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第五章・雨。その帳の向こう
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午前七時十二分。
「雨は嫌いだ」
<サムソン&デリラ>の店内、従業員が休憩に使う畳敷きの部屋から外を眺め、霧子はそう呟いた。
拳銃を使う彼女にとって、湿気や水気は大敵だった。もちろん防水対策を一切ほどこしていないわけではなかったし、仮に少々水浸しになったとしてもその信頼性が揺らぐことはない。
だが、何事においても完璧というものを追求するのは困難だ。レギオンとの戦闘でいざ銃が使えないことに対する不安は、拳銃使いである霧子に常につきまとっていた。
明け方に高岡からの一報が入ったとき、霧子はまだ寝床に就いていた。
トリガーは霧子と同じ検査を受けるため、一昨日から留守にしていた。本来ならもっと早い時期に予定されていたのだが、勇三との一件で今日まで延期されていた。
高岡からの依頼をふたつ返事で引き受けた霧子は夜中から準備に勤しみ、夜が明けてからはどんよりと垂れこめた雲を睨みつけるようにして佇んでいた。
天候に左右されない<アウターガイア>とは違い、今回の仕事は地上で行われる。なにかと制限が多い分、割の良い仕事でもある。背後の卓袱台の上に並べた装備も、地上用に揃えなおしている。
唯一の懸念はやはりこの雨だ。拳銃が使えないというリスクをもたらす以外に、雨は相手の臭いを消し、音を消し、気配を消す。
「だからおまえを選んだんだ」連絡をよこした高岡はそう言った。「別にえこひいきで仕事を持ちかけたわけじゃない。おまえはレギオンに対する勘が冴えてるからな。予想している目的地の警戒にあたってほしいんだ。スーツの強面どもが簡単にうろつけるような場所じゃないんでな」
「買いかぶるなよ」眠い目をこすりながら霧子は答えた。「別に超能力者ってわけじゃないんだぞ」
「だが戦闘能力だけ見積もっても、おまえは十人並みだ」高岡が声を落として続ける。「頼む。事態は一刻を争うんだ」
「もちろんノーとは言わないさ。こっちも金がいるからな」
「速水勇三のことか」
「ああ」大きく伸びをしたあと、霧子は続けた。「異論があるか?」
「いや。 今回はただの仕事の依頼だし、おれからとやかく言うつもりはないさ」
「決まりだな」シーツを跳ねのけると、霧子はベッドから立ち上がった。「いつから動けばいい?」
「夜明けから。さっきも説明したように、レギオンは住宅街に逃げ込んでいるんだ。周辺の地図は端末に転送しておくから、直行直帰で頼む」
「わかった。当然おたくらもこの作戦に参加するんだろ?」
「ああ、最重要案件だからな。こっちも血眼さ。これで残業代も出ないんだから、涙が出るよ」
「ぼやくなよ。それとも慰めてほしいのか?」
高岡は鼻で笑うと、「じゃあ、手続きはこちらで済ませておくぞ。おまえ、パソコン使えないんだろう」
「ああ、細かい仕事は苦手でな。そういうのはもっぱらトリガー任せてる」霧子は自慢げに答えた。
「なら、後で認証パスをメールで添付するから、返信だけ頼む。それぐらいならできるだろ?」
「了解。助かるよ」
「いいって」
ふたりはしばらく黙った。
霧子は電話を切るタイミングをはかろうとふたたび口を開きかけたが、それを遮る形で高岡が言った。
「それからな、入江。実は今回もうひとり<グレイヴァー>を雇ってるんだ」
「もうひとり?」
「現場に土地勘のある人間だ。共闘するなり情報交換するなりの判断は任せる。ただし、足を引っ張り合うような真似だけはするなよ」
もちろん、協力なんてしない。
通話を終えた霧子の頭に最初に浮かんだのは、そんな考えだった。
午前七時十二分。
「雨は嫌いだ」
<サムソン&デリラ>の店内、従業員が休憩に使う畳敷きの部屋から外を眺め、霧子はそう呟いた。
拳銃を使う彼女にとって、湿気や水気は大敵だった。もちろん防水対策を一切ほどこしていないわけではなかったし、仮に少々水浸しになったとしてもその信頼性が揺らぐことはない。
だが、何事においても完璧というものを追求するのは困難だ。レギオンとの戦闘でいざ銃が使えないことに対する不安は、拳銃使いである霧子に常につきまとっていた。
明け方に高岡からの一報が入ったとき、霧子はまだ寝床に就いていた。
トリガーは霧子と同じ検査を受けるため、一昨日から留守にしていた。本来ならもっと早い時期に予定されていたのだが、勇三との一件で今日まで延期されていた。
高岡からの依頼をふたつ返事で引き受けた霧子は夜中から準備に勤しみ、夜が明けてからはどんよりと垂れこめた雲を睨みつけるようにして佇んでいた。
天候に左右されない<アウターガイア>とは違い、今回の仕事は地上で行われる。なにかと制限が多い分、割の良い仕事でもある。背後の卓袱台の上に並べた装備も、地上用に揃えなおしている。
唯一の懸念はやはりこの雨だ。拳銃が使えないというリスクをもたらす以外に、雨は相手の臭いを消し、音を消し、気配を消す。
「だからおまえを選んだんだ」連絡をよこした高岡はそう言った。「別にえこひいきで仕事を持ちかけたわけじゃない。おまえはレギオンに対する勘が冴えてるからな。予想している目的地の警戒にあたってほしいんだ。スーツの強面どもが簡単にうろつけるような場所じゃないんでな」
「買いかぶるなよ」眠い目をこすりながら霧子は答えた。「別に超能力者ってわけじゃないんだぞ」
「だが戦闘能力だけ見積もっても、おまえは十人並みだ」高岡が声を落として続ける。「頼む。事態は一刻を争うんだ」
「もちろんノーとは言わないさ。こっちも金がいるからな」
「速水勇三のことか」
「ああ」大きく伸びをしたあと、霧子は続けた。「異論があるか?」
「いや。 今回はただの仕事の依頼だし、おれからとやかく言うつもりはないさ」
「決まりだな」シーツを跳ねのけると、霧子はベッドから立ち上がった。「いつから動けばいい?」
「夜明けから。さっきも説明したように、レギオンは住宅街に逃げ込んでいるんだ。周辺の地図は端末に転送しておくから、直行直帰で頼む」
「わかった。当然おたくらもこの作戦に参加するんだろ?」
「ああ、最重要案件だからな。こっちも血眼さ。これで残業代も出ないんだから、涙が出るよ」
「ぼやくなよ。それとも慰めてほしいのか?」
高岡は鼻で笑うと、「じゃあ、手続きはこちらで済ませておくぞ。おまえ、パソコン使えないんだろう」
「ああ、細かい仕事は苦手でな。そういうのはもっぱらトリガー任せてる」霧子は自慢げに答えた。
「なら、後で認証パスをメールで添付するから、返信だけ頼む。それぐらいならできるだろ?」
「了解。助かるよ」
「いいって」
ふたりはしばらく黙った。
霧子は電話を切るタイミングをはかろうとふたたび口を開きかけたが、それを遮る形で高岡が言った。
「それからな、入江。実は今回もうひとり<グレイヴァー>を雇ってるんだ」
「もうひとり?」
「現場に土地勘のある人間だ。共闘するなり情報交換するなりの判断は任せる。ただし、足を引っ張り合うような真似だけはするなよ」
もちろん、協力なんてしない。
通話を終えた霧子の頭に最初に浮かんだのは、そんな考えだった。
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