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公安部室
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*
学生服の和真と佑一は、連れ立って体育館に向かっていた。
二人とも、防具袋と竹刀袋を背負っている。眼鏡をかけた佑一が、隣を見て和真に話しかけた。
「ここの剣道部、結構強いらしいぞ」
「そうかい、そりゃあ楽しみだな。……おい、佑一」
「なんだ?」
「俺たちで、レギュラーとろうぜ」
そう言って不敵に笑ってみせた和真に、佑一は「判ったよ」と言いながら苦笑を返した。
その二人の背後から、突然、明るい声がかかる。
「すいませ~ん、剣道部の人ですか?」
二人は振り向いた。髪を頬のあたりで斬り揃えた、制服姿の女子が、防具袋と竹刀袋を抱えて走ってきている。
「…いや、入部するつもりではあるけど、俺たちは一年生」
「なあんだ、そうか」
少し息を弾ませながら、汗ばんだ額を少女は拭った。
「あ、剣道部の人だ、と思って走って来ちゃった。――あれ? うちのクラスで見たかも? 一年C組だけど」
「ああ、そうだ。俺たちCだぜ」
「やっぱり、そうか。よろしくね。あたし、永瀬青葉」
青葉はそう言って、にっこりと微笑んだ。しかし二人は戸惑ったように黙っている。と、青葉は眼を見開いて声を上げた。
「ちょっと、あたしが名乗ってるんだから、自己紹介くらいするでしょ!」
「佐水和真」
「国枝佑一だ」
二人は不承不承といった体で名乗る。それでやっと青葉は、また笑顔に戻った。
「佐水君と国枝君ね、それじゃあ一緒に頑張りましょ」
「なんだよ、一緒にって」
和真は呆れたように呟く。佑一はその様子を見て、黙って苦笑した。
*
「――幼馴染と言ったか?」
車の中で、隣の安積に訊かれ、佑一は過去の思い出から現実に引き戻された。
「あ、はい」
「なんて奴だ?」
安積は、ハンドルを握った佑一に訊ねる。
「佐水和真。巡査部長です」
「そうか。仮に親しいとしても、情報は洩らすなよ」
「判ってます」
佑一は短い返答をした。
二人は警察庁の公安部室に戻ると、課長室に出向いた。
公安部外事第二課長の桜木課長のデスクの前に立つ。桜木成(せい)賢(けん)は50代半ば、細面で鋭い目つきを眼鏡で隠しているが、裏の社会を見てきた者特有の暗さは隠しきれていなかった。
既にそのデスクの前には高坂敦班長が立っている。50代後半で頭が薄く、一見すると温和そうな小柄な人物である。高坂班長が口を開いた。
「二人とも戻ったか。――で、ガイシャは西村孝義で間違いないか?」
「間違いありません」
安積が直立不動の姿勢で答える。
「西村が我々に保護を求めてきた話はしてないだろうな」
「してません」
安積が答えた。
佑一は黙っていたが、複雑な心中を抱えていた。
(王日署の連中には、西村が保護を求めてきたことを、あくまで伏せるつもりか)
保護を求めてきた西村が、その直後に自殺するというのは不自然である。公安が西村を他殺と判断したのは、それが理由だった。
「部屋に争った跡や、荒らされた跡もなかったのか?」
「はい。綺麗に整頓されていました」
安積が答える。そこで桜木課長が、佑一に向かって言った。
「国枝、お前はどう見た?」
「はい……確かに整頓されてましたが…あるはずのものが、ありませんでした」
「何だ?」
「パソコンです」
安積が微かな驚きの顔で、隣の佑一を見る。しかし佑一は構わずに、言葉を続けた。
「西村ほどの技術者なら、仕事用とは別に個人PCを持っているのが普通です。けど、あの部屋にはパソコンがなかった」
「持ち去られた、という事か」
