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悪徳の実を齧ろと囁くのは蛇なのか、己の心そのものなのか
身を汚す毒
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俺は頬の痛みを感じながら、りまの後ろ姿が部屋から消えるのを見送った。
「情けないな。」
俺は大きく息を吐くと、自室から息子が犬と転がっている居間へと向かった。
三か月前には小さかった犬は俺が想像したとおりに無駄にデカくなり、それでもまだ大きくなるだろうと俺を脅えさせている存在だ。
しかし藤吾はそんな巨大犬を弟として可愛がり、庭に紐で結ぶのではなく家の中に入れてしまった。
貰って来たばかりは幼すぎたのでそれでよかったが、犬が乳離れをした頃に外に出すように藤吾に言うと、藤吾は口答えなるものを俺にした。
「黒五(くろご)のお母さんは家の中に住んでいました。僕はそのお母さんから大事な黒五を受け取ったので、黒五を家の中で育てなければ黒五のお母さんに顔向けができません!」
犬に顔向けが出来なくても構わないと思うのだが、俺は息子を叱るよりもその物言いに吹き出してしまい、黒五は家の中で飼われる事になった。
りまはそのことに何の反対もしなかった。
庭にいた藤吾の蛙が冬になって姿を消してしまったそのことこそ、優しい彼女は藤吾に気付かれたくなかったらしい。
率先して家の中の片づけをしている女主人のりまが黒五の存在を認めているので、タキと女中のシマが女主人に言えない分俺一人に怖い視線を向かわせるのが腑に落ちないが、我が家は表面上は上手く回っている。
上手くできないのは俺一人だ。
りまを閨に引っ張れば、俺はりまを簡単に抱ける気はする。
しかし、りまが純潔を失ったその時、彼女はどうするのか。
あの利秋様が嬉々として誘惑に来るのだぞ?
「あなたはご自分の言葉を無くされてから、ご自分までも失われています!」
「前の方が良かったって、また言われたな。」
俺は俺のことを知られるたびに、飽きられ嫌われるのかもしれない。
俺の足はそこで止まり、自室に取って返していた。
着たばかりの丹前を脱ぐと軍服ではないスーツを着込み、そして俺は自室を飛び出して玄関へと向かっていた。
「あなた、どちらへ?」
「少し、頭を冷やしてくるよ。」
俺は飛び出すようにして大またで玄関を出て行った。
振り向いてりまの顔を見なかったのは初めてだと思いながら。
しばし歩いてから、スーツの袖に白いものが付くと気が付いて足を止めた。
黒い夜空から白い雪が降り注いでいた。
「こんなに暗いのに白い雪だけは輝いて見える。」
俺の頬に冷たい雪のひとひらが乗った。
それは直ぐに解けて頬を伝ったが、それは全て本当に雪だったのだろうか?
「ああ、情けない。情けない。誰にも必要とされない俺は男として情けない。」
「情けないな。」
俺は大きく息を吐くと、自室から息子が犬と転がっている居間へと向かった。
三か月前には小さかった犬は俺が想像したとおりに無駄にデカくなり、それでもまだ大きくなるだろうと俺を脅えさせている存在だ。
しかし藤吾はそんな巨大犬を弟として可愛がり、庭に紐で結ぶのではなく家の中に入れてしまった。
貰って来たばかりは幼すぎたのでそれでよかったが、犬が乳離れをした頃に外に出すように藤吾に言うと、藤吾は口答えなるものを俺にした。
「黒五(くろご)のお母さんは家の中に住んでいました。僕はそのお母さんから大事な黒五を受け取ったので、黒五を家の中で育てなければ黒五のお母さんに顔向けができません!」
犬に顔向けが出来なくても構わないと思うのだが、俺は息子を叱るよりもその物言いに吹き出してしまい、黒五は家の中で飼われる事になった。
りまはそのことに何の反対もしなかった。
庭にいた藤吾の蛙が冬になって姿を消してしまったそのことこそ、優しい彼女は藤吾に気付かれたくなかったらしい。
率先して家の中の片づけをしている女主人のりまが黒五の存在を認めているので、タキと女中のシマが女主人に言えない分俺一人に怖い視線を向かわせるのが腑に落ちないが、我が家は表面上は上手く回っている。
上手くできないのは俺一人だ。
りまを閨に引っ張れば、俺はりまを簡単に抱ける気はする。
しかし、りまが純潔を失ったその時、彼女はどうするのか。
あの利秋様が嬉々として誘惑に来るのだぞ?
「あなたはご自分の言葉を無くされてから、ご自分までも失われています!」
「前の方が良かったって、また言われたな。」
俺は俺のことを知られるたびに、飽きられ嫌われるのかもしれない。
俺の足はそこで止まり、自室に取って返していた。
着たばかりの丹前を脱ぐと軍服ではないスーツを着込み、そして俺は自室を飛び出して玄関へと向かっていた。
「あなた、どちらへ?」
「少し、頭を冷やしてくるよ。」
俺は飛び出すようにして大またで玄関を出て行った。
振り向いてりまの顔を見なかったのは初めてだと思いながら。
しばし歩いてから、スーツの袖に白いものが付くと気が付いて足を止めた。
黒い夜空から白い雪が降り注いでいた。
「こんなに暗いのに白い雪だけは輝いて見える。」
俺の頬に冷たい雪のひとひらが乗った。
それは直ぐに解けて頬を伝ったが、それは全て本当に雪だったのだろうか?
「ああ、情けない。情けない。誰にも必要とされない俺は男として情けない。」
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