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第三章・血斗
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Ⅶ
二時間の休息はあっという間だった。
交代を知らせるアラームが鳴ると、勇三たち四人は静かに身を起こして歩哨の仕事にあたった。
ひとつだけありがたかったのは、交代で施設の点検にあたっていたスキンヘッドの男のチームが、歩哨に人数を割いてくれたことだった。おかげで応援を加えた合計七人で見回りをすることができた。
勇三が任されたのは二階の一部と屋上の巡回で、これらは見通しも効く比較的安全な場所だった。自分が半人前扱いされている感はあったが、事実その通りではあるので、勇三はこの裁量に従った。
いっぽうで正面ゲートはスキンヘッドの男のメンバーたちが、レギオンの襲来に備えていた。
薄暗い廃墟同然の建物をひとりで歩くのは気味が悪かったが、それでも実在する怪物が襲ってくるよりかはずっとましだった。
もしも近辺にレギオンの反応があった場合は<セントラルタワー>から連絡があり、大会議室に控えるヤマモトが支給した無線に警戒を伝えてくれる。巡回者側も、非常時でない限りは定時報告をするだけでいい。
「それでも油断するなよ」出発前、ヤマモトは勇三にそう言った。「<タワー>の監視も完璧じゃない。必ずどこかに穴が生まれると思っておけ」
つまりレギオンの襲撃がいつあるのかなど、誰にも予測できないということだ。勇三も、自らの経験でそのことは痛感していた。
それでも戦闘における素人故にか、それとも若さからくる楽観からか、勇三が持つ警戒心は深刻と言えるほどのものではなかった。
来るときは来る。そんな開き直るような感覚の下、少年の興味の対象はレギオンの襲撃から建物の中にとり残された物へと転じていった。
放置された机や棚を物色するにつけ、その中から様々なものを見つけた。
海水浴に出かけた家族が写った古く色褪せた写真を眺め、ところどころの塗装が剥げた天使を象った小さな陶器を手に取った。
「巡回組、聞こえるか? 坊主、いまどこにいる?」
イヤホンから声が聞こえてきたのは、年代物のマッチ箱を振って中身が残っているかどうかを確認しようとしたときだった。
「こちら……坊主」慌てて無線をとったせいでコールサインを忘れてしまう。「これから屋上の巡回を始めます」
沈黙が続くかに思えたが、すぐにヤマモトから一言「了解」とだけ返ってきた。次いでイヤホンの奥で、ヤマモトとほかの面々との英語での会話が聞こえてきた。ライフルの銃把を握り直し、廊下へと出る。
屋上は建物の両端に設けられた階段室以外にはなにもなかった。解放的な空間を吹き抜ける風がアルコールの残った頬を撫で、勇三は思わず息をついた。タイルを割って生えてきた雑草を蹴りながら、張り巡らされたフェンスが切り取った地下世界の風景を眺める。
その見た目は地上の夜景となんら変わらなかったが、ひとたび頭上に視線を転じると、星も雲も無い黒一色ばかりがのしかかってくる。
暗黒を見つめていると、自分がそこに吸いこまれるようにも落ちていくようにも思えてしまう。
まぶたを閉じても、見えてくるものは変わらなかった。感覚が鋭くなった肌が、地殻から伝わる微細な振動を拾い上げる。それはまさに<アウターガイア>の息遣いであり、拍動だった。
〝なにを話しているのか知らないが、あんまり思いつめるな〟
ヤマモトから伝えられたヘザーの言葉が胸をよぎる。
〝そう心配するな〟
次いでヤマモト自身にかけられた言葉を思い出す。
たしかにいまは、なにかを気に病む余裕などない。ただ生き残ることだけで精一杯なのだ。
それでもあのふたりの言葉が、真意を突いてきたようで焦ってしまう。
自分はいま不安定な立ち位置にいる。その事実を突きつけられた気分だった。
<デッドマンズ・ウォ-ク>の非道にあれだけ憤ったのも、そんな連中と関わり合いになることで、大切な日常が崩れてしまうように思ったからではないか。
自分はそんな人でなしとは違う、そう誰かに誇示したかったのかもしれない。
うなじの毛が逆立ち、同時に全身が粟立ったのはそのときだった。
弾かれるように顔をあげた直後、<アウターガイア>の息遣いが変貌していることにも気づいた。
直後、悪寒が全身を駆け巡った。まるで首筋に刃物を突きつけられたようだった……狂気を孕み、突きつけた相手に恐怖心をもたらすような鋭い刃物を。
そのときかすかに吹いた風に乗って耳に届いたのは、悲鳴にも似た叫び声だった。
フェンスの向こう、階下の広場から断続的に絶叫がこだまする。勇三を戦慄させたのは、それが複数の人間のものだということだった。
イヤホンからヤマモトの怒声があがる。はじめは英語、それから勇三もわかる言語で。
「急げ! 『ウィリー』のところだ!」
