしら?」

  司ならきっと、「ハンバーグがいい!」と言うだろう。

「そうね、司の好きなハンバーグにしましょう」
「やったーー!!」

  その声が聞こえた時、司の頭から徐々に足先まで薄く淡く白く形が浮かび上がって見えた。
  ものすごく喜び勇んで外へと飛び出して行く司の姿。驚いたが、次には嬉しくさえあった。
  町はやっと芽吹いた新緑と優しい色の草花、桜などで彩られ、それらを夕日が染めていた。

  次の日、お昼近くになっても横になったまま起き上がれなかった陽子。調子が悪い。歩けない程の倦怠感に襲われていた。
  そんな時、風に乗って近所の人の話し声が聞こえてくる。

「ああ聞いたかい?あそこの古い家に誰か引っ越してきたみたいだね」
「そうみたいね~、挨拶も無いよ。なんか旦那が捕まったとか、いい噂は聞かないね~」
「関わらん方がいい」
「そうだな、子供が亡くなっているそうだが···」

  いつの間にか寝てしまっていた陽子は、流石に何か食べないとと思い、台所で野菜を切る。が、間もなく涙が溢れてきて前が見えなくなった。
  居間まで歩くと、膝から崩れ落ち、そのまま床に倒れる様に眠ってしまう。


  あれから数日、荷物もダンボール箱に入ったまま片付けられないでいた。独り言を言う気力も無かった。枕元にはいつも、司の遺灰が入った小箱が置いてある。

  連日、陽子は相変わらず、寝ている時間の方が多かった。そんな陽子を心配して、定期的に遠い親戚のおばさんが見に来て、身の回りの世話をしてくれていた。
  今日もそのおばさんが来ていた。口は悪いが、とても世話焼きで優しい人だった。司は苦手な人だろうな、等と考えていた陽子に元気な声がかかる。

「まったくだらしがないんだから!いつまでも落ち込んでたってしょうがないでしよ?ほら、おばさんがやってあげるから、少し荷物でも片付けなさい!あーもー布団も出しっぱなし!!」

  テキパキ働きながら陽子の布団も片付ける。

「ありがとうございます···。じゃあ司···司の部屋の片付けをしましょうか。···あれが···それと···」
「まあ!なに言ってんの!司の部屋だなんて要らないでしょ?あんたの部屋を何とかしなさい!!」
「···司の部屋は、あそこにしよう···」

  まだ小言を言っているおばさんを尻目に、ぶつぶつと呟きながら部屋に向かう陽子。何か手元だけひんやりと冷たくなった気がして、両手を胸の前でさする。
  荷物の無い部屋の前に着くと、また薄く淡く白く形が司になって見えてくる。

「···母さん···?」

  そんな声が聞こえた気がして、陽子は目が微かに泳ぐ。少し怖いが、司に会えた気がして嬉しかった。

「司···。司はどんなお部屋にしたい?」

  歩き出し部屋に入る陽子。

「···そうね···ごめんね。叶えてあげられないね」

  瞬きの間に、司の姿らしきものは見えなくなっていた。もしかしたら、自分の事を憎んで幽霊になって出てきたのでは無いか、無念で何かを訴えているのではないかとぶつぶつ呟きながら片付けをしていた。

  そんな日々をおくっていた陽子を、不憫に思った親戚のあの世話焼きおばさんが、隣街の大きな病院に連れて行ってくれる。
  すると、栄養失調やストレスで体調が悪かったので、大事をとって検査入院する事になってしまった。遺灰になってしまったけれど、司を家に1人きりにしてしまった様で不安になる。もう夫は居ないから、虐待される事は無いけれど、寂しい思いをさせているんじゃないかと心が苛まれる。
  窓の外は大きな風が吹き荒れていた。その風は夕日の頃にも止まず、とうとう暗くなってやっと止んだ。
  次の日、陽子は昼前におばさんに電話をして、1人で帰れる事を告げる。太陽が真上に来た頃には陽子が乗ったタクシーは家に着いていた。


  翌日、何やら外で子供たちが遊んでいる様な声や物音が遠くに聞こえて目を覚ました陽子。

「あははは···」

  庭の方から聞き慣れた笑い声がハッキリと聞こえた。慌てて居間から縁側の戸を開け、庭を見る。

母「···つか···さ···司!」

  そこには薄ぼんやりと、白く輪郭のぼやけた後ろ姿の司がいた。慌てて振り返り駆け寄る司。縁側に手をついた。

「なに?どうしたの?」
「司···何が楽しいの?」

  ハッキリと聞こえた司の声。そして、戸惑っている姿もぼんやりとはしているが、間違いなく司だ。

「司の笑い声なんて、忘れていたわ···」

  微妙に視線が合わなかったが、司は気にせず笑った。

「外でもう少し遊んでくるね!」

  そう言ってまた庭に戻る司の姿が、瞬きの合間に消えてしまった。涙が溢れ止まらなかった。あの幸せな日々が次から次へと、目まぐるしく思い出されていた。
  薄暗くなる頃、雨が降り始めた。いつの間にか寝てしまっていた陽子は、慌てて縁側の戸を閉める。

  夜の8時。外は雨だった。
  何か雨音が家の中でしている気がして、雨漏りしていないか家中を見て回る陽子。
  司の部屋の、何故か開いているドアから陽子は中を覗いた。窓が開き、雨で濡れる窓枠と床を見て、慌てて部屋に入る。

「まあ、なんで雨なのに開いてるの!?」

  陽子は静かに窓を閉め、何か気配を感じた方を見たが、何もなかったのでそのまま部屋を後にする。陽子は雑巾を手に戻って、何も言わずに雨に濡れた床を拭き始めた。段々と具合いが悪くなってくる。

  あれからすぐ陽子は寝込んでしまった。昼をまわろうとしていたが、起きる気配は無かった。


  それからと言うもの、体調が悪い日が続き、たまに薄く淡く白く形が司に見えたりしていた。話し声も聞こえる気がして、その時は話しかけていた。それを親戚のあの世話焼きおばさんに見られてしまい、精神病を心配される。陽子も心身ともに疲れ果てていたので、もしかしたらそのせいで司の幻覚や幻聴が見えたり聞こえたりしている、かも知れないと思う様になっていた。

  そんなある日、突然身に覚えの無い腐りかけのキウイが冷蔵庫に1つ、入っていた。
  かと思ったら、次の日には無くなっていた。
  流石にこれは、幻覚等では無く、やはり司の仕業だと確信する。キウイは司の大好物だったからだ。



  
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