能なし転生者は、スローライフを望んでる ~能なしとして処分されたけど、属性変化スキルで生き延びる!~

佐藤遼空

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第一話 転生なんか望んでない!  1 能なし転生者

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…いつもの事だ。

「なあ、千藤、ちょっと頼むぜ」

 そう言いながら、狩谷が馴れ馴れしく肩を組んできた。電子タバコ臭い息が、僕の顔にかかる。

「ちょっとって……何を?」
「判ってんだろ? ちょっと小遣いに困ってるんだよ。頼むよ、貸してくれよ、少しでいいからさ」

 何が貸す、だ。返したことなどないじゃないか。

「今日は……持ってない」
「んなワケねえだろ? ほら、見せろよ」

 狩谷は僕の鞄を取り上げると、勝手に中から財布を取り出した。
 
「ん? なんだこりゃ、2千円しかねえじゃねえか!」
「…だから、それだけなんだ」

 バカじゃないのか。今時、現金なんか持ち歩くか。お前用に2千円だけ入れといてやったんだ、ありがたく思えよ。
 狩谷は僕の財布から2千円を取ると、鞄を放りすてた。

「チッ、しけてやがんなあ。おい、千藤、明日は1万円持ってこいよ」
「もう、やめてくれよ。…学生じゃないんだぞ」

 僕がそう口にした途端、狩谷が眼をひん剥いた。

「あぁ? なんか言ったか、千藤!」
「嫌だと言ったんだ」

 そう口にした途端、僕はいきなり頬を殴られた。
「おいおい、狩谷ぁ、そんな暴力ふるって大丈夫なの? そいつ、何者?」

 狩谷の連れの男が可笑しそうに声をあげる。何がおかしい? 人が殴られるのが、そんなに可笑しいか?

「こいつは千藤(ちとう)久遠(くおん)って言って、小・中・高と一緒だった奴さ。一年前に今の会社に入ったら、そこにいやがんの。お前、オレのストーカーだろ? 恵んでくれよ」

 狩谷平太――僕にいつもつきまとっていた奴が、薄笑いを浮かべる。僕は言った。

「いい加減、大人になれよ狩谷くん。…もう一度殴ったら、傷害罪で君を警察に訴える」
 
 僕がそう言うと、狩谷は一瞬、顔色を変えた。
 が、すぐに憤怒丸出しの表情を露わにした。

「ンだとぉ、コラぁ! 警察だぁ? やれるもんなら、やってみろ!」

 狩谷が殴ってきた。僕は痛みに耐えきれず、地面に倒れる。その脇腹を狩谷が蹴る。

「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな! 大体、てめえみたいなカス野郎が、同じ会社にいるのがムカつくんだよ! オレとてめえが同格みてぇだろうが!」

 狩谷が僕を蹴る。
 丸くなれ。頭を抑えて、肘を脇腹につける。
 石のように堅くなれ、僕の身体。どれだけ蹴られても、痛みなど一切感じないくらいに堅くなれ。蹴った相手の足が痛くなるくらいに――堅くなれ。

 僕はそう祈りながら、狩谷の蹴りに耐える。
 慣れている。学生時代から、こいつはバカみたいに――いや、本当のバカだから僕に何度もカラんできた。その度に、僕は石のように身体を丸くして耐えたんだ。

 声を上げるな。石のように黙り込め。そうすれば、飽きてこいつは消える。堅くなって――それを待つんだ。

「おい、狩谷、もういいいだろ。行こうぜ」
「……チッ、ふざけんなよ! てめえなんか、消えちまえ!」

 それはこっちのセリフだ。

 二人の足音が去っても、僕はしばらく石のように丸くなっていた。
 …堅くなるんだ。堅く。石は泣いたりしない。
 
 しばらくして、僕は帰路についた。
 電車を降りて、夜道のなか、いつもの橋を渡る。
 不意に、目の前に人影が現れた。
 
 狩谷だ。

 通り過ぎる車のライトが、交互に狩谷の顔を照らしては消える。

 雰囲気が変だ。
 狩谷は突然、僕の方に走って来た。

「なにが警察だ!」

 そう叫ぶなり、僕の頬を殴った。

「てめえなんぞのために、ムショに行ってたまるか!」

 バカだこいつ、真に受けやがったのか。けど、狩谷は逆上して、僕をさらに殴ろうとする。

「や、やめろ! 警察になんか言わない! ただ、もう金は出したくないんだ!」
「うるせえっ! てめえなんざ、消えちまえ!」

 狩谷は突然、僕の身体を抱え上げると、橋から落とそうとした。
 暗い中で、橋の上から川の流れが見える。
 高さは10m以上ある。水流も早い。

「やめろ! 死んじゃうだろ!」
「死ね! てめえなんか死ね!」

 狩谷は僕の身体を、橋から落とした。
 が、僕は欄干にギリギリで捕まる。それに気付いた狩谷が、僕の手を引きはがそうとした。

「落ちろ! 死ね!」
「やめろっ!」

 僕は夢中で手を伸ばして、何かを掴んだ。それは狩谷の髪だった。

「離せ!」

 離すものか。離したら落ちる。こんなところで死にたくない。生きて、こいつを殺人未遂で訴えてやる。

 そう思った瞬間、狩谷の身体がグラついた。

「え」

 落ちた。僕の身体が。
 狩谷と一緒に。

   *

 目が覚めると――床の上だ。
 何処だ、ここは?

「なに? 何故、二人一緒なのだ?」

 男の声がして、僕はそっちを見た。何か、鎧を着た格好の男がいる。
 と、傍に狩谷がいるのに気が付いた。

「狩谷!」
「千藤! てめぇ――此処は何処だ!」
「僕が知るか!」

 殺されかけた事で、狩谷に対する遠慮の気持ちが消えた。怒りがわいてくる。

「てめぇ、誰にそんな口きいてるんだ?」
「お前こそ、狂ってるのか! 死にかけたんだぞ!」

 僕がそう言うと、別の声が響いてきた。

「――いや、君たちは正確には死んだのだよ」

 僕は驚いて、声の主を見た。
 黒い、長いコートのような服を着ている。そして灰色の髪をオールバックにして、片方にだけ眼鏡のガラスを嵌めた壮年の男。 

「君たちは死んで、このノワルドに転生してきたのだ。そう、転生させたのは我々だ、感謝したまえ。しかし、我々の計画では一人を転生させるはずだった。君らは何か? 心中でもしたのか? それとも同じ場所で事故死したのかね?」

 僕と狩谷は眼を合わせた。

 不意に、記憶が甦ってきた。そうだ。確かに僕は、狩谷とともに橋の上から川に落ちた。そして速い水流に巻き込まれ、息ができなくなり意識がなくなった。

 ウソだろ。これは――異世界転生というやつか?

