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第四章・エンド・オブ・ストレンジャーズ
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「勝手なこと言ってんじゃねえよ!」
感情のたががはずれ、気がつけば勇三はそう叫んでいた。表の道路から通りすがりのセールスマンがこちらに怪訝そうな視線を送ってきたが、彼は頓着しなかった。
「みんな死んだんだぞ」声を落としたものの、勇三の全身は震えていた。理性がはたらいたというより、死者を悼む気持ちからだった。「なのにおまえは、こんなところにのこのこやって来て、おれに『悪かった』だなんて謝りやがる。そうじゃねえだろ!」
「ああ、おまえの言うとおりだ」
トリガーのあっさりとした言い草に、勇三はいよいよ息をぐっと呑んだ。
なぜこいつはここまでずけずけと、人の感情を逆撫でするような言い方ばかりをするのだろうか。
「だったらどうして……」
「いまいちばん苦しんでいるのが、おまえだからだ」口をつぐむ勇三にトリガーは続けた。「おれだって傭兵のはしくれだ。親しい人間を亡くしたのも一度や二度じゃない。心残りはあるし、遺された者のつらさも知っているつもりだ。だがどれだけ悔やんでも、どれだけ願っても、時間を巻き戻すことはできない」
「だったらなんだって言うんだよ? 死んでいったやつらのことを思って、明日からまた前を向いて歩いていけ、なんて言うつもりか?」
握りしめたこぶしがわななく。
いま、勇三の脳裏には死んでいった者たちの姿が鮮明に映し出されていた。
ヤマモト、ヘザー、ドーズ。命を救い、命を脅かしてきた名前も知らない男たち……だが、その中心にいたのは、彼の母親だった。
「なんで、あいつらじゃなきゃいけなかったんだ。なんでおれだけが……こんなことなら、いっそ――」
「勇三」ただ名前を呼んだだけにも関わらず、トリガーの声音は相手を黙らせる厳格さで満ちていた。「その先を言うことだけは許さんぞ。それは、おまえに命を託した者たちへの最大の無礼だ」
向けられた視線を、トリガーは正面から受け止めていた。
相変わらず勇三は腹を立てていたが、もはやそれがなにに対しての怒りなのかがわからなくなっていた。
目の前にあらわれて調子のいいことばかりを並べたてるトリガーに対してか、それとも我を失って死んでいった者たちを侮蔑しかけた自分自身に対してか。
「守るために戦い、救うために殺す」無言のなか、滴る雫のようにトリガーは言った。「勇三、おまえ自身がどうかはわからないが、おれたち<グレイヴァー>が彼らにしてやれるのは、せいぜいその程度のことだ。ニンフズ……入江はいま、おまえにそれを示すために行動している」
トリガーは揃えていた前脚を崩すと、勇三の横を通り抜けていった。
「長々と悪かったな。とりとめもなかったが、おれが言っておきたかったのはそんなところだ」
「待てよ」
呼び止め、肩越しに振り返った勇三の顔からは怒りが消えていた。トリガーがいま口にしたのと同じ言葉を口にした人物のことだけを考えていた。
「あいつ……霧子はいま、どこにいるんだよ?」
その質問に、トリガーはまるで人間のように眉根を寄せた。少なくとも、勇三にはそう見えた。
「なにも聞いてないのか?」
勇三は頷くと、「昨日病院の前で話はしたけど……なあ、トリガー。あいつ、いまどこにいるんだ?」
トリガーはしばし押し黙ったあと、それまで以上のいきおいで話した。
霧子がいま、金回りが良い分危険な仕事にあたっていること。
今後もずっと、そうした仕事を受け続けるつもりであること
それらはすべて、勇三への責任を果たすための行動であること。
まくしたてるその様子から、トリガーが霧子の身を心から案じていることも伝わってきた。
「すべてはおまえのためなんだ」話のしめくくりに、トリガーはそう言った。「高岡にも無理を言って、自分が死んだあとは溜めこんだ金をすべておまえに譲る手続きまでしてな。たとえ違約金の満額に届く前に死んだとしても、少しでもおまえをこの世界の呪縛から解くためだけに自分を犠牲にしているんだ……おれにはそれが、どうしても我慢ならなかった」
「じゃああいつ、死ぬつもりなのか?」
「当然、本人はみすみす命をくれてやる気持ちなんて無いだろう。だがこんな戦いを続けていれば、近い将来必ずそうなるはずだ」
(違う)勇三は思った。(あいつは退院したおれにこう言ったじゃないか。『最後に一度会っておきたかった』って)
アパートの敷地に生えていた木立の葉が風に吹かれ、さらさらと音をたてる。あたりを動くものといえば風に吹かれて揺れる枝葉と、地面を滑るその影ぐらいのものだった。
去り際に霧子が見せた寂しげな笑顔がよみがえる。それはヤマモトが最期の瞬間に見せた表情と、不気味なほどに似通っていた。
