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起きたら、レイは一緒にいなくて、外界から遮断された部屋に、俺と森下先生の二人きり。
「あの、レイは?」
「理事長は外せない会議のため、秘書さんに引きずられて……ごほん、出席されております」
あんな身の危険を感じるほどのポンコツなのに、一緒にいないと静かすぎて……ちょっと寂しいなんて、思ってしまった。
そんな俺を見て、森下先生が口を開く。
「理事長が王子さんが寝ているあいだにスコーンを焼いたそうで……帰ってきたら一緒に食べよう、との伝言です」
ふわりと心が軽くなる。
「あのう、レイって……あんなにポンコツで、騎士団は大丈夫なんですか?」
「き、き騎士団のことは分かりませんが! 理事長は病院グループを束ねる経営者であり、世界から名指しで頼まれる外科医であり……しかも、あの美貌……本当に完璧なのです! ただ……」
ただ?
「王子さんのこととなると……それはもう……ぽっ……ぽぽぽぽぽ!!!」
「……ポンコツなんですね」
レイもいないのに、森下先生はまた汗だらだら。
「あ、あの……今日は王子さんに、大切な話があって……」
深呼吸をして、叫んだ。
「私、森下は転生していません!!!」
……え?
ぱちぱちと目を瞬く俺。やっぱり、そうだったか。
「はい、なんとなくそうじゃないかと思ってました。転生じゃなく――異世界転移ってことですね」
「い、いえ! そうではなくて……!」
森下先生はブラインドを一気に開ける。
そこには朝日に輝く東京の街並み。真っ赤にそびえる東京タワーが視界を貫いた。
冷司……理事長……無いはずのお米……片言の森下先生……
バラバラだった違和感が、一気につながっていく。
「ここは……日本……?」
森下先生が、真剣に頷く。
「はい。王子さんは事故からずっと日本の病院にいるのです」
血の気が引く。
じゃあ、レイは?
レイと俺は一緒に暮らしていて……婚約するほどの関係で……
でも俺には、その記憶がまったくない。
だから、どんなに違和感があっても――転生だと信じるしかなくて。
俺は、はっと息をのんだ。
「もしかして、タイムリープ? 一度死んで、違う人生を歩んでいるとか」
声が震えていた。
森下先生が首を振る。
「王子さんが事故にあって、しっかり時間が経っています。これは現実です」
現実……。
「でも……俺……レイのことを何ひとつ覚えてなくて……」
「そ、そうですよね。記憶混濁が続いておりますから……その、大切な人の記憶だけがすっぽり抜ける症例が、な、ない訳では……あり……」
……ん?
「あっ、い、いいえ! 症例がある、ということで……い、いえ、わけではなく……」
ないって言ってる……?
胸がざわめく。
仕事もなく、帰る家もなく……だからこそ、俺にはレイがいるんだって、自分に言い聞かせてきた。
でも――もし最初からレイと知り合っていなかったとしたら?
「じゃあ、俺は……どこに行けば……」
「こ、ここですぅ!! 理事長の愛は本物ですから! ただ深すぎて……地球の裏側を突き抜けちゃうほど……もはや災害級に厄介で……そ、それに、ほんのちょっとだけ……どす黒くて……こ、こわいんです……っ!!」
……こわい?
「でも俺たちは――」
「い、いえいえいえ! 私が一切把握していなかっただけで……その……今のようにお熱い関係を……そうであってほしい……そうだと信じたい……I hope……」
……英語? 先生の切実な願望? どういうこと……?
どくん。
胸の鼓動が大きく跳ねた。
そうだ――ここが日本なら、あのストーカーもいる。
「……ひっ!」
窓の外、ビルの谷間で光がきらりと跳ねた。
カメラのフラッシュ? それとも――あいつ?
