官吏になりたい僕ですが、宰相が本気で邪魔してくる

すみよし

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おまけ

見定めと諦めが肝心

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 宮よりも堅牢だろう守りを備えるこの公邸は、入るよりも、無事に出る方が難しいかもしれない。

 カイルと共にこの邸に来た東の宮の使いは、何をやらかしたか、邸の一切を取り仕切る宰相夫人シファによって、無限回廊に落とされた。

 東の宮の使いと宰相夫人が命のやりとりをする危険はなかろうが、一応とりなしを引き受けた身である。仕方なく、見舞いをそこそこにしてザイの部屋を出たカイルは、静まり返った廊下を進む。

 深夜にもかかわらず、廊下は灯りで煌々と照らされている。しかし、外からは闇に沈んでいるように見える結界カラクリは、邸全体に及ぶ。

 カイルが見るだけでも、来るたびに何か結界が増えている。他の邸宅なら、謀反の疑い有りと槍玉に挙げられるだろう。

 しかし、ここは宰相邸。

 北の宮に直接移動可能な転移の陣を唯一戴く邸であるから、この武装っぷりも許されている。

 それをいい事に結界を幾重にも張り巡らせる夫人の目的は、ただ一つ。夫と息子を守る事だけだ。

 かつてカイルと共に先帝に仕えた妹は、主人を失った後、宮を辞し、今は、夫と息子を守るためだけにその技を使う。

 その息子を危険な目にあわされた宰相夫人の怒りは如何程か。

 生贄とは決して大袈裟ではないなと考えるカイルの前に、突然一人の男が降ってきた。

 カイルの進む一歩先にドサリと落ちてきた男こそ、東の宮の使いだ。

 男はかろうじて受け身は取ったものの随分疲れているらしく、そのまま、ぺたりと座り込む。そして、恨みがましげにカイルを見上げて言う。

「避けましたね……」
「避けますよ。私に受け止められたいですか?」
「やめて下さいよ気色の悪い」

 心底嫌そうに言って、男が立ち上がる。

「うー、ザイ君はどんなご様子ですか?」
「もう、熱は下がったようですよ」
「良かったー。さすがヨシュアさんのお子さんってとこですかねえ? うん、頑丈」

 男は心底ほっとしたらしい。この男の長所の一つは、基本善良なところ。男が伸びをしながら早口で言う。

「にしてもすごいなー。あの小ちゃかったザイ君がねえ。ウチの演習に来た時もなかなかのもんでしたから、俺も全力で逃走経路潰したんですけど、いや、参った。そりゃ文官にしとくのは惜しいって話ですよねえ?」

 短所は煩いところ。相変わらずよく回る口だとカイルは思う。

「あー、でも、ヨシュアさんの逃げ足にシファさんの結界にカイルの槍に陛下の剣と魔法か。俺が敵うわけがないですよねえ……って? あれ、ザイ君、実は、かなりヤバくないですか?」

 英才教育にも程がありませんか? ねえ⁉︎ と顔をひきつらせて迫る男に、カイルは仕方なく答える。

「ヤバくはないですけど、まあ、ヤバくなるかもしれませんね」

 まだまだ若いザイは、師匠のカイルなどその内あっさり追い抜くだろう。カイルはその日が待ち遠しくも、怖くもある。

 ザイの力を求めて宮の者がザイに群がってくるだろう。善い者も悪い者も。

 自分がずっと側についてやるわけにはいかない。そうする気もない。それに、彼に初めに絶望を教えるのは、この自分になるかもしれないのだ。

 ──愛された子は強い。どんな困難も乗り越えられる。あの子はたとえ倒れても、ちゃんと立ち上がってくる子だよ。

 そう言ったのは今上だが、カイルはどうしても気がかりだ。

 愛された子が強いというのなら、ザイほど強い者はいないだろう。

 しかし、それは本当か?

 優しく正しく大事に育てられたザイに、精神的に過酷な侍従が務まるだろうか?