「恐らくは」
佑一は、短く答える。
高坂班長が、桜木課長を見て口を開いた。
「やはり、連中が機密を持ち去るために殺害したと見るべきでしょうか?」
桜木は眼鏡の奥の眼を光らせると、高坂を見て口を開いた。
「…それならば、もっと早々に事を起こしていてもおかしくない。むしろ機密が金になる事を知った何者かが、奪った――という可能性がある」
「なるほど……」
桜木の言葉の後に、高坂が頷く。そこに安積が口を開いた。
「課長、そもそも我々は、西村がどんな機密を担っていたのか、それを欲しがっていたのが、どういう連中か知らされておりません」
桜木は安積の言葉を聞くと、鋭い目つきを安積に向けた。その目つきの迫力に、一瞬、安積が怯む。だが佑一は、静かにその眼を見つめ返した。
「…いいだろう。話してやれ」
桜木に言われ、高坂班長が口を開いた。
「西村は厚木研究所で、新式のレーダー技術の開発に従事していた。激甚化する気象災害に備え、より正確な気象情報を得るための新しいシステムを構築中……という事は話したな」
高坂はそこで、僅かに笑みを漏らした。
「…が、これは表向きの話だ。そのレーダーシステムは、地形から生まれる風力や、気候条件を正確に割り出すのが狙いだ。それはつまり、どういう事か? それは飛来してくるミサイルの正確な軌道を計算できるという事だ。つまり事は、ミサイル防衛のためのレーダー網に関わっている。無論、機密事項だ」
「なるほど……」
安積が呟き、佑一は黙って頷いた。
高坂はそこで、机上のスイッチを押した。横に置いてあった大きなテレビモニターに電源が入る。高坂が置いてあるPCを操作すると、画面に写真が写される。そこには二人の男が写っていた。一人は総白髪だが顔には生気がある背広姿の男である。
高坂はマウスを動かして、別の角度からの写真をもう一枚出した。二枚目の写真は、もう一人の男がよく映っていた。そちらは髪を短く刈り込み、黙する猛獣のような威厳のある顔つきの壮年の男だった。三枚目の写真では、二人が並んで立っているのが料亭の前だと判る写真である。
「白髪の方が所長の厚木雅彦だ」
「――その隣にいるのは?」
安積の問いに、桜木が答えた。
「陸上自衛隊一等陸佐、宗方弦だ」
佑一は内心の驚きを抑えた。
公安の監視対象は国内の危険な組織および海外の工作員。そして自衛隊――と、聞いたことはある。しかし本当に自衛隊を監視対象にしているとは、思っていなかったのだった。
佑一の驚きをよそに、高坂が再び話を続けた。
「厚木研究所は、日本学際会議に所属している」
「日本学際会議というと、あの江波(えば)首相の任命問題が取り沙汰されてる機関ですね」
安積が口を挟んだ。
時の首相である江波昭一はかなり保守的な思想の持ち主で有名だったが、その江波が日本学際会議に関して7人の学者を任命しなかった。首相の任命はほぼ慣例だったがために、その突然の任命拒否に対して異論が起きた。それが『政府に批判的な見解を持っている学者を任命拒否した』というような事情が判明するにつれて、野党や民間、また日本学際会議からも首相の権力を使った圧力行使に対する批判が上がっていたのである。
「実は厚木雅彦も属する日本学際会議では、研究内容の軍事利用を禁じている。それで名目上は気象レーダーの開発という事にして、民間企業であるロジテックに技術支援するという形をとっていた。このロジテックは元自衛隊員の坂口樹が社長だ」
高坂がもう一枚の写真を写し出す。中年だが上背があり、スーツの上からでもがっしりとした体格が見て取れる男だった。
「この坂口を仲介して、そこから自衛隊に技術が流れる仕組みになっている。宗方は自衛隊側の窓口だ。これ自体も週刊誌がかぎつければ、国会で問題になるかもしれないが、これは別にうちの方としては問題にしない」
