イグニッション

佐藤遼空

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ガサ入れ

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「――よお、お兄さん、どう? よってかない?」
 かけられた声に、男は身体を横に向けつつも、目線だけは逆側を向いて呼び込みの男に応えた。
「え、え、いや…どうしようかな……」
 太い眼鏡をかけて、髪はストレートで洒落っ気がないのに妙に長い。肩から斜めに鞄をかけて、出っ歯気味の男は、もじもじしながら呼び込みの男の方をちらちら見た。
「お、いいじゃない、いい子いるよ。さあさあ、一名様ご案内!」
 呼び込みの男に背中を押され、長髪男は恥ずかしそうにしながらも店に案内される。その途中で、長髪男が口を開いた。
「じ、実は、裏メニューがあるって、友達に聞いたんだけど……」
 呼び込み男が、少し目を開く。

「お。なあんだ、お兄さん、うちが目当てなんじゃない」
 にやりと笑って見せる呼び込みに、長髪男はうんうんと頷いた。呼び込み男は女の子の写真がずらりと並んだ看板の前に立つと、上機嫌で言った。
「お兄さん、ちゃんとお金ある?」
「あ、あります。ほら」
 肩掛け鞄を開き、中の財布の様子を、長髪男は見せた。
「お、いいねえ。じゃあ、好きな女の子選んで」
 長髪男は、写真を上から下までじっくり眺めた。写真が暗くなってるのは、不在の証である。しかしその中から、男は1人の娘を指さした。

「この子がいいです」
「お、なかなかお目が高いね。けどね、その子はちょっと今日は予定が入っちゃってんだよね。他の子にしてくんないかな?」
「ボ、ボクは今日の為にお金を貯めてきたんです。できたら初めては、気に入った子としたい」
 長髪男は食い下がった。金髪の呼び込みは、ちらりと腕時計を見る。やがて呼び込みは口を開いた。
「じゃあさ、30分だけになるけど、いい?」
「か、構わないです」
「そしたら女の子連れてくるから。あそこのホテルの301号室に入って。女の子に何してもいいけど、暴力はダメ。傷つけたら、無事に帰れないよ」
「そ、そんな事しません」
 顔を寄せる呼び込みに慄きながらも、長髪男はそう答えた。呼び込みはにっと笑うと、ポケットからホテルの鍵を出す。呼び込みが、耳元で囁く。

「じゃあ、女の子呼んでくるから。ホテルで女の子に○○円払ってね。これはあくまでデート、だからね」
 呼び込みはそう言うと、店内に消える。長髪男は、油断なく周りを見回した。変装した和真である。
 呼び込みは、李蓮花を連れてきた。
「はい、うちのナンバー1、レンちゃん。仲良くしてね、それじゃ」
 呼び込み男は和真の手を取り、蓮花の手を握らせる。和真はもじもじする演技をしながら、言われた先のホテルへと向かった。
 手をつないで歩いている間、蓮花は一言も喋らない。黙っている、というより、眼が虚ろだった。
 ホテルの部屋に入ると、和真は蓮花に言った。
「それじゃあ、シャワー浴びようか」
 蓮花をシャワールームに連れて行き、シャワーのバルブをひねった。お湯が勢いよく出始める。和真はそうしておいて、洗面室をくまなく調べ始めた。

「あの……服脱ぎますか?」
 そう言った蓮花に対し、和真は人差し指を口にあててみせた。そのまま、蓮花の持っていた小さめのショルダーバッグを手に取る。一瞬、抵抗の気配を見せたが、蓮花はバッグを渡した。
 中を見る。バッグの隙間などもチェックする。
(盗聴器はないな)
 和真は蓮花を見た。蓮花は虚ろな目をしている。その腕をとると、袖を肘の上までまくり上げた。幾つかの注射痕がある。
(やはり、薬をうたれている)
「李蓮花さんですね」 
 和真の言葉に、蓮花が大きく目を見開いた。

「どうして……」
「警察です。貴女を保護します。向うのベッドルームには監視カメラや盗聴器がある可能性が高いので、こちらでお話ししてるんです。これから仲間が、お店を一斉捜索します。そのタイミングで一緒に外に出るので、しばらく待ってください」
 和真はそう言うと、スマホを取り出してメールを送った。
『対象確保』
 すぐに返信が入る。
『了解。Gを待つ』
 Gとは店が取引する日本の暴力団グループのことである。内偵調査から、今日がその会合日であり、店の三階の飲食ルームに両グループが集まることをつきとめていた。

 声を落として、和真は蓮花に訊ねた。
「寒くありませんか?」
「大丈夫です。あの――私は、どうなるんでしょう?」
「警察が保護して、恐らく貴女の治療を始めることになると思います。その後は、貴女のビザの状況によって変わってくると思いますが…」
 和真はそう言いながら蓮花の肩に手をかけ、洗面室の床にゆっくりと座らせた。蓮花はうつむいて、口を開いた。
「ビザは……ありません。見つかったら、強制送還になると思います」
「此処で働いてる方がよかった?」
 和真の問いに、蓮花は首を振った。

