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第一話 刑事が異世界転生したら 1 刑事が殺されたら
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荒い息遣いが聞こえる。俺と奴のものだ。
俺は走って逃げる奴を追っていた。奴は夜の繁華街の細い小道を通り抜け、狭い路地に入る。雑居ビルの隙間は人がなんとか通れるくらいの幅しかない。
足元はゴミだらけで、壁は剥き出しのパイプやクーラーの室外機が突き出ている。俺たちの息遣いが、薄汚れた壁に反響しているのだ。俺は走りながら、声をあげた。
「止まれ。黒須! 逃げても無駄だ!」
先を走る奴――黒須摩実也が怯えた顔で振り向く。どれだけ怯えた顔をしていようが、奴は三人の人間を殺した連続殺人犯だ。同情の余地などない。
黒須が路地から出た、と同時に転んだ。奴は這って逃げようとするが、俺は後ろから追いついた。
「ここまでだな、観念しろ」
俺は息をつきながら、黒須に言った。そこは小道で、右は工事用の鉄フェンスが立ちはだかる行き止まり。俺は左に回り込んで、這いつくばる奴を見下ろした。
黒須が這った状態から、仰向けになるように体の向きを変える。歳は30代後半、痩せこけた頬にうっとうしい程の長い髪がかかった。奴は妙に大きな目を血走らせて、俺に叫んだ。
「オ、オレはやってない!」
「なら、おとなしく署まで同行しろ。話はそれから聴く」
俺は冷徹に言った。甘い顔をする必要はまったくない。目撃証言があり、こいつが少なくとも三人のうち一人を殺したのは間違いのない事実だ。俺は手錠を取り出して、奴に一歩迫った。
「ヒッ!」
黒須が悲鳴を上げて、座ったまま後ずさる。
その時、俺のイヤホンに音声が入った。
「どうした、キィ。大丈夫か?」
太い声の主は、寛さん――山中寛治警部補だ。40代のベテラン刑事で、俺に刑事のイロハを教えてくれた。
寛さんが奴のアパートを訪ね、俺が裏で見張る。黒須は二階の窓から飛び降りて逃げ出し、それを俺が追ってきたのだ。
「大丈夫です、ホシを追い詰めました」
「今、何処だ?」
「南西の方です。今からこいつを逮捕――」
その瞬間だった。
俺の胸に、凄まじい衝撃が走った。
「――な…」
口の中に、血の味がこみ上げてくる。なんだ、これは?
俺は自分の胸を見下ろした。
開けたスーツから覗く白いシャツの右胸に、血が滲んでいる。その中心付近に、大きな穴が開いていた。ソフトボールほどもある穴だ。恐らく前から見たら、俺の身体を通して背中側の光景が見えたろう。
「――んだ…これは……」
信じられないものを見ている。
俺の身体に穴が開いているのだ。
何かに撃たれたのか? しかし発射音のようなものはなかった。これだけの口径の銃器であれば、銃声がするはずだ。撃ったのは誰だ、黒須か?
「どうしたキィ? 何かあったのか?」
耳で寛さんの声が響く。だが、俺はそれに答える余裕がない。
俺は前を見た。腰を抜かしたようにへたり込んでいる黒須は、半泣きの怯えた顔でこちらを見ている。手は両手とも地面についていて、武器は持ってない。
前から撃たれたんじゃない。じゃあ、後ろか?
俺は振り返ろうとして、その視界がぐらりと変わった。俺は地面に倒れ込んだのだ。地面からアスファルトの焦げたような匂いがする。手を伸ばして地面に掴もうとするが、思うように動かない。
「ヒッ、ヒィーッ!」
俺の目の前を、黒須の靴が踏んでいく。
奴が逃げる。追わなければ。
だが、俺の身体は、もうほとんど動かなかった。意識も霞んでいく。俺の身体から、大量の血が流れ出ているのが判った。
「キィ、どうした? 返事しろ!」
イヤホンから寛さんの声が響く。口の端から溢れ出る血を感じながら、俺は寛さんに答えた。
「…すいま……せ……」
駄目だ。もう口が動かない。意識が霞んできて、視界が暗くなってくる。
すいません、寛さん。せっかくホシを追い詰めたのに逃げられました。後ろから撃たれたなら、奴には共犯者がいます。気を付けてください。そして…奴の逮捕をお願いします。
俺の頭の中で、寛さんへの最後の言葉が響く。だが、それは届かない言葉だ。残念だ――俺はここで殉職するのか。俺を殺した奴の真相も知ることなく。
「――ねえ、このままじゃ、この人死んじゃうよ?」
不意に、俺の耳に甲高い声が聞こえてくる。誰だ? 付近住民か。
俺は最後の気力を振り絞って、眼を見開いた。
俺の顔を覗き込んでいるのは、少女だ。呆れたことにピンクの髪をしている。ここら辺のキャバ嬢か?