 そこまで考えて、カイルは思う。ザイに対して過保護なのは、妹夫婦だけでなく自分もらしい。

「んー、なら、やっぱり、ザイ君はガレスの若様の侍従になるのが一番しっくりくるんですかねえ?」

 物思いに沈むカイルに、男が脳天気な声で尋ねてくる。

「その辺どうなんでしょう? ねえ、カイル、アンタはこの先をどうするんで?」

 ヘラヘラと笑う男は、しかし目は真剣だ。彼もまたガレスのことを大切に思っていて、ザイがガレスに仕えるのに相応しい者かどうか、見定めようとしている。

 そして、先帝侍従となるカイルが新帝ガレスに対して何を思うのか、探ろうとしている。

 カイルは小さく息を吐く。お互い手の内を知り尽くしている上、人の機微に聡いこの男は、なかなかに厄介だ。そんな男をうるさげに遮って、カイルは歩き出す。

 おそらく、ザイはもう寝ているだろう。今からもう一度起こすのも気の毒だ。シファの機嫌も悪いし、この男も回収出来たし、今日はもう引き上げよう。

 しかし、カイルは、はたと立ち止まる。

「ところでリヒトさん、何でここに降ってきたんです?」

 それに、男、リヒトが決まり悪げに言う。

「あー、降ってきたって言うか、投げつけられたって言う方が正しいかも? 何でと言われれば、俺、シファさんにも囮にされたみたいでして?」

 肩を竦めて見せるリヒトを、カイルはまじまじと見る。

 立ち話をしている間に、カイルの周りは宰相夫人シファの結界に取り囲まれたようだ。やはり、妹は怒っていて、自分もあっさりとは帰して貰えないらしい。

 考えたのは二秒。カイルはその場でころりと横になる。

「わかりました。今日はここで寝ます」
「ええ⁉︎ ちょっ、一緒に結界解いて⁉︎」
「おやすみなさい」
「いやいや、俺は東のおうちに帰りたいんです! ここんとこ忙しくてボロボロなんです!」
「奇遇ですね私もです。シファ、聞いてますね? 私は全面降伏しますから」
「えー! 東の宮様のお使いたる俺を売りますか! 何のためにアンタ来たんですか⁉︎」
「私がシファに弱いのは宮様もご存知ですから、織り込み済みでいらっしゃいますよ。諦めて明日の朝まで監禁されましょう」
「うわあ、このにいさまダメ過ぎる! 俺はカイルと違って他所様のおうちでじっとしてるの苦手なんです! 無限回廊とか聞いてない!」

 お願い、やる気出してー! と揺すってくるリヒトが鬱陶しい。カイルはうるさく騒ぐリヒトを引き剥がすと、遮断の結界を張る。

 こういう時は動かないのが一番だ。
 そう諦めたカイルは、廊下で丸くなって、さっさと眠ってしまった。

「マジで⁉︎」

 取り残されたリヒトは「いや、これは帝国一の結界術師の新たな技に挑戦できる貴重な機会、やれるだけのことはやろう」と、なぜか酷く前向きに考え、妙なやる気に突き動かされて、一人で宰相夫人の結界に挑んだ。

 実は、この時、リヒトの判断力は普段になく怪しかった。追われたザイはもちろん、追う側であったリヒトも相当に疲弊していたのだ。
 だからこそ、カイルに同行を頼んだのであり、カイルに倣い大人しくしていれば良かったのだが。深夜の無駄な勢いというのは恐ろしい。

 そうこうしている内に、リヒトは再び無限回廊に踏み入ってしまったのだった。

 ※

 翌朝、廊下の片隅で膝を抱えて敗北感に打ちひしがれていたリヒトを回収して、カイルは宰相邸を後にした。

《終わり》

※ここまでお付き合い頂きましてありがとうございました!

すみよし

※────

《お知らせ》リヒトとガレスの出会い+巻き込まれカイルの短編が完結しました。
 → 「子守 ~元盗賊の使いっ走りが皇子の守役になる話~」

※────

登場人物補足

ザイ…ヨシュアとシファの息子。カイルの弟子。

カイル…ザイの師。今上侍従。

ヨシュア…宰相。ザイの父。
シファ…宰相夫人。ザイの母。カイルの義妹。

今上…帝国皇帝。カイルの主人。

リヒト…東の宮の従僕。ガレスの体術の師。
ガレス…東の宮の甥。次の皇帝(予定)。
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