息が乱れ、視界が揺らぐ。
「王子さん!」
森下先生が駆け寄る。
「見つかった……あいつに……!」
食べられなかった辛さ、追われた恐怖、車に轢かれた時の痛み。
全ての負の記憶が蘇り、波のように押し寄せてくる。
「王子さん、しっかりしてください!」
だめ……話しちゃ。
あいつに聞こえてしまう。
俺は震える足で立ち上がり、森下先生を部屋の外へ押し出した。
ドアを閉めると、廊下から先生の声が響いた。
『理事長! 理事長!』
森下先生が電話でレイと話している声が聞こえる。
……そんなに大声を出したら、あいつを呼び寄せてしまうのに。
俺は窓の影に怯えながら、部屋の隅に身をひそめ――ただ、震えていた。
「あの、レイは?」
「理事長は外せない会議のため、秘書さんに引きずられて……ごほん、出席されております」
あんな身の危険を感じるほどのポンコツなのに、一緒にいないと静かすぎて……ちょっと寂しいなんて、思ってしまった。
そんな俺を見て、森下先生が口を開く。
「理事長が王子さんが寝ているあいだにスコーンを焼いたそうで……帰ってきたら一緒に食べよう、との伝言です」
ふわりと心が軽くなる。
「あのう、レイって……あんなにポンコツで、騎士団は大丈夫なんですか?」
「き、き騎士団のことは分かりませんが! 理事長は病院グループを束ねる経営者であり、世界から名指しで頼まれる外科医であり……しかも、あの美貌……本当に完璧なのです! ただ……」
ただ?
「王子さんのこととなると……それはもう……ぽっ……ぽぽぽぽぽ!!!」
「……ポンコツなんですね」
レイもいないのに、森下先生はまた汗だらだら。
「あ、あの……今日は王子さんに、大切な話があって……」
深呼吸をして、叫んだ。
「私、森下は転生していません!!!」
……え?
ぱちぱちと目を瞬く俺。やっぱり、そうだったか。
「はい、なんとなくそうじゃないかと思ってました。転生じゃなく――異世界転移ってことですね」
「い、いえ! そうではなくて……!」
森下先生はブラインドを一気に開ける。
そこには朝日に輝く東京の街並み。真っ赤にそびえる東京タワーが視界を貫いた。
冷司……理事長……無いはずのお米……片言の森下先生……
バラバラだった違和感が、一気につながっていく。
「ここは……日本……?」
森下先生が、真剣に頷く。
「はい。王子さんは事故からずっと日本の病院にいるのです」
血の気が引く。
じゃあ、レイは?
レイと俺は一緒に暮らしていて……婚約するほどの関係で……
でも俺には、その記憶がまったくない。
だから、どんなに違和感があっても――転生だと信じるしかなくて。
俺は、はっと息をのんだ。
「もしかして、タイムリープ? 一度死んで、違う人生を歩んでいるとか」
声が震えていた。
森下先生が首を振る。
「王子さんが事故にあって、しっかり時間が経っています。これは現実です」
現実……。
「でも……俺……レイのことを何ひとつ覚えてなくて……」
「そ、そうですよね。記憶混濁が続いておりますから……その、大切な人の記憶だけがすっぽり抜ける症例が、な、ない訳では……あり……」
……ん?
「あっ、い、いいえ! 症例がある、ということで……い、いえ、わけではなく……」
ないって言ってる……?
胸がざわめく。
仕事もなく、帰る家もなく……だからこそ、俺にはレイがいるんだって、自分に言い聞かせてきた。
でも――もし最初からレイと知り合っていなかったとしたら?
「じゃあ、俺は……どこに行けば……」
「こ、ここですぅ!! 理事長の愛は本物ですから! ただ深すぎて……地球の裏側を突き抜けちゃうほど……もはや災害級に厄介で……そ、それに、ほんのちょっとだけ……どす黒くて……こ、こわいんです……っ!!」
……こわい?
「でも俺たちは――」
「い、いえいえいえ! 私が一切把握していなかっただけで……その……今のようにお熱い関係を……そうであってほしい……そうだと信じたい……I hope……」
……英語? 先生の切実な願望? どういうこと……?
どくん。
胸の鼓動が大きく跳ねた。
そうだ――ここが日本なら、あのストーカーもいる。
「……ひっ!」
窓の外、ビルの谷間で光がきらりと跳ねた。
カメラのフラッシュ? それとも――あいつ?
息が乱れ、視界が揺らぐ。
「王子さん!」
森下先生が駆け寄る。
「見つかった……あいつに……!」
食べられなかった辛さ、追われた恐怖、車に轢かれた時の痛み。
全ての負の記憶が蘇り、波のように押し寄せてくる。
「王子さん、しっかりしてください!」
だめ……話しちゃ。
あいつに聞こえてしまう。
俺は震える足で立ち上がり、森下先生を部屋の外へ押し出した。
ドアを閉めると、廊下から先生の声が響いた。
『理事長! 理事長!』
森下先生が電話でレイと話している声が聞こえる。
……そんなに大声を出したら、あいつを呼び寄せてしまうのに。
俺は窓の影に怯えながら、部屋の隅に身をひそめ――ただ、震えていた。
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