イグニッション

佐藤遼空

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IGNIS

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 佑一が和真の部屋へ着くと、既に中条今日子が室内にいた。
「国枝警部補」
 佑一の顔を見て、安心したような顔を今日子が見せた。
(初めての現場経験で立て続けの事件。その中で頼りの和真も昏睡状態で…不安だったんだろうな)
 佑一はそう見て取ったが、その上で実務に専念するのが速いと判断した。
「西村のPCは?」
「こっちにあります」
 リビングのテーブルの上に、西村のPCが置いてある。
「タンスの天井裏に隠してありました」
「大分探したんでしょう。ご苦労さまでした」
 佑一は微笑んで見せると、今日子が意外そうな顔をした。

「国枝警部補って…笑うんですね」
「失敬ですね、貴女は」
 佑一はそう言いながら、パソコンを開く。すぐにパスワード入力画面になる。
『Ri.Renka』とまず打ち込んでみる。開かない。次に『RENKA』と打ち込んでもみる。だが、開かない。
「名前、と言ったんですね?」
「はい。西村さんが、そう言ったと」
 佑一は中国読みの『Ri.Ryanfa』、そして『Ryanfa』を試す。だが、開かない。
 佑一は少し考えた。
(名前だけでなく、プラス数字の組み合わせとかのパターンもありえる)

「中条警部、李蓮花の誕生日は判りますか?」
「いえ…今、資料は――あ! けど、病院のカルテには載ってるかも」
「それを、すぐに訊いてみてください」
 今日子が電話をする間も、佑一は色々なパターンを試してみた。並びを逆にしたもの。アナグラム法式で、ランダムに並べる。しかし、どれも間違っていた。やがて電話を終えた今日子が、佑一に言った。
「李蓮花さんの誕生日は、6月11日だそうです」
 佑一は、『RENKA0611』と打ち込んでみる。開かない。
(くそ。名前と数字のパターンではないのか?)
「ロータス…って、どうですか?」
 不意に聞こえた今日子の声に、佑一は今日子の方を見やった。今日子は少し、恥じらうように笑っている。

「いえ……単なる思いつきですけど」
「蓮の英語名か……そういえば、LOTUS暗号化方式ってのがあったな」
 佑一はそう口にしながら、『LOTUS』と打ち込んでもみる。開かない。次に『LOTUS0611』と打ち込んでみた。
 すると突然、それまでの画面とは異なる展開が訪れ、PCが作動した。
「開いた!」
 佑一は目を見張った。驚きのまま今日子を見ると、今日子の顔は、喜びに溢れていた。
「中条警部、御手柄ですよ」
「いやん、ありがとうございますぅ」
 喜ぶ今日子から、再びPCに目を戻す。
(この中に、重要なファイルがあるはずだ)
 デスクトップに並ぶアイコンの中に、『I計画』という名前のものがあった。佑一はそれを開いてみた。
「――これは…」

 息を呑む佑一の傍から、今日子がPC画面を覗き込む。
「これ、何ですか?」
「詳細は判らないが……これは、ミサイルの設計図」
 佑一は、画面に展開される図式を見て、そう答えた。
「新型の中距離弾道ミサイルの設計図です」
「新型なんですか?」
「ええ。これは――多弾頭型ミサイルで、目標に接近すると、弾頭から複数の弾が飛び出す仕組みになっている。けどその時に飛び出すのは、弾頭だけじゃない。16機の小型ドローンも飛び出す仕組みになっている」
「ドローン…ですか?」
 今日子が眉をひそめながら、判ったような判らないような顔をする。佑一は頷いた。