「おい、トリガー!」
勇三が呼び止めると、トリガーは黙ってこちらを見た。
「ちょっとそこで待ってろ」
感情のたががはずれ、気がつけば勇三はそう叫んでいた。表の道路から通りすがりのセールスマンがこちらに怪訝そうな視線を送ってきたが、彼は頓着しなかった。
「みんな死んだんだぞ」声を落としたものの、勇三の全身は震えていた。理性がはたらいたというより、死者を悼む気持ちからだった。「なのにおまえは、こんなところにのこのこやって来て、おれに『悪かった』だなんて謝りやがる。そうじゃねえだろ!」
「ああ、おまえの言うとおりだ」
トリガーのあっさりとした言い草に、勇三はいよいよ息をぐっと呑んだ。
なぜこいつはここまでずけずけと、人の感情を逆撫でするような言い方ばかりをするのだろうか。
「だったらどうして……」
「いまいちばん苦しんでいるのが、おまえだからだ」口をつぐむ勇三にトリガーは続けた。「おれだって傭兵のはしくれだ。親しい人間を亡くしたのも一度や二度じゃない。心残りはあるし、遺された者のつらさも知っているつもりだ。だがどれだけ悔やんでも、どれだけ願っても、時間を巻き戻すことはできない」
「だったらなんだって言うんだよ? 死んでいったやつらのことを思って、明日からまた前を向いて歩いていけ、なんて言うつもりか?」
握りしめたこぶしがわななく。
いま、勇三の脳裏には死んでいった者たちの姿が鮮明に映し出されていた。
ヤマモト、ヘザー、ドーズ。命を救い、命を脅かしてきた名前も知らない男たち……だが、その中心にいたのは、彼の母親だった。
「なんで、あいつらじゃなきゃいけなかったんだ。なんでおれだけが……こんなことなら、いっそ――」
「勇三」ただ名前を呼んだだけにも関わらず、トリガーの声音は相手を黙らせる厳格さで満ちていた。「その先を言うことだけは許さんぞ。それは、おまえに命を託した者たちへの最大の無礼だ」
向けられた視線を、トリガーは正面から受け止めていた。
相変わらず勇三は腹を立てていたが、もはやそれがなにに対しての怒りなのかがわからなくなっていた。
目の前にあらわれて調子のいいことばかりを並べたてるトリガーに対してか、それとも我を失って死んでいった者たちを侮蔑しかけた自分自身に対してか。
「守るために戦い、救うために殺す」無言のなか、滴る雫のようにトリガーは言った。「勇三、おまえ自身がどうかはわからないが、おれたち<グレイヴァー>が彼らにしてやれるのは、せいぜいその程度のことだ。ニンフズ……入江はいま、おまえにそれを示すために行動している」
トリガーは揃えていた前脚を崩すと、勇三の横を通り抜けていった。
「長々と悪かったな。とりとめもなかったが、おれが言っておきたかったのはそんなところだ」
「待てよ」
呼び止め、肩越しに振り返った勇三の顔からは怒りが消えていた。トリガーがいま口にしたのと同じ言葉を口にした人物のことだけを考えていた。
「あいつ……霧子はいま、どこにいるんだよ?」
その質問に、トリガーはまるで人間のように眉根を寄せた。少なくとも、勇三にはそう見えた。
「なにも聞いてないのか?」
勇三は頷くと、「昨日病院の前で話はしたけど……なあ、トリガー。あいつ、いまどこにいるんだ?」
トリガーはしばし押し黙ったあと、それまで以上のいきおいで話した。
霧子がいま、金回りが良い分危険な仕事にあたっていること。
今後もずっと、そうした仕事を受け続けるつもりであること
それらはすべて、勇三への責任を果たすための行動であること。
まくしたてるその様子から、トリガーが霧子の身を心から案じていることも伝わってきた。
「すべてはおまえのためなんだ」話のしめくくりに、トリガーはそう言った。「高岡にも無理を言って、自分が死んだあとは溜めこんだ金をすべておまえに譲る手続きまでしてな。たとえ違約金の満額に届く前に死んだとしても、少しでもおまえをこの世界の呪縛から解くためだけに自分を犠牲にしているんだ……おれにはそれが、どうしても我慢ならなかった」
「じゃああいつ、死ぬつもりなのか?」
「当然、本人はみすみす命をくれてやる気持ちなんて無いだろう。だがこんな戦いを続けていれば、近い将来必ずそうなるはずだ」
(違う)勇三は思った。(あいつは退院したおれにこう言ったじゃないか。『最後に一度会っておきたかった』って)
アパートの敷地に生えていた木立の葉が風に吹かれ、さらさらと音をたてる。あたりを動くものといえば風に吹かれて揺れる枝葉と、地面を滑るその影ぐらいのものだった。
去り際に霧子が見せた寂しげな笑顔がよみがえる。それはヤマモトが最期の瞬間に見せた表情と、不気味なほどに似通っていた。
「おい、トリガー!」
勇三が呼び止めると、トリガーは黙ってこちらを見た。
「ちょっとそこで待ってろ」
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