そこで初めて、デスクに座る桜木課長が口を開いた。
「そもそもだが、そのレーダーシステムは厚木研究所が中国企業エレクトロ・ウェイの発注を受けてやり始めた事業だったのだ」
佑一は、僅かに驚きを顔に出した。
「さっきも言ったように日本学際会議では研究の軍事利用を禁じている。しかし、それは国内に限った話だ。研究内容が外国の軍に利用されても、それは規約違反ではない」
「そんな……」
安積が不服そうに唸った。桜木は話を続ける。
「そういう事で、『国際協力』という名目のもとに厚木研究所は中国企業の支援を受けてレーダー技術を開発していたのだ。だが、それが形になってきた時に、自衛隊がそれを察知した。それだけの軍事技術を敵国に渡されては困る。そこで防衛省は民間企業を通して研究費を出す代わりに、中国側から手を引かせるという行動を厚木研究所にとらせたのだ」
「では、中国側――エレクトロ・ウェイからすると、その技術を取り戻しにかかったという事ですか」
安積の言葉を受けると、高坂は、さらに三枚の写真を写し出した。それは他ならぬ佑一が、一週間前に撮ってきた写真であった。そこに映っているのは西村孝義と、それを接待した中国人らしき30代くらいに見える男であった。
高級スーツを着て口には穏やかな微笑を浮かべているが、細い眼には隙はなく、痩身の動きにはしなやかさがあった。普通の者じゃない、という事は佑一にも判った。
「お前たちに西村を張らせたのは、この技術の奪回を求めて中国側が接近してきたからだ。この男は王(ワン)世凱(シーカイ)、中国の企業、エレクトロ・ウェイの社長だ。一見優男だが、もう一つの顔は中国の新興マフィア『牙(ヤ)龍(ロン)』の頭だ。この牙龍は中国政府とも取引があり、表だってできない政府の工作を、この組織が請け負っている」
桜木の言葉に続いて、高坂が口を開いた。
「我々は西村の動向を監視して、牙龍の日本の拠点を探るつもりだった。場合によっては、西村にそれを探らせるつもりですらあったのだ」
「しかし、西村は殺されてしまった……」
安積の言葉に、高坂は頷いた。
「何者が西村を殺したのかは判らない。交渉で揉めた牙龍の可能性もあるが、そもそも相手を殺しては機密が得られなくなるだろう。拷問跡などがあったなら、西村から無理矢理に機密を奪った可能性もあるが、それは検死で判断する。我々が恐れているのは、西村が持ち出そうとした機密を横取りして、自分が取引に関わろうとしてる者がいる可能性だ。機密を横取りしたのは誰か。そして何処まで技術が持ち出されのか、奪回可能なのか。そして取引しようとしていた牙龍の情報を掴むこと。それを調べるのがお前たちの役目だ」
高坂の言葉の後に、桜木は鋭い目つきを二人に向けた。
「我々は犯人逮捕を目的にしない。重要なのは、機密が国外に出る前に、それを阻止することだ。所轄にはギリギリまで伏せておけ。捜査はうちが主導し、有効な手がかりを入手しろ。いいな?」
判りました、と返事をすると、安積と佑一は課長室を出た。
二人で人気のない廊下を歩いていた時である。突如、振り返った安積が、佑一を殴りつけた。殴られた佑一は、後ろによろける。
「な…何をするんです」
佑一は殴られた頬を抑えながら安積を睨んだ。安積は怒りを剥き出しにして、佑一を睨みつけている。
「お前、部屋のパソコンの事を何故、黙っていた?」
「……別に、理由は…」
「俺に恥をかかせるつもりか!」
安積が怒鳴った。佑一は頬から手を放し、姿勢を起こした。
「お前がアメリカ帰りだろうと監察官の息子だろうと、此処では関係ない。気が付いたことは、すぐに報告しろ。判ったな」
