59 / 119
第二章
25 慟哭の王子(2/2)
しおりを挟む
宰相邸に戻っても、第四王子は寒気立ったままだった。共に帰ってきた宰相は王子の御前を辞すことを願い出たが、王子はそれに返事もできない。
ただ一言下がれと言うか、頷くだけで良い、それを第四王子はしなかった。
王子の許可を待つ宰相の視線は、初めは第四王子を急かすものだった。しかし、しばらくすると、宰相は無言のまま第四王子の差し向かいの椅子に腰をかけた。
見る者が見れば不敬と騒ぎ立てるだろう宰相の態度を、第四王子は咎めなかった。
※
共に第二王子の兄上をお支えしよう、と第三王子は頼りない末っ子の自分の肩を叩いてくれた。第三王子は押し付けがましくはあったが、気紛れにでも自分を気にかけてくれた第四王子の「兄上」だった。
豪快に笑う第三王子は多数の武人を抱え、自らも剣を嗜んだ。剣を捧げられることを王族の誇りとする王国にあっては珍しい王子だった。
第三王子は王国を守る武人たちに学び、彼らが少しでも報われるようにと腐心した。武芸だけでなく戦術も学び、指揮官として武人たちと苦楽を共にしようとした。
しかし、殺生を厭う王室の慣いから第三王子が剣を持つことは、実戦においては、無い。
それは、死地に向かわされることもある武人たちの不満を呼び、中には「王子さまのお稽古に付き合わされて迷惑だ」などと陰口をたたく者もあった。
それを知りつつも、第三王子は武人たちに目をかけてやっていた。それなのに。
──なぜ? 武人達は第三王子を裏切ったのだ?
第四王子には分からない。
その疑問に答えたのは帝国の宰相だった。変わらぬ無表情で宰相は言った。
「金と名誉です」
あまりの答えに、第四王子は言葉を失う。
「第三の殿下は武人達を多く抱え、世話をしておられました。戦が起こった時は手厚く褒賞を出されました。
しかし、平時はどうでしたか?
たまたま出陣の機会があった者たちは一度の戦で多額の褒賞と位を得、それを終生保ちます。しかし、戦に出られなかった者たちは褒賞にありつけません」
戦がなければ、出世の機会もない。
先の終戦から、剣を捨てる王国の者が増えていたという。
「武人から転向できなかった者たちは、ひたすら戦が起こるのを待つしかありません。しかし、先の戦で今上陛下により王国周辺の平定がなされたため、当分、戦が起こることはないでしょう。
そこに蜂起の計画が持ち上がりました。王国において、武人が功をあげるおそらく最後の機会です。
蜂起に乗じて勝てばよし、負ければ謀反人を捕らえればよし。そう考えたのでしょう」
そもそも、王国が帝国の神子を迎えたのは、戦を帝国に肩代わりしてもらい、貿易に力を注ぐためだ。
神子を戴き、帝国の助力で戦を終わらせた王は本格的に軍を縮小し、有事には民兵を募る形に舵を切ったのだ。
その状況下で戦後も第三王子が武人を多く抱え続けたことは、第三王子にその気がなくとも、王への非難と見られていた。
「初めは第三の殿下は武人たちの名誉を守った恩人でした。しかし、第三の殿下は次の一手を打つことはかないませんでした。武人達は、第三の殿下を見限ったのです」
宰相が言うことに、第四王子はただただ驚き、悲しんだ。
──帝国の加護はゆくゆくは王国を腐らせる。王国を帝国の属国にしてはならん。弱腰の王太子になど任せられるか。
第三王子から折に触れてそう聞かされていた第四王子だ。
第四王子が聞き飽きるほどだったが、それでも、それは心から王国を憂えてのことだったのに。終戦後、軽く扱われるようになった武人達を救ってやろうとお考えになってのことなのに。
それは愚かな考えだったのだろうか?
武人達が裏切るほどに?
「第三王子の兄上は武人どもを重んじていたのに」
「重んじていたからでしょう。第三の殿下は武人を抱えすぎました。
多くの者が集まれば、派ができてしまうものです。そして、対立が生まれます。
そこにどなたかが第三の殿下をよく思わぬ者を紛れ込ませれば、あとは容易いでしょう」
──ああ、まただ。
宰相の言うことを聞きながら、第四王子は思う。
思いは本当なのに、誰かがそれをゆっくりと歪めていく。
少しずつ少しずつ、一日一日と歪み、ずれて、取り返しがつかなくなるところまで。
──誰が?