「そんな事言ったって、どうしょうもないでしょ」
「だけど、このままじゃダメだよ!」
ピンク髪の顔が遠ざかって視界が開ける。二人の少女が俺を見下ろしていて、その一人がピンク髪だった。そしてその隣には、水色の髪をした少女が立っていた。水色の髪の少女が、口を開く。
「そうは言っても……こちらからは、ほとんど干渉できないんだから」
「ニャコ、転生の術を使ってみる!」
ピンク髪が、両手で拳を作って鼻息を荒くした。水色の方が、呆れたように眉をひそめた。
「そんなの…一人で無理に決まってんでしょ」
「わかんないもん! ニャコは特級巫女だから、できるかも」
「それに…この人がそれを望んでるかどうか判らないでしょ? リワルドの人に無理強いできないよ」
「シイちゃん……」
ピンク髪が目を潤ませる。騒がしい……俺の頭上で騒いでないで、早く警察を呼んでくれ。そしてもう…俺を静かに休ませてくれ。
「わかった。…しょうがないな、ニャコは。やるだけやってみたら? 無理だと思うけど」
「シイちゃん、ありがとう!」
俺はもう疲れて、目をつぶった。
暗くなる。もう俺は何も見ることはない。この世の忌まわしいもの――悲惨な事件や、殺された遺体を凝視する世界からサヨナラだ。
そう思った直後に、俺の視界が裏切られた。
突然、明るくなる。そして俺の身体が軽くなる。
いや、軽くなってるんじゃない。浮いているのだ。
俺の身体は宙に浮き、狭い路地の空中に浮かんでいた。
どういう事だ? 見下ろすと、俺が――俺の身体が倒れている。
これは…いわゆる幽体離脱という奴か? けど、あれは疲労の末におきる錯覚だとか言われてたはずだ。
〈こっちに来て〉
不意に聞こえる声に、俺は顔を上げた。
さっきのピンク髪の少女が、手を差し伸べて微笑んでいる。
どういう事だ? ここは空中じゃなかったのか?
そんな疑問をよそに、俺の手は吸い寄せられるように少女へと伸ばされた。少女が俺の手を取る。そこで少女は優しく微笑むと、俺の手を引いて後ろを向いた。
俺の手を引いたまま、少女は上空へと飛んでいく。
何処だ? どこまで行く気なんだ?
暗くなっていく視界の先が、急に明るくなる。その先にあったのは、巨大な黄金の扉だった。
少女が振り返って、俺に微笑みかける。
〈あなたの望む、あなたの姿で〉
少女が俺を扉の前へと促している。俺は吸い込まれるように扉に引き寄せられた。
扉が開く。
少女が俺を送るように、扉の中へと誘った。
*
扉の中の、完全な暗闇。まったく光源はない。
その闇に入った瞬間、俺は自分の身体が粒子のように分解されていくのを感じた。
叫んだのだろうか。自分でも判らない。
だが俺の身体は一旦、完全に粒子になって消えた。…はずだった。
その拡散した粒子が再び凝集していく。
光の下で俺の身体を構成する粒子が集まり、再構成されていく。
そして俺は――復活した。
*
俺は地面へと降り立った。
「ウソぉっ!」
耳元で驚嘆が聞こえた。俺は横に立つ声の主を見る。水色の髪の少女だった。
「……本当に、転生させちゃったの? 一人で?」
水色の髪の少女は、信じられないものを見る目つきで俺を凝視している。何故かその手には、両手で抱えるほどの鏡を持っている。その隣に立つピンク色の髪の少女は、得意げに胸を張った。
「まあね~、なにせニャコは特級巫女だから!」
「特級って言ったって……嘘でしょ。どうするの、この人?」
「ど……どうしよう?」
驚愕から困惑に変わった水色の少女が、ピンクに問いかける。ピンク髪もまた困惑の表情を浮かべた。
「おい」
俺は声をあげた。二人の少女が驚いた顔で、こちらを見る。
「何が起きてるのか、説明してくれ。此処は何処だ? そして君らは何者だ?」
二人の少女は顔を見合わす。と、ピンク髪の少女が、俺の方を向いた。
「はじめまして、特級巫女のニャコ・ミリアムです! あなたを転生させました!」
ニャコと名乗った少女が、にっかりと笑う。
「転生? …って、輪廻転生とかの話か? 何を言っている?」
「この娘のバカっぽい感じだと信じられないかもしれないけど、この子は本当に特級巫女で、あなたをリワルドから、このノワルドへ転生させた。つまり、あなたは異世界に生まれ変わったのよ。あ、あたしはシイファ・スターチ。上級魔導士よ」
鏡を抱えた水色の髪の少女が、そう言い添える。
が、魔導士? なんだ? ロクに漫画も読まない俺に、そんな荒唐無稽な話を信じろと言うのか? いや、これは何かウラがある。
「……お前たち、俺に何をした? 幻覚剤か、麻薬でもうったのか?」
「ちょっとー、せっかく死にそうなところを助けたのに、ひどい言いようじゃない」
「…ヘンね。なんかリワルドでは異世界転生ものの話が流行っていて、すんなり納得するって聞いたんだけど」
「子供のいたずらはここまでにしろ。此処は何処だ? 俺の追っていた奴は何処へ逃げた?」
俺は少し凄みをもたせて少女たちに問うた。しかしシイファと名乗った方は、澄ました顔で言った。
