175 / 204
第六章・炎と水と
18
しおりを挟む
不思議なひとときだった。
世間には知られてていない異世界のような穴ぐらの奥底で、毎日のように顔を合わせる友人と並んで銃を構えている。まるで夢か幻のようでありながら、どこか現実とは切り離されていないような感覚。
いつしか勇三は口角を持ち上げていた。この状況において笑える自分自身を奇妙に感じ、頭がどうかしてしまったのかとまで考えたが、否定しようとすればするほど笑みは打ち消されるどころか、ますます大きくなっていった。
同時に下腹がざわつくような高ぶりも感じていた。
怒りと落胆、失望に恐怖、安堵と、そして歓喜。そんな感情の坩堝から最後にあらわれたのは、言い知れぬ高揚感だった。
「時間は……」
思わず上ずりそうになった声を、勇三は咳払いをして正した。深呼吸を繰り返し、勇三はあらためて輝彦のほうを向いた。
輝彦もまた、勇三に視線を送っていた。
「時間はきっとかかると思う。なんてったって、おれみたいにおかしな立場にいる人間が身近にいるなんて思ってもみなかったからな。正直、いまだに信じられねえよ」
輝彦は無言のまま見つめ返してくるばかりだった。いまやその顔は武器の照準から離れ、顔をこちらに真っ直ぐ向けられていた。
勇三は続けた。
「でも、なっちまったもんも知っちまったもんもどうしようもねぇだろ。あとは拒むか、受け入れるかのどっちかだと思う」勇三は視線を逸らすと、ふたたび照準を覗きこんだ。敵を警戒しての行動というより、照れ臭さを感じたての行動だった。「そのどっちかしか無いなら、おれは受け入れたいと思うよ。輝彦、おまえとのことだからな」
「勇三……」
耳と頬がひどく熱い。いましがた口にしたことを、我ながら気恥ずかしくも感じている。けれども、友人がいまどんな表情をしているかを見ることができなくても、少なくとも自分が言ったことを後悔はしていなかった。
そんな勇三が耳にしたのは、どこか人を小馬鹿にするように漏れ聞こえてきた笑い声だった。思わず見ると、輝彦は笑いを噛み殺すように口元を歪めていた。
「おまえ、よくそんな恥ずかしいこと言えるな」
「な――」
「けど」と、輝彦は思わず気色ばむ勇三を遮ると、「嬉しいよ。おれもこんな世界でひとりぼっちだと思ってたからさ」
次いで輝彦が向けた笑みは打って変わって、相手の怒気を抜くように柔和なものだった。
「というか、ちゃんと言っただろ」
「なにをだよ?」
「おれはおまえの味方だって。それだけは変わらないよ」
この言葉に、勇三は一瞬きょとんとしてしまった。不機嫌さの残滓のように浮いていた眉間のしわは消え、口の端には笑みが浮かんでいた。
自分の感情の在処がいよいよわからなくなる。わかっていることと言えば、輝彦が言ったように、彼は自分の味方であること。それから、この友人相手に理詰めでは敵わないことぐらいだった。
「そういや、そうだったな」
どこか脱力感をおぼえながら、勇三が言う。
暗闇の奥から野獣のような遠吠えが聞こえたのは、そのときだった。
世間には知られてていない異世界のような穴ぐらの奥底で、毎日のように顔を合わせる友人と並んで銃を構えている。まるで夢か幻のようでありながら、どこか現実とは切り離されていないような感覚。
いつしか勇三は口角を持ち上げていた。この状況において笑える自分自身を奇妙に感じ、頭がどうかしてしまったのかとまで考えたが、否定しようとすればするほど笑みは打ち消されるどころか、ますます大きくなっていった。
同時に下腹がざわつくような高ぶりも感じていた。
怒りと落胆、失望に恐怖、安堵と、そして歓喜。そんな感情の坩堝から最後にあらわれたのは、言い知れぬ高揚感だった。
「時間は……」
思わず上ずりそうになった声を、勇三は咳払いをして正した。深呼吸を繰り返し、勇三はあらためて輝彦のほうを向いた。
輝彦もまた、勇三に視線を送っていた。
「時間はきっとかかると思う。なんてったって、おれみたいにおかしな立場にいる人間が身近にいるなんて思ってもみなかったからな。正直、いまだに信じられねえよ」
輝彦は無言のまま見つめ返してくるばかりだった。いまやその顔は武器の照準から離れ、顔をこちらに真っ直ぐ向けられていた。
勇三は続けた。
「でも、なっちまったもんも知っちまったもんもどうしようもねぇだろ。あとは拒むか、受け入れるかのどっちかだと思う」勇三は視線を逸らすと、ふたたび照準を覗きこんだ。敵を警戒しての行動というより、照れ臭さを感じたての行動だった。「そのどっちかしか無いなら、おれは受け入れたいと思うよ。輝彦、おまえとのことだからな」
「勇三……」
耳と頬がひどく熱い。いましがた口にしたことを、我ながら気恥ずかしくも感じている。けれども、友人がいまどんな表情をしているかを見ることができなくても、少なくとも自分が言ったことを後悔はしていなかった。
そんな勇三が耳にしたのは、どこか人を小馬鹿にするように漏れ聞こえてきた笑い声だった。思わず見ると、輝彦は笑いを噛み殺すように口元を歪めていた。
「おまえ、よくそんな恥ずかしいこと言えるな」
「な――」
「けど」と、輝彦は思わず気色ばむ勇三を遮ると、「嬉しいよ。おれもこんな世界でひとりぼっちだと思ってたからさ」
次いで輝彦が向けた笑みは打って変わって、相手の怒気を抜くように柔和なものだった。
「というか、ちゃんと言っただろ」
「なにをだよ?」
「おれはおまえの味方だって。それだけは変わらないよ」
この言葉に、勇三は一瞬きょとんとしてしまった。不機嫌さの残滓のように浮いていた眉間のしわは消え、口の端には笑みが浮かんでいた。
自分の感情の在処がいよいよわからなくなる。わかっていることと言えば、輝彦が言ったように、彼は自分の味方であること。それから、この友人相手に理詰めでは敵わないことぐらいだった。
「そういや、そうだったな」
どこか脱力感をおぼえながら、勇三が言う。
暗闇の奥から野獣のような遠吠えが聞こえたのは、そのときだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?
くまの香
ファンタジー
いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる