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幸せの中にも不幸が埋もれ不幸の中でも幸せが発芽する
招かれざる客と今更な自分の身の上
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「お客人のあなたに息子の世話までしていただきまして、本当に良いおじさんをもったと息子は喜んでおります。」
ちゃぶ台を前に我が家のようにして足を投げ出して座る利秋は、俺の挨拶に片眉を上げてからにやっと微笑んで見せた。
「私はまだ二十代ですからね。身体が無駄に動くだけですよ。」
「俺だってまだ二十代だよ。かろうじてね。」
俺は利秋の真正面ではなく、彼の左わきに腰を下ろした。
りまが彼の隣にならないように、という、俺の小さな抵抗だ。
ヨキなどは、俺と和郎までが、あれは危険だと言い募ったのに、利秋が訪れれば頬まで染めていそいそとおもてなしをしているのである。
利秋の前に茶があるのは当たり前だが、湯のみの横にヨキ特製のくるみの味噌がらめが小皿に乗っていた。
俺にだって滅多に分けてくれないというのに、ヨキばあめ!
「君達の団らんを邪魔しちゃったかな?」
「君が邪魔なのはいつもの事だ。」
「ははは。君って本当に素直だよ。そこがお偉方の心を揺り動かすのかな?」
利秋は婀娜っぽく微笑んだ。
利秋は、彼を嫌っている俺から見ても、美しいとしか形容できない目鼻立ちという、俺よりも数段上の存在として見える程の男前だ。
中身は俺でさえ舌を巻く毒蛇そのものだが。
「何が言いたい?」
「いや。水口藩の加藤家の傍流、というガセ身上をでっち上げたのは君自身では無かったんだな、という感想。」
俺は何のことだと笑っていた。
「何を言い出すと思ったら。俺は水呑み百姓のせがれでしかないよ。そげなこち嘘を吐いてどげんすっんだ?戊辰の時には田吾作の俺が遊撃三番隊の隊長になったと妬まれて、田吾作の三男がと揶揄されたぞ。」
利秋は口元に手を当てて、少し悩んだ?様な顔つきをした。
「どうした?」
「いや。君を売り込むにはどちらを使った方がいいのかなってね。桐野さんにはでっち上げ身上が上手く行ったが、これから士族の時代ではないという潮流が必要でもあるでしょう。うーん。」
「聞き捨てならないな。だから、俺は嘘はついていないって。」
「それはわかった。もと盗賊の和郎さんなら由来でっち上げはお手の物だろう。嘘の身分で手下を商家に紛れ込ませて、手引きさせての金子泥(きんすどろ)。官軍の金庫狙いとはさすがの大物さんだよ。さて、そんな手下な君は桐野さんに初めて挨拶した時、苗字帯刀といういで立ちであったのだろう?」
「あ……ああ。腕のある剣士を求めていたからな。俺は剣は得意だった。ああ、確かに、和郎に加藤と名乗れと……。官軍の金子狙いの、泥?俺が引き込み……役、だった?」
「ハハハハ。君は!苗字帯刀自体が武士である身分証明なんだよ!士籍は無くとも、そのいで立ちで武士だと誰もが認識してしまう。ハハハハ、そうか、それで君は取り立てられ、それで、ハハッハ、そこまで位が上がったか!直系でなく傍系であるならば、加藤家も否定できまいし、それよりも、名をあげた奴を身内と認める方が得策だ。アハハハ、凄いな!」
俺はばしんとちゃぶ台を叩いていた。
「笑うな!真面目に答えてくれ。俺が桐野様から切り捨てられたのは、事実を知られたから、か?」
「知って、切り捨てる事が出来なかった、が正しいのではないのかな?君自身で言えば理想の武士を体現しているのだもの。」
「――それで、お前の言いたい事はなんだ?」
「名古屋に歩兵第6隊というのが発足するでしょう?三月くらいに。ちょっとそこに冷やかしに行きたいなって。その時に君が加藤さんちの人だと振舞った方がいいのか悪いのか悩んでいてね。どう思う?」
「俺に行く行かないの選択は無くそれか!俺の影と相談した方が早いのではないかな?」
俺は俺を勝手に武士に仕立てていたらしい張本人の名前を呼んでいた。
あの、和郎め!