「子供っていうけど、あなたもそう変わらない歳なのよ。後ろの鏡を見てごらんなさい」
何? 俺はシイファが指さした背後を振り返る。そこには全身が映るほどの大きな鏡が置いてあった。
そこに映る自分の姿に、俺は息を呑んだ。
「これは……。俺が、若返っている?」
俺は32歳独身の刑事で、歳よりも老けて見えたはずだ。悲惨な事件を目の当たりにし続けたせいだろうが、暴力団相手には舐められなくてちょうどよかった。
その俺の姿が、恐らく17、8歳までに戻っている。スーツを着てはいるが、若すぎて似合ってない。これは――俺が警察学校に入る前くらいの自分だ。
「どう? 転生したって納得した?」
俺は鏡に顔を寄せて、自分の顔を見つめてみた。眉間に刻まれた皺がない。俺はふと気づいて、スーツの片腕を脱ぎ、シャツの袖をまくった。右腕には強盗犯と格闘した時の、5cmほどの傷跡がある。が、それが無くなっていた。
「……傷がない。これは…どういう事だ?」
「だからあ、転生したんだってば」
「転生ってのは、赤ん坊に生まれ変わることを言うんじゃないのか?」
「あ、前はねー、そういう感じだったんだけど、新しく転生の術が開発されて、自分の望む年齢や姿に生まれ変われるようになったんだよ。へへん」
得意げなピンク髪――ニャコの言葉をそこそこに、俺は周囲を見回した。場所は教会のような、聖堂の内部のようだった。窓の作りや内装品が西洋風で、和風ではない。俺は窓に近寄って、外を眺めてみた。
周辺は石造りの建物が並ぶ街並みだった。ヨーロッパの何処かと言われても、納得するだろう。少なくとも、日本の風景ではない。
「此処が……何処だって?」
「ノワルド。あなたがいた世界は便宜上、リワルドって呼ばれてる。あなたは異世界から転生したの」
「俺が追っていた犯人は――いや、前の世界の俺はどうなった?」
「残念だけど……」
シイファは最後の言葉を濁す。つまり、死んだ、という事か。
俺は犯人を追ってる最中に殉職し、犯人にも逃げられた。……そういう事か。
「ねえ、あなたなんて名前なの?」
沈んだ気持ちになっている俺に、ニャコが訊ねた。
「大門錠一」
「ダイモンジョウイチ? 言いづらい名前。呼び名はないの?」
「俺は、昔からキィと呼ばれてた。キィは鍵なんだがな」
「じゃあ、キィって呼ぶことにするね……」
ニャコはそう言った途端に、急に膝から崩れ落ちた。
「おい、お前!」
俺は慌てて駆け寄り、ニャコを抱き支えた。ニャコの身体はぐったりしている。シイファが傍に寄って、口を開いた。
「無理もないわ。いくら霊力が高いからって、一人で転生の術を施したんだもの。立ってるのがおかしいくらい」
「……そんなに大変な事なのか?」
「一人で行うなんて、聞いた事ないわ。いくら霊鏡の合わせ鏡を使ったからって――」
シイファがそう話した時、不意に聖堂の扉が開いた。
二人連れの男が入って来る。一人は細くて背の高い男。もう一人はボールみたいに丸い体格の男だ。二人とも簡単な鎧のようなものを身に着けた揃いの衣装であり、細い方は手に棒を持っていた。
「ニャコ・ミリアム! 隠れても無駄だ、おとなしく縛につけ!」
丸い方が手にした短い杖を向けて、そう大声を張り上げた。その杖の先には、宝石のような結晶が嵌め込んである。
「ニャコが神父長さまを殺したんじゃないってば! そんな事するわけないでしょ!」
「なら、おとなしく縛につけ。話はそれから聴く」
細い方がそう言い放った。どこかで聞いたような台詞だ。
だが、看過できない話だ。俺はシイファの方を見た。シイファが俺の視線に気付き、慌てて声をあげる。
「ニャコじゃないって! あらぬ嫌疑をかけられてるの」
「潔白ならば、しかるべき場所でそう主張すればいい。調べればちゃんと判ることだ」
「は? 調べるって何を? 警護隊に捕まって無罪で済んだ者なんかいないのよ」
どういう事だ? 此処は捜査も取り調べもしない世界なのか? それじゃあ、奉行所のあった江戸時代以下じゃないのか。
俺の感慨をよそに、二人の男は近づいてくる。
「そこの男は何だ? お前も一味なのか、それとも実行犯なのか?」
「俺は無関係だ」
「そうよ、この人は無関係。そして、ニャコも罪人じゃない」
「いいから、一緒に来い。抵抗するなら――痛い目をみるぞ」
シイファが、ぎり、と歯ぎしりをした。
「違うって言ってるじゃない……。今、捕まるわけにはいかないのよ」
シイファが前に出て、手を前に出す。不意にその手の中に、結晶のついた短杖が出てきた。それを見た丸い奴が、声を上げる。
「抵抗するつもりだな? じゃあ、容赦はしないぞ。電撃弾!」
丸い奴の短杖から光の塊のようなものが発射された。それはシイファに襲い掛かり、シイファは短杖を前へかざす。一瞬、見えない防壁で光の玉が止まるのが見えた。が、次の瞬間、それは閃光とともに爆発した。
「きゃあっ!」
シイファが悲鳴をあげて後方へ吹っ飛ぶ。シイファの身体は床に転がった。
「おい!」
俺は思わず声をあげた。
「シ……シイちゃん…」
