イグニッション

佐藤遼空

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安積の驚き

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 しかし男はさらにジャブ、ストレートと追い打ちをかけてくる。安積はそれを廻り込みながら躱しつつ、相手の膝へ蹴りを放った。その下段蹴りを、相手は膝を上げて脛で受ける。と、その足が鞭のようにしなり、安積の金的を捉えた。
「う」
 一瞬で、息が詰まり、動きが止まる。それを狙って、男は強烈なボディブローを打ってきた。その衝撃に、安積の息が詰まる。男は素早く安積の後ろに回り込むと、安積の首を背後から締め上げた。
「ぐ……」

 喉の圧迫に、安積が呻く。男は背後から膝裏を蹴り込み、安積に膝をつかせた。と、すぐさまそのまま、うつ伏せに安積を押し倒す。男は瞬時に安積の両腕を閂に極め、安積の顔を地面に押し付けた。
「く――貴様ら…」
 そこに、もう一人のナイフを持った男が近づいてきた。安積は両腕を拘束され、身体に乗られて身動きができない。ナイフを持った男は安積のウェーブのかかった髪を掴むと、顔をあげさせた。
 その首に、ナイフをあてる。
「I計画について、知ってる事を話せ」
 ナイフを持った男が言った。しかし、安積はその言葉を聞いた瞬間、ぽかんとした表情を浮かべた。
「I計画? 何のことだ?」
「とぼけるな!」
 男はナイフの刃を、首筋から顎に向けて伝わせる。
「お前がI計画に加担している事は判っている。死にたくなければ、全てを話せ!」
「知らん! おれは本当に知らないんだ!」
 安積は必死にそう訴えた。ナイフの男は、ナイフを安積から話すと、その刃先を目の前でひらつかせて見せた。

「話したくないのなら、もう一人の方は死ぬしかないな」
「待て! 国枝のことか! 国枝もおれも、I計画とかいうものには関わってない。本当だ!」
 安積は必死になって叫んだ。と、不意に、その腕の拘束が解かれる。安積は訝りながらも、その背後を振り返った。
 背中に乗っていた男が、離れている。安積は慌てて距離をとりつつ、立ち上がった。
「――一体…?」
 男がゴーグルを外し、眼だし帽を脱ぎ始める。
「すいません、安積さん」
 その眼だし帽を取った顔は、佑一のものだった。
「国枝! これは一体――」
 呆気にとられる安積に対し、佑一は深々と頭を下げた。

「申し訳ありません、安積さん。どうしても、安積さんが味方かどうか知る必要があったんです」
 そう言った後に佑一は、真面目な表情を安積に向けた。安積は呆然としながらも、もう一人のナイフを持った男に眼を向けた。
「何がどうなっている? そっちの男は誰だ?」
 ナイフをしまうと、男が眼だし帽を脱ぐ。それは賀川新平であった。
「誰だ、お前は?」
「賀川新平っていう、ケチなジャーナリストでして」
 賀川は悪びれた様子もなく、にやにやと笑いを浮かべていた。
「しかし兄ちゃん、こっちの上司は兄ちゃんのこと心配してたじゃねえか。いい上司だな」
「すみません、安積さん。ご心配をおかけしました」
 佑一は再び頭を下げた。

 呆気に取られていた安積が、ふと苦笑する。
「まったくだ。まさかおれが、お前の事を心配するとは思わなかったよ、自分でもな。…しかし何が必要で、こんな事をしたのか、話してもらうぞ」
「じゃあ、後は車で」
 三人は車中へと移動した。
「まず最初に言っておきますが、西村のパソコンをオレが持ってます」
「なに!」
 佑一の最初の一言に、助手席の安積は眼を剥いた。
「じゃあお前は、課長に嘘の報告をしたのか?」
「そうです」
「何だって、そんな事をした?」
 厳しい表情を見せる安積に、佑一は口を開いた。

「オレが襲撃を受けたタイミングが早すぎました。オレがパソコンを持ち出したのを知ってるのは、それを見ていた研究所員と――」
「指示を出した人間のみ……」
 安積が険しい顔で、言葉をつなぐ。佑一は頷いた。が、安積は信じられない、という顔を見せる。
「まさか…桜木課長が……?」
「可能性の一つです。その指示自体、もっと上から出ていたのかもしれんません」
「上――まさか…ゼロ?」
 全国の公安警察は、一つの機関が統括している。それが警察庁警備局警備企画課指導係、通称『ゼロ』と呼ばれる機関である。

 公安警察は警察の中でも特殊な存在であり、地方警察や所轄の公安警察は、その地方警察や所轄よりも中央であるゼロの指揮で動いている。そのため、公安警察のやっている事を、すぐ傍にいる地方警察では把握してない事も普通である。
 それどころか、ゼロは情報秘匿のために任務に当たらせる警官に、その理由や源情報を知らせない事が多い。公安警察官は、自分の任務がどういう役割を果たすのか知らされずに、その任に就くのである。ゼロの意図は、佑一たち公安警察官でも推しはかることができない。
「しかし、そんな事で上を疑う必然性があるのか?」
「オレは本当に襲われましたけど、パソコンは奪われなかった。襲撃者はパソコンが警察に押収されたと考えるはずです。けど、公安には奪われたと報告したので、警察ではパソコンは奪われた事になっている。ここで、オレの家が家探しされていたら、どういう意味だと考えますか?」
「お前がパソコンを持ってる事を、知ってる者がいる…。敵に奪われてもおらず、警察にも押収されてない事。つまり、その両方の情報を持つ者か――」
 安積は深く息をついた。

「つまり、公安の中に敵――最初の襲撃者の内通者がいるという事か」
 佑一は頷いた。
「オレは出方を待ってたんですが、敵は焦れてオレの家を家探ししました。巧妙に隠していたが、オレには判りました。そして賀川さんから聞いた井口の言葉にも、公安が『I計画』に加担しているという話しがあったようです」
 後部座席に座っていた賀川が、改めて井口良純の話をした。安積は驚きの顔で聴いていたが、やがて口を開いた。
「おれは西村の金と携帯を追っていたが、1000万もの金が振り込まれていた。これは中国側に振り込まれたものと見て間違いないだろう。携帯には大した通話記録が残ってなかったが、一ヶ月前くらいに何回か記録の在る発信者で、『井口』という名があった。誰か調べようと思ったが、現在は使われてない番号になっていた。それが井口良純だったんだな」
 安積は自身でも納得するように、頷きながらそう語った。佑一はそれに話を続ける。

「井口と西村は、互いに『I計画』の事を知った。井口はそれに危険性を感じ、賀川さんに事を暴露しようとした。しかしその矢先、井口は殺されてしまう。西村はそれに恐怖を感じていたが、中国側からは機密を売るようにと迫られている。機密を漏らしていたことがばれたら、自分も消されるかもしれない。それに怯えていたところを警察の尾行に気付き、自分の保護を頼んだ……そんなところですかね」
「大筋では間違いないだろうな。そしてお前を襲撃したのは、井口の自殺を偽装した連中、という事になるつまり――」
 安積はそこで息を呑んだ。その言葉を出すのに、まだ躊躇があるようだった。だが、その名を賀川が言った。
「自衛隊、という事でいいんかな?」
 佑一と安積は、一瞬、沈黙した。敵の正体が思いがけずに巨大なものだったことに、動揺を隠しきれなかったのである。しかし、佑一は重い口を開いた。

「自衛隊の一部か全部の加担する『I計画』に、公安は加担している。それはオレたちのような公安警察官でも知らされず、ましてや国民は全く知らないところで動いている。……安積さん、安積さんがそれに加担してないことは判りました。けどこの先、どう動きますか?」
 佑一は運転席から、横に座る安積を見た。安積が、目を向ける。
「どう、とは?」
「公安の意図としては、『I計画』に加担する方向かもしれません。それを探り、事の真相を暴くことは公安の方針に反逆することになります。安積さんは、どう動くつもりですか?」
「…お前はどうするつもりだ?」
「オレは……助けられなかった西村が、何をしていたのか知るつもりです」
 安積の問いに、佑一はそう答えた。安積が微かに笑う。

「まあ、お前だったら、そう答えるだろうなとは思ったよ。お前はクールなイケメンを気取ってるが、実は正義感の強い奴だ。おまけけに腕っぷしも強いときてる。…かなり効いたぞ、さっきのボディは」
 安積がそう笑うのに対し、佑一はすみません、と謝った。
「いいじゃないか。おれたちは公安警察官だ、起きた事件ではなく、これから起こる危機を防ぐのが仕事だ。二人も死んでる『I計画』がまともなものかどうか、見極めてやるさ」
 安積がそう言って笑うのに、佑一は安堵の息を吐いた。
「おお、日本の警察も捨てたもんじゃねえな」
 後部座席で、賀川が茶化すように声を上げた。

 しかし安積は、真顔になって佑一に言った。
「しかし所轄の連中には『I計画』の事は話さない方がいいだろう。下手に首を突っ込むと、危険に巻き込む可能性がある。携帯が井口につながっていた事も、捜査会議では伏せておく」
「井口の存在自体も、まだ出さないという事ですね」
「ああ、連中が調べた結果辿り着いたのなら仕方ないが、それまでは伏せておこう。おれたちは今まで通り所轄と捜査をしてる体をしつつ、I計画の事を調べる」
「判りました」
 佑一は、心強い気持ちで頷いた。


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