ちゃぶ台を前に我が家のようにして足を投げ出して座る利秋は、俺の挨拶に片眉を上げてからにやっと微笑んで見せた。
「私はまだ二十代ですからね。身体が無駄に動くだけですよ。」
「俺だってまだ二十代だよ。かろうじてね。」
俺は利秋の真正面ではなく、彼の左わきに腰を下ろした。
りまが彼の隣にならないように、という、俺の小さな抵抗だ。
ヨキなどは、俺と和郎までが、あれは危険だと言い募ったのに、利秋が訪れれば頬まで染めていそいそとおもてなしをしているのである。
利秋の前に茶があるのは当たり前だが、湯のみの横にヨキ特製のくるみの味噌がらめが小皿に乗っていた。
俺にだって滅多に分けてくれないというのに、ヨキばあめ!
「君達の団らんを邪魔しちゃったかな?」
「君が邪魔なのはいつもの事だ。」
「ははは。君って本当に素直だよ。そこがお偉方の心を揺り動かすのかな?」
利秋は婀娜っぽく微笑んだ。
利秋は、彼を嫌っている俺から見ても、美しいとしか形容できない目鼻立ちという、俺よりも数段上の存在として見える程の男前だ。
中身は俺でさえ舌を巻く毒蛇そのものだが。
「何が言いたい?」
「いや。水口藩の加藤家の傍流、というガセ身上をでっち上げたのは君自身では無かったんだな、という感想。」
俺は何のことだと笑っていた。
「何を言い出すと思ったら。俺は水呑み百姓のせがれでしかないよ。そげなこち嘘を吐いてどげんすっんだ?戊辰の時には田吾作の俺が遊撃三番隊の隊長になったと妬まれて、田吾作の三男がと揶揄されたぞ。」
利秋は口元に手を当てて、少し悩んだ?様な顔つきをした。
「どうした?」
「いや。君を売り込むにはどちらを使った方がいいのかなってね。桐野さんにはでっち上げ身上が上手く行ったが、これから士族の時代ではないという潮流が必要でもあるでしょう。うーん。」
「聞き捨てならないな。だから、俺は嘘はついていないって。」
「それはわかった。もと盗賊の和郎さんなら由来でっち上げはお手の物だろう。嘘の身分で手下を商家に紛れ込ませて、手引きさせての金子泥(きんすどろ)。官軍の金庫狙いとはさすがの大物さんだよ。さて、そんな手下な君は桐野さんに初めて挨拶した時、苗字帯刀といういで立ちであったのだろう?」
「あ……ああ。腕のある剣士を求めていたからな。俺は剣は得意だった。ああ、確かに、和郎に加藤と名乗れと……。官軍の金子狙いの、泥?俺が引き込み……役、だった?」
「ハハハハ。君は!苗字帯刀自体が武士である身分証明なんだよ!士籍は無くとも、そのいで立ちで武士だと誰もが認識してしまう。ハハハハ、そうか、それで君は取り立てられ、それで、ハハッハ、そこまで位が上がったか!直系でなく傍系であるならば、加藤家も否定できまいし、それよりも、名をあげた奴を身内と認める方が得策だ。アハハハ、凄いな!」
俺はばしんとちゃぶ台を叩いていた。
「笑うな!真面目に答えてくれ。俺が桐野様から切り捨てられたのは、事実を知られたから、か?」
「知って、切り捨てる事が出来なかった、が正しいのではないのかな?君自身で言えば理想の武士を体現しているのだもの。」
「――それで、お前の言いたい事はなんだ?」
「名古屋に歩兵第6隊というのが発足するでしょう?三月くらいに。ちょっとそこに冷やかしに行きたいなって。その時に君が加藤さんちの人だと振舞った方がいいのか悪いのか悩んでいてね。どう思う?」
「俺に行く行かないの選択は無くそれか!俺の影と相談した方が早いのではないかな?」
俺は俺を勝手に武士に仕立てていたらしい張本人の名前を呼んでいた。
あの、和郎め!
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