俺の腕の中にいたニャコが意識を取り戻す。自分で立とうとするが、心もとない足取りだ。
「おい、まだ無理だろ!」
「キィは……逃げて――」
ニャコは前に進むと、そう言って振り返った。それは、恐ろしいくらい爽やかな笑顔だった。
「お前……」
「分霊体!」
ニャコの声とともに、突然、ニャコの前に一匹の乳白色の動物が現れた。豹かチーターのような、大型の猫科の生き物だ。
「お前も抵抗するつもりだな? 電撃弾!」
丸い奴は再び電撃弾を発射する。それはニャコに飛来したが、乳白色の豹が、長い尻尾を一振りしてその光弾を叩き潰した。
「チッ、霊力使いか」
「じゃあ、おいらが行かしてもらうよ」
そう言うと、細い方は棒を構えた。と、細い奴が駆け寄って来る。それに対して豹が身構えるが、細い奴は棒を振りかぶると、豹に叩きつけた。
「えやッ!」
棒の攻撃を受けた豹は、霧が晴れるように霧消した。細い奴は、さらに棒を振りかぶり、ニャコに向かって振り下ろしてきた。
「きゃ――」
ニャコが自分をかばおうと腕を上げる。次の瞬間だった。
俺は、奴の振り上げた腕を止めていた。
「な、なんだ、お前!」
俺は細い奴を、後ろに押しやる。自分でも、思いがけない行動だった。俺は奴に向かって、口を開いた。
「俺は刑事だ。女性に向かって暴力を振るうのを――見過ごすわけにはいかない」
「な――ケイジ? なんだ、それ?」
「犯罪者を捉え、市民を守る仕事だ」
俺の言葉に、細い奴は鼻白んだような顔をした。後ろの丸い奴を振り返る。
「いいから、やっちまえ!」
丸い奴の言葉に、細いのが頷いた。細いのは俺に向き直ると、今度は棒で俺に襲い掛かってきた。
振り下ろした攻撃を、俺は間合いを見切って躱す。警察学校時代に、さんざやらされた逮捕術の訓練でこういう事には慣れている。こいつの動きは一流の奴らと比べれば、全然大したことのない奴だ。
俺の方の武器は――着てた服がそのままなら、携帯してるはず。
俺は左腰から警棒を取り出した。アルミ製の警棒を、三段階に引き伸ばした。
「な、なんだその武器は!」
「特殊警棒65型だ」
「くそ、やる気だな!」
細い奴は打ちかかって来る。俺はその一撃を警棒で受けた。
が、次の瞬間、俺は思わぬ衝撃に沈み込んだ。
「なにっ?」
重い一撃だった。見た感じからしょぼい攻撃と思って受けたが、驚くような重さのある衝撃だった。受けるのはまずい。片手で持つ警棒では、耐えられない。
俺は相手の攻撃を躱すと、間合いに入り込んで、奴の右小手を打ち込んだ。
細い奴が、驚いた顔をしている。が、次の瞬間、不思議そうな顔をした。
「なんだ――そりゃ?」
俺は、打った相手の堅さに驚いていた。細い奴はまったく俺の打ち込みが効いた様子がなく、棒を横振りにして俺の胴に打ち込んだ。
「――ぐはぁっ!」
俺の身体が吹っ飛ぶ。俺は地面を三回転して、止まった。
「なんだ、こいつ! 全然、気力の使えない奴だ! 動きは素早いが、大したことない」
「トッポ、やっちまえ!」
細い奴は、丸いのに向けて声を上げ、丸い奴が応える。
気力、だと? なんだ、それは。あの重さや、堅さの元か。
俺は立ち上がって、警棒を構え突進した。
トッポと呼ばれた細い奴が、俺を迎撃しようと棒を振る。だが俺はそれを躱し、トッポの肩に打ち込む。
奴は怯んだ顔をしたが、痛くないことを悟り、再び反撃してくる。俺は躱しては打ち、躱しては打ち込んだが、奴に効いてる素振りはない。
そのうちに、奴の突き込んだ棒が、俺の鳩尾に当たった。
「ぐふっ――」
大きな衝撃とともに、俺は後方へ吹っ飛ぶ。ニャコの悲鳴のような声があがった。
「キィ、もういいよ! 戦わないで!」
「俺は……刑事だ――」
俺は立ち上がりながら、口の端から流れる血を拭いた。
「俺の目の前で…誰も傷つけさせない」
「キィ……」
俺は警棒を腰のホルダーにしまい、スーツの内側を探った。やはり、携帯している。
「オオォッ!」
俺は気勢を上げると、奴に突進した。奴が棒で迎撃するのを躱し、俺は至近距離まで奴に迫った。
「…これなら、どうだ」
俺は奴の胴体部に向けて、取り出した拳銃を撃った。
轟音が響き、奴の身体が吹っ飛ぶ。
「ぐあっ! ぐ…な、なんだこの衝撃は――」
奴の呻き声とともに、弾丸が床に落ちる。弾丸は体内に撃ち込まれなかったらしい、だが、ボディブローを入れたくらいの衝撃は受けたようだ。
「それで充分だ」
俺は腹を抑えてる奴に迫ると、取り出した手錠を奴の右手にかけた。そしてもう一方の輪を、足首にかける。
「な! なんだこれ!」
トッポと呼ばれた奴が、慌てて身体を起こそうとするが、自分の手と足が引っかかって転ぶ。
「うわぁ、助けてくれ、マルコ!」
トッポが丸い奴に助けを求める。マルコと呼ばれた丸い奴は、俺に向かって電撃弾を発射した。
「くっ」
俺は横に跳んで躱しながら、回転して爆発の衝撃を逃がす。あの魔法って奴は、防御のしようがない。
不意に俺の眼の前に、シイファと呼ばれた水色の髪の少女が倒れているのに気づいた。
