ReaL -墓守編-

千勢 逢介

文字の大きさ
75 / 204
第三章・血斗

25

しおりを挟む
   Ⅸ


 襲撃のあと、勇三は一階の一室にいた。
 床の上に敷かれたマットレスには、スキンヘッドの男が苦しげな呼吸をしながら横たわっている。

 医務室として割り当てられたこの部屋は、ほかの居室同様にとても手狭だ。レギオンとの戦いで負傷した場合、生き残れる確立は信じられないほど低いからだそうだ。
 動けなくなれば、逃げることも戦うこともできずになぶり殺されていく。スキンヘッドの男の命が助かったのは、ある意味で奇跡だと言えた。

 麻酔をはじめ満足な医療器具なども無く、命をつなぐ治療は熱湯消毒されたあり合わせの道具だけで敢行された。
 男の叫び声がまだ耳にこびりついている。激痛からくる絶叫を、狂ったように暴れる身体を押さえながら聞いていたのだ。
 釣り針と木綿の糸で傷口を縫合し終えたあと、勇三は負傷者以上に憔悴していた。

「とりあえずヘザーたちが救助を呼んでる」血まみれになった包帯とゴム手袋をはずしながらヤマモトは言った。「お手柄だったな」

 ヤマモトが頬についた返り血を拭う。傷口を縫い合わせていたとき、破れた血管から吹き出たものを浴びたのだ。
 床に尻をついていた勇三は、無言のまま手を振って答えた。人の生死に正面から向き合ったあとも、目の前の男が疲弊した様子を見せていないことが信じられなかった。

「おれたちが引き止めたこと、まだ怒ってるか?」
「べつに」勇三が首を横に振る。「おれだって、なんで自分があんなことしたのかわからない」
「そうか。まあ、久々に良いものが見れた」

 その言葉に勇三は相手を睨んだ。

「おいおい、悪い意味で言ったつもりじゃないんだぜ」ヤマモトが両手をあげて振る。「すまん……だがここじゃめずらしいんだよ、おまえみたいなことをするやつが。誰かのために身を犠牲にするというか……<グレイヴァー>ってやつは大概自分たちのことしか考えないからな」

 勇三がそっぽを向くと、ヤマモトは苦笑を浮べた。

 そのときスキンヘッドの男が息を荒らげ、次いで呻き声をあげた。
 ヤマモトが駆け寄り英語で呼びかける。男のほうも意識が幾分はっきりしているらしく、差し出された水を飲むと不明瞭ながらもヤマモトと言葉を交わした。

 勇三がマットレスのそばに寄ると、男が伸ばした手で肩を掴んでくる。蓄えられたひげのまわりで、もごもごと口が動く。

「おまえのクソ度胸に感謝するとさ」ヤマモトが言った。

 勇三がなにも言わずに頷くと、男はまたぞろなにかを話した。

「騎兵隊が化け物どもを蹴散らすのを見るまで死ねない、だそうだ」

 ヤマモトに訳された言葉を不敵な笑みで補うと、スキンヘッドの男は気を失うようにして眠りについた。

「行こう」

 立ち上がるヤマモトに続いて医務室をあとにする。

「おれはこれから生き残ったやつらと話し合ってくる」薄暗い廊下に出てドアを閉める勇三に、ヤマモトは振り返ってそう言った。「三名死亡、一名重傷。残りはたった八人だ、仕事を続けるのは難しいだろうな」
「救助はいつ来るんだ?」
「さあな」ヤマモトは首を横に振った。さきほどまでの態度が嘘のように、深刻な表情が顔をおおっている。「<特課>は自分たちに無関係なことに腰が重いのさ。もとよりどこも人手が足りん。少なくとも丸一日待つか……最悪の場合、おれたちだけでここを撤収しなきゃならんかもな」
「そんな……」
「共通の敵がいるからといって、<グレイヴァー>と<特課>は味方同士ってわけじゃない。むしろ<特課>にとっておれたちは目の上のたんこぶなんだよ。武器の貸し出しや物資の支援をしてはくれてはいるが、それはあくまで契約だからだ。実際のところ心穏やかってわけにもいられんだろう、非正規の武装集団が足元をうろつくわけだからな」

 勇三はその理屈には釈然としなかったものの、いまはその不満を無理に飲み込むしかないこともわかっていた。
 けっきょくレギオンも<特課>の救助も同じで、来るときは来るし、来ないときには来ないのだ。

「二十二時か……」腕時計を見ながらヤマモトが言う。「とにかく、今夜が正念場だ。油断するなよ、とくにおまえはな」

 勇三はヤマモトの眼差しに射竦められたように身を固くした。

「あのレギオンはここにいる全員を憎んでいるだろうが、特に恨みを買ってるのはおまえだ。なにせ子供を皆殺しにされてるんだからな」
「復讐に来るってことか?」
 ヤマモトは頷くと、「同時にあいつはおれたちを恐れてもいる。こいつはおれの経験則だがな、恐怖をおぼえたレギオンがとる行動はたったひとつ……その対象を徹底的に排除しようとするんだ」

 心臓がひとつ大きく高鳴ると同時に、勇三の全身を悪寒が駆け巡る。喉元に、レギオンのあの刃を突きつけられているような気分にだった。

「今夜だ」ヤマモトはそれからこう言い添えた。「請合うぜ、やつは戻ってくる」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

処理中です...