その声に弾かれるようにして、勇三は屋上から駆け出した。
二時間の休息はあっという間だった。
交代を知らせるアラームが鳴ると、勇三たち四人は静かに身を起こして歩哨の仕事にあたった。
ひとつだけありがたかったのは、交代で施設の点検にあたっていたスキンヘッドの男のチームが、歩哨に人数を割いてくれたことだった。おかげで応援を加えた合計七人で見回りをすることができた。
勇三が任されたのは二階の一部と屋上の巡回で、これらは見通しも効く比較的安全な場所だった。自分が半人前扱いされている感はあったが、事実その通りではあるので、勇三はこの裁量に従った。
いっぽうで正面ゲートはスキンヘッドの男のメンバーたちが、レギオンの襲来に備えていた。
薄暗い廃墟同然の建物をひとりで歩くのは気味が悪かったが、それでも実在する怪物が襲ってくるよりかはずっとましだった。
もしも近辺にレギオンの反応があった場合は<セントラルタワー>から連絡があり、大会議室に控えるヤマモトが支給した無線に警戒を伝えてくれる。巡回者側も、非常時でない限りは定時報告をするだけでいい。
「それでも油断するなよ」出発前、ヤマモトは勇三にそう言った。「<タワー>の監視も完璧じゃない。必ずどこかに穴が生まれると思っておけ」
つまりレギオンの襲撃がいつあるのかなど、誰にも予測できないということだ。勇三も、自らの経験でそのことは痛感していた。
それでも戦闘における素人故にか、それとも若さからくる楽観からか、勇三が持つ警戒心は深刻と言えるほどのものではなかった。
来るときは来る。そんな開き直るような感覚の下、少年の興味の対象はレギオンの襲撃から建物の中にとり残された物へと転じていった。
放置された机や棚を物色するにつけ、その中から様々なものを見つけた。
海水浴に出かけた家族が写った古く色褪せた写真を眺め、ところどころの塗装が剥げた天使を象った小さな陶器を手に取った。
「巡回組、聞こえるか? 坊主、いまどこにいる?」
イヤホンから声が聞こえてきたのは、年代物のマッチ箱を振って中身が残っているかどうかを確認しようとしたときだった。
「こちら……坊主」慌てて無線をとったせいでコールサインを忘れてしまう。「これから屋上の巡回を始めます」
沈黙が続くかに思えたが、すぐにヤマモトから一言「了解」とだけ返ってきた。次いでイヤホンの奥で、ヤマモトとほかの面々との英語での会話が聞こえてきた。ライフルの銃把を握り直し、廊下へと出る。
屋上は建物の両端に設けられた階段室以外にはなにもなかった。解放的な空間を吹き抜ける風がアルコールの残った頬を撫で、勇三は思わず息をついた。タイルを割って生えてきた雑草を蹴りながら、張り巡らされたフェンスが切り取った地下世界の風景を眺める。
その見た目は地上の夜景となんら変わらなかったが、ひとたび頭上に視線を転じると、星も雲も無い黒一色ばかりがのしかかってくる。
暗黒を見つめていると、自分がそこに吸いこまれるようにも落ちていくようにも思えてしまう。
まぶたを閉じても、見えてくるものは変わらなかった。感覚が鋭くなった肌が、地殻から伝わる微細な振動を拾い上げる。それはまさに<アウターガイア>の息遣いであり、拍動だった。
〝なにを話しているのか知らないが、あんまり思いつめるな〟
ヤマモトから伝えられたヘザーの言葉が胸をよぎる。
〝そう心配するな〟
次いでヤマモト自身にかけられた言葉を思い出す。
たしかにいまは、なにかを気に病む余裕などない。ただ生き残ることだけで精一杯なのだ。
それでもあのふたりの言葉が、真意を突いてきたようで焦ってしまう。
自分はいま不安定な立ち位置にいる。その事実を突きつけられた気分だった。
<デッドマンズ・ウォ-ク>の非道にあれだけ憤ったのも、そんな連中と関わり合いになることで、大切な日常が崩れてしまうように思ったからではないか。
自分はそんな人でなしとは違う、そう誰かに誇示したかったのかもしれない。
うなじの毛が逆立ち、同時に全身が粟立ったのはそのときだった。
弾かれるように顔をあげた直後、<アウターガイア>の息遣いが変貌していることにも気づいた。
直後、悪寒が全身を駆け巡った。まるで首筋に刃物を突きつけられたようだった……狂気を孕み、突きつけた相手に恐怖心をもたらすような鋭い刃物を。
そのときかすかに吹いた風に乗って耳に届いたのは、悲鳴にも似た叫び声だった。
フェンスの向こう、階下の広場から断続的に絶叫がこだまする。勇三を戦慄させたのは、それが複数の人間のものだということだった。
イヤホンからヤマモトの怒声があがる。はじめは英語、それから勇三もわかる言語で。
「急げ! 『ウィリー』のところだ!」
その声に弾かれるようにして、勇三は屋上から駆け出した。
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