王国を離れている今なら、第四王子にも分かる。
──お前達に期待しているぞ。
誰にも顧みられない自分にそう言ってくれた人の笑顔が、嬉しかったのに。
同じ王の血を引く異母兄の第二王子の言葉より、他所の国の宰相の言葉を信ずるに足ると思う第四王子は、顔を覆って咽び泣いた。
※──────
・思いは本当なのに、誰かがそれをゆっくりと歪めていく
→第二章19話「一日一日の積み重ねは意外と大きい」
ただ一言下がれと言うか、頷くだけで良い、それを第四王子はしなかった。
王子の許可を待つ宰相の視線は、初めは第四王子を急かすものだった。しかし、しばらくすると、宰相は無言のまま第四王子の差し向かいの椅子に腰をかけた。
見る者が見れば不敬と騒ぎ立てるだろう宰相の態度を、第四王子は咎めなかった。
※
共に第二王子の兄上をお支えしよう、と第三王子は頼りない末っ子の自分の肩を叩いてくれた。第三王子は押し付けがましくはあったが、気紛れにでも自分を気にかけてくれた第四王子の「兄上」だった。
豪快に笑う第三王子は多数の武人を抱え、自らも剣を嗜んだ。剣を捧げられることを王族の誇りとする王国にあっては珍しい王子だった。
第三王子は王国を守る武人たちに学び、彼らが少しでも報われるようにと腐心した。武芸だけでなく戦術も学び、指揮官として武人たちと苦楽を共にしようとした。
しかし、殺生を厭う王室の慣いから第三王子が剣を持つことは、実戦においては、無い。
それは、死地に向かわされることもある武人たちの不満を呼び、中には「王子さまのお稽古に付き合わされて迷惑だ」などと陰口をたたく者もあった。
それを知りつつも、第三王子は武人たちに目をかけてやっていた。それなのに。
──なぜ? 武人達は第三王子を裏切ったのだ?
第四王子には分からない。
その疑問に答えたのは帝国の宰相だった。変わらぬ無表情で宰相は言った。
「金と名誉です」
あまりの答えに、第四王子は言葉を失う。
「第三の殿下は武人達を多く抱え、世話をしておられました。戦が起こった時は手厚く褒賞を出されました。
しかし、平時はどうでしたか?
たまたま出陣の機会があった者たちは一度の戦で多額の褒賞と位を得、それを終生保ちます。しかし、戦に出られなかった者たちは褒賞にありつけません」
戦がなければ、出世の機会もない。
先の終戦から、剣を捨てる王国の者が増えていたという。
「武人から転向できなかった者たちは、ひたすら戦が起こるのを待つしかありません。しかし、先の戦で今上陛下により王国周辺の平定がなされたため、当分、戦が起こることはないでしょう。
そこに蜂起の計画が持ち上がりました。王国において、武人が功をあげるおそらく最後の機会です。
蜂起に乗じて勝てばよし、負ければ謀反人を捕らえればよし。そう考えたのでしょう」
そもそも、王国が帝国の神子を迎えたのは、戦を帝国に肩代わりしてもらい、貿易に力を注ぐためだ。
神子を戴き、帝国の助力で戦を終わらせた王は本格的に軍を縮小し、有事には民兵を募る形に舵を切ったのだ。
その状況下で戦後も第三王子が武人を多く抱え続けたことは、第三王子にその気がなくとも、王への非難と見られていた。
「初めは第三の殿下は武人たちの名誉を守った恩人でした。しかし、第三の殿下は次の一手を打つことはかないませんでした。武人達は、第三の殿下を見限ったのです」
宰相が言うことに、第四王子はただただ驚き、悲しんだ。
──帝国の加護はゆくゆくは王国を腐らせる。王国を帝国の属国にしてはならん。弱腰の王太子になど任せられるか。
第三王子から折に触れてそう聞かされていた第四王子だ。
第四王子が聞き飽きるほどだったが、それでも、それは心から王国を憂えてのことだったのに。終戦後、軽く扱われるようになった武人達を救ってやろうとお考えになってのことなのに。
それは愚かな考えだったのだろうか?
武人達が裏切るほどに?
「第三王子の兄上は武人どもを重んじていたのに」
「重んじていたからでしょう。第三の殿下は武人を抱えすぎました。
多くの者が集まれば、派ができてしまうものです。そして、対立が生まれます。
そこにどなたかが第三の殿下をよく思わぬ者を紛れ込ませれば、あとは容易いでしょう」
──ああ、まただ。
宰相の言うことを聞きながら、第四王子は思う。
思いは本当なのに、誰かがそれをゆっくりと歪めていく。
少しずつ少しずつ、一日一日と歪み、ずれて、取り返しがつかなくなるところまで。
──誰が?
王国を離れている今なら、第四王子にも分かる。
──お前達に期待しているぞ。
誰にも顧みられない自分にそう言ってくれた人の笑顔が、嬉しかったのに。
同じ王の血を引く異母兄の第二王子の言葉より、他所の国の宰相の言葉を信ずるに足ると思う第四王子は、顔を覆って咽び泣いた。
※──────
・思いは本当なのに、誰かがそれをゆっくりと歪めていく
→第二章19話「一日一日の積み重ねは意外と大きい」
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
婚約破棄されたので聖獣育てて田舎に帰ったら、なぜか世界の中心になっていました
かしおり
恋愛
「アメリア・ヴァルディア。君との婚約は、ここで破棄する」
王太子ロウェルの冷酷な言葉と共に、彼は“平民出身の聖女”ノエルの手を取った。
だが侯爵令嬢アメリアは、悲しむどころか——
「では、実家に帰らせていただきますね」
そう言い残し、静かにその場を後にした。
向かった先は、聖獣たちが棲まう辺境の地。
かつて彼女が命を救った聖獣“ヴィル”が待つ、誰も知らぬ聖域だった。
魔物の侵攻、暴走する偽聖女、崩壊寸前の王都——
そして頼る者すらいなくなった王太子が頭を垂れたとき、
アメリアは静かに告げる。
「もう遅いわ。今さら後悔しても……ヴィルが許してくれないもの」
聖獣たちと共に、新たな居場所で幸せに生きようとする彼女に、
世界の運命すら引き寄せられていく——
ざまぁもふもふ癒し満載!
婚約破棄から始まる、爽快&優しい異世界スローライフファンタジー!
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる