イグニッション

佐藤遼空

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真相推理

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 佑一がたどり着いたのは、和真の部屋だった。
「おう、佑一か。…どうした?」
 和真は佑一の顔色が悪いのに気付き、声をかけた。
「まあ、とにかく入れよ」
 佑一は和真の部屋に入り込むと、膝の力が抜けたように倒れ込んだ。
「お、おい! どうしたんだ!」
 和真が慌てて、佑一の上半身を抱き上げる。佑一は生気のない瞳で、口を開いた。
「……安積さんが、殺された…」
「なんだって――?」
 さすがの和真も、その佑一の言葉に驚きを隠しきれなかった。しかし表情を変えると、床に横になっている佑一に近寄った。
「とにかく、少し休め」
 和真は佑一を抱えると、ソファに寝かせる。
「…悪い」
 それだけ言うと、佑一は意識を失った。

   *

 夢を見ていた。高校生の頃の夢である。
 佑一は、意を決して光祐に言った。
「――父さん、僕はキャリアになりたいわけではありません」
 リビングのソファに腰かける光祐は、あからさまに不機嫌な顔をして佑一を見つめた。
「どういう事だ?」
「警察官になりたくないわけじゃない。ただ僕は、キャリアになりたいわけじゃないんです。現場の警察官として、働きたい」
 光祐はしばらく佑一を見つめていたが、フン、と鼻で息をした。

「おおかた、東大に入る自信がなくなって、そんな事を言ってるのだろう。いつまでも部活などしてるからだ」
「それとは関係がありません」
 佑一の言葉に耳を貸す様子はなく、光祐は冷笑を浮かべてみせた。
「希望はしてない、などという者は、ほとんどの場合、その能力がないことの言い訳だ。その能力がないがための、努力を怠ることの言い訳をしようとしている」
「僕は言い訳をしようとしてるんじゃない! 僕は択真先生のように、現場の警察官として経験を積んで、人の役に立ちたいんだ」
「人の役に立ちたいのなら、より高い位置から多くの人のために働け。それが本当の国益だ」
「僕は国益なんかのために警察を希望するんじゃありません」
「佐水のように現場へ出て、結局、志半ばに死ぬような事では、多くの人の役に立つことなどできんだろう」
 光佑の言葉が、佑一の怒りを爆発させた。
「択真先生の事を悪く言うなっ!」

 佑一はテーブルを叩き、怒声を放った。
「あんたみたいな、上でのうのうとあぐらをかいて、他人に危ない事をさせる奴になりたくないんだっ! オレが尊敬するのは、択真先生だけだ。あんたみたいな奴には、絶対にならない。…だから、オレはキャリアになんかなりたくないんだ!」
 佑一は光祐を睨みながら、吐き捨てるように言った。光祐もまた憎々しげに佑一を睨んでいたが、やがて一つ息をつくと冷笑を浮かべた。
「お前の立場でどう言おうと、所詮、安易な逃げ道を作ってるようにしか見えん。お前は所詮、それだけの奴だ」
 ギリ、と佑一が歯噛みする音が聞こえた。
「……だったら、東大に入ればいいんだろ?」
「フン、お前にそれができるのか?」
 光祐の問いには答えず、光祐を睨んだまま口を開いた。
「東大へ入ったなら、その後はオレの自由だ。好きにさせてもらう」
「いいだろう、入れたならな。好きにすればいい」
 佑一と光祐は睨み合い、もう言葉を交わそうとはしなかった。

   *

 ぎりぎりと腹の底から憎しみが沸いてくる。その怒りから、佑一は目が醒めた。
「……ん…」
 部屋が薄暗い。完全に真っ暗じゃないのは、隣の部屋の明かりがついているからだった。隣室では、和真が本を読んでいた。
「起きたか」
 和真が佑一に気付いて声をかける。佑一は身体を起こした。
「どれくらい寝てた?」
「二時間ってとこだな。少しは疲れがとれたか?」
「ああ。…色んな事がありすぎて、少し混乱してた」
 佑一は自嘲気味に笑った。和真が口を開く。
「どうしたんだ? 話せよ」

 和真に促され、佑一はこれまでの経緯を全て語った。『I計画』の事、自身が襲撃された事、西村の捜査から公安が手を引く決定をした事などである。
 話を聞いた和真は、深く息をついた。
「なるほど……根が深そうだな、今回の件は。ところで、お前のメールにあったから、俺は804号室の住人の実体を調査してたんだ」
「どうだった?」
「海外に行ってるという話だったが、実態はないな。マンション契約上の名前も偽名だ。何者かが、西村の隣室を狙って借りた、と思われる」
「やはりか……」
「お前、どうしてそれが判った?」
「西村殺しの――いや、西村宅に入る方法を考えると、それしか思いつかなかったからだ」
「なに! お前、じゃあ西村殺しの犯人が判ったのか?」
 和真の問いに、佑一は頷いた。

