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第一章 再会 バイクの男
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駅から出てくる人波を横目にしながら、和真はバイクのアクセルを廻す。先鋭的な赤のカウルに黒のベース地のファイアブレードに乗る佐水和真は、黒のライダースジャケットを着てフルフェイスのヘルメットを被っていた。しばらく人波を追い越したところで、朝の空気を切り裂くような女性の悲鳴が響いた。
「助けてぇっ! ひったくりよぉっ!」
バイクを飛ばして先へ行くと、片手を前に出して声を出している女性がいる。その手は走り去ろうとする銀の原付バイクに向けられている。和真は加速した。
瞬時に原付バイクに並び、和真は乗っている男の脇腹をいきなり蹴飛ばした。
「ぐあっ!」
原付バイクの男が、呻き声を上げながら転倒する。和真はバイクを止めて、スタンドを立てるとバイクから降りた。ヘルメットを脱ぐ。まとめてない短髪が風になびき、釣り目がちの大きな目とはっきりした眉が風に晒された。
「――ったく、朝っぱらから面倒起こすなよ」
和真はそう呟きながら、ゆっくりと倒れてる原付男に接近する。原付男はヘルメットを被ったまま、身体を起こして和真に怒鳴った。
「てめぇっ! 何しやんだっ」
「おい、ダサい真似すんなよ。盗んだ物を返しな」
和真は精いっぱいの親しみを込めて、苦笑いをしながら指の出ているグローブをはめた手を前に出した。しかし顔の見えないフルフェイスの相手は、親しみは感じなかったらしく怒鳴り声をあげる。
「ふざけんなっ! 邪魔すんじゃねぇっっ!」
原付男はそう怒鳴ると、尻のポケットからナイフを取り出した。カバーを取って右手に持つ。刃渡り15cmはある、ミリタリーナイフであった。それを和真の方へ向ける。和真は眉をひそめた。
「あら~……そういうタイプ?」
「どけっ! どけっっ!」
原付男はナイフを振り回しながら怒鳴る。
(素人だな……)
落ち着きのない挙動、据わってない腰、目標を定めてない攻撃。その特徴を見て、和真はそう判断した。
(厄介だな)
凶器を持つ場合、素人の方が厄介だという事を和真は熟知していた。訓練した人間は、相手の隙を突いて急所を狙ってくる。であるが故に、攻撃線には無駄がなく、目標に向かって直線的に攻撃が来る。そのために防御する側も的を絞りやすい。
が、素人の場合、攻撃はでたらめで思い付きに振り回している事が多く、却って予測しづらい。和真は、両手を顔の前に上げてみた。原付男は、その腕に斬りつけるようにナイフをちょこちょこと左右に振る。
(やはりな…)
訓練された者ならば、空いている胴体を狙う筈である。だが原付男はそうではない。威嚇のために小さく、有効ではない攻撃を繰り返している。確かに、この攻撃で命を落とす事はないかもしれないが、無傷で制圧しようとするのならば、中々に厄介な行動であった。
和真は間合いを切って、滅茶苦茶なナイフの軌道をかわした。
「おい、強盗の上に傷害、場合によっちゃ殺人罪までつくことになるぞ。お前の人生、こんなチンケなひったくりで、そこまで台無しにしていいのか?」
「う、うるせえんだよっ!」
和真の諭しに応じる様子はなく、原付男はナイフを構えている。
「参ったね、こりゃ……」
和真がぼやいた瞬間だった。突如、場にそぐわない程の可愛らしい女性の声が響いた。
「そこのキミ、止めなさい! わたしは警察です!」
声は和真の背中から響いてきた。和真は原付男から目を逸らさないように注意しながら、横目で背後を見る。
ピンクのブラウスにグレーのパンツスタイルのスーツ。僅かに髪をブラウンにした可愛らしい娘は、片手に警察手帳を掲げていた。
(水戸黄門かよ)
和真は有名な時代劇を想い出しながら、胸中でぼやいた。手帳、と言っても、実際に手帳の機能はない。現行のものは縦開けのパスケースに近く、その表紙には身分を証すものはない。娘はその表紙を開いて、中の身分証を提示している。身分証を印籠のようにかざしたところで、凶悪犯はハハーとひれ伏すわけはない。が、娘は警察手帳を真正面に突き出したまま、ズカズカと歩み寄ってきた。
「おとなしくしなさい!」
精一杯強い感じで喋っているのだが、可愛らしいようにしか見えない。しかし警察を名乗る者が近づいた事で、原付男が反応した。
「く、くそっ!」
少し振りかぶってナイフを切り降ろす。素人と訓練された者の違いがあるとすれば、それは洞察する力と、それを可能にする落ち着きだった。