「この小型ドローンは折り畳み式で、それを展開して上空に留まります。このドローンにはそれぞれレーダーがついている。拠点からの電波を受け、それを反射させて目標を探り、その情報をミサイルに送る。目標付近で複数個のレーダーで位置を補足することで、より正確な対象補足をします。そしてその後、小型弾頭は、落下地点を補正しながら目標に突入する――そういう仕組みです」
「それで……何が違うんですか?」
「命中精度です。いままでの弾道弾のCEP――半数必中界が優秀なミサイルでも100mくらいだったのに対し、この新しいミサイルは……僅か2~5mほど…とあります」
「それって多分、凄い事なんですよね?」
 微妙な表情の今日子に対し、佑一は頷いて見せた。
「そうですね。しかもこのミサイルは、弾頭が極めて小さい。これを残らず迎撃するのは、かなり困難でしょう。これを使えば、相当正確に目標を破壊できる。恐らく拠点破壊だけでなく、要人暗殺のレベルで使用に耐えられるでしょう。このミサイルの名が――IGNIS(イグニス)」

「つまり、イグニス計画だったってことですね?」
「車で使うキーはイグニッション・キー  点火の鍵ですが、どうやらイグニスというのは、ラテン語で『炎』という意味らしい」
 佑一は、ファイルの資料を読みながらそう答えた。が、それを読みながら、まだ考え込んでいる。その様子を見て、今日子が不思議そうに訊いた。
「まだ何か、不審な点でも?」
「いや…これは確かに恐ろしい新型ミサイルですが、この機密のためだけに西村が殺された……というのが、どうも納得できない。まだ何か、隠されている秘密があるような気する」
 佑一はそう言いながら、ファイルの中に二つのボタンがあるのに気づいた。『起動キー』と『中止キー』とある。
「これは何だ?」
 そこにマウスを移動し、クリックしようとした時、不意に玄関の鍵が開く音がして佑一は身を固めた。今日子もはっとなって、顔を向ける。

 扉が開かれ、あっという間にリビングに複数の男が侵入してくる。スーツ姿や私服、作業服など男たちの格好はバラバラであった。佑一はすぐさま立ち上がると、今日子にパソコンを渡す。
「これを!」
 パソコンを持つ今日子を背に庇うように、佑一は侵入者たちを睨みつけた。男たちはものも言わずに接近すると、左右から佑一を取り押さえようとする。
「何者だ!」
 左から伸びた手をはねのけ、返す手でバラ手の目つぶしを入れる。指を開いて、手の甲側で目の辺りを打つのである。眼を傷つけるような威力はないが、高確率で目つぶしの効果がある。目つぶしを喰らった男が怯んだすきに、膝頭に蹴りを入れ、両手で胸を突き飛ばした。さらに右から迫る男の顎を、掌打で打って吹き飛ばす。その瞬間、声が響いた。
「――まあ、待ちたまえ、国枝」
 状況に似つかわしくない、のんびりとした声が聞こえてくる。それは佑一がよく知る声であった。

「……高坂班長」
 複数の男の後ろから現れたのは、高坂班長であった。高坂は、柔らかな微笑を浮かべながら近づいてくる。
「やっぱり、君が西村のパソコンを持っていたんだね。駄目じゃないか、虚偽の報告をしたりしちゃあ」
「待って下さい、どういう事ですか、これは?」
 気色ばむ佑一に対して、高坂は微笑を崩さずに言った。
「みんな君の仲間だよ。此処に来るまで、気づかなかったろう?」
(まさか)
 バラバラの服装の者は、全部で6人。
(これだけの人数で、オレを尾行していたのか)
 尾行はそもそもチームで行うのが鉄則である。しかし、これほどの人数でなされるとは、考えもしてなかった。
(つまり、こいつらは――公安)

 ふと見ると、ジャンパー姿で帽子を被った男が顔を伏せている。見覚えのある顔であった。
(名波丈介)
 名波は佑一の方を見ていない。佑一は一瞬の判断で、名波への注視をないものにした。
 その間にも、高坂は佑一に問いかけた。
「国枝。君は誰の指示でパソコンを隠し、捜査を続けていたのかな?」
「…独断です」
 佑一の返事を聞いて、高坂は息をつきながら笑った。
「誰を庇ってるのか……。国枝、君は騙されているんだよ」
「何が言いたいんです?」
 訝し気な眼を向ける佑一に、高坂は柔らかく微笑んだ。
「まあ、仮に君が誰かから指示を受けていたとしよう。その人物は事件の真相を探るように命令したのかもしれない。しかし本当の狙いは別の処にあるんだ」
 佑一は無言で高坂を見つめる。高坂は微笑のまま、言葉を続けた。

