96 / 204
第四章・エンド・オブ・ストレンジャーズ
8
しおりを挟む
敷地の前から左右にどこまでも伸びていく道路を見て、勇三はため息をついた。歩いていけばいつかはどこかに着くのだろうが、下り坂の突き当りで木々のかげに隠れてしまったカーブの先や、勾配の頂上と青空の境に消失した中央線がどこに続いているのかわからない。
うんざりしながら首を巡らせた勇三は、そこで安堵した。バスの停留所があったのだ。
病院を行き来する人のためのものだろう。山間に設置されているにも関わらず、停留所は道路に面した部分を覗く三方向を、雨風を凌ぐための透明のアクリル板で、頭上を屋根で覆われていた。
ボストンバッグの中を漁ると、ありがたいことに財布とその中身は無事だった。定期代わりの交通系ICカードもそのままだったので、これでなんとか人里に降りることはできるだろう。
財布を確認しながらいそいそと向かいかけた足を、だが勇三は停留所の手前で止めてしまった。
先客がいたのだ。
まだ幼さの残る少女で、腰かけたベンチから投げ出した両脚を、ワンピースのスカートと一緒に空中で揺らしている。前屈みの姿勢で肩口からこぼれるその髪は薄い灰色をしていた。
少女は霧子だった。
「ああ、退院おめでとう」
そう言って笑いかけながら、霧子がベンチの上で身体を横にずらす。少女の隣に腰かけるだけの余裕ができたが、勇三は停留所のそばに立ったままでいた。
「バスならもうじき来る。終点で駅前まで行けるから、そこから電車に乗って一時間ちょっとで家の近くまで帰れるはずだ。どうだ? それまで話でもして時間を潰さないか?」
「そんな気分になれない」勇三は言った。
「まだ本調子じゃないのか? だったらそんなところに立ってないで――」
「おまえと話したくないんだよ」
勇三のその宣言にも霧子は表情を崩さなかった。
「トリガーにも言った。もう、おれなんかと関わらないでくれ」
「そうか」霧子が勇三から視線をはずす。「おまえが望むなら、それでもいいさ」
霧子がベンチから立ち上がる。
勇三は少女に手を伸ばしかけたものの、そこで動きを止めてしまった。木々に隠れたカーブの奥から一台の黒塗りのSUVがこちらへとやって来たからだ。
SUVはこちらを通り過ぎてから鼻先の向きを変えると、停留所の反対側で停車した。
「悪かったな」霧子が言う。「最後に一度会っておきたかっただけなんだ。まあ、ただ単にわたしのわがままなんだがな」
元気で。勇三が止める間もあらばこそ、霧子はそう言い残してSUVへと乗り込んだ。
エンジンがわずかに高鳴り、反射した陽光をきらめかせながら少女を乗せた車が走り去っていく。
カーブの向こうに消えた黒い車体と入れ違いにあらわれたバスが、滑り込むようにして停留所の前で止まった。
うんざりしながら首を巡らせた勇三は、そこで安堵した。バスの停留所があったのだ。
病院を行き来する人のためのものだろう。山間に設置されているにも関わらず、停留所は道路に面した部分を覗く三方向を、雨風を凌ぐための透明のアクリル板で、頭上を屋根で覆われていた。
ボストンバッグの中を漁ると、ありがたいことに財布とその中身は無事だった。定期代わりの交通系ICカードもそのままだったので、これでなんとか人里に降りることはできるだろう。
財布を確認しながらいそいそと向かいかけた足を、だが勇三は停留所の手前で止めてしまった。
先客がいたのだ。
まだ幼さの残る少女で、腰かけたベンチから投げ出した両脚を、ワンピースのスカートと一緒に空中で揺らしている。前屈みの姿勢で肩口からこぼれるその髪は薄い灰色をしていた。
少女は霧子だった。
「ああ、退院おめでとう」
そう言って笑いかけながら、霧子がベンチの上で身体を横にずらす。少女の隣に腰かけるだけの余裕ができたが、勇三は停留所のそばに立ったままでいた。
「バスならもうじき来る。終点で駅前まで行けるから、そこから電車に乗って一時間ちょっとで家の近くまで帰れるはずだ。どうだ? それまで話でもして時間を潰さないか?」
「そんな気分になれない」勇三は言った。
「まだ本調子じゃないのか? だったらそんなところに立ってないで――」
「おまえと話したくないんだよ」
勇三のその宣言にも霧子は表情を崩さなかった。
「トリガーにも言った。もう、おれなんかと関わらないでくれ」
「そうか」霧子が勇三から視線をはずす。「おまえが望むなら、それでもいいさ」
霧子がベンチから立ち上がる。
勇三は少女に手を伸ばしかけたものの、そこで動きを止めてしまった。木々に隠れたカーブの奥から一台の黒塗りのSUVがこちらへとやって来たからだ。
SUVはこちらを通り過ぎてから鼻先の向きを変えると、停留所の反対側で停車した。
「悪かったな」霧子が言う。「最後に一度会っておきたかっただけなんだ。まあ、ただ単にわたしのわがままなんだがな」
元気で。勇三が止める間もあらばこそ、霧子はそう言い残してSUVへと乗り込んだ。
エンジンがわずかに高鳴り、反射した陽光をきらめかせながら少女を乗せた車が走り去っていく。
カーブの向こうに消えた黒い車体と入れ違いにあらわれたバスが、滑り込むようにして停留所の前で止まった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる