魔導刑事 ~刑事が異世界転生したら、少女たちと捜査することになった~

佐藤遼空

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3 妹の記憶を知ったら

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「それって彼らの言う『指導者』ね?」

 俺はシイファの言葉に頷いた。

「そうだ。そしてその『指導者』こそ、俺を殺した犯人だ」

 二人は息を呑んだ。

「そしてこの指導者が、恐らくさくらの転生にも関わっている。十五年前に転生の実験をしたが、それは恐らく失敗だったんだろう。さくらは赤ん坊として転生してしまった。ニャコ、お前は最初に会った時、『前はそういう感じだったけど、転生の儀が開発されて、自分の望む姿や年齢に転生できるようになった』と言ってたな」

 俺の問いに、ニャコが答える。

「そうだよ。多分、五年くらい前から、転生の儀の際に能動的に儀式者の霊体を送り込んで、『あなたの望む、あなたの姿で』って、相手に言う事が有効だって判ったの」

「赤ん坊として転生してしまったら、一から育てなければならず、人格も別に成長し、そしてさくらのように前世の記憶も有してない、というような例が多かったんだろう。さくらは試験的に転生させられたが、失敗だったんだ」

 俺は眠るさくらを見た。

 どれだけ、他人の手でその運命を翻弄されてきたのか。
 前世でひどい目にあわされ、ノワルドでも教団に洗脳されて育っている。

 こんな哀れな運命をたどらせるなんて、許されていいはずがない。

「……それにしても、目を覚まさないね」
「ね、この感じ――ニャコの時と似てない?」

 シイファが俺の顔を見て言った。

「ニャコが――自分の心の中に呪縛された時か」
「うん」

 シイファが頷いた。

「ニャコ、さくら――いや、シャルナの心の状態がどうなってるか判らないか?」
「ちょっと見てみる」

 俺たちは席を離れて、シャルナの傍に移動した。
 ニャコが眼を閉じて、シャルナの額に手をかざす。

「心が動いてない。普通、眠ってても心は活動してるんだよ。けど、それが感じられない」

「やはりか……。前の時のように、『魂封じの解除法』が必要なんじゃないか?」
「そうかもしれない」

 ニャコの答えに、俺は言葉を続けた。

「もう一度、ゼブリアット枢機卿を頼らなければいけないようだな」

 二人はそれに頷いた。

   *

 俺たちはシャルナを連れて、ゼブリアット枢機卿の処へ赴いた。

「この娘は知り合いの子なんだが……前に似たような状態になってしまったようなんだ。枢機卿の力をお借りしたいのですが」
「ふむ。……確かにそのようじゃな」

 ゼブリアット枢機卿は、小さな丸眼鏡の奥の眼を、興味深そうにこちらに向けた。

「この娘は、ディモン殿の知り合いの子とか? 母国の子かな?」
「……そうだ」

 嘘をつくのは苦手だ。だが、シャルナがゲートだと明かすわけにはいかない。

「前の時のように、この子の心に潜りたい。頼めるか?」
「ふむ、潜るのはディモン殿で構わんのじゃな?」
「ああ」

 枢機卿は三つ編みにした銀髪を揺らすと、ニャコへと向き直った。

「それじゃあニャコくん、霊力を貸してくれんかの」
「うん、判った!」

 シャルナをベッドに寝かせると、それを挟むように合わせ鏡を置く。その傍に椅子を置くと、俺はそこに座った。

「じゃあ、デイモン殿、この子の心音を聴くようなつもりで、頭を預けて」

 俺は言われた通り、身体を倒す。

「ニャコくん、わしがデイモン殿の霊体を取り出すから、霊力を放出して鏡の通路に送っておくれ」
「判った!」

 ゼブリアット枢機卿が、眼を閉じる。
 と、俺は自分が幽体離脱するのを感じた。その霊体が引っ張られ、俺は鏡の通路へ入り、シャルナの心へと潜った。

   *

 視界は、街を歩いている。
 知っている。これは駅から歩いて帰る道だ。歩くと結構かかるが、さくらはあの日、俺が5分遅れたばかりに歩いて帰ることにしたのだ。その日の記憶だ。