シイファは上半身を起こして、俺に言った。
「キィ…これ着けて……」
シイファは指から赤い結晶の指輪を抜くと、俺に差し出した。
「なんだ、これは?」
「一番単純な…火球の魔法が使える」
「俺に――魔法が使えるのか?」
「判らないけど…やってみて……」
俺は苦し気なシイファから指輪を受け取ると、右手の小指にはめた。その瞬間、俺の中の何かが指輪に流れていく。
「なんだあ? おれっちと魔法勝負しようってのか?」
マルコが迫って来る。俺は立ち上がって、右拳を突き出し、左手でそれを支えた。俺の姿を見て、マルコがにやりと笑う。
「電撃弾を喰らえ!」
マルコの放った電撃弾が、俺に向かって飛来してくる。
俺は指輪に意識を集中させ、光弾を睨んだ。
俺は走って逃げる奴を追っていた。奴は夜の繁華街の細い小道を通り抜け、狭い路地に入る。雑居ビルの隙間は人がなんとか通れるくらいの幅しかない。
足元はゴミだらけで、壁は剥き出しのパイプやクーラーの室外機が突き出ている。俺たちの息遣いが、薄汚れた壁に反響しているのだ。俺は走りながら、声をあげた。
「止まれ。黒須! 逃げても無駄だ!」
先を走る奴――黒須摩実也が怯えた顔で振り向く。どれだけ怯えた顔をしていようが、奴は三人の人間を殺した連続殺人犯だ。同情の余地などない。
黒須が路地から出た、と同時に転んだ。奴は這って逃げようとするが、俺は後ろから追いついた。
「ここまでだな、観念しろ」
俺は息をつきながら、黒須に言った。そこは小道で、右は工事用の鉄フェンスが立ちはだかる行き止まり。俺は左に回り込んで、這いつくばる奴を見下ろした。
黒須が這った状態から、仰向けになるように体の向きを変える。歳は30代後半、痩せこけた頬にうっとうしい程の長い髪がかかった。奴は妙に大きな目を血走らせて、俺に叫んだ。
「オ、オレはやってない!」
「なら、おとなしく署まで同行しろ。話はそれから聴く」
俺は冷徹に言った。甘い顔をする必要はまったくない。目撃証言があり、こいつが少なくとも三人のうち一人を殺したのは間違いのない事実だ。俺は手錠を取り出して、奴に一歩迫った。
「ヒッ!」
黒須が悲鳴を上げて、座ったまま後ずさる。
その時、俺のイヤホンに音声が入った。
「どうした、キィ。大丈夫か?」
太い声の主は、寛さん――山中寛治警部補だ。40代のベテラン刑事で、俺に刑事のイロハを教えてくれた。
寛さんが奴のアパートを訪ね、俺が裏で見張る。黒須は二階の窓から飛び降りて逃げ出し、それを俺が追ってきたのだ。
「大丈夫です、ホシを追い詰めました」
「今、何処だ?」
「南西の方です。今からこいつを逮捕――」
その瞬間だった。
俺の胸に、凄まじい衝撃が走った。
「――な…」
口の中に、血の味がこみ上げてくる。なんだ、これは?
俺は自分の胸を見下ろした。
開けたスーツから覗く白いシャツの右胸に、血が滲んでいる。その中心付近に、大きな穴が開いていた。ソフトボールほどもある穴だ。恐らく前から見たら、俺の身体を通して背中側の光景が見えたろう。
「――んだ…これは……」
信じられないものを見ている。
俺の身体に穴が開いているのだ。
何かに撃たれたのか? しかし発射音のようなものはなかった。これだけの口径の銃器であれば、銃声がするはずだ。撃ったのは誰だ、黒須か?
「どうしたキィ? 何かあったのか?」
耳で寛さんの声が響く。だが、俺はそれに答える余裕がない。
俺は前を見た。腰を抜かしたようにへたり込んでいる黒須は、半泣きの怯えた顔でこちらを見ている。手は両手とも地面についていて、武器は持ってない。
前から撃たれたんじゃない。じゃあ、後ろか?
俺は振り返ろうとして、その視界がぐらりと変わった。俺は地面に倒れ込んだのだ。地面からアスファルトの焦げたような匂いがする。手を伸ばして地面に掴もうとするが、思うように動かない。
「ヒッ、ヒィーッ!」
俺の目の前を、黒須の靴が踏んでいく。
奴が逃げる。追わなければ。
だが、俺の身体は、もうほとんど動かなかった。意識も霞んでいく。俺の身体から、大量の血が流れ出ているのが判った。
「キィ、どうした? 返事しろ!」
イヤホンから寛さんの声が響く。口の端から溢れ出る血を感じながら、俺は寛さんに答えた。
「…すいま……せ……」
駄目だ。もう口が動かない。意識が霞んできて、視界が暗くなってくる。
すいません、寛さん。せっかくホシを追い詰めたのに逃げられました。後ろから撃たれたなら、奴には共犯者がいます。気を付けてください。そして…奴の逮捕をお願いします。
俺の頭の中で、寛さんへの最後の言葉が響く。だが、それは届かない言葉だ。残念だ――俺はここで殉職するのか。俺を殺した奴の真相も知ることなく。
「――ねえ、このままじゃ、この人死んじゃうよ?」
不意に、俺の耳に甲高い声が聞こえてくる。誰だ? 付近住民か。
俺は最後の気力を振り絞って、眼を見開いた。
俺の顔を覗き込んでいるのは、少女だ。呆れたことにピンクの髪をしている。ここら辺のキャバ嬢か?
