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第六章・炎と水と
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「おれだって驚いたよ」輝彦は言った。「仕事の依頼が舞い込んで来て、その現場がうちの学校かと思ったら、同業者におまえがいたんだからな……勇三、なんで<グレイヴァー>なんかになったんだ? どこでこの事を知ったんだ?」
「それは……おれだって、いろいろあったんだ。話せば長くなる」
「いろいろって……」
眉根を寄せながら続けようとする輝彦の言葉を、勇三は手をあげることで遮った。
「輝彦、悪いけどいまはこっちの質問に答えてくれないか?」
抗弁しようとしたのだろう。身を乗り出しかけていた輝彦は頷くと、「わかった……とは言っても、答えられないことのほうが多いんだ。それだけはわかってくれ。こっちだって、人には言えない理由がいろいろあるんだ」
「それは無関係な人間に対してだろ?」それから勇三はこう続けた。「それじゃあまず、いつから<グレイヴァー>をやってるんだ?」
「おまえよりだいぶ昔から」
「正確にはいつから?」
「言えない」
早速出端をくじかれたが、勇三はひとまず浮かんだ質問を順々に消化していくことにした。人が寄り付かない場所だとしても、いつまでもふたりきりでいられる保証は無いのだ。
何事にも絶対はないというのは、彼が<アウターガイア>で学んだ多くの教訓のひとつだった。
「どうして<グレイヴァー>になったんだ?」
「言えない」
「誰かに誘われたのか。それとも巻き込まれた?」
「言えない」
「なにか事情があるのか?」
「それも言えない」
「言えないことだらけなんだな」とりつくしまの無い輝彦の答えに、勇三は思わずため息をついた。
「あらかじめ断っておいたはずだ。それにおまえだって、事情は同じようなものだろ?」
「おれは話すつもりはあるさ。けど、いまはおまえのことを訊きたいんだ」
「フェアじゃないな。それからおまえは『無関係な人間に対しては』と言ったが、おれの場合はたとえ<グレイヴァー>同士でも言えない事情があるんだ」
「そんなの……どっちがアンフェアなんだよ」
「すまない」
開き直るような輝彦のこの態度に、勇三はいよいよ腹を据えかねた。
そもそも照輝彦という人物は、<グレイヴァー>だとわかる前からいつもこのような調子だった。啓二のように騒がしくもなければ、広基のように遠慮がちでもない。常に冷静で、ときには冷淡で合理的な判断を下すことがある。
そしていま、輝彦のそうした気質は最大限に発揮されていた。おおよそ感情など、機能を阻害するノイズでしかないと宣言しているかのようだ。いつも自分の感情を律しきれずに四苦八苦する勇三とは大違いだった。
「そうかよ……」勇三は声の震えを抑えるように静かに言った。
「勇三、おれは――」
「事情を訊けばなにかわかるかも……納得できるかもしれないと思ってた。けど、この調子じゃなにも答えてくれそうにないな」
「これでも、きちんと答えてるつもりだ」
「そんなふうには見えないけどな。それに、このままじゃいままでと同じ付き合いができるとも思えない。おまえだってそうだろ?」
問いはしたが、返事を待つつもりはなかった。勇三はフェンスから離れ、そのまま階段室のドアへと戻っていった。
一方的に別れを告げることしかできない自分が情けなかった。そして後先考えずに話を切り上げてしまった自分に対しても。
関わり合いになろうとなるまいと高校生活は続いていくし、そうなればどれだけ意識していても輝彦と顔を合わせる可能性は残る。
「勇三」
かけられた言葉に思わず振り向いてしまう。縋るような自分にも情けなさを感じたが、いまは眉根を寄せて相手に不機嫌さを伝えるだけで精一杯だった。
「なんだよ?」
「それでもおれは、おまえの味方だ。おまえがおれのことをどう思おうとも構わない。けど、それだけははっきり言える」
かっと頭に血がのぼる。
けっきょく勇三は無言のまま輝彦を見つめ返すと、それからその場を足早に立ち去った。
「それは……おれだって、いろいろあったんだ。話せば長くなる」
「いろいろって……」
眉根を寄せながら続けようとする輝彦の言葉を、勇三は手をあげることで遮った。
「輝彦、悪いけどいまはこっちの質問に答えてくれないか?」
抗弁しようとしたのだろう。身を乗り出しかけていた輝彦は頷くと、「わかった……とは言っても、答えられないことのほうが多いんだ。それだけはわかってくれ。こっちだって、人には言えない理由がいろいろあるんだ」
「それは無関係な人間に対してだろ?」それから勇三はこう続けた。「それじゃあまず、いつから<グレイヴァー>をやってるんだ?」
「おまえよりだいぶ昔から」
「正確にはいつから?」
「言えない」
早速出端をくじかれたが、勇三はひとまず浮かんだ質問を順々に消化していくことにした。人が寄り付かない場所だとしても、いつまでもふたりきりでいられる保証は無いのだ。
何事にも絶対はないというのは、彼が<アウターガイア>で学んだ多くの教訓のひとつだった。
「どうして<グレイヴァー>になったんだ?」
「言えない」
「誰かに誘われたのか。それとも巻き込まれた?」
「言えない」
「なにか事情があるのか?」
「それも言えない」
「言えないことだらけなんだな」とりつくしまの無い輝彦の答えに、勇三は思わずため息をついた。
「あらかじめ断っておいたはずだ。それにおまえだって、事情は同じようなものだろ?」
「おれは話すつもりはあるさ。けど、いまはおまえのことを訊きたいんだ」
「フェアじゃないな。それからおまえは『無関係な人間に対しては』と言ったが、おれの場合はたとえ<グレイヴァー>同士でも言えない事情があるんだ」
「そんなの……どっちがアンフェアなんだよ」
「すまない」
開き直るような輝彦のこの態度に、勇三はいよいよ腹を据えかねた。
そもそも照輝彦という人物は、<グレイヴァー>だとわかる前からいつもこのような調子だった。啓二のように騒がしくもなければ、広基のように遠慮がちでもない。常に冷静で、ときには冷淡で合理的な判断を下すことがある。
そしていま、輝彦のそうした気質は最大限に発揮されていた。おおよそ感情など、機能を阻害するノイズでしかないと宣言しているかのようだ。いつも自分の感情を律しきれずに四苦八苦する勇三とは大違いだった。
「そうかよ……」勇三は声の震えを抑えるように静かに言った。
「勇三、おれは――」
「事情を訊けばなにかわかるかも……納得できるかもしれないと思ってた。けど、この調子じゃなにも答えてくれそうにないな」
「これでも、きちんと答えてるつもりだ」
「そんなふうには見えないけどな。それに、このままじゃいままでと同じ付き合いができるとも思えない。おまえだってそうだろ?」
問いはしたが、返事を待つつもりはなかった。勇三はフェンスから離れ、そのまま階段室のドアへと戻っていった。
一方的に別れを告げることしかできない自分が情けなかった。そして後先考えずに話を切り上げてしまった自分に対しても。
関わり合いになろうとなるまいと高校生活は続いていくし、そうなればどれだけ意識していても輝彦と顔を合わせる可能性は残る。
「勇三」
かけられた言葉に思わず振り向いてしまう。縋るような自分にも情けなさを感じたが、いまは眉根を寄せて相手に不機嫌さを伝えるだけで精一杯だった。
「なんだよ?」
「それでもおれは、おまえの味方だ。おまえがおれのことをどう思おうとも構わない。けど、それだけははっきり言える」
かっと頭に血がのぼる。
けっきょく勇三は無言のまま輝彦を見つめ返すと、それからその場を足早に立ち去った。
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