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人選について 《ネタバレ有り》※第四章05話「文官長はまるなげを覚えた」まで読了推奨
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宰相は夫人に弱いという話。東とカイルの話。
※ネタバレ有り
※ 本編第四章05話「文官長はまるなげを覚えた」まで読了推奨
─ ─ ─ ─
「そんなにシファさんと離れるの、嫌です?」
「嫌です。私は妻と離れたら、生きていけない」
むすっとしたまま即答する宰相にリヒトが呆れる。
「あー、ま、そりゃ、あっという間に暗殺されそうですけど、えとですね、内情知らなきゃ俺は物っ凄い惚気を聞かされてることになるんですけど?」
「大差はないです」
「込みか! そっちも込みですか! ハイハイそりゃ、どーもー。ヨシュアさんも変わりましたねっていうか変わってないっていうか、どっちだっていいですけどオッサンが惚気ないでください」
邸を空けるという夫人は「詳しいことはリヒトさんに聞いてください」と言い残し、固まる宰相を置いて食堂を出た。リヒトが降ってきたのはそのすぐ後である。
先帝の御代、宰相と東の連絡役としてこの男は頻繁に宰相のところに降ってきていた。
今上の代になってからはあまり無かった。たまに廊下でシロたちに咥えて運搬されるリヒトを見るくらいだった。
そのリヒトが久しぶりに宰相に伝言にやって来た。
「ほら、うちの先の宮さまときたら、ガレス様がいらっしゃらないものですから、力を持て余しておられまして」
何となく呑む流れになって、二人は適当に酌をしあいながら話をしている。
「そんなところにザイ君がおいでたもんですから、今あの方、戦がしたくって仕方がない状態なんですよ。だけど、俺はガンガン打ち合うやり方じゃないですから、先代様としちゃ物足りないんです。当代の東の宮さまは元々いくさ好きではいらっしゃいませんし、今、そんな相手なさってる暇ありませんし」
それで「南の魔物を俺にやらせろ」ということらしい。しかし、なぜ、その討伐軍に宰相夫人を指名するのか。
「先代様はお人がお悪い」
「先代様ですからねえ」
南の魔物退治にシファを指名したのは、東の先代の宮だった。
「よりによって南なんて」
「んー、まあそこはそうですけど。でもねえ、誰が務まります? 野郎の代わりなんて」
──カイルの代わりなんて。
先の東の宮は自身も剣豪にして、今上ガレスをはじめ、多くの武人を育てた。その中でもカイルには特別の執着を持っていたことを、宰相も知っている。その上、あのような急な別れとなっては。
宰相は黙ってしまう。
カイルの代わりなど──槍を携え、剣を佩き、懐に刃を忍ばせ、魔法・結界を自在に操り、精霊まで使役する。そんな最強武装てんこ盛りな人間──など、帝国中探したって、そういない。
もしかしたら、世界中探したってそういないはずの人間が二人も自分の側にいる現実に、宰相はつい、遠い目をしてしまう。
──カイルさん。あなたは弟子に色々仕込み過ぎです。
シファに関しては、たとえカイルが死んで独りになっても生き抜けるように、とありったけの技を教えたと言っていた。結果、帝国史上最強の女官が誕生した。そのシファは自分がされたように、息子にありったけの技を教えた。その息子はさらにカイルと先帝に鍛えられた。結果。
「シファさん除けば、代わりといえばガレスの若様かザイ君か? ザイ君はありえないくらいの侍従ですよねー」
敵には回したくない、とリヒトでさえ言う。カイルの後継と言えるザイに、先代の宮が執着するのも無理はない。
「若様がねー、『やらん』ってはっきり通達されたんで。東に拉致は諦めたんで、そこはご安心を」
「拉致なさるおつもりだったと」
「そりゃもう。ルキウス様の姫様との話が進められない以上仕方ない、拉致しかない、と。前の野郎は貸出可でしたから、それも申し上げたんですけど、それは若様から却下されまして。他所に貸す当てがあるって。他所ってどこですかね?」
雑談に紛らせていきなり切り込んでくるのはリヒトのいつものことで、宰相は深いため息をつく。
「分かりました。妻がご説明申し上げることでしょう」
「そりゃ助かります」
「またの機会に」
「いやいやいや往生際悪っ!」
リヒトがそりゃないでしょと言うのに、宰相は黙ってリヒトに新しい瓶の酒を注ぐ。
「東の先代さまは、北の宮にご不満がおありということでしょうか」
「いやー、それはないっす。あれはもう、ただひたすらに暇で暇で死にそうってだけで」
「暇で死ぬ方はいません」
冷たく言う宰相にリヒトはまあそうなんですけど、と言い、注がれるままに杯を進める。
「あ、これ旨っ。王国のお陰で色んなん入ってきて良いっすね。ま、貸すだけの価値はあるってことですかね?」
「用意をしておいて損はない、というだけです」
ザイの貸し出し予定先は王国だとあっさり教えてやった宰相は、話を切り上げる。
「ともかく、今回妻は南へは参りません」
「だと良いですね!」
良い笑顔を残してリヒトは宰相邸から引き上げた。
※
翌日午後、打ちひしがれた宰相の出仕を確認して、リヒトは東へ帰った。
《終わり》
※────
・そんなところにザイ君がおいでた
→ 第三章20話「東の港にクマが出る」
・『やらん』ってはっきり通達された
→ 第三章22話「無意味な死と無意味な遊び」
〈時系列順〉
第三章28話「宰相夫人のおもてなし(2/2)」
↓
【番外短編集】「暇にすると何故か物騒な人たち」
↓
第四章03話「お留守番決定」
↓
【番外短編集】「人選について」 ←今ここ
↓
第四章05話「文官長はまるなげを覚えた」