「そんな事言ったって、どうしょうもないでしょ」
「だけど、このままじゃダメだよ!」
ピンク髪の顔が遠ざかって視界が開ける。二人の少女が俺を見下ろしていて、その一人がピンク髪だった。そしてその隣には、水色の髪をした少女が立っていた。水色の髪の少女が、口を開く。
「そうは言っても……こちらからは、ほとんど干渉できないんだから」
「ニャコ、転生の術を使ってみる!」
ピンク髪が、両手で拳を作って鼻息を荒くした。水色の方が、呆れたように眉をひそめた。
「そんなの…一人で無理に決まってんでしょ」
「わかんないもん! ニャコは特級巫女だから、できるかも」
「それに…この人がそれを望んでるかどうか判らないでしょ? リワルドの人に無理強いできないよ」
「シイちゃん……」
ピンク髪が目を潤ませる。騒がしい……俺の頭上で騒いでないで、早く警察を呼んでくれ。そしてもう…俺を静かに休ませてくれ。
「わかった。…しょうがないな、ニャコは。やるだけやってみたら? 無理だと思うけど」
「シイちゃん、ありがとう!」
俺はもう疲れて、目をつぶった。
暗くなる。もう俺は何も見ることはない。この世の忌まわしいもの――悲惨な事件や、殺された遺体を凝視する世界からサヨナラだ。
そう思った直後に、俺の視界が裏切られた。
突然、明るくなる。そして俺の身体が軽くなる。
いや、軽くなってるんじゃない。浮いているのだ。
俺の身体は宙に浮き、狭い路地の空中に浮かんでいた。
どういう事だ? 見下ろすと、俺が――俺の身体が倒れている。
これは…いわゆる幽体離脱という奴か? けど、あれは疲労の末におきる錯覚だとか言われてたはずだ。
〈こっちに来て〉
不意に聞こえる声に、俺は顔を上げた。
さっきのピンク髪の少女が、手を差し伸べて微笑んでいる。
どういう事だ? ここは空中じゃなかったのか?
そんな疑問をよそに、俺の手は吸い寄せられるように少女へと伸ばされた。少女が俺の手を取る。そこで少女は優しく微笑むと、俺の手を引いて後ろを向いた。
俺の手を引いたまま、少女は上空へと飛んでいく。
何処だ? どこまで行く気なんだ?
暗くなっていく視界の先が、急に明るくなる。その先にあったのは、巨大な黄金の扉だった。
少女が振り返って、俺に微笑みかける。
〈あなたの望む、あなたの姿で〉
少女が俺を扉の前へと促している。俺は吸い込まれるように扉に引き寄せられた。
扉が開く。
少女が俺を送るように、扉の中へと誘った。
*
扉の中の、完全な暗闇。まったく光源はない。
その闇に入った瞬間、俺は自分の身体が粒子のように分解されていくのを感じた。
叫んだのだろうか。自分でも判らない。
だが俺の身体は一旦、完全に粒子になって消えた。…はずだった。
その拡散した粒子が再び凝集していく。
光の下で俺の身体を構成する粒子が集まり、再構成されていく。
そして俺は――復活した。
*
俺は地面へと降り立った。
「ウソぉっ!」
耳元で驚嘆が聞こえた。俺は横に立つ声の主を見る。水色の髪の少女だった。
「……本当に、転生させちゃったの? 一人で?」
水色の髪の少女は、信じられないものを見る目つきで俺を凝視している。何故かその手には、両手で抱えるほどの鏡を持っている。その隣に立つピンク色の髪の少女は、得意げに胸を張った。
「まあね~、なにせニャコは特級巫女だから!」
「特級って言ったって……嘘でしょ。どうするの、この人?」
「ど……どうしよう?」
驚愕から困惑に変わった水色の少女が、ピンクに問いかける。ピンク髪もまた困惑の表情を浮かべた。
「おい」
俺は声をあげた。二人の少女が驚いた顔で、こちらを見る。
「何が起きてるのか、説明してくれ。此処は何処だ? そして君らは何者だ?」
二人の少女は顔を見合わす。と、ピンク髪の少女が、俺の方を向いた。
「はじめまして、特級巫女のニャコ・ミリアムです! あなたを転生させました!」
ニャコと名乗った少女が、にっかりと笑う。
「転生? …って、輪廻転生とかの話か? 何を言っている?」
「この娘のバカっぽい感じだと信じられないかもしれないけど、この子は本当に特級巫女で、あなたをリワルドから、このノワルドへ転生させた。つまり、あなたは異世界に生まれ変わったのよ。あ、あたしはシイファ・スターチ。上級魔導士よ」
鏡を抱えた水色の髪の少女が、そう言い添える。
が、魔導士? なんだ? ロクに漫画も読まない俺に、そんな荒唐無稽な話を信じろと言うのか? いや、これは何かウラがある。
「……お前たち、俺に何をした? 幻覚剤か、麻薬でもうったのか?」
「ちょっとー、せっかく死にそうなところを助けたのに、ひどい言いようじゃない」
「…ヘンね。なんかリワルドでは異世界転生ものの話が流行っていて、すんなり納得するって聞いたんだけど」
「子供のいたずらはここまでにしろ。此処は何処だ? 俺の追っていた奴は何処へ逃げた?」
俺は少し凄みをもたせて少女たちに問うた。しかしシイファと名乗った方は、澄ました顔で言った。
「子供っていうけど、あなたもそう変わらない歳なのよ。後ろの鏡を見てごらんなさい」
何? 俺はシイファが指さした背後を振り返る。そこには全身が映るほどの大きな鏡が置いてあった。
そこに映る自分の姿に、俺は息を呑んだ。
「これは……。俺が、若返っている?」
