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第二章・墓標に刻む者
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Ⅲ
ドアが閉じた瞬間、扉のフックにかけられたベルが囁くような音をたてる。
「イラッシャアイ」
直後に店の奥から間延びした声がし、勇三は飛び上がりそうになった。
同時に違和感もおぼえていた。声は愛想の良いものではあったが、それでいて抑揚というものを感じさせなかったからだ。それを裏付けるように、声音そのものも精彩に欠けたざらついたものだった。
目を凝らすと薄暗い店内、正面のカウンターテーブルの向こうにぼんやりと浮いた人影が見える。
「あの……おれ、速水勇三って言います」勇三は掠れそうな声を絞り出した。「今朝、ここに来るように手紙で言われたんで……」
だが人影は返事をするどころか、身じろぎひとつしない。勇三もどうしていいのかわからず、入り口を背にしたままあたりを見まわすしかなかった。
店内はこじんまりとしていた。
テーブル席は勇三とカウンターとのあいだに二人掛けのものが三組と、右手の奥まったところにもう少し大きめの四人掛けが二組。
左手には三十センチほどの高さの上がり口があり、擦りガラスのはまった引き戸が店内と奥とを仕切っている。そばにサンダルが一足置かれていることから、あの向こうは店員用の控え室かなにかなのだろう。
カウンターの左奥にはドアがあったが、そこも閉ざされている。そばに立つ店員と思しき人影は相変わらず動きもしないどころか、こちらに声をかけてくる様子もない。
勇三はなるべく足音をたてないように、四人掛けテーブルのほうへ歩いていった。
L字に折れ曲がった店の突き当りには「御手洗」の白いプレートがかかったドアだけがある。そこからも人の気配はしなかった。
そのとき天井で光が数回ちらついたかと思うと、店内に淡い色の照明が灯された。同時に古ぼけたスピーカーからボサノバが流れてくる。
勇三はカウンターのほうへと引き返した。
角を曲がって最初に目にとまったのは、カウンターの前に並ぶスツールのひとつに座る一匹の犬の姿だった。
白い毛をした狼の縮小版のような見た目をした成犬だったが、動物を飼ったことのない勇三にはそれ以上の詳しい種類はよくわからなかった。
犬の首には銀色の三角形の大きな金属板が、胸当てのようにベルトで巻かれている。
犬はこちらを見ても吠えることはせず、しきりにへっへと息をしていた。
勇三と犬の視線がかち合う。そのまま目を逸らさず、相手から間隔と空けて勇三もスツールに腰かける。
「イラッシャアイ」
声のした方向を向いた勇三は思わず飛びのき、椅子から転げ落ちそうになった。カウンターの縁を掴み、必死に体勢を立て直す。
そこには先ほどの人影が立っていた。が、それは人間ではなかった。
両端に切れ込みが入った口とぎょろぎょろと動く双眸からは生気をまったく感じさせない。顔の各パーツと身体の部位の動きがばらばらな様子は、素人の動かす腹話術人形のようだ。
ドアが閉じた瞬間、扉のフックにかけられたベルが囁くような音をたてる。
「イラッシャアイ」
直後に店の奥から間延びした声がし、勇三は飛び上がりそうになった。
同時に違和感もおぼえていた。声は愛想の良いものではあったが、それでいて抑揚というものを感じさせなかったからだ。それを裏付けるように、声音そのものも精彩に欠けたざらついたものだった。
目を凝らすと薄暗い店内、正面のカウンターテーブルの向こうにぼんやりと浮いた人影が見える。
「あの……おれ、速水勇三って言います」勇三は掠れそうな声を絞り出した。「今朝、ここに来るように手紙で言われたんで……」
だが人影は返事をするどころか、身じろぎひとつしない。勇三もどうしていいのかわからず、入り口を背にしたままあたりを見まわすしかなかった。
店内はこじんまりとしていた。
テーブル席は勇三とカウンターとのあいだに二人掛けのものが三組と、右手の奥まったところにもう少し大きめの四人掛けが二組。
左手には三十センチほどの高さの上がり口があり、擦りガラスのはまった引き戸が店内と奥とを仕切っている。そばにサンダルが一足置かれていることから、あの向こうは店員用の控え室かなにかなのだろう。
カウンターの左奥にはドアがあったが、そこも閉ざされている。そばに立つ店員と思しき人影は相変わらず動きもしないどころか、こちらに声をかけてくる様子もない。
勇三はなるべく足音をたてないように、四人掛けテーブルのほうへ歩いていった。
L字に折れ曲がった店の突き当りには「御手洗」の白いプレートがかかったドアだけがある。そこからも人の気配はしなかった。
そのとき天井で光が数回ちらついたかと思うと、店内に淡い色の照明が灯された。同時に古ぼけたスピーカーからボサノバが流れてくる。
勇三はカウンターのほうへと引き返した。
角を曲がって最初に目にとまったのは、カウンターの前に並ぶスツールのひとつに座る一匹の犬の姿だった。
白い毛をした狼の縮小版のような見た目をした成犬だったが、動物を飼ったことのない勇三にはそれ以上の詳しい種類はよくわからなかった。
犬の首には銀色の三角形の大きな金属板が、胸当てのようにベルトで巻かれている。
犬はこちらを見ても吠えることはせず、しきりにへっへと息をしていた。
勇三と犬の視線がかち合う。そのまま目を逸らさず、相手から間隔と空けて勇三もスツールに腰かける。
「イラッシャアイ」
声のした方向を向いた勇三は思わず飛びのき、椅子から転げ落ちそうになった。カウンターの縁を掴み、必死に体勢を立て直す。
そこには先ほどの人影が立っていた。が、それは人間ではなかった。
両端に切れ込みが入った口とぎょろぎょろと動く双眸からは生気をまったく感じさせない。顔の各パーツと身体の部位の動きがばらばらな様子は、素人の動かす腹話術人形のようだ。
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