「一体、誰なんだ?」
「自衛隊だ」
 思いもかけない答えに、和真は目を丸くした。
「何だって? 一体、どうやって西村宅に侵入したっていうんだ?」
「自衛隊には三機有人ドローンがある」
「何だって? ドローン?」
 聞きなれない言葉に、和真は目を丸くした。
「そうだ。ヘリほど大きくないし、音も小さい。あのドローンの飛行履歴を見たら、西村のマンションの上空の座標が残っていた。間違いない。恐らく、三機のドローンで、まずあのマンション上空まで来た」

「あの屋上に着陸したのか? あのマンションの敷地は、そんな広さはなかったぜ」
「ドローンは上空に留まらせ、ロープで降下したんだろう。三人分の足跡が残っていた。三人は鉄柵にロープをかけ、降下し、804号室に入る。804号は、窓が開けてある状態だったんだろう」
「上から入ったのか……。そりゃあ、カメラに映らない筈だぜ。自衛隊員が三人、隣室にいる。そしてどうする?」
「後は事前に作っておいた合鍵で、帰ってきた西村を急襲したんだろう」
「……なんで、そんな手の込んだ真似を?」
 首をかしげる和真に、佑一は言った。
「そもそもだが、あの部屋は隣室の西村が逃走しないように見張る、あるいは盗聴する部屋だったんだろう。調べれば、その痕跡が出てくるはずだ」
「なるほど……成美主任に頼むしかないな」
「隣室を急襲に使った理由は……西村が警察に保護を求めたからだ」

 佑一は苦悩の表情とともに、そう言った。
「西村が保護を求めた事を、公安が知る。公安の内通者は、敵にその情報を知らせる。もしかしたら、元々は西村を拉致するために急襲したのかもしれない」
「それが……自衛隊の仕業だというのか?」
「正確には自衛隊の一部だ。実行犯は別だろうが、リーダーは恐らく宗方弦。そもそも、西村にレーダー開発をさせてる張本人だ」
「張本人が、どうして西村を殺す必要がある?」
「西村は、殺されたんじゃない……かもしれない」
 佑一は考えながら、和真に話した。

「西村宅に侵入者がいた。パソコンを持ち去られているから、これは間違いがない。一方で西村は中国系組織の牙龍と接触した。これもオレたちが張ってるところで写真に撮ったから間違いない。しかし西村は『I計画』の真相を知った。そして井口同様に、『I計画』に反対した。しかし『I計画』に反対した井口は、賀川に真相を話す前に殺されてしまった。そこまでするとは思ってなかった西村も、きっと恐怖したろう」
「そうだ! 西村の母親と会ったんだが、友人と名乗る男が来て、動画を撮ったと言っていた」
 和真が思い出したことを口にした。それを聞いて佑一が頷く。
「何かあれば、母親を井口と同じように殺す。…動画を見せれば、無言でそれだけの脅しができる」
「汚いやり方だ」
「一方で、牙龍からは機密を売るように迫られる。売ればもちろん、自分も井口のように殺されかねない。しかし牙龍には、西村を脅す何かがあったんだ」
「李蓮花だ」
 和真は得心がいったというように言葉を続けた。

「李蓮花はクスリ漬けにされて日本で働かされている。俺たちが調べたところでは、西村と李蓮花は純粋に互いを想っていたようだった。…けど、何らかの理由で蓮花は帰国したままになっていた。その蓮花を使って、牙龍は脅しをかけたんじゃないのか?」
「可能性はあるだろう。母親と元恋人――二人を人質にとられ、板挟みになった西村は精神的に追い詰められて傍から見ても判るくらいに憔悴していった。そして西村宅に侵入し、西村に完成を詰め寄られた現場で、西村は身動きがとれなくなる。唯一の解決方法は……自分が死ねば、母親も元恋人も利用価値がなくなる。二人の命は、それで助かるはずだ。……そう考えても、無理はない」
「それで、自ら飛び降りた? 海江田先生の見立ても、自殺のようだと言っていた。それとも符合が合う」 
「……しかし証拠はまだ何もない。それに、公安はもうこの事件に関われない。オレはしばらく自宅勤務らしい」
 佑一はそう言うと、口をつぐんだ。それを見て和真が敢えて明るい口調で言った。

「まあ、後のことは俺たちに任せろよ。パソコンも、俺が引き続き預かっておく。パソコンの件でも安積さんの件を考えても、お前が一番危険だ。それに明日は、牙龍の取引現場にガサを入れることになってる。李蓮花を救出すれば、ある程度の事が判るはずだ」
 和真の顔を、佑一は見つけた。
「すまない…。今後、オレが動けるかどうかは判らない。が、オレはまだ諦めてないつもりだ」
「判ってるよ。佑一の事だからな」
 佑一はその笑みを見ると、立ち上がった。
「それじゃあ、オレは行くよ。世話になったな」
「行くって何処にだよ。泊まってきゃいいじゃないか」
 和真の言葉に、佑一は足を止めた。
「いいのか?」
「いいも何も、俺たちの間で遠慮なんかすんなよ」
 和真の言葉を聞いて、佑一は表情を和らげた
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