ReaL -墓守編-

千勢 逢介

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第七章・世界は優しい嘘に包まれて

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 椅子からすべり落ちる直前、咄嗟に宙へと身を躍らせたトリガーの喉元を、カウンターの角が直撃する。
 呼気とともに声を絞りあげられ、身体の側面が床に叩きつけられる。一拍遅れ、背後で物が倒れたりなにかが落下する音が派手に響き渡った。

(なんて無様な)痛みに顔を歪め、トリガーは自戒しながらゆっくりと起き上がった。

 さいわいにして、大きな怪我は負っていないようだ。人間の肉体とは違う、犬ならでは柔軟性や打たれ強さが奏功したのかもしれない。

 ひとまずハロルドくんに助けてもらおう。そう思い口を開いたトリガーだったが、どういうわけか、その意に反して言葉を発することができなかった。口から出てくるのは、喘ぐような呼吸と吼え声とが合わさったような音だけだった。
 いったいどうしたというのか……疑問を抱きながら前足で踏み出した最初の一歩をすくわれるように滑り、彼はふたたび床に倒れこんだ。どういうわけか、身体にまったく力が入らなかった。

 突然の変調を認識するよりも先に、床の上を転がるスツールの残骸が目に飛び込んでくる。金属製の一本足はところどころが錆で腐食しており、台風が直撃した大木のように根本から折れていた。
 そうして倒れたスツールの横に、別のものが転がっていた。

 はじめトリガーはその物体を、スツールを構成する部品のひとつだと思った。というのも、それが見慣れないものだったからだ。
 それは銀色をした三角形の金属板で、頂点のうちふたつに革製のベルトが取り付けられている。もともとは輪のようになっていたのだろう、固定する金具が曲がり、ほどけたベルトには一房の白い毛がついている。

 直後、トリガーは自分の首元に寒さを感じた。
 なるほど、確かに目の前の物体に見覚えはない。だが、それの感触については簡単に想像ができた。

 なぜなら、それは彼が普段から身につけていた首輪だったからだ。

 首輪が外れたことに対する重大さを理解するよりも先に、トリガーの意識は急速に薄れていった。
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