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第三章・血斗
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Ⅸ
襲撃のあと、勇三は一階の一室にいた。
床の上に敷かれたマットレスには、スキンヘッドの男が苦しげな呼吸をしながら横たわっている。
医務室として割り当てられたこの部屋は、ほかの居室同様にとても手狭だ。レギオンとの戦いで負傷した場合、生き残れる確立は信じられないほど低いからだそうだ。
動けなくなれば、逃げることも戦うこともできずになぶり殺されていく。スキンヘッドの男の命が助かったのは、ある意味で奇跡だと言えた。
麻酔をはじめ満足な医療器具なども無く、命をつなぐ治療は熱湯消毒されたあり合わせの道具だけで敢行された。
男の叫び声がまだ耳にこびりついている。激痛からくる絶叫を、狂ったように暴れる身体を押さえながら聞いていたのだ。
釣り針と木綿の糸で傷口を縫合し終えたあと、勇三は負傷者以上に憔悴していた。
「とりあえずヘザーたちが救助を呼んでる」血まみれになった包帯とゴム手袋をはずしながらヤマモトは言った。「お手柄だったな」
ヤマモトが頬についた返り血を拭う。傷口を縫い合わせていたとき、破れた血管から吹き出たものを浴びたのだ。
床に尻をついていた勇三は、無言のまま手を振って答えた。人の生死に正面から向き合ったあとも、目の前の男が疲弊した様子を見せていないことが信じられなかった。
「おれたちが引き止めたこと、まだ怒ってるか?」
「べつに」勇三が首を横に振る。「おれだって、なんで自分があんなことしたのかわからない」
「そうか。まあ、久々に良いものが見れた」
その言葉に勇三は相手を睨んだ。
「おいおい、悪い意味で言ったつもりじゃないんだぜ」ヤマモトが両手をあげて振る。「すまん……だがここじゃめずらしいんだよ、おまえみたいなことをするやつが。誰かのために身を犠牲にするというか……<グレイヴァー>ってやつは大概自分たちのことしか考えないからな」
勇三がそっぽを向くと、ヤマモトは苦笑を浮べた。
そのときスキンヘッドの男が息を荒らげ、次いで呻き声をあげた。
ヤマモトが駆け寄り英語で呼びかける。男のほうも意識が幾分はっきりしているらしく、差し出された水を飲むと不明瞭ながらもヤマモトと言葉を交わした。
勇三がマットレスのそばに寄ると、男が伸ばした手で肩を掴んでくる。蓄えられたひげのまわりで、もごもごと口が動く。
「おまえのクソ度胸に感謝するとさ」ヤマモトが言った。
勇三がなにも言わずに頷くと、男はまたぞろなにかを話した。
「騎兵隊が化け物どもを蹴散らすのを見るまで死ねない、だそうだ」
ヤマモトに訳された言葉を不敵な笑みで補うと、スキンヘッドの男は気を失うようにして眠りについた。
「行こう」
立ち上がるヤマモトに続いて医務室をあとにする。
「おれはこれから生き残ったやつらと話し合ってくる」薄暗い廊下に出てドアを閉める勇三に、ヤマモトは振り返ってそう言った。「三名死亡、一名重傷。残りはたった八人だ、仕事を続けるのは難しいだろうな」
「救助はいつ来るんだ?」
「さあな」ヤマモトは首を横に振った。さきほどまでの態度が嘘のように、深刻な表情が顔をおおっている。「<特課>は自分たちに無関係なことに腰が重いのさ。もとよりどこも人手が足りん。少なくとも丸一日待つか……最悪の場合、おれたちだけでここを撤収しなきゃならんかもな」
「そんな……」
「共通の敵がいるからといって、<グレイヴァー>と<特課>は味方同士ってわけじゃない。むしろ<特課>にとっておれたちは目の上のたんこぶなんだよ。武器の貸し出しや物資の支援をしてはくれてはいるが、それはあくまで契約だからだ。実際のところ心穏やかってわけにもいられんだろう、非正規の武装集団が足元をうろつくわけだからな」
勇三はその理屈には釈然としなかったものの、いまはその不満を無理に飲み込むしかないこともわかっていた。
けっきょくレギオンも<特課>の救助も同じで、来るときは来るし、来ないときには来ないのだ。
「二十二時か……」腕時計を見ながらヤマモトが言う。「とにかく、今夜が正念場だ。油断するなよ、とくにおまえはな」
勇三はヤマモトの眼差しに射竦められたように身を固くした。
「あのレギオンはここにいる全員を憎んでいるだろうが、特に恨みを買ってるのはおまえだ。なにせ子供を皆殺しにされてるんだからな」
「復讐に来るってことか?」
ヤマモトは頷くと、「同時にあいつはおれたちを恐れてもいる。こいつはおれの経験則だがな、恐怖をおぼえたレギオンがとる行動はたったひとつ……その対象を徹底的に排除しようとするんだ」
心臓がひとつ大きく高鳴ると同時に、勇三の全身を悪寒が駆け巡る。喉元に、レギオンのあの刃を突きつけられているような気分にだった。
「今夜だ」ヤマモトはそれからこう言い添えた。「請合うぜ、やつは戻ってくる」
襲撃のあと、勇三は一階の一室にいた。
床の上に敷かれたマットレスには、スキンヘッドの男が苦しげな呼吸をしながら横たわっている。
医務室として割り当てられたこの部屋は、ほかの居室同様にとても手狭だ。レギオンとの戦いで負傷した場合、生き残れる確立は信じられないほど低いからだそうだ。
動けなくなれば、逃げることも戦うこともできずになぶり殺されていく。スキンヘッドの男の命が助かったのは、ある意味で奇跡だと言えた。
麻酔をはじめ満足な医療器具なども無く、命をつなぐ治療は熱湯消毒されたあり合わせの道具だけで敢行された。
男の叫び声がまだ耳にこびりついている。激痛からくる絶叫を、狂ったように暴れる身体を押さえながら聞いていたのだ。
釣り針と木綿の糸で傷口を縫合し終えたあと、勇三は負傷者以上に憔悴していた。
「とりあえずヘザーたちが救助を呼んでる」血まみれになった包帯とゴム手袋をはずしながらヤマモトは言った。「お手柄だったな」
ヤマモトが頬についた返り血を拭う。傷口を縫い合わせていたとき、破れた血管から吹き出たものを浴びたのだ。
床に尻をついていた勇三は、無言のまま手を振って答えた。人の生死に正面から向き合ったあとも、目の前の男が疲弊した様子を見せていないことが信じられなかった。
「おれたちが引き止めたこと、まだ怒ってるか?」
「べつに」勇三が首を横に振る。「おれだって、なんで自分があんなことしたのかわからない」
「そうか。まあ、久々に良いものが見れた」
その言葉に勇三は相手を睨んだ。
「おいおい、悪い意味で言ったつもりじゃないんだぜ」ヤマモトが両手をあげて振る。「すまん……だがここじゃめずらしいんだよ、おまえみたいなことをするやつが。誰かのために身を犠牲にするというか……<グレイヴァー>ってやつは大概自分たちのことしか考えないからな」
勇三がそっぽを向くと、ヤマモトは苦笑を浮べた。
そのときスキンヘッドの男が息を荒らげ、次いで呻き声をあげた。
ヤマモトが駆け寄り英語で呼びかける。男のほうも意識が幾分はっきりしているらしく、差し出された水を飲むと不明瞭ながらもヤマモトと言葉を交わした。
勇三がマットレスのそばに寄ると、男が伸ばした手で肩を掴んでくる。蓄えられたひげのまわりで、もごもごと口が動く。
「おまえのクソ度胸に感謝するとさ」ヤマモトが言った。
勇三がなにも言わずに頷くと、男はまたぞろなにかを話した。
「騎兵隊が化け物どもを蹴散らすのを見るまで死ねない、だそうだ」
ヤマモトに訳された言葉を不敵な笑みで補うと、スキンヘッドの男は気を失うようにして眠りについた。
「行こう」
立ち上がるヤマモトに続いて医務室をあとにする。
「おれはこれから生き残ったやつらと話し合ってくる」薄暗い廊下に出てドアを閉める勇三に、ヤマモトは振り返ってそう言った。「三名死亡、一名重傷。残りはたった八人だ、仕事を続けるのは難しいだろうな」
「救助はいつ来るんだ?」
「さあな」ヤマモトは首を横に振った。さきほどまでの態度が嘘のように、深刻な表情が顔をおおっている。「<特課>は自分たちに無関係なことに腰が重いのさ。もとよりどこも人手が足りん。少なくとも丸一日待つか……最悪の場合、おれたちだけでここを撤収しなきゃならんかもな」
「そんな……」
「共通の敵がいるからといって、<グレイヴァー>と<特課>は味方同士ってわけじゃない。むしろ<特課>にとっておれたちは目の上のたんこぶなんだよ。武器の貸し出しや物資の支援をしてはくれてはいるが、それはあくまで契約だからだ。実際のところ心穏やかってわけにもいられんだろう、非正規の武装集団が足元をうろつくわけだからな」
勇三はその理屈には釈然としなかったものの、いまはその不満を無理に飲み込むしかないこともわかっていた。
けっきょくレギオンも<特課>の救助も同じで、来るときは来るし、来ないときには来ないのだ。
「二十二時か……」腕時計を見ながらヤマモトが言う。「とにかく、今夜が正念場だ。油断するなよ、とくにおまえはな」
勇三はヤマモトの眼差しに射竦められたように身を固くした。
「あのレギオンはここにいる全員を憎んでいるだろうが、特に恨みを買ってるのはおまえだ。なにせ子供を皆殺しにされてるんだからな」
「復讐に来るってことか?」
ヤマモトは頷くと、「同時にあいつはおれたちを恐れてもいる。こいつはおれの経験則だがな、恐怖をおぼえたレギオンがとる行動はたったひとつ……その対象を徹底的に排除しようとするんだ」
心臓がひとつ大きく高鳴ると同時に、勇三の全身を悪寒が駆け巡る。喉元に、レギオンのあの刃を突きつけられているような気分にだった。
「今夜だ」ヤマモトはそれからこう言い添えた。「請合うぜ、やつは戻ってくる」
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