「ふざけんな! オレが死ぬわけねえだろ! オレは家に帰る!」

 狩谷が立ち上がって、出口を探そうとした。が、その瞬間、二本の剣が狩谷の身体の前に十字を作った。

「な……」
「勝手な真似はしないでもらいたい。君らには適正検査を受けてもらう」

 片眼鏡はそう言うと、剣を突き出していた兵に目で合図した。
 兵は動くと、狩谷の両腕を掴む。

「や、やめろ! 何するんだよ!」
「静かにしたまえ。どうもうるさい男だな、こっちは」

 片眼鏡はそう言うと、台の上にある指輪を手に取った。

「これを握りたまえ」
「な、なんだよ、それ」
「いいから。別に危険なものではない」

 片眼鏡の言葉に、兵が狩谷の手を無理やり開く。その中に指輪を持たせた瞬間、その指輪の結晶が、いきなり閃光を放ち始めた。

「ほう! これは中々の潜在力だ。おめでとう、君はとりあえず魔力を相当に持ってることが判った。最低でも君は優れた魔導士になれるだろう」
「ま、魔導士?」

 狩谷は言ってる意味が判らずに、眼を白黒させている。

「次は君だ」
 
 片眼鏡は僕を見てそう言った。差し出された指輪を、僕は兵に無理強いされる前に手にする。

 しかし、何も起きない。

「う~ん、君には魔力の才能がないようだね。じゃあ次だ」

 片眼鏡は大きな水晶球を持ちだした。それを狩谷に差し出す。
 危険はないと見たのか、狩谷は今度は素直にそれを触れる。何も起きない。

「うん、霊力はなしか。次」

 僕の番。僕にも何の変化もない。

「じゃあ、最後に気力の検査だ。まず、充気相伝してもらう」

 そう言った途端、一人の兵が狩谷を背後から羽交い絞めにした。

「な、何するんだよ!」
 
 狩谷の問いには答えず、前にいた兵が狩谷の腹を殴る。

「うっ」
 
 狩谷が呻く。その後に、殴った兵士が言った。

「深呼吸してみろ」

 狩谷が言われた通り、深呼吸した。と、狩谷の周囲に、熱風のようなものが起きる。

「気力潜在量、相当クラスです」
「ふむ、魔力に加えて気力も相当か。君は勇者になれるな」

 片眼鏡はそう言うと、狩谷に微笑んで見せた。

「次はお前だ」

 兵士が僕の前に立つ。
 
 殴られる。石になるんだ。僕は思わず、身を固くした。
 腹に一発、重いのをもらう。思わず呻き声をあげた。

「深呼吸してみろ」

 言われた通りにするが、何も変化が起きない。片眼鏡は僕の方を見て言った。

「どうやら君には、何の才能もない――能無しのようだ。そうだな、もしかしたら二人一緒に転生したことで、こちらの彼に才能を持っていかれたのかもしれない」
「ど…どうしたら……」
「うむ。三力以外の異能が発動する可能性もあるにはあるが……。しかし、基本の三力が皆無ときては、役には立たないだろう。君は不要品だ。処分させてもらう」

 片眼鏡が頷くと、二人の兵士が僕の両腕を掴む。

「え」

 そのまま持ち上げられ、僕は何処かに運ばれようとしている。

「ま、待ってくれ! 僕はどうなるんだ?」
「まあ、君は元々、死んだ身なのだから――本来の場所に行くだけだよ」

 ウソだろ。僕は片眼鏡の言葉を聞いて、震えた。
 ウソだろ? 異世界に転生してきたのに、僕はまた此処でも殺されるのか?
 そんな理不尽な話あるか?

「狩谷! 狩谷! 助けてくれ!」

 僕は恥も外聞もかなぐり捨てて、狩谷に助けを求めた。
しかし、その瞬間、狩谷が僕を見て、喜色満面の笑みを浮かべた。

「情けない姿だな、千藤! やっぱりお前はカス野郎なんだよ! 何の役にも立たないお前は、ここでサヨナラだ。せいせいするぜ、千藤! ――オレの前から消えろ!」

 勝ち誇ったような狩谷の声に、僕は絶望した。
 その狩谷の隣にいる片眼鏡が、狩谷に問う。

「なんだね、君たちは友人ではなかったのかね?」
「あいつが? バカいっちゃいけねえよ、あんなカス野郎! オレの前にちょろちょろする、目障りなクズ野郎さ!」

 思わず…涙が出た。判ってはいたが、狩谷には情も心もなかったんだ。
 あんな最低な奴に助けを求めた僕がバカだった。
 けど……あいつは助かって、チートの才能でこの異世界で生きていくのか。そして僕は――?