 歩いていると、向かいから来たバンが、横に止まる。 
 と、運転席から降りてきた男が、突如、視界の主――さくらを抱きかかえた。

「やめて! 何するの!」

 男は無言のまま、バンのスライドドアを開け、さくらを放り込む。
 と、突然、男はさくらを殴った。
 さくらは意識を失った。

 目覚めたのは、下半身の痛みと圧迫感からだ。
 目を覚ますと、運転手が上にのしかかり、荒い息を吐いている。

 さくらは自分の境遇を理解した。

「やめて! やめてっっ!」

 さくらは両手を使って、男を押しのけようとする。と、男がいきなり、さくらの顔を拳でまた殴った。

「きゃあっ」
「うるせえんだよ、静かにしろっ!」

 男がまた殴る。

「ひっ」

 男はまた殴った。顔面が割れるように痛む。
 さくらは泣きながら、横を向いて顔を覆った。

 男がその手を外す。
 男はさくらのすぐ傍まで顔を寄せて、荒い息を吐いた。

 恐怖が、さくらの心を支配していた。

 さくらのすすり泣く声だけが、その場を埋め尽くしていた。

   *

 さくらは突然、車を下ろされた。手は縄で縛られている。

「ここ何処なの? わたしを家に帰してよ!」

 男は答えずに、さくらを引っ張る。
 人気のない山の中腹の、倉庫が並ぶ場所だ。

 判っている。此処は、さくらが閉じ込められた貸し倉庫だ。
 その一つを開けると、男はさくらを放り込んだ。

 さくらは床に倒れる。と、その扉が閉められる。

「待って! こんな処に閉じ込めないで! 出して! 家に帰して!」

 さくらは泣き叫んだ。

「あなたの事、誰にも言わないから、わたしを出して! 家に帰してよ! ねえ!」

 だが、扉は絞められたきり、何の反応もない。

「嘘でしょ……」

 真っ暗だ。何の光源もない。真の闇だ。

「ねえ、嘘でしょ――なんで、わたしがこんな目に……」

 さくらは堪えきれずに、泣いた。大声で泣き叫んだ。

 痛い。胸が締め付けられて、苦しい。

 さくらは縛られた両手で、扉を叩いた。

「誰か! 誰か助けて! 誰か!」

 しかし、何の反応もない。やがてさくらは諦め、すすり泣きを始めた。

 どれくらい時が経ったのか、さくらは縛られた両手をなんとか外した。
 自由になった手で、扉を叩く。

「誰か! 助けて! 誰かいませんか!」

 大声をあげるが、それも暗闇に跳ね返るだけだった。

 やがて、その体力が弱って来る。

「お水……お水が欲しい――」

 さくらは闇の中で呻いた。

 さくらは這って扉に近づく。扉を叩いた。

「誰か! 助けて! お願い、誰か助けて!」

 力いっぱい拳を振り上げて、扉に叩きつける。だが、鉄の扉が容赦なくその拳を跳ね返した。

「出して! 出して! 出してっ! わたしを出してよ!」

 さくらは狂ったように拳を叩きつけた。ごきり、という音がして、指の方が折れた。その激痛に、さくらは歯を食いしばる。

「痛い……痛いよ――」

 さくらは倒れた。そのまま、声を出す気力もなく泣き続けた。

 やがて、動く体力すらなくなってきた。

「助けて……誰か…」

 さくらは残る力で鉄のドアに爪をたてる。無暗にひっかくだけで、何の効力もない。だがさくらは、それをしている時だけが正気でいられるかのように引っ掻き続けた。

「助けて…助けて……」

 さくらは、うわ言のように呻いた。

「助けて…お父さん……お母さん――」

 俺は、眼を閉じたかった。

「――お兄ちゃん……」

 さくらは静かに泣いた。

   *

 不意に、視界が変わった。
 視界の先、ステージがある。ステージ脇だ。

「4562番、オディールのバリエーション」

 アナウンスが告げられ、さくらはステージへ飛び出した。
 躍動的に駆け出し、バランスをとったまま後方へ足を上げる。

 練習して身に着けたバレエを、さくらはステージの上で存分に舞った。ライトを一身に浴び、終わった後には客席から拍手をもらった。息は上がっているが、さくらは満足だった。

「おめでとう、さくら。3位入賞なんて、凄いわ」

 母親の言葉に、さくらは嬉しそうに答える。

「本当は優勝したかったんだけどな」
「いや、立派な成績だぞ。それに、ステージの上のさくらは、とても輝いていた」

 父はそう言ってさくらを褒めた。さくらは嬉しそうに微笑む。

 それはバレエの大会の後に寄った、レストランの光景だった。
 食事が来る前にさくらの入賞を祝い、家族で外食したのだった。

 ――これが、さくらの一番安らぐ記憶なのか。

 俺は、なんとも言えない気持ちで胸が締め付けられた。

「ね、お兄ちゃんはどうだった?」

 さくらが俺に訊いてくる。
 視界の先に見える俺は……何か仏頂面をしていた。

「まあ、よかったんじゃないの」

 俺はさくらの顔も見ずにそう答える。

 ……そうか。あの時のさくらからは、俺はこう見えていたのか。
 何かもうちょっと、返しようがあるだろう、俺。

「ふふん、わたしが思った以上に綺麗だったんで、びっくりしたんじゃないの?」

 さくらの言葉に、俺は驚いたように顔を上げる。

「バカじゃないの、自信過剰」

 俺は横を向いて、そう悪態をついた。
 …けど、本当は図星だったんだ。俺は見たことのないような妹の華麗な姿を見て、困惑していたんだ。

「自信過剰くらいが、いいんだもんね」

 さくらはそう言って笑った。

   *

 これが、さくらが閉じこもりたい光景。
 恐い記憶から逃れて、自分を守るための大事な記憶。

 けど俺は、此処からさくらを連れ出さなきゃいけない。

「――さくら!」

 俺は呼びかけた。

 真っ暗な空間だ。さくらが何処にいるか判らない。

「さくら、答えてくれ!」

 ふ…と、目の前がぼんやりと明るくなる。
 そこに、さくらが立っていた。

「さくら!」
「何しに来たのよ……」

 さくらは、うつむいたままそう呟いた。俺の方を見ない。

「さくら…俺は――」
「今さら、何しに来たのよ!」

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