168 / 204
第六章・炎と水と
11
しおりを挟む
Ⅳ
<サムソン&デリラ>を訪れた勇三は入口のドアノブに手をかけたまま、しばしその場で立ち尽くしてしまった。開いたドアの向こう、カウンターテーブルの上にはボードゲームの盤面が広げられており、それを囲むようにしてトリガーと霧子、そして輝彦がスツールに腰かけていたのだ。
「子供ができたんで、ご祝儀十万ずつお願いします」ルーレットを回して駒を進めた輝彦が言う。
「ずいぶん、ふっかけてくるな」トリガーがハロルドくんに勘定させる。
「こんな時代ですから」輝彦は臆した様子もなく、ロボットが差し出したおもちゃの紙幣を受け取った。
「おい、職業に<グレイヴァー>が無いぞ」手番が回って駒を進めた霧子は、職業カードをめくりながら言った。
「あるわけないだろう。仮にも国家機密だぞ」
「しかたない、気が進まないがアイドルにでもなるか……本当に気が進まないけどな」言いながら霧子は、職業カードの中から一枚をいそいそと引き抜いた。
三人がこちらの存在に気づいた様子はない。この光景に、勇三は軽いめまいをおぼえた。
「なに、やってるんだよ」ドアによりかかるようにしながら勇三は言った。
「ああ、来たか。遅かったな」
肩越しに振り返る霧子には目もくれず、勇三はまっすぐ輝彦のほうへ歩み寄った。
「なんで、おまえがここにいるんだ」
「言っただろ」睨みつける勇三の視線を見つめ返す輝彦に後ろめたさはない。「おれはおまえの味方だって。それに物別れの状態じゃ、お互いにとっても損だからな」
「このあいだの仕事のあと、連絡をもらってな」霧子が駒をもてあそびながら言う。「事情が事情だし、全員でじっくり話し合おうと思ってここに来てもらうことにしたんだ」
「しかし、驚いたよ」と、輝彦。「トリガーさんの正体が、まさか喋る犬だなんてな」
勇三は深く息を吐きながらじっと目を閉じることで、気持ちの高ぶりをおさえようとした。あまり期待していなかったものの、この試みはわずかに冷静さを取り戻すことに成功していた。屋上での失敗と反省も活きたのかもしれない。
「その割にはずいぶん馴染んでるじゃねえか」テーブル席とカウンターとのあいだに立ったまま、勇三は言った。「そもそも店に来るなら、最初からそう言ってくれればよかっただろ」
「言いかけたさ。けど、おまえは聞いてくれそうになかったからな」
「それは……」言いかけはしたが、事実は事実だ。代わりに勇三はこう訊ねた。「それで? こんなところまで一体なんの用だ?」
勇三の問いかけに、輝彦はカウンターにもたれた状態から姿勢を正した。
「おれをこの<コープス>に入れてほしいんだ」
<サムソン&デリラ>を訪れた勇三は入口のドアノブに手をかけたまま、しばしその場で立ち尽くしてしまった。開いたドアの向こう、カウンターテーブルの上にはボードゲームの盤面が広げられており、それを囲むようにしてトリガーと霧子、そして輝彦がスツールに腰かけていたのだ。
「子供ができたんで、ご祝儀十万ずつお願いします」ルーレットを回して駒を進めた輝彦が言う。
「ずいぶん、ふっかけてくるな」トリガーがハロルドくんに勘定させる。
「こんな時代ですから」輝彦は臆した様子もなく、ロボットが差し出したおもちゃの紙幣を受け取った。
「おい、職業に<グレイヴァー>が無いぞ」手番が回って駒を進めた霧子は、職業カードをめくりながら言った。
「あるわけないだろう。仮にも国家機密だぞ」
「しかたない、気が進まないがアイドルにでもなるか……本当に気が進まないけどな」言いながら霧子は、職業カードの中から一枚をいそいそと引き抜いた。
三人がこちらの存在に気づいた様子はない。この光景に、勇三は軽いめまいをおぼえた。
「なに、やってるんだよ」ドアによりかかるようにしながら勇三は言った。
「ああ、来たか。遅かったな」
肩越しに振り返る霧子には目もくれず、勇三はまっすぐ輝彦のほうへ歩み寄った。
「なんで、おまえがここにいるんだ」
「言っただろ」睨みつける勇三の視線を見つめ返す輝彦に後ろめたさはない。「おれはおまえの味方だって。それに物別れの状態じゃ、お互いにとっても損だからな」
「このあいだの仕事のあと、連絡をもらってな」霧子が駒をもてあそびながら言う。「事情が事情だし、全員でじっくり話し合おうと思ってここに来てもらうことにしたんだ」
「しかし、驚いたよ」と、輝彦。「トリガーさんの正体が、まさか喋る犬だなんてな」
勇三は深く息を吐きながらじっと目を閉じることで、気持ちの高ぶりをおさえようとした。あまり期待していなかったものの、この試みはわずかに冷静さを取り戻すことに成功していた。屋上での失敗と反省も活きたのかもしれない。
「その割にはずいぶん馴染んでるじゃねえか」テーブル席とカウンターとのあいだに立ったまま、勇三は言った。「そもそも店に来るなら、最初からそう言ってくれればよかっただろ」
「言いかけたさ。けど、おまえは聞いてくれそうになかったからな」
「それは……」言いかけはしたが、事実は事実だ。代わりに勇三はこう訊ねた。「それで? こんなところまで一体なんの用だ?」
勇三の問いかけに、輝彦はカウンターにもたれた状態から姿勢を正した。
「おれをこの<コープス>に入れてほしいんだ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?
くまの香
ファンタジー
いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる