ReaL -墓守編-

千勢 逢介

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第七章・世界は優しい嘘に包まれて

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 サエはすこし躊躇したあと土手のふもとへと引き返し、脱ぎ捨てられた学ランを拾い上げた。生地の肌触りが指先を伝わった途端、既視感をおぼえる。つい最近、これに触れたような気がしたのだ。とはいえ、サエ自身にそうした記憶があるわけではなかったが。

 土手の頂上はさらに風通しがよかったが、下流側の地平に接しようとしている落陽が作り出す揺らめき以外に、動くものはなにもなかった。
 川岸のほうへと視線を転じると、きらめく水面を背景に左右に動く草むらから、ときおり勇三の赤い髪の毛が覗いた。

(どうして家族でもない人のためにそこまで必死になれるの?)サエは思った。(おじさんやおばさんのために、そこまで一生懸命になったことはあるの?)

 こんな考えは逆恨みもいいところだし、なんの意味も無いことはわかっていた。それでもサエは勇三の行動を見るにつけ、そう思わずにはいられなかった。
 腕にかけた学ランの表面を、そっとなぞってみる。既視感はもうだいぶ薄れていたし、サエが抱く疑問になんの答えももたらしてくれなかった。

 気がつけば、勇三の姿を見失っていた。
 考えにふけり過ぎていたせいで見張りも満足にできていない。慌てて周囲を見渡したが、迫りつつある薄暮のなか、草むらもその不自然な動きを止めていた。

 まさか、川に落ちたのでは……あるいは本当に熱中症にでもなって倒れているのでは。
 予感に突き動かされるように、サエは石段をおりはじめた。

(あいつになにかあったら、おじさんとおばさんが心配するんだから)

 カバンの肩紐を食い込ませながら早足で河原を横切るなか、サエはそう強く思うことで勇三の身を案じる気持ちを和らげようとした。

 ガマの群生地まであと数メートルといったところで、目の前の青葉が揺れて勇三が姿をあわらした。額に汗を浮かべながら携帯電話と枝をそれぞれの手に持った彼の目には、活力と安堵が兆していた。
 その赤い瞳を正面から受け止めるかたちとなったサエは、思わず閉口しながら後ずさってしまった。心臓がひとつ大きく跳ね、顔が熱くなる。

「よかった」勇三は言った。
「なによ?」震えそうな声を押さえながらサエが訊ねる。
「トリガーが……犬が見つかったみたいだ。テルからいま連絡があったんだ」

 勇三が尻もちをつくように河原に座りこむ。サエは彼の脱いだ学ランをかき抱くようにして、そのそばに佇むことしかできなかった。
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