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第四章・エンド・オブ・ストレンジャーズ
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この一瞬の霧子の動きは完璧に近かったが、それでも弱りきった身体に対していきおいが余り、着地は膝が折れるように無様なものだった。
だがなりふり構っていられなかった。
霧子は立ち上がるなり元来た道へととって返すと、建物同士の隙間にある細い路地を目指して懸命に足を引きずるようにして歩を進めた。
高岡とのブリーフィングを役立てることにしたのだ。
左手には曲がり角の先から続くゴールへの道が伸びていたが、いまそちらへ進むのは自殺行為だった。自由の効かないこの身体では格好の標的だったからだ。
まずは少しでも休まなくてはならなかった。
背後で怪物の怒声が轟く。再三身をかわすちっぽけな獲物の存在が面白くないのだろう。
だがいまの霧子には、振り返る余裕すらなかった。さきほどよりも両脚が動くようになったものの、今度は全身を強い倦怠感が痺れにとって代わっていた。
滑り込むようにして細い路地に入るのと、背後を暴走する蒸気機関車の如く怪物が駆け抜けていくのとはほとんど同時だった。
そこではじめて肩越しに振り返った霧子は、足を止めることなく建物のあいだを奥へと進んでいった。
街灯の光が届かない路地はさらに深い暗闇に包まれており、むせ返るような臭いを孕んだ湿気が強かった。
霧子は結露で覆われた壁面に片手を着くと、探るように歩いていった。
裏路地の突き当たりは右方向にしか伸びていなかった。
ここで左に折れて正規のルートに復帰できることを期待していたのだが、彼女のいる場所と本来の逃走経路とは、古めかしい建物によって阻まれていた。
裏路地に面した窓はいずれも鉄格子や鉄板で塞がれている。建物に足がかりを見つけて屋上にのぼることも考えたが、霧子への執着を無くした怪物がスタート地点に戻ってしまっては元も子も無いし、そもそもそんな軽業ができるほどじゅうぶんに回復してもいなかった。
(袋のネズミか……)霧子は思わず歯噛みした。
キルゾーンへ行くには一度表の路地に出て、先ほどの曲がり角に向かうしかない。しかしそんな機会を、待ち伏せている怪物が見逃すとは思えなかった。現にいまも建物越しに地鳴りのような足音と吠え声とが、振動となってここまで伝わってきている。
霧子は背中が濡れるのも構わず、壁にもたれかかって深く息をついた。
これからどうするべきか……手持ちの四十五口径ではあの装甲のような身体には傷ひとつつけられないだろう。もしかすれば脚か、もしくはあの伸びる舌になら有効かもしれない。
とはいえ手傷を負わせられるという確証を得るには、実際に試してみるよりほかなかった。というのも、あの規模の敵に拳銃のみで立ち向かうというのが、そもそも無謀な話だったからだ。
手持ちの弾薬もじゅうぶんとは言えなかったし、なにより身体がこんな状態ではまともに戦うこともできない。万全とはいかないまでも、せめて身体を五分程度には動かせるようにはしたかった。
突如、これまでとは比べ物にならないほどのけたたましい衝撃音が鳴り響き、霧子は思考を中断させられた。
同時に地震のような振動が襲いかかり、盾代わりにしていた建物が文字通り大きくたわんだ。
(加減ってものを知らないのか)霧子は舌打ちした。
ふたたび強い衝撃が裏路地を駆け抜ける。それはまぎれもなく、怪物が体当たりをしている音だった。
旧市街の古い建物が崩れるのは時間の問題で、どうやらあまり悠長に事を構えてはいられそうにない。
ひとまず身を潜められるところを探さなくてはならない。
行動をおこしかけた霧子の頭上で、なにかが砕ける音がした。その音に対して、肉体と精神を擦り減らしつつあった彼女の反応は絶望的な遅れをとっていた。
頭上を振り仰いだ少女の目に映ったのは、視界いっぱいに降りそそぐ建物のがれきだった。
だがなりふり構っていられなかった。
霧子は立ち上がるなり元来た道へととって返すと、建物同士の隙間にある細い路地を目指して懸命に足を引きずるようにして歩を進めた。
高岡とのブリーフィングを役立てることにしたのだ。
左手には曲がり角の先から続くゴールへの道が伸びていたが、いまそちらへ進むのは自殺行為だった。自由の効かないこの身体では格好の標的だったからだ。
まずは少しでも休まなくてはならなかった。
背後で怪物の怒声が轟く。再三身をかわすちっぽけな獲物の存在が面白くないのだろう。
だがいまの霧子には、振り返る余裕すらなかった。さきほどよりも両脚が動くようになったものの、今度は全身を強い倦怠感が痺れにとって代わっていた。
滑り込むようにして細い路地に入るのと、背後を暴走する蒸気機関車の如く怪物が駆け抜けていくのとはほとんど同時だった。
そこではじめて肩越しに振り返った霧子は、足を止めることなく建物のあいだを奥へと進んでいった。
街灯の光が届かない路地はさらに深い暗闇に包まれており、むせ返るような臭いを孕んだ湿気が強かった。
霧子は結露で覆われた壁面に片手を着くと、探るように歩いていった。
裏路地の突き当たりは右方向にしか伸びていなかった。
ここで左に折れて正規のルートに復帰できることを期待していたのだが、彼女のいる場所と本来の逃走経路とは、古めかしい建物によって阻まれていた。
裏路地に面した窓はいずれも鉄格子や鉄板で塞がれている。建物に足がかりを見つけて屋上にのぼることも考えたが、霧子への執着を無くした怪物がスタート地点に戻ってしまっては元も子も無いし、そもそもそんな軽業ができるほどじゅうぶんに回復してもいなかった。
(袋のネズミか……)霧子は思わず歯噛みした。
キルゾーンへ行くには一度表の路地に出て、先ほどの曲がり角に向かうしかない。しかしそんな機会を、待ち伏せている怪物が見逃すとは思えなかった。現にいまも建物越しに地鳴りのような足音と吠え声とが、振動となってここまで伝わってきている。
霧子は背中が濡れるのも構わず、壁にもたれかかって深く息をついた。
これからどうするべきか……手持ちの四十五口径ではあの装甲のような身体には傷ひとつつけられないだろう。もしかすれば脚か、もしくはあの伸びる舌になら有効かもしれない。
とはいえ手傷を負わせられるという確証を得るには、実際に試してみるよりほかなかった。というのも、あの規模の敵に拳銃のみで立ち向かうというのが、そもそも無謀な話だったからだ。
手持ちの弾薬もじゅうぶんとは言えなかったし、なにより身体がこんな状態ではまともに戦うこともできない。万全とはいかないまでも、せめて身体を五分程度には動かせるようにはしたかった。
突如、これまでとは比べ物にならないほどのけたたましい衝撃音が鳴り響き、霧子は思考を中断させられた。
同時に地震のような振動が襲いかかり、盾代わりにしていた建物が文字通り大きくたわんだ。
(加減ってものを知らないのか)霧子は舌打ちした。
ふたたび強い衝撃が裏路地を駆け抜ける。それはまぎれもなく、怪物が体当たりをしている音だった。
旧市街の古い建物が崩れるのは時間の問題で、どうやらあまり悠長に事を構えてはいられそうにない。
ひとまず身を潜められるところを探さなくてはならない。
行動をおこしかけた霧子の頭上で、なにかが砕ける音がした。その音に対して、肉体と精神を擦り減らしつつあった彼女の反応は絶望的な遅れをとっていた。
頭上を振り仰いだ少女の目に映ったのは、視界いっぱいに降りそそぐ建物のがれきだった。
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