和真は攻撃が当たる場所に敢えてとどまり、攻撃の瞬間に間合いを見切った。ナイフが空を切る。和真は僅かに動く。その反撃を予想した原付男は、ナイフを前へ向けた。和真は踏み込むと同時に、右手で軽くナイフを持つ相手の前腕へ触れて軌道を微かに逸らす。と、すぐに左手を逸らした相手の腕へ添え、さらに左足を踏み込む。
左手で軽く腕を取りながら、和真は右中段突きを相手の水月に打ち込んだ。
「ぐっ」
原付男が呻いて、胴体を曲げる。和真はその瞬間に、相手に背中を向けるくらいに身を翻しながら、ナイフを持つ手の甲を右手で掴んだ。
再び正対するように身を翻しながら、和真は相手のナイフを持つ手を内回りに捻じり込む。捻じり上げた腕に左手を添えて、身体の中心で切り落とす。
「ぐわっ!」
合気道の二か条極めという技である。手首から来る激痛と骨格に感じる圧のため、原付男が膝をつく。と同時に、その手からナイフがこぼれた。
和真はそこから左手で肘を下から圧迫しながら、敢えて男を立たせた。と次の瞬間、身体を旋回させ相手の下に沈み込む。和真は一本背負いで、男を地面に叩きつけた。
「が……」
仰向けになってる男の腕を操作して腹這いにさせた後、右手を後ろ手にして足で挟み背中に乗る。さらに相手の左手を掴んで、和真は相手を完全に制圧した。空いている右手で、和真は相手のヘルメットを脱がせた。
「おい、観念しな」
「――あ、あの逮捕の御協力、ありがとうございます」
駆け寄ってきた娘が、和真を見ながら頭を下げた。
「……手錠持ってる?」
「は、はい!」
和真は娘に手錠をかけさせながら、男を立たせた。まだ若い。
「あ、後ろじゃなくて前でかけて」
「はい」
男を前手に手錠した後、和真は男の内ポケット、ズボンのポケット、袖口、ズボンの裾などを調べた。
「あの……そんな処も調べるんですか?」
「裾に隠しナイフ仕込んでたりする奴もいるから」
「へぇ~」
娘は感心したように頷く。一通り調べたところで、和真は下を向いてる若者の顔を覗き込んだ。と、不意に下段蹴りを膝横に喰らわせる。
「いってぇっっ!」
男が呻き声をあげて片膝に崩れる。娘が声をあげた。
「ちょっと! 無抵抗の相手に何してるんですか!」
「こいつ、あんた独りになったら振り切って逃げるつもりだったから。じゃあ、後はよろしく」
和真は男を捕まえている娘に、片手を上げて軽く微笑んだ。呆気にとられる娘をよそに、和真はバイクで走り去った。
「助けてぇっ! ひったくりよぉっ!」
バイクを飛ばして先へ行くと、片手を前に出して声を出している女性がいる。その手は走り去ろうとする銀の原付バイクに向けられている。和真は加速した。
瞬時に原付バイクに並び、和真は乗っている男の脇腹をいきなり蹴飛ばした。
「ぐあっ!」
原付バイクの男が、呻き声を上げながら転倒する。和真はバイクを止めて、スタンドを立てるとバイクから降りた。ヘルメットを脱ぐ。まとめてない短髪が風になびき、釣り目がちの大きな目とはっきりした眉が風に晒された。
「――ったく、朝っぱらから面倒起こすなよ」
和真はそう呟きながら、ゆっくりと倒れてる原付男に接近する。原付男はヘルメットを被ったまま、身体を起こして和真に怒鳴った。
「てめぇっ! 何しやんだっ」
「おい、ダサい真似すんなよ。盗んだ物を返しな」
和真は精いっぱいの親しみを込めて、苦笑いをしながら指の出ているグローブをはめた手を前に出した。しかし顔の見えないフルフェイスの相手は、親しみは感じなかったらしく怒鳴り声をあげる。
「ふざけんなっ! 邪魔すんじゃねぇっっ!」
原付男はそう怒鳴ると、尻のポケットからナイフを取り出した。カバーを取って右手に持つ。刃渡り15cmはある、ミリタリーナイフであった。それを和真の方へ向ける。和真は眉をひそめた。
「あら~……そういうタイプ?」
「どけっ! どけっっ!」
原付男はナイフを振り回しながら怒鳴る。
(素人だな……)
落ち着きのない挙動、据わってない腰、目標を定めてない攻撃。その特徴を見て、和真はそう判断した。
(厄介だな)
凶器を持つ場合、素人の方が厄介だという事を和真は熟知していた。訓練した人間は、相手の隙を突いて急所を狙ってくる。であるが故に、攻撃線には無駄がなく、目標に向かって直線的に攻撃が来る。そのために防御する側も的を絞りやすい。
が、素人の場合、攻撃はでたらめで思い付きに振り回している事が多く、却って予測しづらい。和真は、両手を顔の前に上げてみた。原付男は、その腕に斬りつけるようにナイフをちょこちょこと左右に振る。