「そいつで最後だ。残りも処分しておきなさい」

 片眼鏡がそう兵士に命じると、兵士は返事をして僕を運んだ。何処へ行くんだ? そんな疑問を抱いてるうちに、兵士二人は僕をどんどん運ぶ。やがて別の一室にたどり着いた。

 部屋の中に、数人の男女がいる。
 男の一人が声をあげた。

「おい、此処は何処だ! おれたちを此処から出せ!」
「お願い! 家に帰りたいの、此処から出して!」

 それに続いて、女性が泣きながら声をあげた。
 兵士たちは何も答えず、無造作にその女性を左右から捕まえた。

「やめて! 何するの!」

 その部屋の奥に、石造りの井戸のようなものがある。

「ま――まさか…」

 誰かが声を洩らした。が、兵士はなんの躊躇もなく、女性を井戸に放り込んだ。

「な、何てことするんだ!」
「貴様ら、それでも人間か!」

 残った男女が声をあげる。が、兵士はその男に近づくと、両方から一人を拘束した。

「は、離せ! やめろっ」

悲鳴を無視して、兵士は男を井戸に捨てる。

「うわあぁっ!」

 男が一人、兵士に殴りかかった。が、兵士はなんなく男を取り押さえ、その男を井戸に放り投げた。

兵士は黙々と業務をこなすように、そこにいた男女6人を井戸に捨てた。最後に、部屋の隅で固まっていた僕に近寄って来た。

「や……やめて…助けてください」

僕は泣きながら懇願した。が、予想通り、兵士は僕を井戸に突き落とした。その動きに、なんのためらいもなかった。
 
 落下する。また落下だ。僕はどこまで落ちていくんだ。
 やがて、ザブンという水音ともに、全身がずぶぬれになった。
 水に落ちたのは判った。が、今度は少し沈んで、足が地面についた。
 僕は思わず、思い切り蹴り上げた。

「ぶはぁっ!」

 顔が水面に浮かぶ。それでなんとか息をするが、足がつく深さじゃない。
 僕はそれで身体を横にして、泳いだ。岸までたどり着き、なんとか身体を上げる。

 ふと気づいたが、薄暗いながらも光源がある。よく見ると、場所は人工的に作られていて、どうやら地下水道とか下水道の類のようだった。
 
 そして、先に落とされた人が、やはり岸に上がっていた。

「あ…皆さん、無事だったんですね――」

 そう、声をかけた瞬間だった。
 振り向いたその女性の顔が、恐怖に歪んでいた。

 ゴリ、バキリ、と妙な音がする。
 奥の方に、巨大な黒い塊が見える。大きすぎて、何か判らない。

「た……助けて――」

 その女性が、恐怖の涙を流しながら、声を洩らした。
 その声に、巨大な塊が動く。

 口だ。口に、何か加えている。白い――人間の腕だった。
 その影が動いて、ようやく僕にも何か判った。
 巨大なワニだ。最低でも――10mくらいはある。

「ひ……」
 
僕の喉から悲鳴が洩れた。
いや、悲鳴を上げたら、それに感づいて、あのワニがこっちに来るんじゃないか?

 僕は女性の手を取ると、ワニとは逆の方へ逃げ出した。
 
 だが、凄まじい水音がする。ワニが水道に潜ったのだ。と、いきなり、僕らの目の前にワニが姿を現した。

「ヒッ、ヒッ、ヒィィィ――」
 
女性が声にならない嗚咽を洩らす。
ワニはのっそりと、余裕を持って近づいてくる。まるで、僕らに逃げ場がないのを知ってるようだ。

僕らは壁に追い詰められた。

 突然、僕の身体が突き飛ばされた。振り向くと、女性が泣きながら僕を睨んでいる。
 こんな見知らぬ人まで、一緒に逃げようとした僕をゴミのように扱うのか。

 そんな事を考えた。もう、僕の人生は、どこまで最悪だったんだろう。
 そう、思った瞬間、僕を突き飛ばして逃げようとした女性の身体に、一気にワニが喰らいついた。

 悲鳴をあげる暇すらない。肉を噛み砕く音が、薄暗い下水道に響いた。
 ワニはゆっくりと、僕の方へ向き直った。

 もうダメだ、次は僕の番だ。今までの人のように、肉を噛み砕かれて死ぬのだろう。
 痛いだろうか? せめて、痛くなく死にたい。
 
 僕はそう思うと、いつものように身体を丸くした。
 石になれ。石になるんだ。堅くなって、少しでも痛みがないように、ギュッと身体を縮めろ。

 ワニの気配が近づいてくる。と、ワニが僕に噛みついた。
 
 それは判った。だが、その牙が――喰い込んでこない。
 石に…石になるんだ。
 僕はひたすら念じた。石のように堅く――石のように堅く……

 どのくらいの時間が経ったのか。
 
 ワニが諦めた。ワニは僕を捨てて、水中へと消えていった。

「ど……どういう事なんだ?」

 意味が判らない。が、どうやら僕は、自分の身体を堅くして、助かったようだ。
 ふと、片眼鏡の言葉が甦って来た。

“三力以外の異能が発動する可能性もあるにはあるが”

 異能、と言ったか。それがこれか? 身体を堅くする能力? 
 ワニに喰われないとして――この地下水道で、僕はどうしたらいい?



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