「……判りました」
佑一がそう返事をすると、安積は背を向けて歩き始めた。佑一は黙って、その背を睨んだ。
学生服の和真と佑一は、連れ立って体育館に向かっていた。
二人とも、防具袋と竹刀袋を背負っている。眼鏡をかけた佑一が、隣を見て和真に話しかけた。
「ここの剣道部、結構強いらしいぞ」
「そうかい、そりゃあ楽しみだな。……おい、佑一」
「なんだ?」
「俺たちで、レギュラーとろうぜ」
そう言って不敵に笑ってみせた和真に、佑一は「判ったよ」と言いながら苦笑を返した。
その二人の背後から、突然、明るい声がかかる。
「すいませ~ん、剣道部の人ですか?」
二人は振り向いた。髪を頬のあたりで斬り揃えた、制服姿の女子が、防具袋と竹刀袋を抱えて走ってきている。
「…いや、入部するつもりではあるけど、俺たちは一年生」
「なあんだ、そうか」
少し息を弾ませながら、汗ばんだ額を少女は拭った。
「あ、剣道部の人だ、と思って走って来ちゃった。――あれ? うちのクラスで見たかも? 一年C組だけど」
「ああ、そうだ。俺たちCだぜ」
「やっぱり、そうか。よろしくね。あたし、永瀬青葉」
青葉はそう言って、にっこりと微笑んだ。しかし二人は戸惑ったように黙っている。と、青葉は眼を見開いて声を上げた。
「ちょっと、あたしが名乗ってるんだから、自己紹介くらいするでしょ!」
「佐水和真」
「国枝佑一だ」
二人は不承不承といった体で名乗る。それでやっと青葉は、また笑顔に戻った。
「佐水君と国枝君ね、それじゃあ一緒に頑張りましょ」
「なんだよ、一緒にって」
和真は呆れたように呟く。佑一はその様子を見て、黙って苦笑した。
*
「――幼馴染と言ったか?」
車の中で、隣の安積に訊かれ、佑一は過去の思い出から現実に引き戻された。
「あ、はい」
「なんて奴だ?」
安積は、ハンドルを握った佑一に訊ねる。
「佐水和真。巡査部長です」
「そうか。仮に親しいとしても、情報は洩らすなよ」
「判ってます」
佑一は短い返答をした。
二人は警察庁の公安部室に戻ると、課長室に出向いた。
公安部外事第二課長の桜木課長のデスクの前に立つ。桜木成(せい)賢(けん)は50代半ば、細面で鋭い目つきを眼鏡で隠しているが、裏の社会を見てきた者特有の暗さは隠しきれていなかった。
既にそのデスクの前には高坂敦班長が立っている。50代後半で頭が薄く、一見すると温和そうな小柄な人物である。高坂班長が口を開いた。
「二人とも戻ったか。――で、ガイシャは西村孝義で間違いないか?」
「間違いありません」
安積が直立不動の姿勢で答える。
「西村が我々に保護を求めてきた話はしてないだろうな」
「してません」
安積が答えた。
佑一は黙っていたが、複雑な心中を抱えていた。
(王日署の連中には、西村が保護を求めてきたことを、あくまで伏せるつもりか)
保護を求めてきた西村が、その直後に自殺するというのは不自然である。公安が西村を他殺と判断したのは、それが理由だった。
「部屋に争った跡や、荒らされた跡もなかったのか?」
「はい。綺麗に整頓されていました」
安積が答える。そこで桜木課長が、佑一に向かって言った。
「国枝、お前はどう見た?」
「はい……確かに整頓されてましたが…あるはずのものが、ありませんでした」
「何だ?」
「パソコンです」
安積が微かな驚きの顔で、隣の佑一を見る。しかし佑一は構わずに、言葉を続けた。
「西村ほどの技術者なら、仕事用とは別に個人PCを持っているのが普通です。けど、あの部屋にはパソコンがなかった」
「持ち去られた、という事か」
「恐らくは」
佑一は、短く答える。
高坂班長が、桜木課長を見て口を開いた。
「やはり、連中が機密を持ち去るために殺害したと見るべきでしょうか?」