「その人物の本当の狙いは、君が命令違反を犯して問題になること。そしてそれが君の父上――国枝監察官の責任問題として、その立場を危うくするのが目的なんだよ」
「親父は関係ないっ!」
 瞬間的な衝動が襲い、憤りにかられて佑一は怒鳴った。高坂はそれをなだめるように、両掌を見せる。
「判ってる判ってる。ただね、組織の中には派閥とか、系統というものがあってね、それを利用しようとする者が、ニセの命令を出したという事なんだよ」
(まさか)
「そもそもだけど、命令者は直接命令したのかな? ニセの命令者は、命令者の名前を騙ってるだけかもしれないしね」
 動機が早くなり、佑一はフル回転で頭を整理しようとした。
(そう言えばオレは、名波からそう言われただけで、直接、桜木課長から命令されたわけじゃない)

 その場にいる名波の顔が見たかった。が、もし見たら、名波が佑一に命令を伝えた役だとバレる。もし本当に桜木が特命を出していた場合、それが知れることは命取りになる。
「君に命令した人物は、誰だって事になってたのかな?」
 高坂が、静かな笑みを携えて訊いてくる。その恐ろしい笑みを、佑一は凝視した。
「……オレの、独断です」
 佑一はそう言った。ふっ、と高坂の顔から笑みが消える。
「君は強情だな。そんな事では、組織の中で生きていけないぞ」
「自分の信条に反する組織なら、オレは抜けます」
 佑一は、そう言った。言った後で、自分はそんな事を考えていたのか、と密かに驚いていた。
「そうか、若いな…君は。そういう覚悟なら、それもいい。が、今はお父上に迷惑をかけないように、君はおとなしくすべきだ」
「では、殺人犯をこのまま放置しろと?」
「殺人犯など、小さな問題だよ」

 佑一の問いに、高坂はうっすらと笑いを浮かべて言った。
「いいかい、国枝。殺人犯が捕まらなくたって、国が転覆することはない。しかし海外のスパイや、国内の危険団体を放置しておけば、国家が転覆する可能性があるんだ。我々、公安が守るのは国家の安全だ。小さな問題は、その部署に任せておけばいいんだよ」
「国民の命より――国家の方が大事という事ですか?」
 佑一は高坂を睨みつけた。高坂の顔から、笑いは消えない。
「そうは言ってない。ただ我々は、大きな問題に対峙してる、と言ってるんだ。まあとにかく、その殺人犯によって、捜査に関与してた刑事が一人負傷したそうだから、君や中条警部も危ない立場にある。君たちは、我々が保護する」
 高坂は今日子に顔を向けて、そう言った。そのまま首を振って、周りに合図する。と、男たちが佑一の隣をすり抜けて、今日子の傍に歩み寄った。

「開いています」
男の一人は、今日子の手にしていたパソコンを取り上げ、そう報告した。高坂の口から、微かに息が洩れる。
「そうか。よくやったな国枝。お手柄だよ」
 男からパソコンを受け取ると、高坂は満足げに微笑んだ。
「君たちは安全な場所で待機してもらう。ニセの指示者を特定するために、携帯も預からせてもらうよ。中条警部、貴女のもです」
(おかしい)
 高坂の言葉に、佑一は反応した。
「保護するなんて嘘だ。俺たちを拘束したいだけ――」
 その言葉が終わらないうちに、佑一は背後から感じた気配に後ろを振り返ろうとした。しかしその前に後頭部と首の付け根付近に重い衝撃を受け、佑一は意識を失った。

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