俺は32歳独身の刑事で、歳よりも老けて見えたはずだ。悲惨な事件を目の当たりにし続けたせいだろうが、暴力団相手には舐められなくてちょうどよかった。
その俺の姿が、恐らく17、8歳までに戻っている。スーツを着てはいるが、若すぎて似合ってない。これは――俺が警察学校に入る前くらいの自分だ。
「どう? 転生したって納得した?」
俺は鏡に顔を寄せて、自分の顔を見つめてみた。眉間に刻まれた皺がない。俺はふと気づいて、スーツの片腕を脱ぎ、シャツの袖をまくった。右腕には強盗犯と格闘した時の、5cmほどの傷跡がある。が、それが無くなっていた。
「……傷がない。これは…どういう事だ?」
「だからあ、転生したんだってば」
「転生ってのは、赤ん坊に生まれ変わることを言うんじゃないのか?」
「あ、前はねー、そういう感じだったんだけど、新しく転生の術が開発されて、自分の望む年齢や姿に生まれ変われるようになったんだよ。へへん」
得意げなピンク髪――ニャコの言葉をそこそこに、俺は周囲を見回した。場所は教会のような、聖堂の内部のようだった。窓の作りや内装品が西洋風で、和風ではない。俺は窓に近寄って、外を眺めてみた。
周辺は石造りの建物が並ぶ街並みだった。ヨーロッパの何処かと言われても、納得するだろう。少なくとも、日本の風景ではない。
「此処が……何処だって?」
「ノワルド。あなたがいた世界は便宜上、リワルドって呼ばれてる。あなたは異世界から転生したの」
「俺が追っていた犯人は――いや、前の世界の俺はどうなった?」
「残念だけど……」
シイファは最後の言葉を濁す。つまり、死んだ、という事か。
俺は犯人を追ってる最中に殉職し、犯人にも逃げられた。……そういう事か。
「ねえ、あなたなんて名前なの?」
沈んだ気持ちになっている俺に、ニャコが訊ねた。
「大門錠一」
「ダイモンジョウイチ? 言いづらい名前。呼び名はないの?」
「俺は、昔からキィと呼ばれてた。キィは鍵なんだがな」
「じゃあ、キィって呼ぶことにするね……」
ニャコはそう言った途端に、急に膝から崩れ落ちた。
「おい、お前!」
俺は慌てて駆け寄り、ニャコを抱き支えた。ニャコの身体はぐったりしている。シイファが傍に寄って、口を開いた。
「無理もないわ。いくら霊力が高いからって、一人で転生の術を施したんだもの。立ってるのがおかしいくらい」
「……そんなに大変な事なのか?」
「一人で行うなんて、聞いた事ないわ。いくら霊鏡の合わせ鏡を使ったからって――」
シイファがそう話した時、不意に聖堂の扉が開いた。
二人連れの男が入って来る。一人は細くて背の高い男。もう一人はボールみたいに丸い体格の男だ。二人とも簡単な鎧のようなものを身に着けた揃いの衣装であり、細い方は手に棒を持っていた。
「ニャコ・ミリアム! 隠れても無駄だ、おとなしく縛につけ!」
丸い方が手にした短い杖を向けて、そう大声を張り上げた。その杖の先には、宝石のような結晶が嵌め込んである。
「ニャコが神父長さまを殺したんじゃないってば! そんな事するわけないでしょ!」
「なら、おとなしく縛につけ。話はそれから聴く」
細い方がそう言い放った。どこかで聞いたような台詞だ。
だが、看過できない話だ。俺はシイファの方を見た。シイファが俺の視線に気付き、慌てて声をあげる。
「ニャコじゃないって! あらぬ嫌疑をかけられてるの」
「潔白ならば、しかるべき場所でそう主張すればいい。調べればちゃんと判ることだ」
「は? 調べるって何を? 警護隊に捕まって無罪で済んだ者なんかいないのよ」
どういう事だ? 此処は捜査も取り調べもしない世界なのか? それじゃあ、奉行所のあった江戸時代以下じゃないのか。
俺の感慨をよそに、二人の男は近づいてくる。
「そこの男は何だ? お前も一味なのか、それとも実行犯なのか?」
「俺は無関係だ」
「そうよ、この人は無関係。そして、ニャコも罪人じゃない」
「いいから、一緒に来い。抵抗するなら――痛い目をみるぞ」
シイファが、ぎり、と歯ぎしりをした。
「違うって言ってるじゃない……。今、捕まるわけにはいかないのよ」
シイファが前に出て、手を前に出す。不意にその手の中に、結晶のついた短杖が出てきた。それを見た丸い奴が、声を上げる。
「抵抗するつもりだな? じゃあ、容赦はしないぞ。電撃弾!」
丸い奴の短杖から光の塊のようなものが発射された。それはシイファに襲い掛かり、シイファは短杖を前へかざす。一瞬、見えない防壁で光の玉が止まるのが見えた。が、次の瞬間、それは閃光とともに爆発した。
「きゃあっ!」
シイファが悲鳴をあげて後方へ吹っ飛ぶ。シイファの身体は床に転がった。
「おい!」
俺は思わず声をあげた。
「シ……シイちゃん…」
俺の腕の中にいたニャコが意識を取り戻す。自分で立とうとするが、心もとない足取りだ。
「おい、まだ無理だろ!」
「キィは……逃げて――」
ニャコは前に進むと、そう言って振り返った。それは、恐ろしいくらい爽やかな笑顔だった。
「お前……」
「分霊体!」
ニャコの声とともに、突然、ニャコの前に一匹の乳白色の動物が現れた。豹かチーターのような、大型の猫科の生き物だ。
「お前も抵抗するつもりだな? 電撃弾!」
丸い奴は再び電撃弾を発射する。それはニャコに飛来したが、乳白色の豹が、長い尻尾を一振りしてその光弾を叩き潰した。