桜木は眼鏡の奥の眼を光らせると、高坂を見て口を開いた。
「…それならば、もっと早々に事を起こしていてもおかしくない。むしろ機密が金になる事を知った何者かが、奪った――という可能性がある」
「なるほど……」
桜木の言葉の後に、高坂が頷く。そこに安積が口を開いた。
「課長、そもそも我々は、西村がどんな機密を担っていたのか、それを欲しがっていたのが、どういう連中か知らされておりません」
桜木は安積の言葉を聞くと、鋭い目つきを安積に向けた。その目つきの迫力に、一瞬、安積が怯む。だが佑一は、静かにその眼を見つめ返した。
「…いいだろう。話してやれ」
桜木に言われ、高坂班長が口を開いた。
「西村は厚木研究所で、新式のレーダー技術の開発に従事していた。激甚化する気象災害に備え、より正確な気象情報を得るための新しいシステムを構築中……という事は話したな」
高坂はそこで、僅かに笑みを漏らした。
「…が、これは表向きの話だ。そのレーダーシステムは、地形から生まれる風力や、気候条件を正確に割り出すのが狙いだ。それはつまり、どういう事か? それは飛来してくるミサイルの正確な軌道を計算できるという事だ。つまり事は、ミサイル防衛のためのレーダー網に関わっている。無論、機密事項だ」
「なるほど……」
安積が呟き、佑一は黙って頷いた。
高坂はそこで、机上のスイッチを押した。横に置いてあった大きなテレビモニターに電源が入る。高坂が置いてあるPCを操作すると、画面に写真が写される。そこには二人の男が写っていた。一人は総白髪だが顔には生気がある背広姿の男である。
高坂はマウスを動かして、別の角度からの写真をもう一枚出した。二枚目の写真は、もう一人の男がよく映っていた。そちらは髪を短く刈り込み、黙する猛獣のような威厳のある顔つきの壮年の男だった。三枚目の写真では、二人が並んで立っているのが料亭の前だと判る写真である。
「白髪の方が所長の厚木雅彦だ」
「――その隣にいるのは?」
安積の問いに、桜木が答えた。
「陸上自衛隊一等陸佐、宗方弦だ」
佑一は内心の驚きを抑えた。
公安の監視対象は国内の危険な組織および海外の工作員。そして自衛隊――と、聞いたことはある。しかし本当に自衛隊を監視対象にしているとは、思っていなかったのだった。
佑一の驚きをよそに、高坂が再び話を続けた。
「厚木研究所は、日本学際会議に所属している」
「日本学際会議というと、あの江波(えば)首相の任命問題が取り沙汰されてる機関ですね」
安積が口を挟んだ。
時の首相である江波昭一はかなり保守的な思想の持ち主で有名だったが、その江波が日本学際会議に関して7人の学者を任命しなかった。首相の任命はほぼ慣例だったがために、その突然の任命拒否に対して異論が起きた。それが『政府に批判的な見解を持っている学者を任命拒否した』というような事情が判明するにつれて、野党や民間、また日本学際会議からも首相の権力を使った圧力行使に対する批判が上がっていたのである。
「実は厚木雅彦も属する日本学際会議では、研究内容の軍事利用を禁じている。それで名目上は気象レーダーの開発という事にして、民間企業であるロジテックに技術支援するという形をとっていた。このロジテックは元自衛隊員の坂口樹が社長だ」
高坂がもう一枚の写真を写し出す。中年だが上背があり、スーツの上からでもがっしりとした体格が見て取れる男だった。
「この坂口を仲介して、そこから自衛隊に技術が流れる仕組みになっている。宗方は自衛隊側の窓口だ。これ自体も週刊誌がかぎつければ、国会で問題になるかもしれないが、これは別にうちの方としては問題にしない」
そこで初めて、デスクに座る桜木課長が口を開いた。