(やはりな…)
訓練された者ならば、空いている胴体を狙う筈である。だが原付男はそうではない。威嚇のために小さく、有効ではない攻撃を繰り返している。確かに、この攻撃で命を落とす事はないかもしれないが、無傷で制圧しようとするのならば、中々に厄介な行動であった。
和真は間合いを切って、滅茶苦茶なナイフの軌道をかわした。
「おい、強盗の上に傷害、場合によっちゃ殺人罪までつくことになるぞ。お前の人生、こんなチンケなひったくりで、そこまで台無しにしていいのか?」
「う、うるせえんだよっ!」
和真の諭しに応じる様子はなく、原付男はナイフを構えている。
「参ったね、こりゃ……」
和真がぼやいた瞬間だった。突如、場にそぐわない程の可愛らしい女性の声が響いた。
「そこのキミ、止めなさい! わたしは警察です!」
声は和真の背中から響いてきた。和真は原付男から目を逸らさないように注意しながら、横目で背後を見る。
ピンクのブラウスにグレーのパンツスタイルのスーツ。僅かに髪をブラウンにした可愛らしい娘は、片手に警察手帳を掲げていた。
(水戸黄門かよ)
和真は有名な時代劇を想い出しながら、胸中でぼやいた。手帳、と言っても、実際に手帳の機能はない。現行のものは縦開けのパスケースに近く、その表紙には身分を証すものはない。娘はその表紙を開いて、中の身分証を提示している。身分証を印籠のようにかざしたところで、凶悪犯はハハーとひれ伏すわけはない。が、娘は警察手帳を真正面に突き出したまま、ズカズカと歩み寄ってきた。
「おとなしくしなさい!」
精一杯強い感じで喋っているのだが、可愛らしいようにしか見えない。しかし警察を名乗る者が近づいた事で、原付男が反応した。
「く、くそっ!」
少し振りかぶってナイフを切り降ろす。素人と訓練された者の違いがあるとすれば、それは洞察する力と、それを可能にする落ち着きだった。
和真は攻撃が当たる場所に敢えてとどまり、攻撃の瞬間に間合いを見切った。ナイフが空を切る。和真は僅かに動く。その反撃を予想した原付男は、ナイフを前へ向けた。和真は踏み込むと同時に、右手で軽くナイフを持つ相手の前腕へ触れて軌道を微かに逸らす。と、すぐに左手を逸らした相手の腕へ添え、さらに左足を踏み込む。
左手で軽く腕を取りながら、和真は右中段突きを相手の水月に打ち込んだ。
「ぐっ」
原付男が呻いて、胴体を曲げる。和真はその瞬間に、相手に背中を向けるくらいに身を翻しながら、ナイフを持つ手の甲を右手で掴んだ。
再び正対するように身を翻しながら、和真は相手のナイフを持つ手を内回りに捻じり込む。捻じり上げた腕に左手を添えて、身体の中心で切り落とす。
「ぐわっ!」
合気道の二か条極めという技である。手首から来る激痛と骨格に感じる圧のため、原付男が膝をつく。と同時に、その手からナイフがこぼれた。
和真はそこから左手で肘を下から圧迫しながら、敢えて男を立たせた。と次の瞬間、身体を旋回させ相手の下に沈み込む。和真は一本背負いで、男を地面に叩きつけた。
「が……」
仰向けになってる男の腕を操作して腹這いにさせた後、右手を後ろ手にして足で挟み背中に乗る。さらに相手の左手を掴んで、和真は相手を完全に制圧した。空いている右手で、和真は相手のヘルメットを脱がせた。
「おい、観念しな」
「――あ、あの逮捕の御協力、ありがとうございます」
駆け寄ってきた娘が、和真を見ながら頭を下げた。
「……手錠持ってる?」
「は、はい!」
和真は娘に手錠をかけさせながら、男を立たせた。まだ若い。
「あ、後ろじゃなくて前でかけて」
「はい」
男を前手に手錠した後、和真は男の内ポケット、ズボンのポケット、袖口、ズボンの裾などを調べた。
「あの……そんな処も調べるんですか?」
「裾に隠しナイフ仕込んでたりする奴もいるから」
「へぇ~」
娘は感心したように頷く。一通り調べたところで、和真は下を向いてる若者の顔を覗き込んだ。と、不意に下段蹴りを膝横に喰らわせる。
「いってぇっっ!」
男が呻き声をあげて片膝に崩れる。娘が声をあげた。
「ちょっと! 無抵抗の相手に何してるんですか!」
「こいつ、あんた独りになったら振り切って逃げるつもりだったから。じゃあ、後はよろしく」
和真は男を捕まえている娘に、片手を上げて軽く微笑んだ。呆気にとられる娘をよそに、和真はバイクで走り去った。
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