「チッ、霊力使いか」
「じゃあ、おいらが行かしてもらうよ」
そう言うと、細い方は棒を構えた。と、細い奴が駆け寄って来る。それに対して豹が身構えるが、細い奴は棒を振りかぶると、豹に叩きつけた。
「えやッ!」
棒の攻撃を受けた豹は、霧が晴れるように霧消した。細い奴は、さらに棒を振りかぶり、ニャコに向かって振り下ろしてきた。
「きゃ――」
ニャコが自分をかばおうと腕を上げる。次の瞬間だった。
俺は、奴の振り上げた腕を止めていた。
「な、なんだ、お前!」
俺は細い奴を、後ろに押しやる。自分でも、思いがけない行動だった。俺は奴に向かって、口を開いた。
「俺は刑事だ。女性に向かって暴力を振るうのを――見過ごすわけにはいかない」
「な――ケイジ? なんだ、それ?」
「犯罪者を捉え、市民を守る仕事だ」
俺の言葉に、細い奴は鼻白んだような顔をした。後ろの丸い奴を振り返る。
「いいから、やっちまえ!」
丸い奴の言葉に、細いのが頷いた。細いのは俺に向き直ると、今度は棒で俺に襲い掛かってきた。
振り下ろした攻撃を、俺は間合いを見切って躱す。警察学校時代に、さんざやらされた逮捕術の訓練でこういう事には慣れている。こいつの動きは一流の奴らと比べれば、全然大したことのない奴だ。
俺の方の武器は――着てた服がそのままなら、携帯してるはず。
俺は左腰から警棒を取り出した。アルミ製の警棒を、三段階に引き伸ばした。
「な、なんだその武器は!」
「特殊警棒65型だ」
「くそ、やる気だな!」
細い奴は打ちかかって来る。俺はその一撃を警棒で受けた。
が、次の瞬間、俺は思わぬ衝撃に沈み込んだ。
「なにっ?」
重い一撃だった。見た感じからしょぼい攻撃と思って受けたが、驚くような重さのある衝撃だった。受けるのはまずい。片手で持つ警棒では、耐えられない。
俺は相手の攻撃を躱すと、間合いに入り込んで、奴の右小手を打ち込んだ。
細い奴が、驚いた顔をしている。が、次の瞬間、不思議そうな顔をした。
「なんだ――そりゃ?」
俺は、打った相手の堅さに驚いていた。細い奴はまったく俺の打ち込みが効いた様子がなく、棒を横振りにして俺の胴に打ち込んだ。
「――ぐはぁっ!」
俺の身体が吹っ飛ぶ。俺は地面を三回転して、止まった。
「なんだ、こいつ! 全然、気力の使えない奴だ! 動きは素早いが、大したことない」
「トッポ、やっちまえ!」
細い奴は、丸いのに向けて声を上げ、丸い奴が応える。
気力、だと? なんだ、それは。あの重さや、堅さの元か。
俺は立ち上がって、警棒を構え突進した。
トッポと呼ばれた細い奴が、俺を迎撃しようと棒を振る。だが俺はそれを躱し、トッポの肩に打ち込む。
奴は怯んだ顔をしたが、痛くないことを悟り、再び反撃してくる。俺は躱しては打ち、躱しては打ち込んだが、奴に効いてる素振りはない。
そのうちに、奴の突き込んだ棒が、俺の鳩尾に当たった。
「ぐふっ――」
大きな衝撃とともに、俺は後方へ吹っ飛ぶ。ニャコの悲鳴のような声があがった。
「キィ、もういいよ! 戦わないで!」
「俺は……刑事だ――」
俺は立ち上がりながら、口の端から流れる血を拭いた。
「俺の目の前で…誰も傷つけさせない」
「キィ……」
俺は警棒を腰のホルダーにしまい、スーツの内側を探った。やはり、携帯している。
「オオォッ!」
俺は気勢を上げると、奴に突進した。奴が棒で迎撃するのを躱し、俺は至近距離まで奴に迫った。
「…これなら、どうだ」
俺は奴の胴体部に向けて、取り出した拳銃を撃った。
轟音が響き、奴の身体が吹っ飛ぶ。
「ぐあっ! ぐ…な、なんだこの衝撃は――」
奴の呻き声とともに、弾丸が床に落ちる。弾丸は体内に撃ち込まれなかったらしい、だが、ボディブローを入れたくらいの衝撃は受けたようだ。
「それで充分だ」
俺は腹を抑えてる奴に迫ると、取り出した手錠を奴の右手にかけた。そしてもう一方の輪を、足首にかける。
「な! なんだこれ!」
トッポと呼ばれた奴が、慌てて身体を起こそうとするが、自分の手と足が引っかかって転ぶ。
「うわぁ、助けてくれ、マルコ!」
トッポが丸い奴に助けを求める。マルコと呼ばれた丸い奴は、俺に向かって電撃弾を発射した。
「くっ」
俺は横に跳んで躱しながら、回転して爆発の衝撃を逃がす。あの魔法って奴は、防御のしようがない。
不意に俺の眼の前に、シイファと呼ばれた水色の髪の少女が倒れているのに気づいた。
シイファは上半身を起こして、俺に言った。
「キィ…これ着けて……」
シイファは指から赤い結晶の指輪を抜くと、俺に差し出した。
「なんだ、これは?」
「一番単純な…火球の魔法が使える」
「俺に――魔法が使えるのか?」
「判らないけど…やってみて……」
俺は苦し気なシイファから指輪を受け取ると、右手の小指にはめた。その瞬間、俺の中の何かが指輪に流れていく。
「なんだあ? おれっちと魔法勝負しようってのか?」
マルコが迫って来る。俺は立ち上がって、右拳を突き出し、左手でそれを支えた。俺の姿を見て、マルコがにやりと笑う。
「電撃弾を喰らえ!」
マルコの放った電撃弾が、俺に向かって飛来してくる。
俺は指輪に意識を集中させ、光弾を睨んだ。
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