「そもそもだが、そのレーダーシステムは厚木研究所が中国企業エレクトロ・ウェイの発注を受けてやり始めた事業だったのだ」
佑一は、僅かに驚きを顔に出した。
「さっきも言ったように日本学際会議では研究の軍事利用を禁じている。しかし、それは国内に限った話だ。研究内容が外国の軍に利用されても、それは規約違反ではない」
「そんな……」
安積が不服そうに唸った。桜木は話を続ける。
「そういう事で、『国際協力』という名目のもとに厚木研究所は中国企業の支援を受けてレーダー技術を開発していたのだ。だが、それが形になってきた時に、自衛隊がそれを察知した。それだけの軍事技術を敵国に渡されては困る。そこで防衛省は民間企業を通して研究費を出す代わりに、中国側から手を引かせるという行動を厚木研究所にとらせたのだ」
「では、中国側――エレクトロ・ウェイからすると、その技術を取り戻しにかかったという事ですか」
安積の言葉を受けると、高坂は、さらに三枚の写真を写し出した。それは他ならぬ佑一が、一週間前に撮ってきた写真であった。そこに映っているのは西村孝義と、それを接待した中国人らしき30代くらいに見える男であった。
高級スーツを着て口には穏やかな微笑を浮かべているが、細い眼には隙はなく、痩身の動きにはしなやかさがあった。普通の者じゃない、という事は佑一にも判った。
「お前たちに西村を張らせたのは、この技術の奪回を求めて中国側が接近してきたからだ。この男は王(ワン)世凱(シーカイ)、中国の企業、エレクトロ・ウェイの社長だ。一見優男だが、もう一つの顔は中国の新興マフィア『牙(ヤ)龍(ロン)』の頭だ。この牙龍は中国政府とも取引があり、表だってできない政府の工作を、この組織が請け負っている」
桜木の言葉に続いて、高坂が口を開いた。
「我々は西村の動向を監視して、牙龍の日本の拠点を探るつもりだった。場合によっては、西村にそれを探らせるつもりですらあったのだ」
「しかし、西村は殺されてしまった……」
安積の言葉に、高坂は頷いた。
「何者が西村を殺したのかは判らない。交渉で揉めた牙龍の可能性もあるが、そもそも相手を殺しては機密が得られなくなるだろう。拷問跡などがあったなら、西村から無理矢理に機密を奪った可能性もあるが、それは検死で判断する。我々が恐れているのは、西村が持ち出そうとした機密を横取りして、自分が取引に関わろうとしてる者がいる可能性だ。機密を横取りしたのは誰か。そして何処まで技術が持ち出されのか、奪回可能なのか。そして取引しようとしていた牙龍の情報を掴むこと。それを調べるのがお前たちの役目だ」
高坂の言葉の後に、桜木は鋭い目つきを二人に向けた。
「我々は犯人逮捕を目的にしない。重要なのは、機密が国外に出る前に、それを阻止することだ。所轄にはギリギリまで伏せておけ。捜査はうちが主導し、有効な手がかりを入手しろ。いいな?」
判りました、と返事をすると、安積と佑一は課長室を出た。
二人で人気のない廊下を歩いていた時である。突如、振り返った安積が、佑一を殴りつけた。殴られた佑一は、後ろによろける。
「な…何をするんです」
佑一は殴られた頬を抑えながら安積を睨んだ。安積は怒りを剥き出しにして、佑一を睨みつけている。
「お前、部屋のパソコンの事を何故、黙っていた?」
「……別に、理由は…」
「俺に恥をかかせるつもりか!」
安積が怒鳴った。佑一は頬から手を放し、姿勢を起こした。
「お前がアメリカ帰りだろうと監察官の息子だろうと、此処では関係ない。気が付いたことは、すぐに報告しろ。判ったな」
「……判りました」
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