※ネタバレ有り
※ 本編第四章05話「文官長はまるなげを覚えた」まで読了推奨
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「そんなにシファさんと離れるの、嫌です?」
「嫌です。私は妻と離れたら、生きていけない」
むすっとしたまま即答する宰相にリヒトが呆れる。
「あー、ま、そりゃ、あっという間に暗殺されそうですけど、えとですね、内情知らなきゃ俺は物っ凄い惚気を聞かされてることになるんですけど?」
「大差はないです」
「込みか! そっちも込みですか! ハイハイそりゃ、どーもー。ヨシュアさんも変わりましたねっていうか変わってないっていうか、どっちだっていいですけどオッサンが惚気ないでください」
邸を空けるという夫人は「詳しいことはリヒトさんに聞いてください」と言い残し、固まる宰相を置いて食堂を出た。リヒトが降ってきたのはそのすぐ後である。
先帝の御代、宰相と東の連絡役としてこの男は頻繁に宰相のところに降ってきていた。
今上の代になってからはあまり無かった。たまに廊下でシロたちに咥えて運搬されるリヒトを見るくらいだった。
そのリヒトが久しぶりに宰相に伝言にやって来た。
「ほら、うちの先の宮さまときたら、ガレス様がいらっしゃらないものですから、力を持て余しておられまして」
何となく呑む流れになって、二人は適当に酌をしあいながら話をしている。
「そんなところにザイ君がおいでたもんですから、今あの方、戦がしたくって仕方がない状態なんですよ。だけど、俺はガンガン打ち合うやり方じゃないですから、先代様としちゃ物足りないんです。当代の東の宮さまは元々いくさ好きではいらっしゃいませんし、今、そんな相手なさってる暇ありませんし」
それで「南の魔物を俺にやらせろ」ということらしい。しかし、なぜ、その討伐軍に宰相夫人を指名するのか。
「先代様はお人がお悪い」
「先代様ですからねえ」
南の魔物退治にシファを指名したのは、東の先代の宮だった。
「よりによって南なんて」
「んー、まあそこはそうですけど。でもねえ、誰が務まります? 野郎の代わりなんて」
──カイルの代わりなんて。
先の東の宮は自身も剣豪にして、今上ガレスをはじめ、多くの武人を育てた。その中でもカイルには特別の執着を持っていたことを、宰相も知っている。その上、あのような急な別れとなっては。
宰相は黙ってしまう。
カイルの代わりなど──槍を携え、剣を佩き、懐に刃を忍ばせ、魔法・結界を自在に操り、精霊まで使役する。そんな最強武装てんこ盛りな人間──など、帝国中探したって、そういない。
もしかしたら、世界中探したってそういないはずの人間が二人も自分の側にいる現実に、宰相はつい、遠い目をしてしまう。
──カイルさん。あなたは弟子に色々仕込み過ぎです。
シファに関しては、たとえカイルが死んで独りになっても生き抜けるように、とありったけの技を教えたと言っていた。結果、帝国史上最強の女官が誕生した。そのシファは自分がされたように、息子にありったけの技を教えた。その息子はさらにカイルと先帝に鍛えられた。結果。
「シファさん除けば、代わりといえばガレスの若様かザイ君か? ザイ君はありえないくらいの侍従ですよねー」
敵には回したくない、とリヒトでさえ言う。カイルの後継と言えるザイに、先代の宮が執着するのも無理はない。
「若様がねー、『やらん』ってはっきり通達されたんで。東に拉致は諦めたんで、そこはご安心を」
「拉致なさるおつもりだったと」
「そりゃもう。ルキウス様の姫様との話が進められない以上仕方ない、拉致しかない、と。前の野郎は貸出可でしたから、それも申し上げたんですけど、それは若様から却下されまして。他所に貸す当てがあるって。他所ってどこですかね?」
雑談に紛らせていきなり切り込んでくるのはリヒトのいつものことで、宰相は深いため息をつく。
「分かりました。妻がご説明申し上げることでしょう」
「そりゃ助かります」
「またの機会に」
「いやいやいや往生際悪っ!」
リヒトがそりゃないでしょと言うのに、宰相は黙ってリヒトに新しい瓶の酒を注ぐ。
「東の先代さまは、北の宮にご不満がおありということでしょうか」
「いやー、それはないっす。あれはもう、ただひたすらに暇で暇で死にそうってだけで」
「暇で死ぬ方はいません」
冷たく言う宰相にリヒトはまあそうなんですけど、と言い、注がれるままに杯を進める。
「あ、これ旨っ。王国のお陰で色んなん入ってきて良いっすね。ま、貸すだけの価値はあるってことですかね?」
「用意をしておいて損はない、というだけです」
ザイの貸し出し予定先は王国だとあっさり教えてやった宰相は、話を切り上げる。
「ともかく、今回妻は南へは参りません」
「だと良いですね!」
良い笑顔を残してリヒトは宰相邸から引き上げた。
※
翌日午後、打ちひしがれた宰相の出仕を確認して、リヒトは東へ帰った。
《終わり》
※────
・そんなところにザイ君がおいでた
→ 第三章20話「東の港にクマが出る」
・『やらん』ってはっきり通達された
→ 第三章22話「無意味な死と無意味な遊び」
〈時系列順〉
第三章28話「宰相夫人のおもてなし(2/2)」
↓
【番外短編集】「暇にすると何故か物騒な人たち」
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第四章03話「お留守番決定」
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第四章05話「文官長はまるなげを覚えた」
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