ReaL -墓守編-

千勢 逢介

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第二章・墓標に刻む者

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 十分後、ふたりは少し離れた高台にある公園へ移動していた。
 トリガーが言うにはいまのところその周囲にレギオンの反応は無く、たとえ近づいてきたとしても見晴らしが効くこの場所なら対処もできるらしい。

 霧子のもちかけで、ふたりは地上に戻る前にここで小休止することにした。
 勇三としても、いまは<アウターガイア>から引き上げるよりも休息をとれることのほうがありがたかった。

 公園についた勇三はまず、水道で血で汚れた身を清めた。ほとばしる水は氷のように冷たく、裸の上半身と顔を容赦なく刺してきたが、その厳しさがかえって彼をふたたび生きた心地へと戻してくれた。
 それでも目を閉じれば、あの凄惨な光景が脳裏をよぎる。同時にあの怪物を殺した感触も、両手によみがえった。

 これまで勇三は命というものは全て平等なものだと思っていた。社会を生きているうちにいつのまにか身についた価値観なのかもしれない。
 だが今日、そんなものはあっさりと吹き飛んでしまったように思えた。

 蚊や蠅を殺すのとは違う。命の重さとは殺す対象の大きさに比例するものであって、あの怪物たちとてその例外ではないことをはっきりと実感していた。

 食事で魚や動物の肉を食べることとも違う、はっきりとした意志の下、殺すために殺した。自分が殺されないように、ただそれだけのために。
 その積極性、能動性こそ、自分が決定的な一線を越えるための最大の要因だと感じていた。

 濡れた髪のまま着ていた服を絞りながら、勇三は高台の頂上にあるベンチに歩み寄った。その端には、霧子がぽつりと腰かけていた。彼女は勇三に気がつくと、持参したバックパックから取り出した止血用のガーゼを投げてよこした。
 勇三は受け取ったそれで濡れた身体を拭いていった。

「少しはさっぱりしたか?」霧子が言う。「気持ちいいだろう。ここの水は地下から直接汲み上げてるからな。飲むと結構美味いぞ」

 勇三は霧子の隣に腰掛けて息をついた。目の前には背の高いビルもなく、比較的視界が開けている。
 こうして座っていると、まるでここが地上にあるごく普通の公園のようにさえ思えてくる。

 それでも自分をごまかすことはできなかった。
 ここにはレギオンがいて、それと戦い、あるいは命を落とす者がいる。

「見ろ」俯く勇三に向かって霧子が言う。「今日はついてるぞ」

 霧子が嬉しそうに指した先を追うと、地下世界の閉ざされたはずの空が赤く染まりはじめた。

「これは……」
「<アウターガイア>の夕陽だよ。もとは核戦争用のシェルターだからな。有事で外気の取り込みもストップしたとき、二酸化炭素を酸素に変える働きが必要なんだ。そのためには植物を植えるのが手っ取り早いけど、そいつを育てるにはーー」
「太陽が必要ってことか」
 霧子は頷くと、「まあ空気の精製技術ぐらいいくらでもあるんだろうし、わざわざでっかい映像を流す必要は無いとも思うがな。けど、打ちっぱなしの空じゃ気も滅入るだろ。だからこうして外の時間に合わせて景色を再現してるんだ。いまは地上もちょうど、夕暮れどきだからな」
「でも、どうしていきなり? 昨日はこんなの出てこなかっただろ?」
「いまはこんな余興に予算を割いている場合じゃないし、毎日映しはしないさ。ただ定期的なメンテナンスは必要だからな。まったく……お偉方はレギオンを根絶やしにしたらここを使う気満々らしい」

 ふん、と鼻を鳴らす霧子だったが、その表情はどこか愉快そうだ。
 彼女はそれから、ベンチからぶら下げた足を前後に振りながら嬉々として町並みを指し示しては、ひとつひとつ説明してくれた。
 だが勇三は、それに適当な相槌を打つことしかできなかった。

「聞いてるのか?」霧子が怪訝な顔を向ける。
「ああ、悪い」
「まったく……遊びで説明しているわけじゃないんだからな」霧子が別の一点を指さす。「それであれが<セントラルタワー>だ」

 勇三はふたたび霧子の指の先を見た。
 再現映像が終わり、赤々とした日暮れの色は勇三のまぶたの裏だけに残されている。そうしてよみがえった暗闇を背景に、ほかの建物とは比べ物にならないほど巨大なビルが、ぼんやりとした輪郭を伴ってそびえ立っている。
 霧子の言う<セントラルタワー>は、その全体を淡い紫色の光で包んでいた。

「あれをおまえに見せたかったんだ」
「あのビルを?」
 霧子は頷くと、「レギオンの目的は地上への進出だ。その方法はいくつかあるが、なかでもやつらがこぞって集まるのがあそこなんだ。必然的に、あのあたりでは特に激しい戦闘が行われる」
「もし<タワー>が突破されたら?」
「地上は窮地にたたされるだろうな」霧子はベンチから立ち上がった。「そうならないために、政府はあそこに本陣を敷いてるんだ。それも選りすぐりの精鋭を集めて。だが戦いが厳しいことに変わりはない。わたしたちは今日、そんな彼らの手助けをするために戦ったんだ」
「おれは……」

 勇三は命を奪う不快感を思い出して表情を歪めた。その感覚がわだかまるみぞおち……ちょうど彼の古傷のあたりに霧子が軽くこぶしを打ちつける。

「守るために戦い、救うために殺す」
「え?」
「それがわたしたち<グレイヴァー>だ。気にするなとも、早く慣れろとも言わない。こんな殺し合いに躊躇も後悔も感じないのは正気を失った人間だけだ。だがおまえは、地上に住む人の今日を救ったんだ。間接的にではあるけど、政府の本陣の負担を少しでも減らすことでな。それだけは誇りに思え」

 そろそろ行くぞ、とベンチから離れていく霧子の後ろ姿を、勇三は黙って見つめていた。

「守るために……」

 勇三は見つめていた自分の手を、なにかをつかもうとするように強く握りしめた。
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