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願い

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左右の脚にまんべんなくキスを贈られ、白い足の隅々まで赤い大好きの印が散った。


ネオがイブのネグリジェを整えると、イブはベッドにもぐりこんだ。


「ありがとう、ネオ。すっかり楽になったわ」

「お役に立てたなら光栄です」

「あの、私、変になってあんなことをさせてしまって、本当に嫌じゃなかったかしら?」


イブは鼻先までベッドに潜って、青い瞳を左右に揺らして恥じらう。ネオはイブの愛らしさに思わず笑ってしまった。


犯したい気持ちはあっても嫌な気持ちなど塵ほどもない。


「本望でした。こちらから何度でもお願いしたい想いで、死ぬまで続けても一つの苦もありません」

「もう、ネオったら」


ネオの大仰であり全く偽りない返事にイブはすっかり安心して笑った。不穏な熱がすっかり収まった身体で、ベッドの中からネオに手を伸ばす。


「ネオ、一緒に寝るのはダメかしら?」

「ダメじゃないですが、よろしいのですか」

「抱きしめて欲しいの」

「喜んで失礼します」


隣に寝転んだネオに優しく抱きしめられて、イブはネオの顔を見上げた。


「さっきのおかしくなるのって、雨を降らした代償よね」


発作を思い出して、イブの青い瞳が不安に揺れ始める。ネオが頷くと、イブはネオの胸に顔を埋めてくぐもった声を出した。


「聖女だから、仕方ないと思ってきたわ。みんなのために頑張ろうと思ってきたの。本当よ、嘘じゃないの」

「知っています。イブがどんなに努力してきたか」

「やっと雨を降らせるようになったのに、それなのに私」


ネオの胸から顔を上げたイブの青い瞳から、雨が降ってしまった。


「今さら、死ぬのが怖い……」


やっぱり、雨なんてロクなものではない。

聖女が祈って降らせる雨も、愛しい瞳から零れる雨も。ない方が良い。


「雨に殺されるのが怖くなってしまったわ」


雨を降らせる代償を初めてこの身に受けて、「死」を実感してしまった。

震える声でぼろぼろ雨を零し始めたイブを、ネオは胸に抱き寄せる。


「聖女になんて、なりたくなかった!」


胸の内を正直に叫んだイブの髪に頬を押し付けて、ネオはイブをきつく抱きしめた。


「一人の女の子でいたかっただけなの」

「イブの願いは僕が知っています」


ネオは言った。


正直に教えてくれたら、僕が何とかすると。


イブが正直に叫んだ胸の内は、ネオが必ず叶えるのだ。それがネオの存在意義だ。


ネオはイブの頭に頬をすり寄せて問う。静かで穏やかで、優しいイブの好きな声だった。


「イブは、何もかもを無くして僕と二人の世界になったら、どう思いますか?」

「ネオと、二人?」


青い瞳を赤く充血させたイブが、ネオの腕の中で顔を上げた。イブの美しい瞳を赤くする雨を、ネオは許せない。


「二人です。侍女さんも殿下もイブのご家族もいません。

素敵なドレスも美味しい食事も、安心できる屋敷もありません。



でも、僕はいます」



イブは一生懸命考えた。ネオが何を言いたいのかはよくわからなかった。イブはネオほど頭がよくない。

でも、自分が何を欲しがっているかはわかっている。


「その場所では、私は聖女ではなくなるの?」

「一人の女の子として、僕が大事にします。イブが望むように、永遠に」


ネオがイブの鼻先にちゅっと優しくキスをする。

イブが唯一、絶対に欲しいものは、これだ。


イブはみるみるうちに華の笑顔を咲かせて断言した。


「ネオと二人きりの世界。そんな楽園みたいな場所があるなら、喜んで行きたいわ」


ネオは人生の悦びを全てかき集めたほどの笑顔を咲かせて、イブと微笑みあった。


「僕がお連れしますよ。楽園に」


ネオにとって、イブの意志は、


絶対だ。

    
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