「留学期間が終わって国に帰ると、私は逮捕されたんです。そこから男に連れ出されたら薬をうたれて……しばらくは、その男の慰みものでした。そして男が私に飽きると、私は店に出されるようになりました。日本に戻ってきたと判ったけど、外に出ることもできず……三年くらい過ぎたと思います。地獄でした――」
「その男が、王世凱?」
 蓮花は驚いたように和真の顔を見ると、頷いた。
「貴女は、どうして王世凱に目をつけられたんです?」
「私にスパイになるように言ってきたんです」
 蓮花は沈んだ顔になると、話し始めた。
「そもそも私が留学できたのは、政府がお前を日本人へのスパイにするためだと、そう言われたんです。日本語が堪能になった後、誰かに取り入るためだと。確かに……私の実家は貧しく、到底、留学などできる家ではありませんでした。けど、私は努力して成績で上位をとったので、留学支援が受けられるようになったと思ってたんです」

 和真は話す蓮花を見つめていたが、口を開いた。
「けど貴女は留学期間中に、西村孝義と交際するようになった」
 西村の名を聞くと、蓮花は顔を上げて初めて虚ろではない表情を見せた。
「そうです。その事が知られたのか…王世凱がある日やってきて、西村から機密情報を探り出せ、と言われたんです。報酬もやると。今こそ国に尽くし、実家を助けるチャンスだと言われました」
「それで、貴女はどうしたんですか?」
「先生を……裏切れませんでした。お前の実家がどうなってもいいのかと脅されたり、報酬額を上げると甘く囁いたり、色々な手を使ってきました。けど、私はどうしてもできなかった。帰国して就業ビザをとったら日本に戻り、奥さんと離婚した先生と結婚する予定でした。そう約束したのに……先生は、どうしてますか?」
 それを答えるのは辛かった。和真はそれでも本当の事を話そうと思った時、スマホが震動した。メールが来ている。

『突入する』
「――後で詳しい話をします。まず、此処から出ましょう」
 和真はそう言うと、蓮花の手をとり外へと連れ出した。ホテルを出て、狭い路地に入る。後にした方から、怒声と悲鳴が混じったような騒がしい声が上がった。
(始まったな)
 和真は路地を抜けると、車で待機していた今日子と合流した。
 車の後部座席を開け、蓮花を座らせる。
「ご苦労さまです、和真先輩」
「蓮花さんを、すぐに病院に連れて行ってくれ」
 そう言いながら、和真はかつらと眼鏡と出っ歯を外して変装を解き、三つボタンの上着を脱いだ。助手席から、ライダースジャケットを取り出して着る。

「わざわざ着替えるんですか?」
「ライダースジャケットには事故の際の衝撃からライダーを守るために、脊椎部や肩に強化プラスチックが入ってるものがある。これもそうで、このズボンの膝にも入ってるんだ。まあ、俺の戦闘服みたいなもんだよ」
「和真先輩、戻るつもりですか?」
「ああ、相手は相当数で、こちらに逃げてくる奴もいるだろうからな。それじゃ中条、蓮花さんを頼んだぞ」
「了解です!」
 和真は今日子の車が発進するのを見届けると、現場へと戻り始めた。
路地を抜け、少し広めの道に出た時、三人の派手なシャツを着た男たちが向うから駆けてくる。明らかに人相が悪く、しかも逃げてきたのに間違いがない。男たちの方も、和真の方を障害と認識して立ち止まった。
「おとなしく――するわけないよな」
 和真は不敵な笑みを浮かべる。

 男たちは目配せすると、一人は右、もう一人は左へと回り込み和真を包囲した。正面の男はポケットからナイフを取り出し、刃を剥き出しにする。左に回り込んだ男は、建物傍に落ちていた鉄パイプを拾い上げた。交換して放棄したものなのか、先に蛇口がついている。右の男は、両手の甲を向けて腰を沈める構えをとった。
 和真は右手に向かう。と、男が殴りかかってきた。
 和真は前に進みながらも真半身になる事で拳を躱す。躱した時には、男のすぐ横に立っている。合気道で言う『入り身』である。入り身された側は、和真が急に消えたように見えているはずである。
 和真は背後に廻りつつ、相手の肩と首元を押してナイフの男に突き飛ばした。そうしておいて、瞬時にパイプの男に向かう。が、男はもうパイプを振りあげて攻撃して来た。和真はそれをギリギリで後退して躱し、すぐに前に踏み込む。大きく躱しては次の攻撃に移れず、また後退した時に後ろに重心が移っては前に出ることはできない。
 だが和真の身体はそれを熟知していて、パイプを躱した後、すぐに男の顔に左正拳突きを叩き込んだ。そのままさらに前に重心移動しつつ、相手の膝横に右下段蹴りを放つ。足を着地させると同時に、右の肘打ちを男の側頭部に打ち込んだ。
「ぐっ」
 短い呻き声をあげて、男が後方に倒れる。その瞬間、背後からナイフの男が来ている気配を感じた。
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