ReaL -墓守編-

千勢 逢介

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第五章・雨。その帳の向こう

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 公園の土が雨でぐずぐずになっていく様子を、黒川は憂鬱な気分で眺めていた。
 小休止で人心地ついたものの、これからまた前線基地であるヴァンに戻るのは正直気が進まない。通信機器、モニター、その他計器類が所狭しと並んだ後部座席ではわずかな身動きもとることができず、長時間同じ姿勢をとっていたせいで全身は石のように強張っていた。
 おまけにエンジンを切っていた車内は息苦しく、集まった大柄な局員たちと機器から発せられる熱気と相まって、さながら熱帯雨林のような蒸し暑さだった。

 あと五分だけここにいたい。
 そんな未練が残ったが、黒川はブラウスの襟元をばたつかせながらヴァンへと戻った。
 いまは任務の最中なのだ。この小休止にしても、遠慮がちに用を足したいと申し出た黒川に高岡が特別に許可したものだった。

 任務に対する使命感だけではない。黒川が公園から離れたのは、いまの自分がひどく無防備な状態であるように思えたからだった。

 このどこかにレギオンが息を潜めている。雨音が隠したしじまの奥、この雨粒の帳の向こうに。
 一瞬後には無味無臭の毒ガスを吸いこみ、身体の自由が効かなくなったところをレギオンに襲われるのではないか。そんな予感が黒川の足を、あの酸欠状態の車へと進めさせた。

(きっと高岡さんに叱られるだろうな……)

 そんな予想に反し、公園の敷地に寄り添うように停車していたヴァンに手をかけた彼女を出迎えたのは非難などではなく、男性局員たちの緊張と焦り、そして怒号だった。

「了解。三班は急ぎB―8エリアに向かえ。人が足りない? だったら班を二つに分ければいいだろう!」

 ヘッドホンを片手に怒鳴り散らす局員の隣で、別の男が大きな身体を縮めて一心不乱にコンソールを操作していた。巨大な手に見合った太い指で小気味よくキーボードを叩く姿は、奇跡的に現代社会に適応できた原始人のようだ。

「本部より六班。G―9にレギオンの目撃情報あり。至急現場に向かえ」
 アナログ無線を前にした局員の隣ではさらに別の男が、「F―1でレギオンを発見? 了解。情報が錯綜しているため追って指示を出す。それまで待機せよ」

 通信を終えた局員が隣に腰掛けていた高岡を振り返る。
 当の高岡は意識から車内の混乱を遮断するかのように、ヴァンの壁にかかったモニターを睨みつけていた。

「これはいったいなにが……まさか、地上に出たレギオンは一体だけではないのでは?」
「余計な憶測はするな」浮き足立つ局員に高岡がぴしゃりと答える。「目撃情報を反映させろ。十五分前からでいい」
「了解」

 言うが早いか、高岡を見ていた局員はコンソールに取り付いた。

「なにやってる? さっさと乗れ」

 急に水を向けられた黒川は頷くなりヴァンに乗り込み、ふたりの局員のあいだに身体をねじ込むように座った。背後でスライドドアが閉じる苛立たしげな音が響く。
 見上げた壁掛け式のモニターにはチェス盤のような縦横のグリッドが引かれた作戦範囲である住宅地の地図が表示されていた。いま、その格子の随所が赤く明滅している。

「これ全部、レギオンの目撃情報ですか?」黒川は訊ねた。
「わからん」高岡が首を横に振る。「真偽を確かめている余裕もない」
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